第30話 勇者、魔物と遭遇する。
現在の中の人
勇者:リック 美女:ルシア 大男:マーニ 幼女:ソフィ
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「あれが入口ですか?」
「はい、中は入り組んでますが、入口はあれ一つだけです」
「魔物は中にいるのかつら?」
「はい、昨夜森で捕獲した動物を抱えて入ったきり、出てきてません」
翌朝早くに洞窟前に到着したマーニたちは、監視当番の村人から情報を得ると、さっそく洞窟内へと足を踏み入れる。
「では、昨夜の作戦通りに参るぞ」
先頭を進むのは、伝説の装備品たちを身に纏ったリック。
右手には松明、そして左手には……大鍋の蓋。
勇者の戦闘スタイルでは右手に剣、左手は魔法発動のために空けておくもの。そして盾は、必要に応じて魔法で作り出すのが一般的。
だけどリックには魔法が使えないんだから仕方がない。
「なんで僕が最後方なんだよ」
「デカブツのあんたが前にいると、何も見えないんだわさ」
「最後尾だって大事な役目なんだから頑張ってね、マーニ」
しんがりを歩くマーニは不満そうに愚痴をこぼした。だけど狭い洞窟を塞いでしまうその巨体では、この隊列も致し方ない。
中団を歩くソフィとルシアは、それぞれに薬品類を詰め込んだショルダーバッグをたすき掛けにして、左右を警戒しながら進む。ソフィのカバンは夜逃げのような大荷物に見えるけれど、それは余りにも小さい身体のせいだ。
しばらく進むと、もう飽きてしまったような気の抜けた口調でルシアが尋ねる。
「思ったより通路が複雑に入り組んでるのよね。分岐した道はどうするのかつら?手分けして探索するのかつら?」
「いや、分散するのは得策とは言えぬ。未探索の分岐路には目印をつけておいて、まずは一番太い通路を進むとしよう」
頼り甲斐のあるリックの言葉に従い、みんなで洞窟内の探索を進める。
袋小路に突き当たったり、地割れに阻まれたりしながら通路を絞り込んでいく。そして小一時間ほどが経過した辺りで、ついにリックが手ごたえを掴んだ。
「……シッ、静かにせよ。この先から血の匂いを感じる。きっと目的地は近いぞ」
今まで以上に警戒しながら、物音を立てないように慎重に足を運ぶ。
通路が折れるところでは不用意に顔を出さずに、物陰に身を潜めながら。道が分かれるところでは嗅覚を頼りに。
やがて通路の奥に、ぼんやりとした光が見えてきた。
リックの指示で松明を消して、四人は奥の明かりを頼りに歩き出す。
そしてとうとう四人は、目当ての場所へとたどり着いた。
「……ここは……」
通路の陰から明かりの源をそっと覗き込むと、そこには今までの通路の狭さが嘘のような大きな空間が広がっていた。その自然が作り出した大広間は闘技場ほどの広さで、天井もリックが三人で肩車しても届かないほどに高い。
どうやらここが洞窟の最深部。広間の壁を見澄ます限り、リックたちが今いる通路以外にここに通じる道はなさそうだ。
壁には八方にランプが掲げられ、広間を明るく照らしている。
どうやら魔物は、ここを棲み処にしているらしい。
「クチャッ、クチャッ、クチャッ……」
広間の奥から聞こえてくる耳障りな音、それは咀嚼音だった。
動物の肉を貪り食っているのは、黒いローブを羽織った人の形をしたモノ。
フードを被っているその額からは角が突き出し、顔色は青く、目も吊り上がっている。集落での目撃情報通りだ。
「…………」
リックは火の消えた松明をその場に置くと、後ろに控える三人に振り返って無言でうなずく。もう声は出せない。
けれどリックの厳しい眼差しは、ハッキリと作戦の決行を示していた。
力強く、それでいて静かに、広間へとリックが足を踏み入れる。
壁のランプが作り出す陰に気を付けながら、リックが一歩、また一歩と、音を立てないように慎重に歩を進めていく。
「クチャッ、クチャッ、クチャッ……」
一方の魔物は食事に夢中なのか、リックに気付いていない様子。何やらブツブツと独り言をつぶやきながら、手にした動物の肉に行儀悪くかじりついている。
リックはまだ駆け出さない。それは魔物がこちらに気付く素振りを見せてから。
さらに五歩ほどリックが近寄ると、魔物の身体がピクリと反応した。
「てりゃっ!」
そこからのリックの突撃は電光石火だった。
一瞬にして魔物へと距離を詰めると、いつの間に引き抜いたのかリックは勇者の剣を振りかぶっている。そして魔物がリックへ振り向いたときには、すでに勇者の剣はその眉間へと振り下ろされていた。
――ガキィン!
まるで鎧を金づちで叩いたような金属音が、大広間に反響する。
魔物を真っ二つに斬り裂くはずだった勇者の剣は、リックの手に激しい痺れをもたらしながら跳ね返された。
「なにぃ? 吾輩の剣が通らぬ、だとっ!?」
動揺するリックを尻目に、魔物が食事の手を止めてゆっくりと立ち上がる。
身長はリックと同じぐらい。けれど、獣の血で真っ赤に染まった口は耳元まで裂けていて、その異形の顔立ちには百戦錬磨のリックでさえもたじろいだ。
そんなジリジリと後ずさるリックに向かって、魔物は高笑いを始める。
「ガッハッハ、残念だったな。気付かれてないつもりだったのか? さっき飯を食らいながら、自己硬化魔法をかけておいたわ。お前のへなちょこ剣なんか、それで充分。なにしろお前は、勇者のくせに魔法が使えないんだろう?」
「貴様、な、なぜそれを……」
動揺のあまりリックが漏らしてしまった肯定の言葉に対して、魔物は吊り上がっている口角をさらにニヤリと持ち上げながら、ご丁寧に種明かしを始める。
魔物は完全に余裕の態度だ。
「勇者が近付いているという噂を耳にしたからな。様々な魔獣をけしかけて、その戦いぶりを観察させてもらった。だからお前たちの弱点はお見通しだ」
「ぐぬぅ……」
「他に仲間が三人いることもわかっている。どうせその辺に隠れているんだろう?誰一人として魔法の使えない仲間たちがな」
完全にこちらの手の内が知られている。
奇襲作戦も完全に失敗した。
通路に身を潜めるマーニとルシアは、魔物の行動に対しても動揺を隠せない。
「自己硬化魔法は白魔法じゃないか。魔物は黒魔導士じゃなかったのかよ……」
「集落の人が火弾って言ってたのは、きっと魔法じゃなかったんだわさ……」
「だけど相手が白魔導士なら、それはそれで戦いようがあるさ!」
魔物の体を守っているのは、マーニも奴隷商人を相手に使ったことがある自己硬化魔法。勇者の剣といえども、その刃だけでは魔物に傷をつけることはできない。
それなら自分の出番と、マーニが飛び出して魔物に向かって駆け出す。
マーニは、巨体に似合わない俊敏さで魔物の背後に回り込んだ。そして魔物の手首を掴むと、背中側に捻り上げて動きを封じる。
「こいつは白魔導士。だったらこいつに攻撃魔法は使えないから、押さえつけてしまえば反撃の手段はないはず。こうして僕が時間を稼いでる間に、みんなで攻撃する手立てを考えてくれ」
「あ、相分かった。待っておれ」
戦闘の真っ最中で手短だったものの、マーニの言葉を理解したリックは広間の入り口へと駆け出した。その目指す先には魔法に詳しいルシアがいる。
一方のマーニは、鋼鉄のように硬い腕を捩じ折ることはできないものの、魔物の関節を極めて動きは封じている。そんな明らかに優位な立場にいるはずなのに、マーニの心の中にはゾワゾワとした不安感が沸き立ち始めていた。
あまりにも魔物が無抵抗すぎる。
そんなゆとりすら感じられる魔物は、穏やかな口調でマーニに質問を始めた。
「どうして俺様が攻撃魔法を使えないと?」
「そんなことは常識だ。人間だろうと魔物だろうと使える魔法の系統は一つだけ。白魔法が使えるなら黒魔法は使えない。黒魔法が使えるなら白魔法は使えない。そして攻撃魔法の類は黒魔法に属してるからな」
「ほう、お前は魔法が使えないくせに、中途半端な知識はあるみたいだな。でもその常識には、例外があることは知らないみたいだ……なっ!」
魔物が、言葉尻に強く力を籠める。
その直後、マーニはせっかく組み伏せていた魔物から、自ら両手を離して飛び退く破目になった。
「あちちちちぃっ!」
熱さのあまり、マーニは慌てて手を引っ込める。
そしてその手のひらを広げてみると、無残にも真っ赤に焼けただれていた。
どうして急に?
マーニは疑問に思って自分が掴んでいた魔物の手を確認する。するとその両手からは、メラメラと炎が立ち上っていた。
「なんだ、これは。見たことないけど、これは……魔法なのか?」
マーニは初めて見る光景に目を丸くする。
そして少し離れた場所では、その光景を見て激しくうろたえる人物がいた。
「嘘、嘘なのよね。そんなはずがない、のよね……」
魔物への反撃手段を相談しようと走ってきたリックは、目の前で怯えた表情を見せるルシアに、心配そうに声を掛ける。
「一体どうした? 何が嘘だと言うのだ?」
「あれは、あの魔法は……属性付与魔法。誰も使う人なんていないから、今じゃ魔法学校でも習うことはないけれど……れっきとした黒魔法なんだわさ」
「属性付与魔法というのは、それほどまでに危険なのか?」
「属性付与は、道具に新たな属性を付け足す黒魔法。魔物の手に宿った炎が、その付与された属性なのよね。属性を付与するよりも攻撃魔法で直接攻撃をする方が早いから、今じゃ使われることもない魔法なんだわさ」
「使われなくなった魔法ならば、恐れる必要などないということではあろう?」
大声での二人のやりとりは、魔物から身を引いたマーニにも聞こえていた。
そしてその内容にマーニも怯えだして、震えた声でリックの疑問に答える。
「問題なのはそこじゃない。こいつが白魔法と黒魔法の両方を使ったってことが大問題なんだ……」
マーニとルシアの狼狽の理由がリックには未だにわからない。
そのモヤモヤした気持ちをぶつけるように、リックは大きな声でルシアにその理由を尋ねた。
「どうした、なぜそなたらはそんなに動揺しておるのだ? 吾輩は魔法のことはさっぱりだ、理由を……理由を説明してくれ」
「たとえ魔物でも、使える魔法は白系か黒系のどちらか一方だけのはずなのよね。でもその両方を同時に使える例外もあるんだわさ……」
「その例外……とは?」
言いよどむルシア。その間は、ルシアが言い出しにくいことを言おうとしているのが、リックにも明確にわかる。
リックが固唾を呑むと同時に、ルシアの口が開いた。
「――それは……そいつが魔王だった時なんだわさ!」
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エピソード終了時の中の人
勇者:リック 美女:ルシア 大男:マーニ 幼女:ソフィ
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