第17話 勇者、再び国王に謁見する。

 出だしは躓いたものの、城内へと侵入してからは順調に事が運んだ。

 顔の知られた元大隊長リックハイドの姿を見れば人々は道を開け、後ろを歩く二人も妻と子供という説明で歓迎される。

 ただ時折、知人が親しげに近寄ってくるのを「今日は急ぎの用があるので」と、すげなくあしらわないといけないのが煩わしい。

 そして、ついに王の間に通された三人は横一列に並んで跪き、こうべを垂れたまま国王の登場を待つ。


「ちょっと、リックちゃんって何者? あっさりと国王に会えちゃうなんて」


 下を向いたまま、ソフィはリックに向かって改めて驚きの声を上げた。

 今この場にいるのは事情がわかってる三人だけだからいいものの、自分で自分の素性に驚いている光景は不自然すぎる。

 そのソフィの疑問に、身の上を一番良く知っているリック本人が答えた。


「大隊長だったこともあるが、剣技の腕を買われて王子の指南役を務めておったからな。おかげで陛下とも気の置けない仲となった……というわけだ」

「あら、あら、こんな野蛮人を王子様の指南役にするなんて、国王様は人を見る目がないのね」

「貴様――」

「ちょっと、場所ぐらいわきまえてくれよ」


 所かまわず始まる口喧嘩。けれどもそれは宰相の声によって、すぐに中断することとなった。


「静粛に。国王陛下のお出ましである」


 宰相に続いて国王の登場。マーニはチラリと上目遣いでその姿を確認する。

 ほんの数日前、ここで伝説の武具たちを譲り受けたときもこんな雰囲気だった。でもあの日の国王に比べると、今日はその威厳が薄れているような気がする。


「久しいな、リックハイドよ。いや、久しいと言うにはまだ日も経っておらぬか、はっはっは。そんなに畏まらずに皆、面を上げてくれ」

「こ、国王陛下、お、お元気そうでなにより、です……」

「おぬしに妻子がおったとは初耳じゃぞ。どれ、顔を良く見せてはくれぬか?」


 国王との謁見の場だと言うのに和やかな雰囲気。リックと国王が気の置けない仲だっていうのは本当らしい。

 そんな穏やかな空気を、ソフィに向けたリックの言葉が一気に吹き飛ばす。


「父上、国王陛下にお話があったのではありませぬか?」


 リックは嫌味を込めた冷ややかな視線で、ソフィに圧力を掛ける。

 確かに今は談笑している場合じゃない。マーニも隣から、ソフィの巨体を肘でつついて発言を促す。


「えーと、その、陛下、実は……勇者様が国家反逆罪で捕らえられたとの噂を耳にいたしまして……」

「なるほど、その件か。それについてはワシも頭を抱えておってのう……」

「一体、何があったというのですか? 陛下」

「うむ、あれを見よ」


 国王が後ろを振り返って指さした先は玉座。でもなぜか背もたれがない。そしてその先の壁には、何かがぶつかったような大きなヒビが入っていた。

 嫌な予感がしたマーニは、思わず独り言を漏らす。


「まさか……」

「そのまさかじゃよ。ワシが勇者に兜を被せたすぐ後のことじゃった。突然、勇者がワシに向けて魔法を放ってきおってのう。怪我などは無かったものの、こうなっては捕えざるを得なかったというわけじゃ」


 国王の言葉を聞いて、リックも驚きの声をあげる。


「御自慢の顎髭が短くなっていることや、今日はあの煌びやかなマントをお召しになっていないのも、もしや……」

「そなたは幼いのに、ワシのことを良く知っておるのぉ。顎髭の長さにまで気づくとは……。なんだか身近な人物のような気がしてきたわい」


 国王はリックに微笑みかけると、続けて宰相に目くばせをする。

 宰相は一旦退室したかと思うと、しばらくして両手に布を抱えて戻ってきた。

 その布を国王が手に取って、三人に向けて広げてみせる。それは、マーニが先日謁見した時に国王が羽織っていた深紅のマントだった。

 そこには先日は無かった大穴が、見事なまでにぽっかりと空いている。


「顎髭をかすめ、このマントを貫き、さらに玉座の背もたれに当たってもまだ威力は衰えず、ついにあの壁までをも破壊したというわけじゃ」

「あぁ、こりゃ捕まるわ……」


 思わずマーニは呆れ声を漏らす。

 勇者が国家反逆罪で捕まったと聞いても、きっと誤解か過失に違いないとマーニは信じていた。

 だけど、これだけの証拠を突きつけられたら反論のしようがない。

 それでもこのまま引き下がるわけにいかないマーニは、逆転の手立てを探すために国王に質問してみた。


「だけど、どうして勇者はこんなことをしたんでしょう?」

「それがのぉ、いくら尋ねても勇者は答えてくれんのじゃよ。ワシも――」


 そこへ、国王との会話を遮るように衛兵が飛び込んできた。


「国王陛下、ご避難ください! 勇者が牢の扉を魔法で破壊し、脱獄致しました。国家反逆の罪人ですので、国王陛下に再び危害を加える可能性がございます」

「いや、しかし、あの地下牢は魔封じの術が施されているはずではなかったか?」

「ですが、確かに魔法によって扉が破壊されました。どうやら我々は、勇者の魔力を見くびっていたようです。とにかく国王陛下、速やかにご避難を」


 衛兵の気迫に押された国王は、宰相に促されながらすごすごと退室していく。

 肩を落としたように見える国王の後ろ姿に向けて、励ますように大声が飛ぶ。


「ここはわたくしめらにお任せを。ですので陛下は大船に乗ったおつもりで、朗報をお待ちくだされ!」

「おお、さすがに頼もしいな、リック…………の娘よ!?」


 声の主はまたしてもリックだった。

 そしてリックは、振り返った国王に向けて言葉を続ける。


「陛下。吾輩が、この命に代えてでも必ずや勇者をひっ捕らえて、ここへお連れすることをお約束いたしましょうぞ」


 得意げに握り拳を作ると、リックはドン! と胸を叩いてみせた。

 そんなリックを頼もしいと見つめるマーニは、口に出したかった言葉をグッと飲み込んだ。


(勝手に人の命を懸けちゃっていいのかよ……)

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