第22話 勇者、作戦を練る。

 四人はひとまず、城下町にあるリックの自宅へと集まった。これからのことを打ち合わせるために。

 応接間に通された三人は、ソファに腰かけてくつろぎ始める。そこへリックが淹れたてのお茶を持って登場。そのお茶に口をつけると、みんな揃ってホッと安堵のため息を漏らした。

 落ち着いたら、次にやることなんて決まっている。

 マーニ、ソフィ、リックの三人が揃って視線を向けた先は勇者。ここに来るまで泣き続けていたから声が掛けられなかったけれど、もう大丈夫だろうとマーニが口火を切って質問した。


「あの……暑くないの? その兜。それで、君の名前を教えて欲しいんだけど」


 甲冑を脱いで服装は身軽になったのに、兜だけは脱ごうとしない勇者。ソフィやリックの興味もマーニと同じだったようで、その反応をじっと見守っている。

 勇者は一呼吸置くと、最低限の言葉でマーニの質問に答えた。


「ルシア。脱ぎたくても脱げないんだわさ、この兜」

「さっき国王も言ってたけど、脱げないってどういうこと?」

「言葉通りの意味なのよね。身体と同化しちゃったみたいで、どうやっても剥がれないんだわさ」


 その言葉が信じられなかったマーニは立ちあがって、勇者の兜に手を掛ける。そして力任せに引っ張り上げた。


「痛い、痛い、痛い。だから、脱げないって言ってるのよね! それ以上引っ張ったら、首がもげちゃうんだわさ」

「脱げないってのは本当みたいだな」

「あたしの言うことが信じられないのかつら!?」


 ついに欠けていたピースが埋まった。

 幼女の名前も判明して、マーニはルシアに状況説明を始める。城の地下でリックがルシアを蹴り倒して以降、人目のせいでずっと話せずにいた事情を……。



「四人同時に身体が入れ替わったなんて、信じられない話なんだわさ。それでこの勇者の身体の持ち主は、そこのあたしの身体の人じゃなくて、こっちのデカパイの人なのよね?」

「ちょっと、デカパイってひどくない?」

「で、この言葉遣いが女っぽいデカブツの持ち主が、今あたしの身体を動かしてるへんちくりんな言葉遣いの奴ってことでいいのかつら?」

「よりにもよって、おぬしにへんちくりんな言葉遣いなどと言われたくはないな。男らしく堂々とした、風格のある言葉遣いではないか」

「んで、この勇者の名前がマーニで、デカパイがソフィ、デカブツがリックね?」

「言い方はともかく……理解してくれたみたいで助かるよ」


 ――美しい容姿の、ソフィの身体になったマーニ。

 ――厳つい二メートルの巨体の、リックの身体になったソフィ。

 ――あどけない幼女のような、ルシアの身体になったリック。

 ――兜が脱げなくなってしまった、勇者マーニライトの身体になったルシア。


 今の状況をみんなで共有してやっとスタートライン。これでようやく今後の打ち合わせが始められる。

 その打ち合わせの進行役になったのはリックだった。


「それにしても、入れ替わった全員が揃っても身体が元に戻る気配はないようだ。入れ替わりを戻す方法はないのであろうか……」

「あたしは別にこのままでもいいのよね。だけど、男の身体ってのはちょっと気に食わないかつら」

「僕も……戻らないなら、それはそれで仕方ないかなーって……」

「あなたの場合、絶対いやらしい理由でしょ!」


 ソフィはその厳つい顔で、マーニに冷ややかな視線を向ける。

 けれどソフィは、続けて興味深い推論を立てた。


「その勇者の兜を被ったら身体が入れ替わったのよね? そしてその兜は、魔王を倒すために作られたもの。だったら、魔王を倒したら元に戻るんじゃない?」

「まさかぁ」

「いや、無いとは言い切れぬぞ。ちょっと待っておれ」


 疑うマーニの言葉を遮ると、リックは立ち上がって本棚へと向かった。そして必死に背伸びをして、本棚の最上段に向かってその小さい手を伸ばす。

 見かねたマーニはリックに尋ねた。


「どれだ? どの本を取りたいんだ?」

「あれだ。最上段の右から三冊目だ」

「これか……って、相当古い本だな」


 マーニが目当ての本を取って、リックに手渡す。

 するとリックは、パラパラとその本をめくり始めた。だけどあまりにも分厚い本なので、リックは目的のページを探し当てるのに苦労している。

 これはどうやら、しばらくかかりそうだ。

 なのでマーニは時間潰しを兼ねて、本棚に並ぶ本をざっと見渡してみる。いかがわしい本でも探し当てて、リックをからかうために……。

 するとマーニは仰天した。壁の一面を覆っている本棚は、端から端までのほとんどが勇者と魔王に関する書籍だったからだ。


「なんだこれ、勇者や魔王関連の書物ばっかりなんだな。勇者マニアか何かか?」

「マニアなどという軽い言葉で片付けてもらいたくはない。勇者研究家……いや、勇者博士と呼んでもらっても構わぬぞ。まぁ、ただの悪あがきだがな……」

「どういうこと?」

「なんでもござらん。それよりもだ、この文献によるとだな……」


 リックは見つけたページを指さしながら、三人に向けてその書物を突き付けた。


――特に勇者の兜には思い入れが強く、初代勇者は己の血液を用いて呪術的な加護を掛けた。これにより勇者の兜は、初代勇者の血を受け継ぐ者でなければその効力を発揮しないようである。

 またその効力は魔王を討伐することで消失し、復活すると再び取り戻すらしい。魔王の負の呪力との関係性が考えられる――。


 その文献の一節を読み上げたマーニは、リックにうなずいて見せた。


「この話が本当なら、魔王を倒せば兜の効力がなくなって元に戻るかもね」

「言葉遣いは気に食わぬが、ソフィの考えはなかなか的を射ておったかもしれぬ」

「あらぁ? 褒めてくれてるのかしらぁ?」

「調子に乗るでないわ!」


 リックはソフィの頬をはたいた。けれどその威力は、今までになく可愛い。

 そしてリックは続けて気勢を吐く。その小さな身体とは裏腹な、部屋中に響く大きな声で……。


「なんにせよ、魔王は討伐せねばならぬ存在。いざ行かん、魔王討伐の旅へ!」

「でもそれってさ、身体が入れ替わったこの状況で魔王を倒せってことだよね? とても勝てるとは思えないんだけど……」


 本来の姿の時でさえ魔王の討伐に自信が持てなかったというのに、今のマーニはか弱い女性の身体。思わず弱気なボヤキが漏れるのも無理はない。

 そんなマーニの背中を強く叩きながら、ソフィはリックの言葉の方を支持した。


「やってみなくちゃわからないじゃないのよ。わたしは行くわよ、魔王討伐の旅。ってことはあなたも行くわよね? それ、わたしの身体なんだから」

「いや、行かないなんて言ってないさ。君が行くなら僕だって行くよ。ただ勝利する自信がないってだけで……」


 マーニが同行する理由は、どう考えてもソフィ目当て。一目惚れした女性と共に行動したいだけにしかみえない。

 消極的ながらマーニも賛同したところで、今度は厳ついソフィが気勢をあげる。両手を軽く握り締め、左右の頬の横辺りで小さなガッツポーズを作りながら。


「そうと決まれば出発よ! 魔王を倒して世界に平和をもたらしましょう!」

「だから、吾輩の身体でそんなナヨナヨとしたポーズを取るでない! それよりもどうした、急に張り切りだしおって。賛同してもらえるのはありがたいが、そなたは怖くはないのか? あの魔王だぞ?」

「そりゃぁ……怖いわよ。だけど身体が入れ替わったこの四人はもう、行動を共にするしかないじゃない。乗りかかった舟ってやつよ」

「ふむ、確かに魔王を討伐していざ身体を元に戻そうとしたときに、全員が揃っていなければ不都合があるやもしれんな」


 リックの言葉に、マーニも納得してうなずく。

 けれども一人だけ、魔王討伐の流れに異を唱える者がいた。


「ちょっと待って欲しいのよね。あたしは行かないんだわさ。あたしは適当にお留守番してるから、三人で行ってくればいいのよね」

「何を言っておる、おぬしが行かなくては始まらないではないか。今のおぬしは、魔王討伐の主役である勇者なのだぞ?」

「だって、魔王になんて勝てるはずがないのよね。死にたくないんだわさ」


 魔王討伐への同行を拒むルシアの両手をヒシッと握り締めながら、ソフィが説得の言葉を掛ける。今にも唇同士が触れ合おうかというほどに顔を寄せて。

 マーニの顔に接近するリックの厳つい顔。絵面はとても汚い。


「確かに過去のあなたには、魔王討伐なんて他人事の話だったかもしれない。だけど今は、あなたの力が必要なの。んーん、あなたの力でなきゃダメなの。だからお願いよ、わたしたちと一緒に来て? 一緒に魔王を倒そう?」


 その横では、ルシアの胸ぐらいまでしかない身長のリックが見上げながら、ソフィの説得を後押しするように話に加わる。

 リックの誘いの言葉は、ソフィとは別方向からのアプローチだった。


「案ずるな。先ほどのおぬしの魔法の威力なら、きっと魔王が相手でも対等に渡り合えるに違いない。それに、ここには国一番の剣術使いの吾輩もおる。おぬしを立派な勇者に鍛え上げてみせようぞ」


 ルシアはリックを見つめながら、ジッと考え込む。

 そしてその言葉に心を動かされたのか、ルシアは目を輝かせながらおずおずとリックに問いかけ始めた。


「……あんたに剣術を習ったら、さっきみたいに戦えるようになるかつら? そしたらあたしも魔王を倒せるような、最強の勇者になれたりするのかつら?」

「すまぬがその望みは叶えてやれぬ。なにしろ最強は吾輩だからな。ガッハッハ」


 リックが小さな身体で、ルシアの野望を一笑に伏した。

 だけどすぐに頼もしい言葉で、ルシアの背中を強く後押しする。


「だが、二番目の強者にしてしんぜよう。そして吾輩たちと共に魔王を討伐しようではないか。もちろん手柄は、勇者であるそなたのものだ」

「そ、そういうことなら、ちょっと魔王をやっつけてみたくもなってきたのよね」

「そうよ、その意気よ。みんなで魔王をこの世から消し去ってやりましょう!」


 リックの口車、そしてソフィのダメ押しの言葉でルシアはすっかりその気に。あっという間に三人の間で魔王討伐の機運が高まった。

 こうなったらマーニも乗っかるしかない。そもそも魔王の討伐はマーニが請け負った使命なのだから……。


「でも現実問題として、この四人で魔王討伐に向かうなら作戦を考えないとな」

「あ、ごめんなさい。わたし戦闘は無理なんで、戦力からは除外してね」


 現状では一番頼りになりそうな体格のソフィが、いきなり話の腰を折る。

 その弱気な言葉に、当然リックは食って掛かった。


「貴様という奴は……。先ほどはあれだけ人をたきつけたくせに、己は戦いを放棄するというのか。あぁ……嘆かわしい。武神リックハイドとも呼ばれたその身で、そのような情けない言葉を口にするとは……」

「でもでも、いくら鍛えられた身体だとしても、斬り刻まれたり、強力な魔法の的になったら死んじゃうでしょ? あなたはそれでもいいの?」

「ぐぬぬぅ。確かに山奥から都に出てきた娘に、魔王や魔物と戦えと言うのは酷な話か……。仕方あるまい、そなたはその身体をしっかり守ることに専心してくれ」

「うん、うん。戦うような状況になったら物陰に隠れとくから、みんなでわたしを守ってね、うふ」


 わざとやっているのか?

 強面の顔を歪めて笑顔を作ったソフィは、口角を上げてはにかんだ。けれども、さすがにみんな慣れてきたのか、誰もツッコミを入れる者はいなかった……。

 それにしても、あてにしていたソフィが戦力外宣言。盾役がいなくなってしまったので、マーニは戦闘陣形を考え直すことになった。


「となると、盾になってもらうのは勇者ってことになるな」

「ちょっと待って欲しいのよね。あたしはこの強烈な魔法の力で敵を薙ぎ払ってあげるから、二人でその時間稼ぎをしてもらえないかつら?」

「えーっ、ってことは僕が盾役?」

「案ずるな。吾輩も、この俊敏な身体を活かして注意を引き付けることにしよう。あの魔法の威力を最大限に発揮してもらうには悪くない戦法やもしれぬ」

「さすが元大隊長、わかってるのよね」

「お前は調子に乗りすぎだぞ」


 いよいよ始まる魔王討伐への旅。今日はもう遅いから、明日からになるだろう。

 マーニが盾となり、リックが攪乱しているところへルシアが魔法を放つ。そんな作戦を練り上げながら、夜は次第次第に更けていった……。

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