第15話 勇者、幼女になつかれる。
黙っていてくれれば、お人形さんのように可愛いリック。
一家に一人。眺めているだけで癒されそうな存在。
そんなリックが口を開く。
「ところで……。一つ尋ねたいことがあるのだが、構わぬか?」
ああ、残念。その可愛らしい容姿の中身は、こっちの二メートルの大男。
その堅苦しい口調も容姿が合致すれば納得なんだろうけど、その低い身長でマーニを見上げながらでは違和感しかない。
リックは声だけは可愛い硬い口調で、マーニに向かって質問を始めた。
「ん、なに?」
「この入れ替わった身体なのだが、元に戻す方法はござらぬのか?」
「それがわかってるなら、とっくに試してるって。未だに僕たちの身体が入れ替わったままなのが、どうにもならない証拠だよ」
リックの質問にマーニが苦笑しながら答える。
すると、血色も良くなって喉の調子も戻ったソフィが横から口を挟んだ。
「だけど……入れ替わった人がどんどん増えるわね。こうなってくると、この先どこまで増えるのか、ちょっと楽しみになっちゃうわね」
「ならないよ!」
「ならぬな!」
ソフィの能天気な言葉は冗談かと思ったけれど、どうやら本気らしい。身体の前で両手を組んで、猛禽類のような目をキラキラ輝かせているのがその証拠だ。
けれどもそのおかげで、空気が少し和んだのも確か。今度はマーニの方から、リックに向けて質問をしてみた。
「それで、君の名前は何て言うの?」
「さっきも名乗った通り。リックハイドだ」
「あぁ、そうじゃない。その身体の子の名前だよ」
「わからぬ。身体が入れ替わった際は魔法学校の女子便所におって、身分を示すようなものも持ち合わせてなかったのでな」
「えーっ、女子トイレ? リックちゃんってば、いやらしい」
ソフィは冗談のつもりだったのかもしれないけれど、どうやらリックには通じなかったらしい。
その言葉をきっかけに、ソフィとリックの言い争いが始まった。
「仕方がなかろう! 身体が入れ替わってみれば、その場が女子便所であったのだから。吾輩が場所を選んだわけではないわ!」
「ねぇ、リックちゃん。せっかくそんなに可愛いんだから、その『吾輩』っていうのやめよ? 『あたい』とか『うち』とかが似合うと思うなぁ」
「貴様の方こそ、さっきから聞いておればナヨナヨと気色悪い。もっとシャキッと話さんか。それは吾輩の身体なんだぞ?」
「えーっ、そんなこと言われても、わたしにはこれが限界で――」
「『わたし』だと? 軟弱な。『吾輩』と言わんか『吾輩』と!」
「出会い頭に暴力を振るう人の言うことなんて聞きませんー!」
「どうやら、そなたとは相容れぬようだな!」
ソフィとリックは磁石が反発するように、お互いに正反対の方向にプイっと顔を背けてしまった。
幼い顔で腕組みをしながら、頬っぺたを膨らませるリック。その強がって見える姿は、頬ずりをしたくなるほどに可愛い。
一方のソフィも鏡に映したように同じポーズ。なのにこっちは、背筋に悪寒が走るほどおぞましい。ソフィには元の身体に戻ってからやってもらいたいところだ。
仲たがいを始めた二人にマーニは頭を抱えた。身体の入れ替わりが元に戻るまでは行動を共にするべきなのに、今からこんな調子じゃ先が思いやられる。
そんな、ソフィには好戦的なリックも、マーニに対しては好意的らしい。
膨らませた頬を緩めて、吊り上げていた目を輝かせると、親し気に明るくマーニに話しかけてきた。
「『勇者マーニライト』殿。是非とも吾輩を、貴殿のお仲間に加えてはいただけないだろうか?」
「そりゃ、もちろん。こっちからもお願いしたいぐらいだよ。なんたって、身体が入れ替わった者同士なんだから。でも『勇者マーニライト』っていうのはやめてくれないか? マーニで充分だよ」
「確かに今の貴殿は勇者の身体ではないな。ではマーニ殿と呼ばせていただく」
「ん?」
仲間になったと思ったら、すぐさまリックがマーニの手をヒシッと握り締めた。まるで妹が姉に甘えるみたいに。
けれどリックは、マーニの手を取ったままそれを突き上げると、高らかに雄叫びを上げる。
「さぁ。さっそく行こうではないか、マーニ殿。いざ魔王の討伐へ!」
「ちょっと待って、なんでそうなるんだよ」
「魔王討伐のお仲間に加えていただいた以上、吾輩は命をも懸ける所存。なんなりとお申し付けくだされ」
(あー、仲間ってそっちの意味だったかー……)
リックはやる気満々のようだけど、実際問題としてこのまま魔王が討伐できるはずがない。先走るリックを引き留めるように、マーニは冷静にたしなめた。
「さすがにこの身体のまんまじゃ、魔王討伐どころじゃないだろ」
「魔王は魔王城に封印されておるゆえ、一刻を争う事態ではござらん。だがしかし魔王の復活以降、国内には魔物や魔獣が出現し始め、国民の生活が脅かされておるのが実情。可及的速やかに魔王を討伐し、国内に平穏を取り戻すべきではあるまいか?」
その言葉は正論。だけどリックは肝心なことを見落としている。
マーニは自分よりもさらに背の低いリックを見下ろしながら、改めてその肝心なことを伝えた。
「その通りだけどさ、そもそも伝説の武具たちがなけりゃ魔王は倒せないよ」
「確かにそうであった。で? その伝説の武具たちは、今いずこに?」
「それが……。その武具を譲り受けたはずの勇者は今、国家反逆罪で城の地下牢に捕らえられてるんだよ。だから伝説の武具たちも、今は城の保管庫に戻ってるんじゃないかな?」
「なにゆえ! しかし、よりにもよって国家反逆罪とは……。となると、まずは勇者殿を釈放してもらい、改めて伝説の武具たちを授からねばなるまいか……」
マーニの話を聞いて、リックも頭を悩ませる。国家反逆の重罪人を釈放してもらうなんて、そう簡単にできるはずがない。
するとやり取りを聞いていたソフィが、一段高い頭の上から提案を持ち掛ける。
「そんな大罪を犯したんなら、釈放なんて無理でしょ。だったら、その伝説の武具とやらを盗み出して、わたしたちだけで魔王の討伐に向かうってのはどう?」
「まったく、貴様という奴は……。蟻一匹通さぬ厳重な保管庫から国宝を盗み出せるその自信は、いったいどっから沸いてくるのであるか?」
自信たっぷりの表情で放った案を、リックに頭ごなしに否定されたソフィ。
けれどもめげることなく、ソフィはすぐに次の案を持ち掛けてきた。
「あぁ、じゃぁ正直に『わたしが本当の勇者です』ってマーニが話して、王様から正式に武具を譲り受けるっていうのは?」
「信じてもらえるわけないだろ? だいたい、僕の身体はほったらかしなのかよ?魔王を討伐して帰ってきたら、僕の身体は処刑された後でしたなんて嫌だよ」
ソフィの案は穴だらけ。真面目に答えたマーニは、空しくため息をつく。
一方のリックは、しばらく腕組みをして熟考していたかと思うと、重みのある発言を始めた。見た目は最年少だというのに。
「まずは、何ゆえに今の勇者殿が国家反逆罪などという大罪を犯したのか、その経緯を明らかにするのが賢明であろうな」
「確かにそうだけど、それがわかるなら苦労しないよ。門番に聞いてみたけど、まともに取り合ってもらえなかったよ」
「ふむ。ならば今の勇者本人に聞きに行けば良いではないか」
「それが出来るんだったら苦労しないわよ。その自信はいったいどっから沸いてくるのかしら?」
さっき自分の提案をあっさり却下されたソフィが、八つ当たりするようにリックを煽ってみせる。
けれどもリックはソフィを睨みつけると、自信たっぷりにその言葉を一蹴した。
「また貴様は軟弱な言葉を使いおって。とにかく任せておけ、吾輩に考えがある」
そう言いながらリックは顎に手を当てて、可愛らしい顔でニヤリと笑った……。
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