第26話 勇者、恥をかく。

現在の中の人

勇者:リック 美女:ルシア 大男:マーニ 幼女:ソフィ

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「さてと……」


 治療がひと段落したマーニは一言つぶやいて、ゆっくり立ち上がる。

 そして地面に座り込んで休んでいるリックの背後に立つと、被っている勇者の兜に両手をかけた。


「痛たたたた。おぬし、何をする。痛いであろう、やめないか!」


 リックの身体に入れ替わったばっかりで、力加減が良くわかっていないマーニ。

 そんなマーニの怪力で引っ張り上げても、勇者の兜は引き剥がせなかった。


「いや、さっき魔物を倒した後で勇者の兜が脱げてたろ? だから、また脱げるんじゃないかと思ったんだけど、ダメだったね」

「なるほど。しかし魔獣ではだめだが、魔物を倒せば再び兜が脱げる可能性はあるやもしれぬな。それにしても、ちと手荒過ぎるぞ。首がもげるかと思ったわ」

「初対面だったのに、わたしにいきなり飛び蹴りを食らわせるような人に、その程度で手荒なんて言わせないわよーだ」


 横からソフィが首を突っ込む。どうやらソフィはまだ、あの出会いを根に持っているらしい。それほどまでに強烈だったということか。

 だけど食って掛かるには、その身体は小さすぎる。ルシアの身体になってしまったソフィが詰め寄っても、子供が親に歯向かっているようにしか見えない。


「いやはや、あの時はすまなんだ……。この通りだ、許してもらいたい」

「えっ? あぁ、わ、わかってくれれば、いいのよ……」


 あっさり謝罪したリックに、ソフィは拍子抜けしたらしい。

 だけど理由は簡単に想像がつく。容姿が入れ替わってしまえば、ソフィの言動はもうリックは気にならないはずだから。


「だけど、まいったな……。攻撃魔法も試してみたけどダメだった。僕は完全に魔法が使えなくなっちゃったみたいだ」

「あたしも……白魔法も黒魔法もどっちも発動しないんだわさ……」

「どうやら、誰一人として魔法が使えなくなっちゃったみたいだな」


 マーニがポツリとつぶやいた。

 その一言で、魔王討伐の旅に暗雲が立ち込める。


「身体が再び入れ替わってしまった影響であろうな。吾輩は元々魔法など使えぬ身ゆえ、ちっとも不便には感じぬがな」

「わたしも別に。だけど、いつも魔法を使ってた人にとっては辛いかもね」

「うーん、辛いっていうか、心細いね。自分の支えがなくなった気分だ」

「……そう、なのよね……」


 ルシアのつぶやき以降、誰も言葉を発しなくなってしまった。

 そんな、どんよりと重苦しくなった空気を打開しようと、リックが口火を切る。


「うーむ、状況は一変してしまったが、魔王の討伐を遅滞させるわけにはいかぬ。まずは旅を再開するとしよう。そういえば、この先の道はわかるのか?」

「あぁ、それなら僕の荷物の中に、実家から持ってきたやつがあるはず。ちょっと待ってくれよ……えーっと」


 マーニは再び大きなリュックの中の荷物をゴソゴソとかき分けると、その奥の方から古臭い小冊子を取り出す。そしてそれをみんなの前に差し出した。

 それを手に取ったのは、腕の傷が癒えたルシア。小冊子を手にしたルシアは、その表紙を眺めるなり噴き出した。


「ぷっ! なんなのよね、これ。『魔王討伐のしおり~五代目勇者に捧ぐ』って、遠足かつら。ふざけるにもほどがあるのよね」

「なにっ、『魔王討伐のしおり』だと! 頼む、吾輩にも見せてくれ!」


 ルシアが表紙を読み上げた途端に、リックの様子が豹変する。

 兜の前面を跳ね上げて鼻息を荒げると、リックは慌てて篭手を外してルシアから強引に小冊子を奪い取った。


「おぉぉ……なんという僥倖。このような貴重な書物に触れられるとは……」

「でもそれ写本だよ?」

「写本でも構わん。吾輩にとってはその中身が重要なのだ。歴代最強と謳われた五代目勇者が、魔王討伐より帰還した後に書き記したこの書の中身が!」


 リックは小冊子を空に掲げ、目を潤ませながら崇め始めた。

 自宅の本棚に魔王討伐の関連書籍がズラリと並んでいたことを思えば、このリックの反応は納得できる。

 勇者の家系であるマーニの実家には、この手の古文書に事欠かない。きっとリックを実家に招待したら、とんでもないことになりそうだ……。


「そのふざけた書って、五代目勇者が書いたのかつら?」

「ふざけた書とは何事だ。貴様、五代目勇者殿を愚弄するか!」


 ルシアの挑発的な言葉に、リックは一瞬で怒りの表情を浮かべる。今にも勇者の剣を引き抜きそうなほどに。

 けれどルシアも負けていない。そんなリックに笑いながら言い返す。


「副題に『五代目勇者に捧ぐ』って書いてあるのよね。自分に捧ぐなんて、意味も知らない大馬鹿者かつら」

「ぐぬぬ……それは、書き写した際に間違えたのやも――」

「家に原書があるけど、確かに『五代目勇者に捧ぐ』って書いてあったよ」

「た、たわけが……そんな些末なことよりも、中身が大事なのだ、中身が!」


 少し形勢が不利になったリックは話を強引に終わらせると、食い入るように『魔王討伐のしおり』を読み入り始めた。

 あまりにもリックが黙々と読み続けているので、間が持てなくなったマーニは様子を探るように尋ねてみた。


「なんか気になることは書かれてたかい?」

「それがだな、ここに『魔王の討伐には必ず勇者一人で行くこと』と記されておるのだが……これは誠か?」

「またなんだか馬鹿っぽい手引き書なんだわさ。これじゃ、中身も本当に信じていいんだか、疑わしくなってきたかつら」

「確かに……。魔王の討伐がなんだか、お使いにでも行くみたいな言い方ね」


 ルシアに続いてソフィまで。『魔王討伐のしおり』の威厳が失われていく。

 そうなると当然、リックが黙っているはずがない。


「実際に魔王を討伐した五代目勇者様のありがたいお言葉を、貴様らは……」

「じゃぁ、どうするのよね。この手引書に従って行動するつもりなのかつら?」

「それは……当然、であろう」

「それじゃぁあたしたち、いきなりお役御免ってことなのよね? ここで帰ってもいいのかつら?」


 ルシアの突然の帰宅宣言に、マーニが慌てて止めに入る。


「おい、おい、身体が入れ替わったまま帰っちゃダメだろ」

「せっかく魅力的な身体も手に入れたことだし、あたしは王都で男どもを手玉に取ってやるのよね」

「えーっ!? ちょっと、そんなの困るわよ」


 自分の身体を持ち逃げされそうなソフィが、慌ててルシアの裾にしがみつく。

 困り顔のソフィを見下ろすルシアはケラケラと笑いながら、自分の身体に向かって弁解した。


「冗談、冗談なのよね。そんなことするはずないのよね」

「本当に? ちょっと本気っぽかったよ?」

「ないない、そんなことないんだわさ――」

「こら、少し静かにせぬか! それでこれは誠なのか? まさか勇者一人で立ち向かわねば、討伐が不可能ということはあるまいな?」


 マーニはリックが指さす『魔王討伐のしおり』の一節を読み返すと、自分自身もその点には疑問を抱いたことを思いだした。

 そして父親に尋ねた時の返答をそのまま受け売りする。


「うちの親父も確実なことはわからないらしい。でも過去の討伐で何十人、何百人と魔王城に向かっても、帰還したのは勇者一人だけだったって。だから、余計な犠牲者を出さないようにっていう戒めじゃないかって言ってたよ」

「なるほど。確かに過去の討伐において、勇者以外の生還者は一人もおらぬ……。魔王とはやはり、それほどの強敵ということであるか」


 勇者に関わる文献をたんまりと読み込んでいるリックの言葉だから、そのつぶやきを誰も疑わない。

 勇者以外の生還者がゼロという事実を突きつけられて、今の今まではしゃいでいたルシアが一気に声のトーンを落とす。


「あたしやっぱりこのまま引き返して、男どもをはべらすことにするのよね……」

「あーっ、やっぱりさっきの言葉、本気だったんじゃない!」

「だって、魔王城について行ったらあたし死んじゃうんだわさ。そんなの、まっぴら御免なのよね!」


 今度は冗談じゃなく、ソフィとルシアの甲高い声で言い争いが始まった。

 そんなやり取りを、眉間にしわを寄せたリックが一喝する。


「やかましい! 少し静かにせぬか。そもそもここで離脱した所で、再び身体が入れ替われば最前線の真っただ中かもしれぬのだぞ?」

「それは、確かに……なのよね……」

「魔王城はまだまだ先なんだから、慌てて散り散りになることもないだろ」


 一人だけ気乗りしていないルシアを、マーニがなだめる。

 するとソフィが、良いことを思い付いた様子で目を輝かせた。


「大体、こうもコロコロと身体が入れ替わるんだから、みんなが勇者みたいなものじゃない。わたしたち四人で勇者! それで良くない?」

「そうそう、良いこと言う! 僕らは四人合わせて勇者。かけがえのない仲間なんだから、せめて魔王と戦う直前までは一緒に行こうよ」


 マーニがソフィの言葉を褒め称える。惚れている女に媚びているような気がしないでもないけれど、マーニはその言葉を使ってルシアをさらに説得した。

 けれどもその言葉は、ルシアには響かなかったようだ。


「仲間……そんな曖昧な言葉、信用できないのよね。だけど、せっかく自由を手に入れて楽しんでる真っ最中に、兜を被り直されて呼び戻されたら堪らないかつら。だからしばらくは、付き合ってあげることにするんだわさ」

「良かったぁ。ルシアちゃんと一緒の方がわたしも楽しいよ。これからもどうかよろしくね、ルシアちゃん」

「し、仕方なく、なんだわさ。こちらこそよろしく、なのよね……」


 両手を握って笑いかけるソフィと、照れを隠すように顔を背けるルシア。まんざらでもないように見えるけれど、表面上は渋々ながらルシアは同行を受け入れた。

 マーニはほぼ全員分の荷物といえる大きなリュックを背負うと、未だに『魔王討伐のしおり』を食い入るように読み続けるリックに尋ねた。


「じゃぁ、そろそろ出発しようか。まずはどこに向かえばいい?」


 しおりには地図と共に、王都から魔王城への旅程が記されている。

 それを見たリックはみんなに向けて提案した。


「この街道を西へ進めばリンデルンの街。まずはそこに立ち寄ろうではないか」

「そこまでの距離はどれぐらいなの?」

「徒歩で半日といったところか」

「えーっ、半日も歩くなんてしんどいのよね。ちょっとあんた、あたしを負ぶってくれないかつら? その代わり、背中におっぱい押し付けてあげるんだわさ」

「ちょっと、ちょっと、人の身体で何勝手なこと言ってくれちゃってんのよー!」


 林を出て街道に戻った一行は、賑やかな様子で西に向けて旅を始めた……。


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エピソード終了時の中の人

勇者:リック 美女:ルシア 大男:マーニ 幼女:ソフィ

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