第二章 伝説の勇者、旅に出る。

第23話 勇者、ついに旅立つ。

 いよいよ旅立ち。空も晴れ渡って、祝福しているかのよう。

 まずは城下町を囲う街壁の外に出るために、一行は南端にある大門へと向かう。すると待ち構えていた衛兵たちが、マーニたちに最上級の敬礼を手向けた。


「勇者様、連絡は受けております。行ってらっしゃいませ」

「ご武運をお祈り申し上げます」


 白く輝く伝説の武具たちで身を包んだルシアは、先頭で偉そうに胸を張りながら門をくぐり抜けていく。衛兵からの待遇に気を良くしたらしい。

 他の三人も魔王討伐の旅ということで、戦闘向けに身なりも整えた。

 その防具選びでは色々あったみたいで、真っ赤に腫れ上がった頬の手のひらの跡をさすりながら、マーニがルシアの後ろを歩く。


「おーい、勇者様。あんまり先を急ぐと体力持たないぞー」


 マーニが纏っているのは純白のローブ。素材は薄手のシルク製で、美しいボディラインが薄っすらと透けて見えるほど。

 その美貌とプロポーションだから、お色気たっぷり……のはずなのに、歩き方は残念なガニ股。せっかくの雰囲気が台無しだ。

 だけど中身は元勇者の男なんだから、それも無理はない。

 すぐ後ろに続くソフィが、そんなマーニを見て苦言を呈する。


「ねぇ、もうちょっとおしとやかに歩いてよ。なんだか野蛮な感じよ?」


 そういうソフィは身長2メートルの巨漢なのに、内股気味でちょこまかと歩く。中身は田舎から出てきた自称23歳の娘だから、これまた無理もない。

 服装は最初から一貫して変わらない、布鎧のブリガンダインと背中には大剣。

 だけど今は、全員分の大量の荷物を詰め込んだリュックを背負わされて、まるで荷物持ちの罰ゲームでもさせられているみたいだ。


「そんな貴様こそ、もっと胸を張って堂々と歩かぬか。吾輩の身体だというのに」


 そして最後尾はリック。目の前でナヨナヨとした振る舞いをする自分の身体が許せないらしくて、今日もソフィに対して辛く当たっている。

 服装は身軽な革鎧で、左右の腰にはそれぞれ短剣を一本ずつ下げている。確かにその低い身長じゃ、通常の剣を下げたら地面を引きずってしまうだろう……。



「ふん、ふん、ふ~ん」


 ルシアはやけにご機嫌で足取りも軽やか。まるでスキップでもしているようだ。

 そんな様子を見て、マーニがルシアをからかう。


「やけにノリノリじゃないか。昨日までは一番後ろを嫌々ついて歩いてたのにさ」

「まさかおぬし、また逃亡しようなどと考えてはおらんだろうな?」


 ルシアには逃亡の前科がある。リックが疑うのも当然だ。

 だけど、ルシアは単純に上機嫌なだけらしい。それは兜で表情が見えなくても、その返答の口調からハッキリわかる。


「そんな風に疑われると、本当に逃げ出したくなるのよね。だけど安心するといいかつら。今は逃げるつもりはないんだわさ。少なくとも今はね、あははは」


 今日はやけに陽気なルシア。昨日までとは大違いだ。

 そんなルシアは大門を抜けて街道に出た途端、近場の林の中に分け入っていく。マーニは慌ててルシアを呼び止めた。


「おい、どこに行くんだよ。しょんべんか?」

「だ・か・ら、言葉遣い! わたしの身体でお下品な言葉使わないでよ」

「そ・れ・は、貴様もだ」

 

 マーニを注意するソフィが、さらにリックに注意される。

 各自の身勝手な言動は、相変わらずそれぞれに不満に思っているようだ。

 さらに林の奥に入っていくルシアを、マーニが再び呼び止める。


「おーい、どこに行くつもりなんだよ。おしょんべんか?」

「もう、全然直ってないじゃないのよっ!」

「おぬしもな!」


 ルシアが逃げるつもりじゃないのは、マーニにも感じ取れた。

 ルシアは足を速めることなく、何かを探すように辺りを見回しているからだ。

 そんなルシアがやっと足を止めた。


「ここら辺りでそろそろいいかつら」

「何がいいんだ?」


 マーニの問いかけにも答えず、ルシアはすっと右手を突き出す。そして前方にあった、一人じゃ抱えきれないほどの太さの木に向かって、ルシアは魔法を放った。


「ダークネス・バレット!」


 ルシアの右手のひらから飛び出した鞠ぐらいの大きさの漆黒の塊は、一瞬にして目標の木に命中する。

 そして木を激しく揺らす……どころか、一気に根こそぎ押し倒した。

 それを見てルシアは歓喜の声を上げる。


「むふぅん、気ぃ持ちいいぃぃん……だわさぁ」

「まさか、お前……。魔法をぶっ放すためにここへ来たのか?」

「だって、街中で魔法を使ったら、また捕まっちゃうのよねん」

「まったく、貴様という奴は。街の外なら良いというわけではなかろうが。どこであろうと、みだりに魔法を使用するのは法律で禁じられておるのだぞ」


 不用意に放った魔法の流れ弾が当たれば、死に至ることだって珍しくない。だから魔法は、正当な理由や許可がなければ使うことができないのがこの国の法律だ。

 ルシアが罪を犯せば捕まるのはマーニの身体。他人事じゃないマーニは、本気でルシアを諭す。


「昨日リックに魔法をぶっ放したのも、見つかったら牢屋に逆戻りだったんだぞ?そもそも国王に向かってぶっ放して捕まったのに、まだ懲りてないのかよ」

「そんなこと言ったって、あたしだって……」


 マーニの本気の叱責に、ルシアは兜の前面を跳ね上げて反論しようとする。

 けれど言い負かせるだけの理由がなかったのか、言葉に詰まってその目に涙を薄っすらと浮かべた。

 それを見てマーニはため息をつくと、ルシアが被る兜の前面を静かに下ろす。


「頼むからすぐに泣かないでくれよ。それ僕の顔なんだから……」

「まぁ、まぁ、まぁ、締め付けてばっかりじゃ可哀そうでしょ。ここなら誰もいないみたいだし、ちょっとぐらい好きにさせてあげたっていいじゃない」

「おぬしは言葉遣いも甘ければ、考えも甘いな。だが確かに魔法はこの先必要になることでもあるし、鍛錬として認めても良いかもしれぬな」

「みんながそう言うなら仕方ないなぁ……。だけど、派手なのはやめてくれよ? 見つかったら大変なことになるんだからな」


 ソフィとリックが容認したので、マーニも渋々それに従う。

 一方のルシアは虫かごから解き放たれた蝶のように、軽やかに舞いながら駆け出して行った。


「あんまり締め付けてばっかりだと、また逃げ出したくなっちゃうのよねーん」

「勇者としての風格なんて、微塵もないな……」


 ルシアは軽口を叩きながら、あちこちに向けて様々な魔法を繰り出す。そしてその威力を確認しては、キャハハと歓喜の声を上げてはしゃいでいる。

 そんなルシアを眺めながら、マーニは深くて大きなため息をついた。


「はぁ…………すごい威力の魔法を易々と撃つんだな……。羨ましい……」


 マーニのため息の理由は羨望だった。自分が持ち合わせていない魔法威力を、自分の身体で発揮しているのが一番の理由だ。


「どうしたの? なんだか神妙な顔しちゃって」


 そんなマーニに、優しい言葉で心配の声を掛けたのはソフィだった。

 その声の低さに少しガッカリしながらも、マーニは慌てて取り繕う。今の外見は厳つい大男でも、一目惚れした相手に気弱なところは見せたくない。


「あれだよ、あれ、見てよ。はしゃぎすぎだろ、子供かっつーの。こんなところを知り合いになんて見られた日にゃ……」

「いいじゃない。ああやって駆け回る姿、無邪気で可愛いわ」

「実際子供なのだから仕方があるまい。なにしろ、あやつの本来の身体はこの通りであるからな」


 リックは両手を広げて、その容姿をマーニとソフィにアピールする。

 すると魔法の試し撃ちに興じていたルシアが、大声で喚き散らしながらズカズカと迫ってきた。どうやら三人の会話が聞こえていたらしい。


「ちょっとあんたち、失礼なこと言わないで欲しいのよね。あたしはれっきとした大人、二十歳を迎えたレディなんだわさ」

「えーっ、なんだとぉっ!? 僕より年上だってのか?」

「それって、本当なの?」

「誠であるか?」


 ルシアを除く全員が、大声を上げながら驚嘆する。そして一斉に、ルシアの身体であるリックに目を向けた。

 ソフィは身長に注目して、マーニは胸を確認した。そして当事者のリックは、さらに下の方をじっと見つめた。


「あーっ、なに、なに、なんなのよね? あんた、今どこを見たのかつら?」

「い、いや、すまぬ。ふ、深い意味はないのだ――」

「いやらしぃ、これだから男って……。やっぱりロリコンだったのね!」

「いやいや、吾輩は決してロリコンなどでは……」


 ルシアとソフィが激しくリックに詰め寄る。今回ばかりはリックの分が悪い。幼く見える顔を真っ赤にして、リックは言葉を詰まらせてうつむいた。

 だけど同性として同情したマーニは、話を逸らしてリックを援護する。


「ほらほら、魔法の試し撃ちに満足したなら、そろそろ旅に戻ろうよ。調子に乗りすぎて魔力が枯渇してもしらないぞ?」

「まだ撃ち足りないんだわさ。せめて最後に一発、本気で撃たせて欲しいのよね」

「おいおい、今までのは本気じゃなかったのかよ……。ただし一発だけだぞ。それから、木に撃ちこむのはやめなよ? 木だって生きてるんだからさ」

「ふふん、わかったのよね。じゃぁ、最後に本気でいくんだわさ。あの大きな岩を木っ端微塵にしてみせるのよね」


 集中砲火を浴びていたリックは助けられたものの、今度はマーニ自身が凹んだ。高火力魔法を羨んでいたのに、それがまだ本気じゃなかったからだ。

 呆れると同時に、ルシアを見つめる目に羨望の色がさらに濃くなるマーニ。

 そしてルシアの本気とはどんなものかと、マーニは注意深く見守った。


「ダークネス・バレット!」


 またしても、ルシアの手のひらから漆黒の塊が飛び出す。

 今回の大きさはスイカほど。マーニが本気で放つ魔法弾の大きさが握り拳ぐらいだから、ルシアの魔法威力が桁違いなのがハッキリわかる。

 その撃ち出された漆黒の塊は、ルシアが目標にした岩へと一瞬で到達した。そして着弾と同時に、砲撃が炸裂したように岩を砕く。

 マーニが女奴隷として目覚めた時に聞いたような音と共に……。

 四方八方に飛び散る粉砕された岩。同時に灌木の陰から叫び声が聞こえてきた。


「痛てぇ! 誰だ、俺様の昼寝の邪魔をする奴ぁ」


 まさか人がいるとは思わなかった。

 魔法の不法使用を密告されたらまずいと、マーニは慌てて声に向かって謝った。


「すいません、すいません。人がいるなんて知らなかったもので。こいつにはきつく言って聞かせますから、どうかお許しください」


 とにかく許してもらおうと、マーニは声に向かって平謝り。ルシアの兜にも手を掛けて、強引に頭を下げさせる。

 するとガサゴソと音を立てながら、灌木の中から声の主がヌッと現れた。

 マーニは許しを請うために、さらにペコペコと頭を下げる。


「ほんとにすいません。お許しいただけるんでしたら……って、お、お前は……」


 姿を見せたのは身長三メートルはあろうかという、とてつもない巨体だった。

 目は吊り上がり、顔の色は緑とも紫とも言える不気味な色。骨ばった手の先には長く伸びた爪。その特徴的な姿にリックが驚きの声を上げた。


「――貴様、魔物か……」

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