第267話 浮気は許さないにゃん


  *



 オレ達はその後、手短に三宮希咲、李翠蘭、生田宗次、山城連貴を回収。緊急で態勢の整理、小規模の会議、休息を目的としてビルの合間の暗がりに結界を張った。

 防音効果と避役効果(不可視効果)が付与された結界を、希咲と茜が合同で組み上げ、展開。


 女子陣が栄養価の高い物を優先し買ってきたコンビニ飯を全員で食す中、希咲だけは連絡係の代行者(男性一名)から敵の布陣などを尋問していた。


「俺は吐かない! 絶対にな!!」

「いいから、話しなさい」

「この、裏切りもんが!! どうして三宮家を裏切った!!」

「あれはもう三宮家じゃない。そんなことも分からないなんて愚かな人」

「黙れ!! 三宮家警務部担当の副総長、『荊姫いばらひめ』とまで呼ばれたあんたが……なんでッ!」

「そんなことはどうでもいいのです。早く質問に答えなさい。この腕がまだついてるうちに」


 ドSと化した希咲は固有能力『棘糸ぎょくし』(文字通り刺々しい、茨のような『糸』)で相手の両手足を強く縛りあげ血をばら撒くと共に、更に上へ釣るし、あと少しすれば千切れるのではないかというほど強烈に引っ張る。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 食事中のオレ達を配慮し、こちらからは見えない死角の範囲での作業だが、遠くから耳に届く声でも快いものではない。オレは浄眼を切り、通常視界に戻した。

 彼の「裏切り者」という発言から三宮出身の代行者か。三宮の糸電話を用いた連絡係といったところだろう。情報をかなり把握している人材、という翠蘭や希咲の読みはおそらく的中した。


「あれだけ人を殺して、しかも尋問しながら、よく普通にご飯食べられるよね」


 雪華は排気口が集まったビルの壁にもたれながら、隣で屈むオレに話しかけてくる。その目線は他の者に向けられている。


「まあ、な」


 茜や舞花が代行者を数人殺めた事実は先に報告を受けていたので知っていたが、オレも風間を殺している。なので、それに偉そうなことを意見する口は安全圏には存在しなかった。


 それに、オレ自身あの尋問を受ける三宮の代行者が敵の配置と総数、三宮家敷地にある地下施設への異能系トラップの詳細を明かさない限り、生身でマグマの海へダイブするより生存確率が低い進行と考えていたので、早く吐けよ、と思っていた口だ。


「あー、食べれない」


 雪華は朝から摂取していないはずの食事だが、あまり進まないようだ。

 

「雪華みたいな反応が普通かもしれない」

 

 にゃーと可愛らしく鳴く野良猫と戯れながら、食後のオレは応じた。幸せを感じつつその猫を撫でまわしていると。

 

「あれれ、どっから来たのー猫ちゃん」


 そう猫に話しかけたあと、


「……統也って猫が好きなの? すっごい意外かな」

「ああ。飼いたいんだが中々機会がない。家にいる時間が少ないのと、単に忙しいのもある」

「『矛星ステラ』の寮はペット厳禁だしね」


 オレは相槌として頷く。


「猫は世界で一番可愛い生き物だ」

「一番……?」

「そうだ」

「天霧さんより?」


 脈絡もなく訊いてきた。少し遠くで舞花、リカと話していた茜には聞かれないだろう距離。

 オレは流し目に隣の雪華を見やる。


「部類が違うだろ」

「じゃあ部類を合わせて。彼女、ものすごく可愛いと思わない?」

「論点をずらすな。オレは猫に可愛いと言ったんだ」


 元より作戦や担当は決まっているので、更には希咲が三宮の邸宅構造を熟知している関係から、あとは尋問で具体的な布陣の情報を吐かせるだけ。よって自然に雑談が流れるのはいい。全体的にルーズな雰囲気だしな。

 だが雪華は相変わらずやたらと茜を意識していて、しまいには話題に出てきた。任務に関連する人間関係だけじゃなく、他の。


「私って、可愛いよね?」


 確かに雪華は雪子に顔のパーツが似ていて、他人には負けず劣らずの美貌を持っている。その事実は認める。

 つまり先の疑問形に対し肯定の言葉を送ることは容易い。しかし、雪華が求めているのは別だ。さっきのも「茜よりも」という条件付きでの発言だろう。


「可愛い、はずなんだけど……。やっぱり、こういうのってぶりっ子って思うかな」

「いや、別に。自覚はあるというだけの話だろ。実際に可愛いからな」

「なっ――そ、そんな取って付けましたみたいな言われ方しても、ち……ちっとも嬉しくない」


 などと言い、元はショートヘアだったが現在ボブより長くなっている水色の髪を揺らしながら、目を最大限泳がせ、頬を紅潮させ、そっぽを向く。

 分かりやすいな。


「雪華。その髪、邪魔じゃないのか?」

「うん邪魔」


 かなりの速度で言い切る。


「ならなぜ伸ばしている? カットする時間がないのなら今、オレがマフラーで――」

「はぁ……これだから男っていう生き物は嫌いなの。人の気持ちをぜんっぜんわかってくんない」


 途端、深淵に落ちそうな深い溜息を吐く。


「いや、今のは気持ちがどうのこうのという話ではなかった気がするが。その長さなら戦闘の邪魔になるかもしれない」

「なら、天霧さんはなんでロングヘアなのかな」


 呆れるように、少し怒ったように目線をオレと交えた雪華。


「どういう意味だ?」

「理緒ちゃんは初め、ボブヘアより少し長いくらいだった。けど伸ばした。みことさんも元々はそうだったって『SAY ME』のサイトで紹介されてた。つまり何が言いたいか分かるかな」


 ここまで丁寧に解説されれば彼女の言いたいことが見えてくる。流石にこれを聞き理解できないほど男として鈍感を極めているわけではない。


「女子ってさ、彼氏とかから髪をこうしてほしいって要望を言われたくらいで簡単に髪型を変えたり、ましてや髪の長さを変更するほど自分の容姿に対しての意識は軽くないの。それでも『彼女ら』は恐ろしいくらいに髪を伸ばす。最初は私もそんな馬鹿なことしないって思ってた。こんなの、脳内電気信号のバグ、気の迷いだって。でも、そう思い続けてふと気付いたら、何ヶ月も髪を切ってなかった」


 彼女が深層心理でどういう感情を抱き髪を伸ばしているかはオレには分からない。だが、その苦労を想像できないわけではない。

 長い髪を洗うのは勿論、手入れするのも相当面倒のはずだ。長さに比例して増大してゆくだろう。いや、もしかしたら乗数的に増大するのかもしれない。そして何より髪の毛は邪魔だったり、案外重かったりする。

 戦闘を仕事にする異能士の彼女にとってそれはとてもマイナスな要素だ。理緒や茜。そして雪華もそれを承知しているし、理解できないほど人間として馬鹿じゃない。


「びっくりだよねホント。自分が一番驚いてるかな」


 それでも雪華は髪を伸ばし続けている。

 そんな無意味なことはやめろ、なんて言う資格はオレにはない。

 曲がりなりにもオレのために髪を伸ばしてくれている。オレの、ロングが好き、という評価に値しないくだらない好みタイプに当てはまるために。

 その告白紛いの好意を受け、オレは――、


「ショートより似合ってるとは思う。それと――」


 気付いた時にはそう口走っていた。


「一度しか言わないが……ありがとうな」


 猫は気まぐれ。もう飽きたのか、オレの傍からてくてくと離れてゆく。

 オレは立ち上がり、雪華と向き合う。彼女にしては珍しくはにかみ、もじもじして落ち着かない様子。

 

「ね、統也……私の水色髪、長い方が似合ってる?」


 雪華は自分の髪先を人差し指でくるくる回しながら、やっとしっかりと、照れた表情をオレに示した。


「ああ」

「そ」

「だが、すまない」


 オレはさらに深い呪いを、彼女に重ね掛けしてしまった気分だった。その自責から来る謝罪。


「……私の選択肢は、髪を伸ばすしかなくなっちゃった」


 恥じらいは消えたのか、テヘと言い出しそうな雰囲気でそう言って、でもなぜか悲し気な微笑を浮かべた。


「このまま伸ばし続けてみる」

「伸ばし過ぎて童話のラプンツェルみたいになっても知らないぞ」

「はははっ、なにそれ。わけわかんないかな」


 久しぶりに彼女が心から笑ったような、そんな姿を目に収めた。

 


  *

  


 私は舞花さんからの質問「小坂鈴音さんの『雷の加護』をどうして使っているのか」を、要約すれば「知らない」の一言で終え、足早に統也のもとへ向かったけど……。


 統也は雪華さんと、とっても楽しそうにトークを弾ませていた。

 それを見て私は軽く口を膨らませた。

 精神的な苦痛に強い耐性があるが、これに関してはまるで耐性がない。

 私はなぜか先日リカとした会話を思い出していた。


  

  *



「あ――? 統也のハートを射止める方法?」

「そんな言い方はしてないけど……うん」


 甘い匂いが広がる矛星女子寮の二人部屋のダイニングにて、丸い木製テーブル越しに私はリカと対面し、頷いていた。

 『赫眼』酷使の影響で単純視力が低下しているので、現在かけているメガネでその近視を補っている。

 私はそのブリッジを中指でくいっと上げた。銀縁の丸メガネで、昔、私が凛と入れ替わっていたとき統也が似合ってると言ってくれたもの。

 テーブルには私が用意したホット・カフェモカとクランペットが置かれている。


「あたいがそんなの知るわけー。でも、なんかおもろそうだな」


 にひひ、とリカは悪戯顔をする。


「真面目に相談してるのに、ひどい」

「いや、この間までは『曖昧な恋という感情を提示したくない』みたいなこと言ってたじゃんか」

「勿論それは本心。リカの第六感でもそれは確認できてるでしょ」

「ああ、まぁ」


 リカは首を捻り、「確かに、矛盾するな」と独り言を口にした。

 統也に恋を提示してはいけない、そう抱きつつも統也へアプローチしたいと思うこの気持ち。この、私にある心の支離滅裂。それをリカも感じ取っている。


「あかねっちは、好きすぎて、とか言うタイプじゃないしな……」


 リカは私が作ったカフェモカを半分ほど飲んだあとそれをテーブルに置き、私のばつが悪そうな表情を見てか方程式が解けた時のような顔をする。


「は? あかねっち、お前もしかして……好きすぎて我慢できなくなったのか? マジで?」


 真顔で平然と、そう訊いてくる。

 そして、勘が鋭すぎる。その直観力はどこからくるのか。おそらく『虚実の識ライリーアイ』で嘘だとバレるのを避けたくて無返答だったせいで、逆にバレた。


「……正解」


 羞恥心から私は微かに俯いていた。どうしてか顔が熱い。


「うわーかわい」

「うるさい、です」

「なんで敬語」

「癖で……!」

「違うだろ~? 統也が好きすぎて、だろ~? 珍しく辻褄合わないこと言ってんなーと思ったら、そうか、好きすぎて我慢の限界だったのかー。そりゃあーしゃーないわなー、うんうん」


 好き放題揶揄われる。


「ねぇ!」


 周囲から冷徹、冷酷と言われる私にも当然恥じらいはある。思わず立ち上がり声を大にした。

 しかしリカは腹筋崩壊とばかりにお腹を抱え、笑いこける。


「きゃははっ、お腹痛い」

「もう……知らないから」


 リカはその爆笑からしばらくして落ち着いたのち、涙を右手で拭き、


「でも、恋愛はそういうもんだ。あかねっち、それは正しいことだよ」

「……?」

「やっと、哲学を卒業したか……」


 何か、安堵したような不思議な優しさを含めた顔で、そう呟いた。私に聞こえるかどうかという程度の声量で。

 また、リカは私が座り直した頃に顎に手を当て、「う~~ん」と考え込んでいるかのような仕草を取り、


「……そうだな、統也は猫が好きだって理緒から聞いたことがある。例えば語尾にニャンってつけて、可愛く猫のポーズとれば案外イケるかも」


 両手の親指と人差し指を使い大き目のフレームを作ると、私をその枠の中に何度か収める仕草を見せた後、破顔する。


「意味不明」

「男なんて単純な生き物だ。猫好きの統也なら落ちるかもな。ははっ」


 手元でグッドマークを作るリカ。かなり適当なアドバイスだし、そして何より、


「猫のポーズをとるなんて、私にはできない。そのくらいあなたにも分かるでしょう?」


 冷静さを取り戻しつつ、カフェモカの甘い香りをよそにマグカップに口を付けたとき、


「へぇ~、じゃああかねっち……なんで今、嘘ついた?」

「んはっ」


 私は飲んでいたカップ内液を零しそうになる。


「にひ。お前、やろうとしてんだろ……猫」


 恐る恐るリカを見ると、悪戯心が覗くような童顔で口角を最大まで上げていた。


「その第六感、本当にいや」



  *



 オレと雪華が会話していたそのとき、右サイドから茜が神妙な面持ちでやってくると、そのままオレの前に到着し、小声で「ついてきて」と耳打ちしてきた。


「ん?」


 若干不機嫌気味か? オレは訳も分からず彼女についていく。

 茜は他の隊員から見えない死角の位置で足を止めた。オレも停止する。恐らくは雪華らに知られてはいけない戦略的な話題を喋り出すだろうと無意識に思いながら、茜の閉ざされた口が開かれるのを待ったが。

 

「統也、私じゃだめなの?」


 唐突だった。理解が追い付かない。


「私だけじゃ、満足できない?」


 彼女の口から出た言葉は、容易にオレの脳内をはてなマークで埋め尽くした。

 透き通る猫撫で声で、上目遣いし甘えた感じで小首を傾げる茜。


「いや、悪いが――」


 すると突然、自信なさげに招き猫を模したポーズをとり、肘を曲げた状態から腕を上げ、両手の指をグーのように丸め顔近くに構えた。


「浮気は許さないにゃん」




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