第29話 勇者、調子に乗る。
現在の中の人
勇者:リック 美女:ルシア 大男:マーニ 幼女:ソフィ
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「いやぁ、かたじけない。こんなに豪勢な料理をご馳走いただけるとは。やはり少しお言葉に甘えすぎてしまったかもしれぬな」
「何をおっしゃいます。勇者様方は主人の命の恩人、礼を尽くしても尽くしきれるものじゃありませんわ」
なかなかの広さの居間に招かれて、マーニたち四人は夕食を振舞われた。
どこにでもいる感じの旦那さんに、笑顔の明るい奥さん。二人の子供たちも一緒に食卓を囲んで、リックに向かって休みなく質問をぶつけてくる。
「ねぇねぇ、勇者様。どうしてお家の中でも兜を被ってるの?」
「あぁ、これはだな……いつ魔物の襲撃を受けても対応できるようにだな……」
「ねぇねぇ、なんかかっこいい魔法撃ってみてよ」
「あぁ、えぇと……今はちょっと戦闘直後で疲れていてな、魔力がまだ回復しておらぬのだよ……」
子供たちの質問にリックはタジタジ。どうしてこうも子供っていうのは、答えにくい質問を狙ったように浴びせてくるのか……。
「だけど奥さん、見事な回復魔法でしたね。その上、防具の修復魔法まで使えるなんてすごいや」
「あれだけの魔法が使えるんだったら、王都に行ったらひと財産築けるのよね。こんな田舎暮らしなんてもったいないんだわさ」
「贅沢な都会暮らしなんて私は望みませんよ。それにこの集落にはお医者様も薬師もいませんから、私の回復魔法がないと隣町まで行かなきゃなりません。ここでみんなを癒しながらのんびり暮らす方が、私にとっては幸せなんですよ」
そう言う奥さんは満足そうに微笑む。両隣の子供たちに温かい目を向けながら。
けれど奥さんは思い立ったように真剣な表情になると、静かに口を開いた。
「実は……この集落で困ったことが起きておりまして。みなさんのお力を貸していただけないかと――」
「おい、よさないか。勇者様たちは魔王の討伐っていう大役でお忙しいんだ。だからそれまで俺たち国民は、力を合わせて耐え忍ぶのが役目だろ」
「そうは言っても……」
直接討伐に向かうわけじゃない一般の人々も、違った形で戦っていることをマーニは知った。
この居心地のいい空間を守ってあげたいと素直に感じたマーニは、険しい顔つきに似合わない優しい言葉を、ごく自然に奥さんに掛ける。
「遠慮なく話してみてください。お力になれることなら、喜んで協力しますんで」
マーニの言葉に、奥さんの表情がパーッと明るくなる。
奥さんは夫に目で確認を取ると、大きく頷いて話を始めた。
「みなさんは、この辺りに魔獣が多いとはお感じになりませんでしたか?」
「確かに今日だけでも四匹やっつけたのよね。昨日から急に魔獣に遭遇するようになったかつら」
「実は近くにある迷路のような洞窟に魔物が現れたらしくて……。二、三日前にその姿を見かけてからなんです、魔獣が出没するようになったのは」
そこまで奥さんに語られたら言いたいことは充分に伝わる。
奥さんの要望を察したマーニは話の途中にもかかわらず、先回りしてそれを引き受けることにした。
「僕たちに任せてください。その魔物を絶対倒してみせますんで」
「ありがとうございます! 隣町の町長は取り合ってくれなくて、そうこうしている内に主人が命を落としそうになるなんて……。このままじゃ私たちは、生まれ育ったこの集落を捨てるしかなくなるところでした」
「こんなにご馳走してもらっちゃったし、今回はわたしも頑張るわね。それに魔物を討伐したら、また身体が入れ替わ――」
とんでもないことを口走りかけたソフィを突き飛ばして、現勇者であるリックが言葉を締める。
「皆の暮らしを脅かす魔物の退治は勇者の努め。大船に乗ったつもりで、我々にお任せくだされ」
食事と風呂を済ませたマーニたちは、貸し与えられた客間の一つに集まった。
もちろん、さっき依頼された魔物の討伐について話し合うためだ。
「引き受けたのは良いけど……。さて、どうしようか」
いきなり腕組みを始めたマーニに、ルシアが蔑むような視線を送る。
「あんなに大見得切って安請け合いしたくせに、この男は何を言っちゃってるのかつら。迷うぐらいだったら引き受けなきゃ良かったのよね」
「でも、魔物を倒せばまた兜が脱げるかもしれないだろ? それにここの集落の人たちが困ってるんだから、引き受けないっていう選択肢はないよ」
「うん。わたしもマーニが魔物の討伐を引き受けたのは間違いじゃないと思うよ」
「左様。魔王の討伐はもちろんながら、魔物だって国民にとっての身近な脅威。遭遇したならば打ち倒すのが勇者としての努めだ」
みんな就寝のために軽装に着替えているのに、一人だけ大仰な兜を被ったままのリックが、どっかりと胡坐をかいて胸を張る。
その安定の信頼感は、誰かが指名するまでもなく作戦会議の中心人物だ。
今の姿が勇者っていうのもあるけれど、何しろリックは元陸軍の大隊長、実戦のプロでもある。
「不安要素を膨らませても仕方がない。まずは、討伐対象の分析から始めようぞ。集落の者が魔物に遭遇したのは、二、三日前とのことだったな」
「『額の中央から角がそそり立ち、顔色は青く、目が吊り上がってる。黒いローブを着ていて、遠くから火の弾を放ってきた。でもそれほど強烈な魔法じゃなくて、弓で抵抗したらすぐに洞窟内に逃げて行った……』って言ってたね」
「その後、洞窟を監視するようになって、それ以降に出入りしているのはその魔物一体だけだったとも言ってたわよね」
さっき居間で旦那さんと奥さんから聞いた話を再確認する。みんなで情報を確実に共有するためだ。
するとルシアが、魔法使いの観点から分析を始めた。
「火の弾を放ってきたってことは、明らかに炎属性の攻撃魔法なんだわさ。弓の攻撃ですぐ撤退したのも、きっと防御魔法が使えないからなのよね。そう考えると、魔物は黒魔導士に間違いないかつら。しかも相当な雑魚なのよね」
ルシアが得意気に分析結果を語ると、ソフィが不思議そうな顔で質問した。
「どうして雑魚って言い切れるの?」
「強力な攻撃魔法が使えるなら、弓矢を恐れるはずがないのよね。氷壁で防いでもいいし、突風で吹き飛ばしてもいいかつら。そりゃぁ圧倒的多数に狙われたら逃げるしかないけど、弓対魔法の一対一なら魔法使いが負ける要素は無いんだわさ」
「そっかぁ。それなのに逃げ出したってことは、魔法に自信がない証拠なのね?」
「そういうことなのよね」
ルシアの自信たっぷりな態度に、四人の中に安堵感が高まる。
俄然マーニも調子付く。
「よーし、それなら明日にでもさっそく洞窟へ乗り込んで、とっとと魔物を倒しちゃおう。そしてもしも兜が脱げたなら、もう一度身体を入れ替えるチャンスだ!」
そう雄叫びを上げると、マーニが強面の顔を崩壊させてニヤケだす。自分の身体を取り戻すことよりも、いかがわしい結末を期待しているに違いない。
けれども、顔を緩めているのはマーニだけじゃない。ルシアもソフィも『身体を入れ替えるチャンス』という言葉に反応して、期待感溢れる表情を見せていた。
ただ一人リックだけが、神妙な表情で問題を提起する。
「しかし……我々は誰一人として魔法を使えぬ。雑魚かもしれぬが魔物は魔物。それを相手にするとなれば、慎重に事を運ばねばならぬだろう。魔獣ならば、対処さえ誤らねば恐れるに足りぬが……」
「さっきはその魔獣相手に、対処を誤って死にかけてたのよね」
「や、やかましい。魔獣が相手でも苦戦することがあるのだ。だから魔物が相手ならば、さらに様々な状況を想定して対策することが必要だと申しておるのだ」
あくまでリックは慎重派の姿勢を貫く。大隊長という大勢の命を預かる立場にいたからなのかもしれない。
けれどもそんな意見を、ルシアは軽々と切り捨てた。
「その魔物は弓矢で反撃される可能性も考えずに、大して威力のない火弾で攻撃してきたのよね。知性だって、たかが知れてるかつら。もし慎重にやりたいのなら、逃げ足だけは早そうだからしっかりと退路を断つことをお勧めするのよね」
「つまりは……袋小路に追い詰めて、後は多少魔法を受けながらもゴリ押しでやっつけろ! ってことだね?」
「えーっ!? これだけ話し合ったのに、そんな大雑把な作戦なの?」
マーニの打ち立てた作戦に、ソフィが呆れた声を上げる。
けれどもそんなソフィを裏切るように、リックもまた同じような意見だった。
「しかしながら我々には魔法が使えぬゆえ、力押しで行くしかあるまい。洞窟内部は向こうに利があるとはいえ、外で戦っては逃亡の恐れもある。つまるところ洞窟に突入し、後は臨機応変に戦うということだ。ハッハッハ」
「そういうの、いにしえの言葉で『出たとこ勝負』って言うのよね……」
ルシアは冷たい視線を送ったものの、結局マーニの作戦が採用となったらしい。
そして作戦立案者……と呼べるか怪しいけれど、マーニが会議を締めくくる。
「こんな小さな集落なのに、既に三人が魔獣に襲われたり不審火で亡くなってる。だから討伐は一刻も早い方がいい。明日の朝、早速洞窟へ向かうけどいいかな?」
「無論だ。では明朝の出立前に、火弾を防ぐ盾を借りられないか、家人に聞いてみるとしよう」
「話が決まったならあたしは寝かせてもらうのよね。それじゃ、おやすみだわさ」
「えーっ!? もう話し合いはお終い? 早すぎない? 明日はもう魔物との戦いだなんて、わたし心の準備ができないよ。ねぇ、一緒に寝ようよ、ルシアちゃん」
ルシアは女性用にと貸し与えられた客間へ退散する。それを、怯えるソフィが小さい身体で、ルシアの後を健気に追いかける。まるで妹みたいに。
二人を部屋から送り出したマーニとリックも、ベッドへ入って眠りに就く。
明日は朝から長い一日になりそうだ……。
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エピソード終了時の中の人
勇者:リック 美女:ルシア 大男:マーニ 幼女:ソフィ
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