2話 突然の訪問

やっと授業が終わり、荷物を纏めて帰ろうとしていた時だった。

何やら話し声が聞こえ、気になってそっと廊下を覗いた。

好奇心で見てみたら、なんとスパダリ族2人の傑と涼が廊下で話していた。


幼少期の頃から一緒に遊んでいる速水涼。


涼は、傑とは真反対な系統で、金糸を編んだような金髪に澄んだ海のような碧眼で、要約すると言わずもがなイケメンでモテる。

傑と並んで熱狂的なファンが多いことは明らかだ。


2人が並んでいると、たちまち周りに花が飛んでいるかのように美しい。

幸い、僕は死角でバレていないみたいだ。

どんなことを話しているのだろう?

こっそり聞き耳を立ててしまった。


「雪也って、」


え、僕?


自分の名前を呼ばれ、ドキリと心臓が跳ねる。

どんな話か想像もできず、そこから立ち退けずに終始2人の姿を見届けようと決心した。


「可愛いよね。」


!?可愛い?僕が?

涼がそんなことを思っているなんて知らなかった。

そんな素振りは今まで一度も見せてなかったのに。

嬉しいやら恥ずかしいやらで複雑な気持ちが入り交じった。



傑はこんなぶっ飛んだ話を聞いて、どう思っているのだろう。

死角で表情が見えない。

少なくとも僕は平静を装えない。


「そうか?」


やっぱり、何とも思われてないのかな。

仲の良い幼なじみとしてしか見られてないのだろう。

改めてそんなことを思うとチクッと胸が痛む。

だめだ、隠し通すんだと決めたんだから。



しかし突然話が急に熱を持ち出した。


「あの白い太ももとか触りたくなる。」


涼に性的な目で見られていると知ると、少し怖く感じてしまう。

傑に負けない程のスパダリ涼が、僕に対して生々しい感情を抱いていたなんて。


けれど自分だって傑に対して好意を抱いているのに一緒じゃないか。


どうしようもできない感情に襲われ、きゅっと唇を噤む。

足が竦んでその場から動けなくなった時、やっと傑の声が聞こえてきた。


「可愛いのは分かる。」


へ? 可愛い?


傑が、僕のこと可愛いって。

何それ!?

神様 仏様 女神様、傑は何と仰いましたか?


「いじめてやるなよ。」


この耳で確かにはっきりと聞いた。

だけど、期待をさせないでほしい。

有頂天だった気持ちが一瞬で消えてしまった。


だって傑は女の子が好きなんだから。


事実を受け止めたくないけど、彼は何人もの女の子と付き合って別れてを繰り返している。

とにかく男である僕は、彼の特別枠には入れない。



悲観的になって息を潜めて待っていると、話が終わったのか二人は帰るようだ。

僕は慌ててすぐに2人の背中を追いかけ、何も聞いていなかったかのように笑う。


「今日も暑いよね!」


「わかる、ねえ雪也。」


真っ直ぐ涼に見つめられる。

その瞳はいつにも増して真剣さを含んでいて、ひき込まれそうになった。

涼に限って珍しい。


「どうしたの?涼。」


「今日雪也の家行くから。じゃあね。」


「え、ちょっ!?涼~!?」


片付けも何もしてないのに、急いで帰らなくちゃ。

けどあんな真剣な眼差しの涼は初めて見る。

きっと大切な話があるのだろう。

僕は薄々感じとっていた。


「ごめん傑、また!」


「雪也、」


何が起きたか飲み込めてない傑を尻目に、僕は全速力で走って自宅に戻る。

傑がどんな顔で僕を見つめていたかも知らずに。



インターフォンの軽快な音が聞こえた。

まずい、心の準備が出来ていないのに。

片付けの最中だったが、どうしようもないので涼を招くことにした。


ドアを開けると、満面の笑みを浮かべている涼が立っていた。

手入れが行き届いた艶のある赤い髪が光を反射して、キラキラと輝いている。

うわあっ笑顔も髪も眩しいよ!


「上がって!」


僕はいつもと雰囲気が違う涼を案内した。

涼を招き入れることは初めてだから、それも相まって緊張する。

なんなら傑以外を通したことが無いと言っても過言ではない。


「ごめん、迷惑だった?」


「全然大丈夫、お茶用意するね!」


僕は何とか顔に出さないように、涼と目を合わせることリビングへ向かう。

津城家特製のお茶をカップに注ぎながら、先程の学校での会話を振り返る。

涼は僕で何を想像していたのか、ひと目でわかる会話だった。

真っ赤な顔で僕のことを話す姿は、まるで僕が傑に恋をしているようなものとよく似ていた。


ーーーまさか、勘違いだよね。


いくらなんでも都合が良すぎる話だ。

それに僕が好きな相手は傑であって、もし涼から告白を受けたとしても、多分断るだろう。

そうやって自分に言い聞かせ、涼の好きな甘いお菓子を添えて、僕は涼が待ち受ける部屋へと移動した。



「お待たせ。」


「ありがとう雪也。」


涼はカップを手に取りお茶を一気に飲み干した。

男性特有の喉仏が、上下に動いている。

同性なのに、なんでこんなにも逞しいんだろう。

少し嫉妬すら覚える。


「雪也、あのさ。」


突然声をかけられ、驚きのあまりビクッと肩が大袈裟に揺れてしまう。

今度は、ものすごく神妙な顔つきをしている涼と、ちゃんと目を合わせた。


「何?」


ゴクリと生唾を飲み込む音が隣で聞こえる。

どんなことを言われるんだろう。



「…。」


少し変な間が続く。


緊張で乾いた喉を潤す為に、ゆっくりとお茶を口に流し込んだ。

その瞬間涼が言葉を紡ぐ。



「俺、雪也のこと好きかもしれない。」


「ぶふっっ!?」


直球すぎて思わず口に含んでいたお茶を吹き込んでしまった。

涼が焦って拭いてくれる。

優しいね、ありがとう。


ある程度予想していた言葉だったが、やはり本人の口から聞くとビックリしてしまう。

困惑?動揺?

何にせよ僕の精神状態はSAN値ピンチといわれるものだ。


「突然ごめん、けど雪也のこと前々から意識してたかもしれない。」


「えっと…、」


まず最初に感じたものは、一種の羨望のような思いだった。

僕は涼のように、1度も傑に対して好意を伝えたことは無い。

だから今こうして想いを打ち明けてもらえると、なんだか自分が恥ずかしくなってきた。

涼は本当にすごい。


「僕男だよ?」


「関係ない、雪也だから好きなんだと思う。俺もよくわかってないけど。」


同性なのにとか、そういうことを考えずに引っ括めて涼は僕に伝えてくれたんだ。

色々な思いが反芻して、しばらくの間黙っていた。

それ程に僕のキャパが限界だった。


それを見兼ねた涼が、予想外の言葉を発した。


「一週間、お試しで付き合ってみようよ。」


「それで雪也が嫌な気持ちになったら、切り捨ててくれてもいい。」


お試しで付き合うのもいかがなものかと感じ、僕は結論を出せずにいた。

傑が好きという気持ちと、涼が勇気を出して打ち明けてくれた思いを無下には出来ないという気持ち。

どちらも相反して、余計に悩ませる。


僕の思いは実るのかな?

傑に対しての恋心に漠然とした不安もある。


いつまでも僕が唸っていると、涼は耳元で悪魔のように囁いた。


「俺を利用しても構わない。」


吐息混じりの声で、何かを察しているかのような口調でそう話すものだから、驚いて口を開いて涼を見据える。


「知ってるよ。」


「振り向かせる為にも、俺が当て馬になってもいいってこと。」


何故知っているのか、いつから知っているのか、という質問はきっとタブーだ。

きっと涼は僕のことをずっと見ていてくれていただろうから。


散々悩んだ挙句、僕は2つ返事で頷いた。


「涼を好きにはなれない。」


「でも、僕に協力という形でお願いしてもいい?」


自分でも最低なことをしているのはよく分かっている。

ただ賭けてみたかった。

傑と僕の、これからの関係に変化が起こることを願って。


「いいよ、明日からよろしくね。」


切なそうに笑う涼の感情が読み取れなかった。

単にお人好しな性格なのか、それとも何か裏があるのか。



傑はどう思うのかな、驚くのかな。




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