第28話 勇者、魔獣にてこずる。

現在の中の人

勇者:リック 美女:ルシア 大男:マーニ 幼女:ソフィ

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 マーニたちは『魔王討伐のしおり』の旅程に従って、魔王城への道を急ぐ。

 けれど『魔王討伐のしおり』が書き記されたのは六百年も昔のこと。当時とは街道の様子も街の賑わいもまるで違っている。

 街道の要衝だった宿場街が天災で廃墟になっていたり、別な街道が使われるようになったせいでいくつもの村が廃村に追い込まれていたり……。

 それでもリックが頑なに『魔王討伐のしおり』にこだわるものだから、まともな街に立ち寄れたのは最初のリンデルンだけだった。

 そんなわけで、ここ一週間は野宿生活。しかもこの辺りは物騒なことに、やたらと魔獣に遭遇する。

 陽も傾きだした夕刻、長閑な田園地帯には今日も威勢のいい声が響く。


「てりゃぁ! 勇者である吾輩に歯向かうとは無謀なり。無益な殺生は好まぬが、魔獣にその身をやつした不運として諦めよ!」


 誰一人として魔法が使えなくなったせいで、魔獣退治は剣に頼りきり。

 マーニもそれなりに剣は振るえるものの、リックが先にとどめを刺してしまうのでほとんど出番はない。

 そして本日三匹目の鹿の魔獣も、リックが勇者の剣で見事に斬って落とした。


「ねぇ、いちいち小難しいセリフを吐かないと、魔獣退治できないのかつら?」

「でも、勇者として剣を振る姿は生き生きとしてるわよね」

「まったく……回復魔法が使えないと、薬品があっという間になくなるなぁ。それにいくら勇者の鎧を着てるからって、毎回毎回敵の魔法攻撃をまともに浴びてたらたまったもんじゃないだろうに」


 マーニはポケットから回復薬を取り出してリックに手渡す。一気にそれを飲み干して体力を回復したリックは、晴れやかな表情でマーニに答えた。


「吾輩のことであれば案ずるな。勇者としての使命を果たしているに過ぎん」

「いや、でも、少しは僕にも任せてくれたって――」

「ちょっと! あっちで人が襲われてるみたいよ!」


 魔獣を倒したばかりだというのにまた出没。

 休む間もなくソフィが指さす方へ、伝説の武具をまとったリックが駆け出した。


「とぅあっ!」


 村人の喉元に牙を立てようとしている魔獣に向けて、リックは足元の石を拾って投げつける。こぶし大の石は見事に魔獣の横っ面に命中して、リックは注意を引き付けることに成功した。

 今度の魔獣は、どうやら狼が姿を変えたものらしい。

 地を這うような低い姿勢で身構える野獣の牙は犬よりも長く鋭い。そして赤く光る目つきも、獰猛な本能を曝け出すように熱く燃えたぎっている。


「さぁ、早くこっちへ」


 へたり込む村人とさほど視点の変わらない身長で、ソフィが避難を促す。

 村人は魔獣を刺激しないように後ずさりながら、誘導するソフィの方へとなんとか逃げ延びた。

 こうなればリックと魔獣の一騎討ち。スルリと勇者の剣を抜き、リックが魔獣を睨みつける。


「貴様はここで絶命することとなるが、吾輩を恨むでないぞ。むしろこの勇者によって、魔獣の呪縛から解き放たれることを喜びと思え!」

「毎回毎回よくもまぁ、セリフが思いつくものなのよね……」


 リックが剣を振りかぶると、魔獣は天に向かって遠吠えをしてみせた。

 魔法攻撃かと思ったけれど、特に何も起こらない。魔獣の外観にも、特に変化は見られないようだ。


「威嚇か? だが吾輩に揺さぶりは効かぬ。剣の切れ味、とくと味わうが良い!」

「言葉の通じない相手に良くやるのよね……」


 リックは剣を上段に構えたまま、魔獣に向かって駆け出す。

 魔獣もそれを待ち構えていたかのように、屈めていた脚を蹴りだしてリックに向かって飛び掛かった。

 俊敏な魔獣の出足は鋭く、矢のような速さでリックの太ももに食らいつく。けれどもいち早く、リックの振り下ろした勇者の剣が魔獣の脳天に到達する。


「遅いわっ!」


 リックは勢いのままに、剣を一閃する。

 魔獣はその脳天から真っ二つになる……はずだった。


 ――ガキィィン!


 響いたのは金属同士がぶつかり合うような音。

 そして次の瞬間、大きなうめき声が上がった。


「ぐぉぉおおっ……」


 声をあげたのはリック。その太ももは鎧によって覆われているはずなのに、魔獣の牙が食い込んでいた。

 今回も楽勝だろうと静観していたマーニの顔色が一瞬で変わる。

 マーニはリュックを放り出して慌てて駆けつけると、リックから引き剥がすために魔獣の頭を掴んだ。


「なんだ、こいつ。全身が金属みたいだ。さっき吠えたのは硬化魔法だったのか」


 マーニが魔獣の顔を殴りつけても、リックに噛みついた口を開こうとはしない。それどころか、殴りかかったマーニの方が拳を痛める始末だ。

 これほどまでに身を固めた硬化魔法じゃ物理攻撃は通らない。

 そんな相手には魔法攻撃が一番だけど、今は誰一人として使える者はいない。


「くそっ、厄介だぞ、こいつ」

「脚だ、脚をへし折ってしまえ」


 マーニはリックの指示に従って、魔獣の前足を両手で掴むと渾身の力を籠めた。

 魔獣の脚は、木の枝ほどの太さなのにまるで鋼鉄の棒のように硬くて、普通の力自慢じゃ曲げることすら不可能に思える。

 けれども、リックが鍛え上げたその身体を使ってマーニが力を振り絞ると、魔獣の脚がミキミキと軋み始めた。


「ぐぉぉうっ! こやつ……」


 魔獣の牙がリックの太ももにさらに深く食い込む。

 リックは歯を食いしばって痛みを堪えながら、マーニが軋ませている魔獣の脚へと打撃を加え始めた。


「ぐぬぅ、てりゃぁ!」


 繰り返し殴りつけるリックの拳。その執念が実って、ついに魔獣の脚をメキリッという音と共に粉砕した。


「きゃぅううん!」


 脚を砕かれた魔獣が悲鳴を上げて、リックの太ももから口を離す。

 そこを見逃さずに、リックは吠える魔獣の口の中へと拳をねじ込んだ。

 けれど魔獣だって反撃を仕掛けてくる。そのまま篭手の上から腕に噛みついて、その鋭い牙をギリギリと食い込ませる。


「さぁ、貴様が吾輩の腕を食いちぎるのが先か、それとも喉を詰まらすのが先か、我慢比べと参ろうぞ。マーニ殿、逃亡して引き分けなどという興醒めな結末を迎えぬよう、こやつをしっかりと押さえつけてくれ」

「わかった。でも大丈夫なのか?」

「吾輩のことなら心配は無用だ」

「ぐふっ、がふっ……」


 しばらくの膠着状態の後、魔獣は口の脇から泡をこぼし始めた。

 魔獣は苦しそうに口を開いたものの、リックが握り拳で喉を塞ぎ続けているので呼吸ができずにいる。

 やがてぐったりする魔獣。どうやら我慢比べは、リックの忍耐勝ちに終わった。

 息絶えた魔獣は黒いモヤとなりながら、二人の目の前から姿を蒸発させる。闇のように黒い、呪力の結晶を残して……。


 なんとか戦闘を終えたマーニとリックの元に、ソフィたちが駆け寄ってくる。

 ソフィが回復薬を差し出す傍らで、村人が深々とリックに頭を下げた。


「ありがとうございました、あなた方は命の恩人です。大したおもてなしはできませんが、我が家でご馳走させてください。それにちょっとですが、女房が回復魔法も使えますんで」

「いや、気を使わずともよい。吾輩は勇者ゆえ、当然のことをしたまでよ」

「これはこれは、あなたが魔王討伐に向かわれているという勇者様でしたか。でしたらなおのこと、是非とも我が家へお立ち寄りください」

「だから、礼には及ばぬと申すに……」


 リックが村人の謝礼を丁重に辞退していると、ルシアがその美しい顔を歪めながら大声で怒鳴りつけた。


「お礼を受け取らないのが美徳だと思ったら大間違いなのよね。もてなしたいっていう気持ちを満たしてあげることで、喜びが得られる人だっているんだわさ!」

「かっこいいこと言ってるけど、本当はご馳走って言葉に釣られただけだろ?」

「ええ、そうだわさ。もう一週間も続けて山菜料理に野宿なのよね。いい加減に、まともな休息だって取りたくもなるかつら」

「ははは、どうぞどうぞ、遠慮なく我が家へお越しください」


 一行は今夜の宿を確保した……。


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