第31話 剣士、駄々をこねる。

現在の中の人

勇者:リック 美女:ルシア 大男:マーニ 幼女:ソフィ

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「――それは……そいつが魔王だった時なんだわさ!」


 ルシアが八つ当たりするように、リックに恐怖心と一緒に答えをぶつける。

 その様子をニヤニヤしながら見ていた魔物は、委縮するマーニたちを呑み込むように高笑いを始めた。


「ハッハッハッハッハ。さーて、それじゃぁ今度はこっちから行かせてもらうとしようか……クイック!」


 魔法を唱えた魔物は動きが数段早くなった。そしてすぐにマーニに殴り掛かる。

 マーニは慌てて避けたものの、魔物の速度変化に間合いを見誤ったせいで、その拳が頬をかすめた。


「熱つっ!」


 硬化魔法の掛かった魔物の拳が、マーニの頬の肉をえぐる。

 さらに魔物の篭手に掛けられた属性付与の炎で、その皮膚を焼く。

 あの硬い拳を受けるわけにはいかない。

 そしてギリギリでかわしても、あの炎に焼かれてしまう。

 マーニは必要以上に大きく避けるしかなく、体力がみるみると失われていく。


「剣だ! 背中の剣を使え!」

「おっと、忘れてた。ありがとう、使わせてもらう!」


 リックがマーニにアドバイスを贈る。

 マーニは背中に手を伸ばして、その大きな両手剣を引き抜いた。

 もちろん斬るためじゃない。拳の回避手段として。


「吾輩も助太刀――」


 アドバイスを贈ったリックは、マーニに加勢するために立ち上がる。

 するとその腕をソフィが捕まえた。


「マーニが耐えてくれてる間に、わたしたちは魔物の対処法を考えないと」

「ここはマーニには生贄になってもらって、あたしたちは逃げた方がいいのよね」

「ふざけてる場合か! あれは吾輩の身体なのだぞ。それに速度を増したあの魔物が相手では、逃げ出したところで回り込まれてしまうであろうな」

「だって、相手は魔王なんだわさ。誰も魔法が使えない今の状況で勝てるわけがないのよね。だったら撤退するしかないんだわさ!」


 ルシアは相変わらずの怯えた目で、リックに食って掛かる。

 けれどもリックはマーニの戦いを見つめながら、冷静にルシアを諭した。


「そなたはあれを魔王だと言うが、今はマーニ殿が互角に渡り合っておる。魔王がそこまで弱いはずがなかろう?」

「そんなこと言ったって、白魔法と黒魔法の両方を使える魔物なんて魔王しか考えられないのよね!」

「おぬしは考え方が短絡的なのだ。あれを魔王だと結論付ける前に、両方の魔法を使う方法はないのか考えてみよ」

「ひょっとして敵は一体じゃないとか?」


 ソフィのシンプルな答えに、ルシアはハッとする。

 そして冷静に今までの魔物の行動を振り返った。


「言われてみれば、属性付与の魔法を詠唱した様子がなかったんだわさ。他に黒魔法を使える魔物がいるとすれば、この戦闘を見られるところにいるはずなのよね」


 ルシアの言葉に三人は広間の中をくまなく見渡す。

 こうしてる間も、マーニは両手剣を振るって魔物の拳をかわし続けている。

 マーニにとって、不慣れな両手剣の軌道は不安定。無駄な動きが目立つ。距離を取って戦えるだけ素手よりはましと言っても、体力もそうそうはもたない。

 三人は少しでも早く魔物の協力者を探そうと、目を凝らして必死になる。

 そしてついにソフィが微かな声を漏らした。


「……見つけた」


 大広間側から壁面を注視していたソフィは、頭上にうごめく影を発見した。そしてその影に悟られないようにリックとルシアのところへ戻って、状況を報告する。


「ちょうどわたしたちの真上の天井近くに洞穴があって、そこに誰かいるみたい」

「なら、きっとそいつが黒魔導士で、魔物の手助けをしてるに違いないのよね」

「まさか、他にもこの部屋に通じる道があったとは……死角であったな。よし、吾輩たちはそやつの所に急いで向かうぞ!」

「わかったのよね」


 ソフィも二人の後を追おうとしたけれど、それをリックが留めた。


「そなたはここに留まって、マーニ殿の手助けをしてやってくれ」

「でも、わたし、何をしたら……」

「今は出番がなくとも、誰かが控えておるだけでマーニ殿の力になるはず。そして危機を迎えた際には、おぬしにできる最大限の努力をして欲しい」

「わ、わかった……やってみる」


 戦闘の苦手なソフィは声を震わせている。けれどもその目には、マーニの力になろうという必死さが滲み出ていた……。




「くそっ、忌々しい。どうなっておるのだ、この迷路のような通路は……」


 大広間を戻り、まだ探索していなかった通路をしらみつぶしに当たってみる。

 けれども分岐路が多い蟻の巣のような洞窟の形状は、リックとルシアに与えられた時間を刻々と削っていく。


「早くしないと、なんちゃって勇者がやられちゃうのよね」

「なんちゃって勇者とは、マーニ殿のことか? あやつの今の身体は鍛え上げられた吾輩の肉体、体力もまだまだ尽きはせぬ……はず。今はマーニ殿を信じて、魔物の仲間を探し出すのみだ」

「わかってるのよね……。だけど、一向にそれっぽい通路がないんだわさ。本当に魔物の仲間がいるところに通じる道はあるのかつら?」


 焦りは不安を呼び、不満となってルシアの口からこぼれ落ちる。

 それを耳にしたリックも次第次第に冷静さを失っていく。


「位置的にはこの辺りとしか思えぬ! おぬしも文句を言う暇があるならば、他に通路がないかもっとよく探さぬか」

「あたしだって必死に探して……ん? あっ、あんなところに穴があるんだわさ」


 ルシアが松明を掲げて照らしたのは通路の上方。そこには人が通れるほどの大きさの穴が開いている。

 リックは穴の真下に駆け寄ると、真新しい瓦礫が転がっているのを発見した。


「でかした! これは当たりやもしれぬぞ」


 リックはルシアを褒めるなり、岩壁の張り出した部分に手や足を掛けながら慎重に登っていく。


「ちょ、ちょっと、ほんとにここを登るのかつら?」

「登れぬならば、そこで待っておれ。吾輩一人でもなんとかしてみせるゆえ」

「もう、登らないとは言ってないのよね。でもこれ、おっぱいが邪魔かつら……」


 鋭利な岩肌に純白のローブや大きな胸を引っ掛けながら、ルシアも懸命にリックの後を追う。そしてようやく登り切った時には、ローブも白く透き通る柔肌も擦り傷だらけになっていた。


「よく頑張ったな。さぁ、急いで参るぞ」

「ちょっとぐらい休ませて欲しいのよねぇ!」


 ルシアの不満に耳を貸さず、リックは身を屈めながら狭い通路を急ぐ。

 休んでいる猶予がないことぐらい、ルシアにだってわかりきっている。だけどルシアは、不満を吐いて勢いをつけないと身体が動かないほどにヘトヘトだ。

 それでも置いていかれまいと、必死でリックの後に続いた。


「本当にこの道で合ってるのかつら?」

「それ行き着くまでわからんな。だが、吾輩の勘が当たりと告げておる」


 狭い通路はクネクネと蛇行しながら、上り坂が続いている。誰かが通った形跡があることからも、この道の先に魔物の仲間がいる可能性が高い。

 そしてその予想は見事に的中した。

 断崖になっている通路の終端には、黒いローブを着て額に角を生やした魔物が、リックの姿を見て怯えている。

 さっそくリックはその魔物に凄んでみせた。


「そこにおったか、観念せよ!」

「なるほど、そういうことだったのよね」

「どういうことだ?」

「集落の人が最初に目撃したのはこっちの魔物だったんだわさ。兄弟なのか双子なのか知らないけど、きっとこいつが黒魔導士で物理攻撃に弱いはずなのよね」

「そういうことであったか。覚悟せよ、魔物め」


 狭い通路で屈みながら、リックが窮屈そうに勇者の剣を引き抜く。

 すると魔物は右手を突き出して反撃を始めた。


「ひ、ひぃ……来るな、近寄るな!」


 けれどもその手から放たれる魔法の威力は弱々しくて、勇者の鎧に守られたリックには大したダメージがない。

 それを確認したリックは、休みなく放ってくる魔物の魔法を一身に浴びながら、構わず強引に魔物へと迫る。

 魔物の後方は崖になっていて後がない。にもかかわらず、そのギリギリまで後ずさりながら、魔物は悪あがきをする。


「やめろ、来るな、来るなぁ! 助けてくれぇ、ダース兄さん!」

「吾輩の仲間を危機に陥れた貴様らに、くれてやる同情の念はない。己の誤った行動を悔いながら、冥界へと帰すがよい!」


 リックはその言葉と共に、勇者の剣を魔物へと突き立てる。

 一突きで急所を捉えると、魔物は漆黒の欠片を残して一瞬にして霧散した。

 魔物を倒したリックは、そのまま通路から大広間へと顔を出し、なおも戦闘を続けているマーニを励ます。


「魔物の仲間は倒した! すぐにそちらに向かうゆえ、今しばらく辛抱せよ!」

「あいつの手の炎が消えたのよね。やっぱり今倒した魔物が属性付与の黒魔法を掛けてたんだわさ」


 リックの眼下では、炎の消えた魔物の手をマーニが掴んで組み合っている。

 ただの力比べに持ち込めれば多少のゆとりは生まれるだろうと、リックは少しだけホッとしながら通路を逆走し始めた。


「ちょっと、なんで先に降りるのよね! 下着を覗くつもりなのかつら!?」

「そんなものは見ん! それよりも急いで駆けつけるぞ」

「あぁ、もう、だから、上見ちゃダメなんだわさ! 下着が丸見えにって……ん?でもこれはソフィの下着なのよね。だったら気が済むまで見ればいい……わけがないのよね!!」

「何をごちゃごちゃ言っておる、早くせぬと置いていくぞ」


 途中の岩壁を降りてしまえば、後は来た道を辿って戻るだけ。

 目印も残してあるから、来た時の苦労が嘘のようだ。

 大広間へ続く残りわずかの道を急ぎながら、ルシアがふと疑問を感じた。


「あら?」

「ん? いかがしたか」

「さっき魔物を倒したから、ひょっとしたらその兜が脱げるんじゃないかつら?」

「…………」


 ルシアの問いかけにリックからの返事はない。前を向いたまま走り続けている。

 自分の声が届かなかったのかと思ったルシアは、今度は少し大きな声でもう一度同じことをリックに問い掛けた。


「ねぇ、聞こえなかったのかつら? 今だったらその兜、脱げるんじゃ――」

「すまぬ! 吾輩はこの兜を脱ぐわけにはいかぬ」

「でも、早く脱がないと、また脱げなくなっちゃうんだわさ。早くするのよね」


 ルシアは走りながら、リックの頭に手を掛ける。

 そして強引に脱がそうとルシアが試みるが、リックは兜を手で押さえてそれを阻止した。


「……ならぬ! 吾輩はこの兜を脱ぐわけにはいかぬのだ!」


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エピソード終了時の中の人

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