第27話 剣士、魔法を習う。

現在の中の人

勇者:リック 美女:ルシア 大男:マーニ 幼女:ソフィ

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 タクティアの城下町を囲む街壁も見えなくなって、やっと旅も本格的に始まった。とは言っても身体は入れ替わったまま。

 勇者の身体になったリックは、兜の前面を跳ね上げたまま先頭を歩く。

 その後ろには、厳つい巨体となったマーニ。

 次は一気に魅惑的な体型の女性へと変貌したルシア。

 そして最後方は、そのルシアが逃げ出さないように監視を続ける、幼女のようなソフィが務める。

 そんなリンデルンの街へ向かう道中で、リックが本来の勇者であるマーニに質問を投げかけた。


「マーニ殿は、元々は一人で魔王討伐に向かうつもりだったのであろう?」

「しおりにも書いてある通り、一人で行くしかないって思ってたからね」

「それで、マーニ殿はどうやって魔王を倒すつもりだったのか、ぜひとも聞かせてはもらえぬか?」


 口調は軽い質問のようだけど、マーニに向けるリックの眼差しは真剣そのもの。その雰囲気を察知したルシアが、リックをからかう。


「あー、リックったら、勇者になれたから魔王討伐に燃えちゃってるのよね。またこの先、身体が入れ替わるかもしれないのに、大した責任感なんだわさ」

「そ、それは、このまま入れ替わることなく、魔王と相対するやもしれぬからな」


 確かに魔王と対峙したときに、誰が勇者になっているのか今は想像もつかない。

 そして、体系化された魔王の倒し方は別に機密事項でもないので、マーニは予定していた作戦を惜しげもなくリックに伝える。


「勇者の血を色濃く持っている直系の血筋は、白魔法と黒魔法の両方が使えるっていうのはリックも知ってるよね?」

「それは無論。随分と書籍を読み込んでおるからな」

「実はその特性を持つ勇者にしか使えない、自分に撃たれた魔法跳ね返す魔法っていうのがあるんだよ」

「知っておるぞ、それは――」

「『リフレクション』なのよね」


 回答をルシアに横取りされて、リックは面白くなさそうな表情を浮かべる。

 けれども魔法の知識についてはルシアには到底かなわない。続けて始まった魔法講義に、リックは耳を傾け続けるしかなかった。


「魔法学的に解説すると『リフレクション』は、身体に受けた魔法を吸収する防御としての白魔法と、それを相手に対して撃ち出す攻撃としての黒魔法を併せ持っているから、勇者にしか使えないっていうわけなのよね」

「ルシアちゃん、すっごーい。さっすが、大魔法使い!」

「そ、それほどでもないんだわさ。でも、魔法辞典に載ってる魔法は全部完璧に暗記してるかつら」


 ソフィに褒め称えられて気分を良くしたルシアは、『リフレクション』の魔法についてさらに講釈を続ける。


「そんな魔法に対しては無敵とも思える『リフレクション』も、跳ね返せるのは単純魔法だけの出来損ないなのよね。精霊の力を借りる精霊魔法に対しては、まったくの無力なんだわさ」

「それでは魔法の権化とも言える魔王に対しては、何の意味もないではないか」

「それがそうでもないのよね。魔王は圧倒的な魔力を持ってるけど、使える魔法は単純魔法だけなんだわさ。魔王は邪悪な存在だから、精霊の加護を受けられないのがその理由、って言われてるのよね…………くくくくっ」


 得意気に語っていたルシアが、突然意味ありげに笑いだす。

 気になったマーニはその理由を尋ねてみた。


「どうしたんだよ、突然笑いだして。気持ち悪いぞ」

「あたし、たった今、学説を思い付いたのよね。魔法学会に発表しようかつら」

「なんだよ、その学説って」

「勇者も精霊魔法は使えないのよね? 今までは白魔法と黒魔法の両方を使えることに特化した分、精霊魔法については退化したって言われてたけど、実は勇者も邪悪だから精霊の加護がもらえないんじゃないかつら……アハハハハ」

「得意属性が暗黒魔法の、邪悪なルシアにだけは言われたくないぞ!」


 ルシアの冗談にマーニも反撃する。

 そんな脱線しつつある話題を、リックが再び軌道修正した。


「そんなことよりも魔王の討伐の方策だ。マーニ殿はその『リフレクション』を用いて、如何様にするつもりだったのであるか?」

「とにかく持久戦だよ。相手は魔王、無尽蔵の魔力って言われてる。だけどね、尽きない魔力は無いんだ。とにかく『リフレクション』で魔王の魔法攻撃を防ぎながら、剣でダメージを与え続ける。当然回復だってされるけど、それでもチマチマと刻み続けるつもりだったよ」

「だが、それではマーニ殿の体力や魔力の方が尽きてしまうのではあるまいか?」

「そこはマジック・アブソーブやパワー・アブソーブっていう吸収魔法がある。とにかく何日かかるのかわからないけど、魔王の魔力を消耗させたり吸収したりして枯渇させれば勝てるっていうのが歴代勇者の作戦さ」

「やはり……そうなるのだな……」


 知りたがっていた作戦を聞き終えた途端に、リックの声が力を失う。

 その足取りも、さっきまでに比べると明らかに重そうだ。


「リックさん、どうしちゃったの? 急に元気なくなっちゃったけど」

「いや、その作戦なら知っておるのだ。勇者と魔王の戦いについての文献も山のようにあるのでな。そしてマーニ殿の作戦を聞けば聞くほど、魔法無しで魔王に立ち向かう方策はないのだと、痛感してしまった次第だ……」

「それは当たり前なのよね。魔王と戦うなら、魔法攻撃を防ぐ手立てを考えないと太刀打ちできないんだわさ。で? あんたは魔法が使えないってことかつら?」


 打ちひしがれるリックに、ルシアが歯に衣着せぬ口ぶりで追い打ちをかける。

 その容赦ない質問に、リックは力なくうなずくしかなかった。


「ふーん、だけど、その身体になってからは試してみたのかつら?」

「確かに、まだであった。が、しかし、魔法とはどうやって撃つものなのだ? 恥ずかしながら吾輩、幼き頃より魔法とは無縁だったゆえその感覚がわからぬのだ」


 珍しくリックが弱みを見せた。

 そんなリックを見て、ルシアが調子に乗らないはずがない。


「クックックー。大魔法使いのこのあたしが、直々に教えてあげてもいいのよね」

「誠であるか? ぜひとも、ぜひともお願い申す」

「教えてあげてもいいけど……あたしのことは先生と呼んでもらおうかつら。教わる以上は当たり前すぎる条件なんだわさ」

「くっ……。お願い申す、ルシア……」

「どうしたのよね? 早く言わないと、教えてあげないのよね」

「ルシア先、せ……」

「そんなにへりくだらなくても、僕が教えてあげるよ」

「かたじけない、マーニ殿!」

「あーっ、なんてことしてくれるのかつら、このなんちゃって勇者!」


 尊厳を無事保ったリックは、マーニから魔法の指導を受けることになった……。



「まずは魔力を感じ取るところからだね。このお腹の中心辺りに、なんだかじんわりと温かい力の源みたいなのを感じないか?」

「うーむ、あると言えばあるような、さりとて何も感じられぬような……」

「そんなまどろっこしい説明は抜きにして、右手を突き出して『ファイア・バレット!』これでいいのよね!」

「ルシア。お前、そんな大雑把な説明で先生って呼ばせようとしてたのかよ……」


 基本から忠実に教えようとするマーニと、実戦から始めるルシア。どちらのやり方も試したけれど、やっぱりリックの手から魔法が放たれることはなかった。

 そこへ早馬が通りかかる。

 早馬は一行を通り過ぎたものの、少し先で騎手が手綱を引いて止めると、反転してゆっくりと近づいて来た。


「大隊長! リックハイド大隊長ではございませんか!」

「おぉ、ブリッツ。ブリッツではないか、久しいな」

「そのお言葉遣い、久しぶりにございます。ですが……どちら様ですか?」


 下馬したリックの元部下のブリッツは、返事をした勇者に怪訝な顔を向けた。

 リックは慌てて自分の口を手で塞ぐと、マーニの背中を軽く小突いた。


「え? あ、ああ、そ、そうだね。いや、そうであったな」

「あの……まさかとは思いますが……わたくしのことをもうお忘れになられては、いらっしゃいませんよね?」


 ブリッツは泣き出しかねない様子でマーニに尋ねてきた。

 そうは言っても、マーニにとっては初対面。どう返答していいかわからない。

 冷や汗を流すマーニに、ソフィが救いの手を伸べた。


「あんなに忠実だった部下のブリッツさんを忘れたふりだなんて、冗談にしても程があるわよ?」

「ははっ、冗談でございましたか。安心致しました。で、お嬢ちゃんは誰かな?」


 ブリッツを知っていなきゃいけない人物が知らなくて、知っているはずのない人物が親し気に接している。そんな違和感だらけの状況に、ブリッツが不信感を持つのは当然。その表情が怪しく曇っていく。

 このままじゃまずいと、マーニは出たとこ勝負で演技を始めた。


「あー、あー、ブリッツよ。これは……だな、娘だ。そしてこっちは勇者のマーニライト。いつも良くしてくれたお前のことを、普段から話していたから懐かしく思えたんじゃないか……であろうか」

「そうでございましたか。わたくしめのことをご家族や勇者様に話してくださるなんて、このブリッツ、感激の極みにございます。で、そちらのお美しい女性は?」

「あ、ああ、これは……勇者の奥さんだよ、いや、であるぞよ」

「は?」

「はぁ?」


 ソフィとルシアから一斉に疑問の声があがる。

 けれどもマーニは強引にねじ伏せた。そしてそのまま話題を変えて誤魔化す。


「ははは、とぼけるなんて人が悪いなぁ、二人とも。冗談がきついぞ? そんなことよりブリッツ。君は急いでたんじゃないのか?」

「あ、そうでございました。志願しておりました魔王監視の任が受理されたので、大急ぎで向かっている最中でした。そこに大隊長のお姿が見えたもので、思わず足を止めた次第でございます」

「そ、それは急がねばまずいのではないか? うん、そうだ、急いだほうがいい」


 これ以上会話を重ねてボロを出さないようにと、マーニは必死に追い返す。

 けれどもリックはブリッツとの再会が懐かしかったのか、入れ替わりがバレないように注意しながら声をかけた。


「ブリッツ殿、お噂はかねがね。して、そなたはなぜに魔王監視の任などを?」

「先ほどは失礼いたしました、勇者様。実はわたくしの元上司であるこちらのリックハイド大隊長が、勇者様と共に魔王討伐に赴くとの噂を聞きつけました。そこでわたくしにも何かお手伝いできることはないかと考えた末、最前線で大隊長の到着をお待ちしようと思い立ったわけです」

「そなた……。己の欲で身勝手に退役した男などのために、なんと健気な……」


 リックはそうつぶやくと、慌てて兜の前面を自分で閉じた。

 そんなリックに向かって、ブリッツは声を荒げる。


「たとえ勇者様でも大隊長を貶める発言は聞き捨てなりません。お改めください」

「そうだな、すまなかった。だが、そなたの心意気は、必ずやリックハイドの胸を揺さぶっておるはずだ。身体に気を付けて、無理などせぬようにな……」

「ありがとうございます、勇者様。みなさまも、ご安全に。リックハイド大隊長、わたくしめは先に魔王城に向かわせていただきます。では!」


 ブリッツはそう言い残すと、再度馬にまたがって行ってしまった。

 それを見送りながら、リックはいつまでも肩を震わせていた……。


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エピソード終了時の中の人

勇者:リック 美女:ルシア 大男:マーニ 幼女:ソフィ

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