生きた跡
眠夢。
ねれないひ
目を閉じてからどれくらいの時間が経ったのだろうか。文字盤から流れてくる音は既に時を刻むことを諦めていた。それでも、頭を刺し続ける耳鳴りをかき消してくれている。何回目とも知れない寝返りをうつと、部屋に佇む暗闇に、布の擦れる音が吸い込まれてゆく。目を閉じても開いても視界に入る暗闇はどうしようもなく不安感を掻き立てるが、それを払おうという考えはとうの昔に失くしてしまった。寝るのは嫌いだ。寝たら明日になるし、どうせろくな夢も見ない。嫌な現実、嫌な夢、嫌な現実、その繰り返し。夢にも現にも居場所がなくなってしまった人間は何処に行くのだろうか。ましてや死ぬことも出来ない臆病者に、行き着ける場所なんてきっとないのだろう。永遠に何処かを彷徨って、世界の終わりの日まで己を嘆き続けるのがいい所だ。願うならば、せめて死んだ後は普通で居たい。死んだ後の普通なんて知ったことではないが、生きている間は普通になれそうもないし、それくらいの期待はしても許されるだろう。
普通でいるのに疲れたと一緒に笑ってくれたあいつは、すっかり大人になってしまった。周りが「大人」になっていく中、自分だけが普通でありたいと駄々を捏ねている。小さい頃は、歳を取れば勝手に社会に適応して、勝手に大人になると思っていた。不安なんて微塵も感じず、何になるかなんてことまで考えていた。それが今はどうだ。愛想笑いも満足にできないし、ただ何者かになる事に必死になっている。消えたい死にたいなんて呟いてみるものの、自己が希薄になるのも痛いのも苦しいのも嫌だと思うのはきっともう救いようがないのだろう。何処で間違えたんだろうか。気づけば人間と言うにはあまりに醜く愚かになって、背中には落第の紙が貼られていた。気力は既に使い果たして身体は思うように動かせなくなっていた。天井を眺めるだけで何も出来ないまま時が過ぎていく。たまに思い出に耽ってみては、段々と色褪せていくそれに嫌気が差す。他に縋るものはないかと腕を振り回しても、ただ空を掴むだけで地に落ちてゆく。誰かすくいあげてくれ、と海底で叫んでも気泡だけが地上に出て行って誰にも声は届かない。陽の光を見ることも出来ず、息苦しい喉を抑えることしか出来ない。自由に泳ぐ魚を見て、自分は絶対にそうなれないと分かっていながらその暮らしを空想する。大きな溜め息が漏れる。もう全てを置いて何処かに逃げ出したいと思った。誰も居ない、誰も知らない場所で、過去も未来も何もかも忘れて駆け回りたい。そうして時が経って、いつか世界の全部から忘れられたら、今よりは生きやすくなるのかもしれない。もしそうなったら素敵だな、なんてことを考えているうちにようやく眠気が襲ってきた。静かな微睡みの中にいる時間だけは好きだ。現実とも、夢とも違う世界にいる気がして心地がいい。沈みゆく意識の中、叶うはずもない願いを想う。明日はいい日になりますように、と。
生きた跡 眠夢。 @nemur
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