第20話 勇者、再び再び国王に謁見する。

 再び王の間に集まったマーニたちは、畏まりながら国王の登場を待つ。

 今度はさっきよりも一人多い四人。ソフィの隣では勇者が、後ろ手に手枷をはめられて不貞腐れている。

 勇者の身なりは地下牢で会った時のまま。上下つなぎの囚人服を着ているっていうのに、頭には勇者の兜。どうしてなのか、マーニにはさっぱり見当がつかない。

 けれども前面を跳ね上げた兜から覗くのは、間違いなくマーニの顔だった。


「……おい、勇者! ちゃんと跪けよ。不敬罪でまた牢屋にぶち込まれるぞ……」


 マーニが勇者に小声で注意してもどこ吹く風。態度を改める素振りは全くない。

 このまま国王がお出ましになれば、裁かれるのはマーニの身体。それなのに、今のマーニにはどうすることもできない。

 ソフィの行動にいちいち干渉するリックの気持ちが、マーニにもよく分かった。

 自分の行動が自分の身に降りかかるなら自業自得。

 だけど今は、他人の行動が自分の身に降りかかる、悪い意味での他力本願。

 他人が理不尽な行動を取らないように願うしかないのは、とてももどかしい。

 この場でマーニにできるのは、勇者がお目こぼしをもらえることを祈るだけだ。


「静粛に。国王陛下のお出ましである」


 地下牢に降りる前の繰り返しのように、宰相の号令と共に国王が登場した。

 それでも勇者の態度はさっきのまま。マーニは最早これまでかと、天に祈る。


「さすがリックハイドじゃな。勇者を捕らえたこと、礼を申すぞ。それにしても、そなたはなぜ退役したのじゃ? やはり我が国にとっての大きな損失だわい」

「えーっと、それは……なんで?」


 国王に問われたソフィは、当の本人の方を向いて尋ねたものの、リックからは沈黙しか返ってこない。

 けれど国王もそこまで追及したかったわけじゃないようで、すぐに次の話題へと切り替わった。


「また、はぐらかすか……まぁ、よい。さて、勇者マーニライトよ。その方、ワシに向けて攻撃魔法を放った理由を申してみよ。その理由によっては、そなたの罪は不問としても構わぬのだが」


 国王の寛大な処置にマーニは期待感を高める。


(よし! これで勇者が変なことさえ口走らなければ、僕は晴れて無罪になれる。頼むぞ、勇者。真っ当な理由を述べて、無罪を勝ち取ってくれ!)


 そして国王の問いかけに勇者が口を開いた。


「それは、口が裂けても言えないんだわさ」


(なにゆえーーーー!)


 マーニはガックリと肩を落とす、まるで死刑宣告でも受けたかのように。

 いや、もうすぐ本当に受けることになるかもしれない。身体だけだけど……。

 そして国王から審判が下る。国王に宣告されたら一巻の終わりだ。


「ふむ……ならばやむを得まい。そなたは――」

「お、お待ちください、国王陛下!」

「なんだ? 言い分があるのなら、申してみよ」

「えーっと、その……」


 マーニは咄嗟に大声を張り上げて、国王の言葉に割り込んだ。けれどもそれは、後先考えずに発言を止めただけ。マーニは言葉を続けられない。

 冷や汗をかきながらマーニが言葉を探していると、隣から救いの声が上がった。

 その声は他の者が口を挟む隙も与えずに、一気に申し分を捲し立てる。


「必ずや我々が、この男と共に魔王の討伐を果たしてご覧にいれましょう。ですのでなにとぞご容赦を。もしもこの男が逃亡した際には、我が命をもって償わせていただきますゆえ、寛大なご処置をお願い申し上げます!」

「ほう、見事な心掛けだ。しかし……その幼き命を懸けると言われてものう……」


 申し開きをしたのはリックだった。

 国王に指摘されて、リックは慌てて一言付け加える。


「と、父が申しておりました!」

「ちょっと、勝手に人の命を懸けないでよ! ……って別にいいか、わたしの身体じゃないし」

「だから、わたしなどと軟弱な言葉を使うでない!」

「こら! 国王の御前であるぞ。静粛にしないか!」


 所かまわず始まるソフィとリックの口論は、宰相によってたしなめられた。

 国王は何やらしばらく考え込んでいたが、意を決したように口を開く。


「よかろう。リックハイドの心意気に免じて、この度の振る舞いは不問としよう。ただし、だ。それは魔王を無事討伐したらという条件付き、それでどうじゃ?」

「国王様ぁ。寛大なご処置、ありがとうございますぅ!」


 真っ先にお礼の言葉を捧げたのはマーニだった。マーニは額と胸を床に擦りつけるほどに、深々と頭を下げて畏まる。

 けれども、まだ話は終わっていない。国王の判断に宰相が異議を唱えた。


「よろしいのですか? 国王陛下。この者は陛下のお命を奪いかけたのですよ?」

「まぁ、今から勇者の代役を手配すると出立が遅れてしまうし、勇者の兜も外れなくなってしまったしのう。それに、リックハイドの監視付きなら大丈夫じゃろ」


 なんて心の広い国王様なんだ。三回ぐらい死刑になってもおかしくない勇者を、その度に許してくれるなんて……。

 感激したマーニはたった今、心の中で国王に生涯の忠誠を誓った。

 これにて無事、円満解決。と思われたところで、今度は勇者が口を挟む。


「ちょっと待って欲しいのよね。あたしに魔王なんて倒せるわけがないんだわさ。だから魔王の討伐になんて行かないのよね!」

「ちょっ、お前何を言い出すんだよ! 取り消せ。今の言葉、すぐに取り消せ!」


 せっかく国王から無罪放免のチャンスを与えられたのに、それを台無しにする勇者の発言。これにはさすがにマーニも我慢できずに、勇者のところへ駆け寄って強引に頭を下げさせる。


「痛い、痛いんだわさ。出来ないことを出来ないって言って、何が悪いのよね」


 勇者は両手の自由が利かないので、マーニの手を払うことができない。けれども身体を激しく揺さぶって抗う。

 そんな勇者に向かって、国王が穏やかな口調で語りかけた。


「勇者マーニライトよ。その方、魔王の討伐はできぬと申すか?」

「さっきからそう言ってるのよね。あたしに魔王なんて倒せるはずないんだわさ」

「相分かった。ならば、その方の魔王討伐の任をこの場で解くとしよう」

「さすが国王様、器が大きいのよね。話がわかるんだわさ」


 勝ち誇った表情を浮かべる勇者。その横で、マーニの顔は一瞬にして青ざめた。


「そんな、勇者解任なんて……。親父や姉ちゃんに顔向けできないよ……」


 マーニの頭の中には様々な思いが去来して、頭の中が真っ白になる。

 けれども呆然とするマーニなんてそっちのけで、勇者解任の段取りが粛々と進められる。


「さて、勇者マーニライトよ。確かその方が今被っている『勇者の兜』は、脱げなくなってしまったのだったな?」

「そうなのよね。なんだか身体と一体化しちゃったみたいで、どうやっても取れないんだわさ」

「ならば仕方ないな。勇者ではなくなったその方から兜を返却してもらうために、その首を斬り落とすしかあるまい。即刻、ギロチン台を用意せよ」


 今度は勇者の顔が青ざめる番。

 真っ青な顔を引きつらせながら、勇者は国王に問いかけた。


「待って、待って欲しいのよね。首を斬り落とすって、たちの悪い冗談かつら?」

「冗談なものか。魔王討伐に欠かせぬ我が国の秘宝とそなたの首、どちらが重いかは口に出すまでもなかろう」


 勇者の身体中から冷や汗が噴き出す。そして小刻みに震える口からは、カタカタと歯がぶつかり合う音が漏れ出す。

 そこへ、ギロチン台が係員によって運び込まれた。

 それを目にした時、勇者が声を震わせながら国王に申し立てる。


「あ、あの、あの、なんだか、急に力がみなぎってきた気が、する、するのよね。たぶんこれなら、魔王だってやっつけられるんじゃないかつら」

「ほう、では魔王の討伐に赴いてもらえると?」

「…………よ、よ、喜んで。喜んでお受けいたしますのよね」

「相分かった。ならばリックハイドよ、勇者の監視役くれぐれもよろしく頼むぞ」

「は、はひっ」


 完全に気を抜いていたソフィが、慌てて国王に返事をする。

 これでやっと円満解決。マーニの身体も無事に自由の身となった。

 けれどもこれからがやっと本番。何しろ国難である魔王の討伐に向かわなければならないのだから……。

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