ファム・ファタールごっこ

第1話

『今日もおつかれ〜! ごほうびあげるね』

『たすかります!!』


 この状況に慣れてきた自分がおかしいのか、この状況を続けているレイさんがおかしいのか。もらった画像をシークレットフォルダに入れながら、僕は苦笑する。

 送られてきた画像は、おそらく彼女の部屋で撮られたものだ。インカメラを使ったためか背景には置きっぱなしにしたドライヤーやまだ開けていない段ボールが乱雑に映り込み、そのどれもに歪みはない。ふと思い立って撮ったのか、無加工だ。

 だからこそ、中心に写る肌の白さが眩しかった。細い身体に女性的な丸みを帯びたシルエットは健康的で、それでいて艶かしい。そこまで大きくはないが形の良い胸を留める下着は黒で、鋭角的なピンクの五弁花が所狭しと咲き誇っているようなデザインだ。大人びているが、どこか少女的な雰囲気も残すレイさんによく似合っていた。

 もこもことしたパジャマの裾をたくし上げ、重力に従った胸が画面の中央に鎮座している。そういった写真だ。画角の端でウィンクする彼女の艶やかな視線が、発色のいい唇が、僕の視線を釘付けにする。


 僕にも、レイさんにも、今は恋人がいない。この関係を例えるなら、釣り合うわけがない天秤を間に置き、どちらがより傾いているかを眺めているようなものだ。

 僕とレイさんの関係は、決して対等にはなり得ない。


    *    *    *


 恋人が絶えないレイさんから何度めかの「彼氏と別れた」という報告を通話越しに聞いていたのが、たぶん最初の出来事だったと思う。

 それまでの僕と彼女はSNSの共通の話題から徐々に仲良くなった関係で、物理的な距離から一度だけ会った以外は通話でやり取りするのが主だった。大体が深夜の通話で、僕は眠い目を擦って付き合っていた。彼女は話し相手が欲しいのだと思ったからだ。


「すいません、そろそろ寝ます……」

「寝ないで!! もうちょっと起きてて!」

「駄々っ子?」


 黙っていればクールで清楚なお姉さんなのに。まだまだ未熟な僕なんかよりも経験豊富な先輩なのに。話し続けることをねだる声色が妙に寂しそうで、僕は静かに頭を下げる。


「あと30分ね。それ以上は付き合わないんで」

「さんきゅー! あっ、ちょっと待ってね……」


 レイさんは独り言を呟きながら僕を数秒待たせ、トーク画面に画像を投下する。


「えっ、いや、ちょっ、レイさん?」

「これ、昔撮ったやつなんだけどさー。かなりいい感じだから見せようかなって……」


 今思えば、それが最初に送られた画像だった。ベッドの上で下着姿のまま扇情的なポーズで撮られたその写真は、シャッター越しに存在する誰かの影を容易に想像させる。この姿を肉眼で捉え、滑らかな肌に触れた人がこの世のどこかにはいるのだろう。心臓が微かに跳ね、僕の目は食い入るようにその写真を見つめている。


「こっちがメイドで、こっちがサンタ……。あっ、スク水もあるよ!!」

「多い多い!! ちょっと待って、順番に処理させてください……」


 脳が処理しきれなかった。これが経験の差とでも言うなら、僕は圧倒的に敗者だ。彼女が普段からあっけらかんと話す“そういった話題”とリンクし、ただそこに存在し得る過去の記録がクラウドに溜まり続ける。背徳感と共に、薄暗い胸の高鳴りがあった。

 レイさんは、誰とでも寝るらしい。明け透けなまでに奔放で、僕とはあまりにも住む世界が違う。その手は、一度会ったはずの僕には届かなかった。初対面で「かわいいね」と僕に向かって言ったきり、そういった対象からは外れたらしい。それきり僕のことを歯牙にもかけない。

 だから、僕が知る彼女の肌は写真の中だけだ。それなのに、なぜこんなことを?


「これっ、保存していいですか……?」

「誰かに見せたりしないならいいよー。何に使う?」


 語気に露骨な笑みが混ざる彼女の追撃をなんとか躱し、僕は保存された画像を呆然と眺める。

 微かな罪悪感、申し訳なさ……を上回るゾクゾクとした昂り。発散する方法を、僕は一つしか知らない。


 取り憑かれたような、眠れない夜だった。

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