第2話

 それから、レイさんが気まぐれに送る画像の種類は徐々に増え、画像を占める肌色の面積も比例するように増えていった。ある日は柔らかい双丘を強調するような画角の一枚。或いはその日着けている派手なランジェリーが写り込んだ太腿を強調する一枚。

 その度に、僕は精一杯言葉を尽くして写真を評する。胸に湧き立つ感情を言葉にして、写真一枚一枚を咀嚼し尽くす。挑発的にレンズを見つめる視線も、滑らかなデコルテも、内腿に等間隔に並んだ小さな黒子も。全部、全部、全部。彼女が与える餌に飛びつき、腹を満たし続ける。


「君ってさ、犬みたいだよね」

「次に会うときはお手とかすればいいですか?」

「んー、首輪とか付けてみる?」


 僕たちの関係性は対等ではない。気まぐれに施しを与えられている状況はほとんど飼われているのと同じで、それを心地いいと感じている自分もどこかにいる。それでも、そのルーティンを繰り返していく内に不安はやってくる。レイさんに何も返せていない自分がとても矮小な存在に思えるのだ。


「いつも思うんですけど、こうやって写真を送ることでレイさんに何のメリットがあるんですか? 僕しか喜びがない気がするんですけど」

「反応が新鮮でかわいいし、ちゃんと褒めてくれるから! 送りつけ甲斐があるんだよねー」


 それでいいのか、と返すのはやめた。気まぐれの施しを受け入れたのは僕だ。お互いに満たされるなら、何も問題がないはずだ。

 彼女が被っている仮面の奥の素顔を見る気にはなれなかった。


「あと、キミは良くも悪くも純粋なんだよ。まだ世間を知らないから、悪い大人がこうやって壊したくなる」

「僕、レイさんになら壊されてもいいと思ってましたよ」

「ほんとにー? 私以外で満足できなくなっても知らないよー?」


 これは擬似的なロールプレイだ。お互いに役割を理解して、その場その場でお互いの弱点を探り合う。そういう点ではレイさんの方が一枚上手で、僕は後手に回らざるを得ない。

 レイさんにとっての僕は、都合の良い代用品だ。時々の淋しさや欲求を満たすためだけに振り回す玩具で、それが僕である必要はない。ただ星の巡りとか偶然で、そういう役を割り振られただけなのだろう。

 きっと、レイさんが僕と寝ることはない。冗談めかして誘われても、僕が乗り気になるのを見てクスクスと笑うだけだ。もしくは、僕が言い出せないままに彼氏ができて、僕とはただの友人関係に戻るのだろう。その一線を越える必要はないし、その勇気もいらない。一度壊れてしまったタガの責任を取れ、と喚く気にもなれなかった。

 彼女は僕の弱さを知っていて、僕も彼女の弱さを知っている。僕に向ける感情が愛情ではないことも。きっと、僕がそれを知って諦めてしまうことも。


 顔も、声も、名前も、肌も、情報として知っている。

 知らないのは体温だけだ。直に触れて感じる、溶けるような温かさを、僕は何も知らない。

 きっと、僕にとっての運命の女ファム・ファタールは彼女ではないのだろう。


「レイさん」

「どしたー?」

「今度会うときは」

「うん」

「今度会うときは、ちゃんと僕の目を見て話してくださいね」

「……うん。それはお互い様だよ、童貞くん」

「うるせー、クソビッチ!」


 笑いながら通話を切る。ファム・ファタールになりたいガールに、ファム・ファタールに狂わされたいボーイ。噛み合っているようで、どこか根本的に違うのだ。

 最後の最後に、天秤は釣り合った。そんな気がした。


 予想通りレイさんには1ヶ月後に恋人が出来て、自撮りを送られることは極端に減った。あの日の写真たちは手頃に承認欲求を満たすためのツールで、新しい恋人が毎日コミュニケーションを取ることでその欲求を満たしているのだろうか?

 僕はといえば新しい恋の相談をレイさんにしながら、過去にもらった写真たちを見返しては腹を満たす。ここで潔く画像を消してしまえるほどのかっこいい大人には、まだなれないのだろう。

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ファム・ファタールごっこ @fox_0829

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