第16話 勇者、門番と再会する。
ソフィたち三人が長い坂を上った果てに、見えてきたのはタクティア城の城門。
そこには、今日も二人の衛兵が立っている。昨日訪れたマーニは忘れもしない、あの色仕掛けに簡単に引っかかった二人組だ。
事前に作戦は立ててきたものの不安が拭えないマーニは、胸元ぐらいの身長しかないリックに念押しした。
「ほんとに上手くいくんだろうね?」
「上手くいくもいかぬも、それはすべてソフィ次第であるな」
「えーっ!? プレッシャー掛けないでよ。緊張してきちゃったじゃないのよぉ」
他人事のようなリックの返答に、ソフィはその豪胆そうな顔つきに似合わない野太い悲鳴を上げた。その声は少し離れた門番たちにも聞こえたらしく、こちらを訝しそうに睨みつけている。
そんな不穏な気配もなんのその。時と場所をわきまえずに、リックはソフィの言葉遣いをまたも咎め始めた。
「なんだその軟弱な言葉遣いは! そんなことでは、作戦を始める前から失敗するのが目に見えておるぞ」
「あなたこそなによ。そんなかわいい姿で『おるぞー』って。だいたい――」
「待って、待って、二人とも。こんなところで騒いでたら怪しまれるって。今は勇者の救出が最優先なんだから、ほんと頼むよ」
またしても始まった仲たがいをマーニがたしなめると、二人は押し黙った。少しは反省しているようだ。
二人が冷静になったところでマーニはソフィの背中を軽くはたいて、作戦の開始を促す。
「じゃぁ、作戦通りに頼むよ。今だけは言葉遣いも我慢してくれよな」
「任せておいてよ、上手くやってみせるから」
「言葉が軽い! おぬしの言葉には威厳というものが感じられんのだ」
「まだ作戦を始めてないんだからいいでしょ!」
「だから……頼むってば……」
口を開けばソフィとリックは口論ばかり。そんなソフィの背中をマーニが懇願しながら押し出すと、やっとツカツカと門番の方へと歩き出した。
マーニとリックも、ソフィのすぐ後ろをついて歩く。今度こそ作戦開始だ。
門番の前に歩み出たソフィは彫りの深い鋭い目を泳がせながら、オドオドした様子で話しかけた。
「あー、ははは……こんにちはー」
「なんだ貴様は? このタクティア城にいったい何の用だ」
「観光ならこれ以上の立ち入りはできんぞ。さぁ、帰れ、帰れ」
ソフィは相手にされていない。ヘラヘラと挨拶しただけだからそれも当然だ。
一歩後ろで見守っているマーニとリックは、もたもたしているソフィを急かすように、ギロリと睨みながら背中をつついた。
「……わかってるから。ちゃんとやるから、ちょっと待ってて……」
ソフィは後ろの二人からの圧力に小声で返す。そして軽く咳払いをすると、作戦を決行するために門番に向き直って改めて話しかけた。
「えーと、我が名はリックハイド。今日は国王陛下にお目通りをお許し頂きたく、参上つかまつった」
今度は思った以上に堂々とした風格。ソフィもやるときはやるもんだ。
この分なら計画通りに進みそうだとマーニは思ったものの、事態は予想外の方向へと動き出す。
「リックハイド? どこの馬の骨ともわからん奴を通すわけにはいかんな。最近、街中で魔物の姿を見たっていう者も出始めて、城内はピリピリしてるんだ。余計な仕事を増やすな」
「しかも国王陛下にお目通りだと? ふざけたことを言いやがって。背中には物騒な武器まで背負って怪しい奴だな。ひっ捕らえてやろうか?」
門番に全然通用しないリックハイドの名前。いきなり計画は暗礁に乗り上げる。
焦って振り返ったソフィは、ヒソヒソ声でリックを責め立てる。
「……ちょっとぉ、リックハイドって名乗っても、ちっとも通用しないじゃない!何が『吾輩の名前を出せば、城門の突破などたやすい』よ……」
「……リックハイドとしての、貴様の態度に威厳がなさすぎるからであろう。常日頃から軟弱な言葉ばかり吐いておるからだ……」
「……だから二人とも、こんなところで言い争ってる場合じゃ……」
またしても口論勃発、もめ始める三人。
そこに門番が詰め寄り、突然マーニの腕をグイっと掴み上げた。
ビックリしたマーニは、驚きの声をあげる。
「えっ!? なに?」
「おい、おまえ。よくよく見れば昨日の物乞いじゃないか。謝礼の約束を忘れたとは言わせないぞ。こっちへ来て俺たちを楽しませろよ」
「おお、どこかで見た顔だと思ったぜ。さぁ、順番に頼むぞ」
「えっ? えっ? ちょっと、なんでわかったんだよ」
昨日は小汚い麻袋を被って薄汚れていたマーニ。だけど今日は打って変わって、身だしなみもキチンとしているからバレるはずがないと思っていた。
それがあっさりと気付かれて、門番たちは力ずくでマーニを詰所へ連れ去ろうとしている。
普段から鍛えられている衛兵二人が相手じゃ、今のマーニは抗いようがない。
そこに、みんなの耳をつんざく大声が響き渡った……。
「――ええい、貴様ら! その女性は元タクティア陸軍大隊長、リックハイド=クレメッティ=アレニウスの妻であるぞ。先日退役したとはいえ、その名を忘れたとは貴様らの忠義が知れるな!」
「は、ははっ! 申し訳ございませんでした、リックハイド様……のお子様でいらっしゃいますか?」
迫力ある怒声に門番は委縮したものの、声の主の容姿を見て呆気に取られる。
そこにあったのは、腰に両手を当てながら平らな胸を張るリックの姿。リックは少しでも身体を大きく見せようと、背筋を反り返らせていた。
唖然とする門番の、マーニを掴む腕が緩む。その隙に門番の手を振り解いたマーニは、リックの元へと駆け寄った。
「……ちょっと、ちょっと、僕がリックハイドの妻ってどういうことだよ。僕も君もリックとは知人って設定だっただろ……」
「……咄嗟の思い付きだ、許せ……」
「……この身体は、僕が自分の身体を取り戻したら嫁として迎える予定で……」
今度はマーニとリックの言い争い。そこへソフィも割って入る。
「……ちょっと、何を勝手なこと言ってんの。わたしは誰とも結婚なんてしないんだからね……」
「……だから貴様は、また『わたし』などと軟弱な言葉を……」
またまた輪になって言い争う三人。
そこへ、さっきまでの威厳を完全に喪失した門番二人が、真っ青な顔色でソフィに声をかけてきた。
「ご、ご無礼いたしました、リックハイド元大隊長様」
「わたくし共は、決してリックハイド様のお顔を忘れたわけではなく、その……」
言い訳を始めた門番に、容赦なく叱責の怒声が飛ぶ。
「この、たわけ者! お前たちはこのわたしに……いや、吾輩の妻に、ちょっかいを出しおって。今は勤務中であろうがっ!」
委縮した門番を怒鳴りつけたのは、今度はソフィ。ソフィは弱みを見せた者には付け上がるタイプなのかもしれない。
リックの堂々とした言葉遣いに比べると若干見劣りはするものの、やっぱりその風体で叱りつけると迫力が全然違う。門番たちはさらに縮み上がった。
「申し訳ございませんでした、リックハイド様!」
「いかなる処罰も覚悟いたしますので、なにとぞお許しください!」
ソフィに向かって軍隊式の敬礼をしてみせる門番たち。
そんな二人に対して、ソフィは得意気な表情で優越感に浸る。この状況を作り出したのはリックの手柄だっていうのに……。
そして付け上がった態度そのままに、ソフィは門番に声を掛けた。
「じゃぁ、まぁ、そういうわけだから、ここを通してもらってもいいかしら?」
「……コラコラ、言葉遣いが戻ってるって……」
「うぉっほん。ここは通らせてもらうぞ。よいな?」
ソフィの言葉に門番の二人はササッと左右に分かれて道を開き、微動だにしない敬礼で三人を城へと迎い入れる。
「ははっ! ご無礼、失礼いたしました!」
「リックハイド御一行様、ようこそタクティア城へ!」
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