第14話 勇者、幼女に疑われる。
颯爽と現れて、倍ほどもある大男を蹴り飛ばした少女、というか幼女。
その大胆な行動力とは裏腹に、見た目は十二歳ぐらいのあどけなさ。見ているだけで和みそう。
クリクリとした黒い瞳に、髪色は茶色で左右二つのお団子が可愛らしい。
背はかなり低くてマーニの胸元ぐらい。ダボっとしたフードつきのローブを身に着けている。
一方のソフィは大きな体を大の字にして、そのまま気を失ってしまったらしい。
幼女は、伸びてしまったソフィに馬乗りになると胸倉を激しくゆさぶって、見た目通りの可愛いらしい声質で叫ぶ。
「ええい、この程度で気を失うとは……。まったくもって、だらしのないやつめ!ほれ、目覚めよ。いつまでそうしておるか!」
声は甲高くて可愛いものの、その言葉遣いは違和感だらけ。そして今度は気絶したままのソフィの頬を、その小さな手のひらではたき始める。
マーニは呆気に取られて見ていたけれど、我に返って慌てて幼女に声を掛けた。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
「リックだ」
「この人の名前じゃなくて、君の名前を聞いてるんだよ」
「だから、【リックハイド=クレメッティ=アレニウス】。我こそが、この国一番の剣術使いだ」
(あー、また現れちゃったか……。これでとうとう三人目だな)
きっとこの幼女の中身は、気を失っているソフィの身体の持ち主に違いないと、マーニは確信した。
幼女のビンタのお陰で、ソフィがやっと正気を取り戻す。けれど目を開くなり、ソフィは襟首を掴まれて再び幼女に激しく揺さぶられる。
「こら、貴様。吾輩の身体を返さぬか! こんな身体と入れ替えるなんて、冗談にもほどがあるぞ!」
「ちょっと、ちょっと、苦しいです……」
「貴様のせいで、吾輩の一世一代の決意が台無しになったのだぞ! どうしてくれるのだ。貴様にその責任がとれるのか!?」
(だよね、やっぱり『吾輩』ってイメージだよね……。この幼女の中身がリック本人に間違いなさそうだ……って、これはやばいかも)
相手が幼女だからとマーニは静観していたけれど、赤黒かったはずのソフィの顔色はすでに赤紫色になっている。
マーニは慌てて幼女のリックを羽交い絞めにして、ソフィから引き剥がした。
宙に浮いた手足をバタつかせて、まるで駄々っ子のようにマーニの拘束を振りほどこうとするリック。リックは引き離されてもなお、ソフィに向かって大声で恨み言を喚き散らしている。
「勇者殿に願い出て、魔王討伐のお供に加えていただこうと考えておったのに、貴様のせいですべてが水の泡だ! そのために除隊までしたというのに!」
リックが激しく責め立てる一方で、ソフィはさっき絞められていた喉の辺りを押さえながら激しく咳き込む。
どうやらソフィは無事なようで、リックの言葉にゆっくりと返答を始めた。
「ゲホ……。でも……今は、その勇者様と、一緒に行動してて――」
「なに、勇者殿だと? 魔王討伐に向かわれた、あの勇者殿か? でかした。それは誠なのだな? それで、どこだ? どこにおられるのだ、勇者殿は」
さっきまでの罵倒はどこへやら。あどけない表情を明るく輝かせながら、リックは一瞬にして手のひらを返した。そしてマーニの腕の中で鼻息を荒げ、落ち着きなくキョロキョロと周囲を見回し始める。
一方のソフィは手のひらを上に向けて差し出すと、マーニに向けて指し示した。
「そちらが、その勇者様です」
「…………どうも、勇者マーニライトです……」
マーニが羽交い絞めにしていたリックは、身体を宙に浮かせたまま振り返って声の出所を見上げる。
「……………………」
「……………………」
しばらくの静寂。リックとマーニは無言で見つめ合う。
するとリックは再び駄々をこねるように暴れだすと、ソフィのことを罵倒する。
「貴様、吾輩を愚弄するか! こんな小娘が勇者殿のはずがなかろうが! このたび勇者になられたお方は、黒髪に茶色い瞳。祖父は早くに亡くし、両親は健在、年齢は十八歳の男性のはずだ。このたわけが!」
(いや、君の方がよっぽど小娘だって。それにしても、やけに詳しいな……)
言いたいことは色々あるものの、マーニは事態の収拾が優先と言葉を飲み込む。
まずは納得していないリックをなだめるために、マーニはここまでの経緯を話すことにした。
「そのリックの身体の中身は、君が今動かしてる身体の持ち主じゃない。この僕の身体の持ち主だよ」
「……すまぬ、おぬしが何を申しておるのかさっぱり理解できぬ。今一度、わかりやすく説明してくれ」
リックは手足のバタつきを止めると、マーニの言葉に深く耳を傾けた。
どうやら落ち着いたようなので、マーニは羽交い絞めを解いてリックを地面に下ろすと、改めて丁寧に状況の説明を始める。
「本当の僕は『勇者マーニライト』。三日前に、このソフィっていう子の身体に移ったんだ。それと同時にソフィは、そのリックの身体の中に移ったらしい。きっと君もその時に、その子の身体に移ったんじゃないか?」
明快な回答だと自負するマーニ。長い黒髪をかき上げながら、得意気な表情を浮かべる。
けれども説明を聞いたリックは、まだ納得しきれてないらしい。
「確かに、吾輩の身体が入れ替わったのも三日前。ならば勇者殿が全ての元凶で、そこから順繰りに身体が入れ替わっていったと申されるか。もしも勇者殿の名を騙った嘘であれば、吾輩は容赦せぬぞ?」
「元凶なんて人聞きが悪い。ひょっとしたら僕だって、入れ替わりに巻き込まれた側かもしれないんだぞ。それに、勇者の兜を被された途端に身体が入れ替わったんだから、元凶って言うならその兜だろ」
開き直るマーニ、でも嘘はついていない。自信を持ってそう言えるマーニは、目を逸らすことなくリックに訴えかける。
「むぅ、なんとも信じ難い話だが、嘘を言っているようには見えんな。ちなみに、『勇者マーニライト』殿の母方の祖父の名はなんと申すか?」
「え、じいちゃん? 確か、ミルコだったような……」
「では、幼少の頃に飼われていた犬の名は?」
「ペロだね。五年も前に死んじゃったけど」
「なるほど。この度のご無礼、失礼つかまつった」
(え? それで本人確認? 秘密の質問みたいなやつ……?)
マーニが正答すると信用を勝ち取ったらしく、リックはぺこりと頭を下げる。
紆余曲折はあったけれど、ようやくリックが納得してくれたようなので、マーニはホッとその豊かな胸を撫で下ろすことができた。
けれどもこれはスタートライン、問題は山積みだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます