第266話 「CLOCK」vs「X」
極夜による暗夜。旭川市民からは幽霊が出ると噂されているほどの、雰囲気ある廃病院の一角。
敷地内の地を踏む「
「
敬語でそう訊ねるのは二十代前半の男性(相手を追跡する異能力者)。茶髪でセンター分けをしている髪型に、インテリ系、痩せ型の体躯。この組織からはマサムネと呼ばれている男だ。
「薪さんが負けた時の保険さ。来たら始末する、それだけ」
落ち着いた雰囲気の、同じく二十代前半の女性(触れた相手に己の保有魔力を供給する異能力者)。暖色系の振袖を身に纏った長身。こちらは古式異能者だろうか。
彼女はリーダーではないが、その男の女々しい台詞に諭すように反応した。
マサムネとクロミ。喋ったこの二人は所謂サポーターだった。
「大丈夫よ、代行者の中でも更に上位陣の実力者を集めたこの選りすぐりのチーム『CLOCK』に、敗北の二文字はない。今までもそうだったでしょ」
リーダーだろうか、お下げのように後ろで二つに束ねた長い茶髪が特徴的なその女性は、自信満々を表情に覗かせ皆の顔を一瞥した。
上半身はサラシのみを巻いてその上にブレザーを羽織り、下は冬服のミニスカートという露出度の高い格好をしている。
名は
そこで。そのときだった。和やかだった雰囲気は、俄に張り詰める。
原因は、
「ん――?」
その三人プラス一人、離れて佇んでいた長身大男が、明確なる「気配」を察知し、振り向きざまに他三人に尋ねる。
「おい、誰か来たぞ。あいつが名瀬統也……か?」
「まさかッ」
「はぁ、んなわけ――」
応じる間にも、その人影は着実に一歩、また一歩とこちらへ近づいてくる。ターゲット名瀬統也か、他の敵か、ないし味方か――人影はザクザクと敷地を踏み越え、舗装路に到達。
「いいえ、違うわね。女……?」
暗闇の中、脇に列する街灯に照らされ、徐々にだがその人影の容姿が覗く。どうやら近づいてきたその人物は、織葉の言う通り女性だ。
そしてその女性は名瀬統也がよく知る、生身の、贋者でもない、確かな――。
確かな存在――。
そう。
霞流理緒だった。
しかし『CLOCK』は彼女を知らないし、彼女だと断定する材料を持ち合わせてはいなかった。
(この女……ナニモノ? キャップとマスクで顔が見えないけど……)
(見られると何かまずいのかしら)
(正体がバレると異能戦闘に何か支障をきたす、とか?)
リーダー槙島は怪しみを深めるが、一方で槙島の独言に対して、
「名瀬統子ちゃんってか? 見た感じへそ出しの黒髪ロング……どうやら
初めに理緒の気配を気取った男、
「ふざけてないで対処して」
「簡単に言ってくれるなよ」
総員(といっても四名だが)は既に戦闘体勢に身を投じていたが、芳賀はそう愚痴って相手の女性を見据えた。が、すぐに背後に布陣するサポーターの振袖の女性に声を掛ける。目線は正面の女に向けたまま。
「クロミ、なんか
クロミは自身の魔力を対象の魔力と同調させ分配する、という特殊な素質の持ち主。一般的に他者の魔力には血液などと同様に拒絶反応が存在する。それを抑えなければ他者へ供給など不可能なのだ。
原理は魔力波の固有振動数を相手に合わせて、あとは「音叉の共鳴」と似たような作法だとクロミはよく周りに紹介するが、あまり理解は得られないらしい。
この共鳴に近いメカニズムを機構として有しているデバイスがあり、仕組みはそれに似ていると簡易的に説明したくてもできないのがクロミの最近の悩みの種だ。
そう。統也、茜ら特務官に渡されるあの、装置の事である。
兎にも角にも、相手の魔力波を読み取る副次的能力が、クロミには備わっている。
「ううん、ごめん……何も視えない。ただ……これは、どういうことだろ……」
「あ? 何がだ」
「私にも分からないんだ。ただ、魔力波パターンが偽造されている……? のか、これは」
すらりと引き締まった身体、長い黒髪に紺のインナーカラーが入り、瞳も紺に着色(オッドカラーシンドローム)していると分かる。
また、黒いキャップとへそ出しノースリーブインナーが特徴で、その上に白いコートを着崩して羽織っている女性。
これが、クロミが相手の情報偽造能力(?)をある程度無視して3D解析を試みた相手の外観だった。視覚情報にしてはローポリのようなイレギュラーな感覚で、相手の顔を正しく認識しようとすればするほど解像度が下がる気分だった。
しかも――顔だけ、だ。まるで
「大丈夫よ、みんな慌てないで。何者か知らないけど彼女、私たちの結界を破壊してここへたどり着いているはず。それは名瀬統也以外の立ち入りを禁止する開印結界。気づいて破壊している時点で、私達の勢力と立場を理解しているはず」
「だからなんなんだよ。槙島、てめえの理屈で大丈夫になれる理由があるってんなら説明しろ。結局何が言いてぇんだ」
「その上で私達相手に奇襲ではなく正面から白昼堂々と攻撃を仕掛けてきている時点で、この女は三流。いや、三下」
「はっ、いやいやぁ。あのなぁ、そもそも一人で来るなんてバカすぎんだろ。はなから俺らの相手じゃねーんだよ」
理緒にとっては、そう喋りながら前に出てくる二人。男と女。芳賀と槙島。
理緒は立ち止まり特に興味もなさげに、口を開いた。
「教えてあげる。あたしがこの場に一人で乗り込んだ理由。二つあってね。一つはあなた達を分かりやすく油断させるため。そして、二つは――すぐに分かる」
瞬間だった。ドゴオオオォォォン!!!!と、芳賀と槙島の背後、位置にしてクロミ達が立っていた場所だ。突発的に生じる爆風。その位置が、紫の猛炎によって焼き尽くされた。それは一瞬の出来事。
まるで爆発でも生じたような状況に、
「はっ、なんだ!!」
そう焦燥感を露わにして硬直する芳賀だが、槙島の方は冷や汗をかくのみで、一早く上空からの紫の飛来物に着目しており、即座に舗装路に手で触れ、固めていたはずのアスファルトをかまくらのように変形させ防御壁を建築する。
壁を二重に施すことで魔法瓶めいた断熱効果を得ていた、その中に籠り、槙島はそうして芳賀を守ったが、守れたのは芳賀だけ。これが意味するのは――、
「そ。二つ目の理由。それは、あなた達アタッカーを前に出させるため。そうでもしないと、あなたの異能――触れた物体の粘性を操る『
理緒が、熱風を避けるため素早い身のこなしで三歩バックステップしたあと告げた。
そのときにも紫炎の灼熱は辺りを蹂躙、焼き尽くしていくが、徐々に穂のエネルギーが下がり、グラデーションのように炎光色が移り変わり、そして皆がよく目の当たりにするオレンジの炎へと変貌した。
相変わらずオーロラのような色の変化だ、と理緒は見慣れたその光景に少々場違いな感想を抱いた。
『二つの生命反応の消滅を確認。……理緒、どうでもいい談笑をしてる暇なんてないわ。早く済ませて。手間取るとまたあなたが動いたことがバレて上に怒られる。隠蔽するのも楽じゃないのよ』
「なにその言い草。あたしは別に上層部の恐喝なんて怖くないんだけど」
『はいはい分かったから、『十二柱』に気づかれないうちに終わらせて』
「りょーかい」
呆れ気味に言ってワイヤレスイヤホンの通信を切った理緒の正面には、
「舐めるなッ!!」
防壁を崩し、アスファルトのかまくら中から避難してきた槙島と芳賀。芳賀はまだ状況を飲み込めてはいなかったが、槙島は物凄い形相で理緒を睨んでいた。
「舐めてなんかないよ。戦ってもないうちに相手の技量を測れるだなんて、はなから考えてない」
理緒はその昔、異能士階級もなく、また名も知られていないような少年が、世界に存在するかも危ぶまれるほどに、尊いほどに、蒼い――そんな『檻』を展開してみせた事実を忘れてはいない。むしろ心に刻んでいるのだ。
そして。
自分を守り続けてくれたこと。
最期までそばにいてくれたこと。
人生で持つことが許されなかった、実感をくれたこと。
その、唯一の人だったこと。
全てを心に、胸に。
「――――」
「誰も敵わないような最強の異能者がいることをあたしは知ってる」
しかし理緒と面識もないし、[
「はぁぁぁ!」
すると、道路面が粘土化しまるでヘビのように蠢き、触手のような役割を果たすのか、理緒に複数個所からの攻撃を仕掛けた。
「あー、そういう感じか」
理緒は独り言ちりながらも手指で智拳印を結び、領域構築『波導閉門』による波動防壁で防ぐ。アスファルトの蛇を強く弾き返し、波動の余韻が音波に変換され、空間を伝播した。
基本的には不可視だが、被弾時や出力増強時にはいわば波動の幕が目視できる。
「なにッあれ!! 透明のバリア……!? いいえ――」
「どうでもいい! 食らえ!」
芳賀が背後に回るように動き、理緒の背中目掛けて鉄球を三つ放つ。
それを尻目に確認しながら理緒は思考を巡らす。
(鉄球? これはまた原始的な……)
(しかも進行速度が特段速いわけでもない……ピッチャーが投げる野球ボールの方がまだ速いけど)
(弾丸の代わり……? 異能は運動量制御のようなものか。まぁ、原理なんてどうでもいっか)
理緒は異能術式を起動したまま、演算装置ミッドであるBAマスクの側面にある幾つかのチャンネルボタンを押し、[
直後、集中し魔法的演算を開始。
(波動防壁の術式を仮想領域内で変更――)
(ベクトル反転術式[
理緒は高度魔法・ベクトル反転魔法で接近物、砕けば波動防壁に触れた物体のベクトルを反射する術式を組み込む。
だが、
メリメリ――ッ!!
反射を付与する不可視の波動防壁にぶつかっても、三つの鉄球は方向を変えなかった。つまり、理緒への直進を続けた。
「え――? どういうこと?」
不可視の防壁だが明確に突破された感触を得て、理緒は思わず目を丸くする。
(ベクトルが反転されない?)
(……コレ、運動量制御の異能じゃない?)
(そうか。等速運動、慣性を仮想的に維持する類か……!)
「めんどい」
理緒は真上へジャンプして、上空にて基本移動魔法[スライド]を使用し、左の建物の三階窓ガラスに突撃。バリンと、弾け割れる中。
「は? 今のは――魔法……!?」
「あぁん? んなわけねぇだろ」
「てッ、そんな話してる場合じゃない!!」
槙島と芳賀がそう会話する中、バゴオオォォォン!!と紫の炎は容赦なく降り注ぎ、一帯を爆炎で埋め尽くした。
空から飛来する紫の矢。来栖詩羽々の紫炎術式と攻撃特性は、
①『矮星』……重金属の矢を燃やすことで超高温の紫炎を生成。
その後、専用携行兵器オリジン武装・シャランガーにて射的。
また、②『紫微星』……『矮星』を粉塵のように撒き、気体分子をプラズマ分解して噴霧爆発を誘発。
この「①→②」の流れが
***
暗がり、ぽたぽたと水滴る壁に囲まれる、地下水路の脇を歩く二人の男女が居た。芳賀と槙島だ。
アスファルトを流動的に操作することでトンネル滑り台を作り、地下用水路の空間に辿り着いたのだ。
すぐさま防壁を構築したとはいえ、
「さっきの……ほんとに魔法なのか。ちょっと極めた異界術ってとこじゃねーのか」
「ない。100パーセントない。異界術ってのはそもそも未発達の、それも基礎工程だけが組み込まれた単一術式の魔法。いい? 空中で横にズレる移動魔法[スライド]は空間座標で自体の固定、位置情報の多重改竄という二つの工程を取り入れた二つの術式、その時点で単一術式では無いのよ……」
「じゃあ、あいつは……外からの刺客だってのか。ざっけんなよ、んな話信じられるか」
「ホント……どうやって侵入してきたの……? アレが途切れたとき? そんなわけ……。そ、そうよ。そんなわけ……有り得ない。魔法士……? ――まさかね」
俯いて考えこんでいく槙島を観兼ねた芳賀は意味もなく後ろを振り返る。
「それより上から来る爆破狙撃からの回避のために地下に入ったはいいが、あのアマを見失ったぞ? 今の俺らには索敵役もいない」
「大丈夫、あの女は来る。この程度で退散するような中途半端な逃げ腰野郎が『CLOCK』二人を手にかけるなんて、そんなことあるわけない」
槙島織葉は口にはしなかったが、絶対に許さない、八つ裂きにして許しを請わせてやると、顰める眉、猛烈に歯ぎしりする表情が語っていた。よくもクロミとマサムネを――と。
右で並んで歩いていた芳賀淡秋は「おー、こえー」と、危機に直面した状況の割に、冗談交じりに漏らした。
***
「いた……!」
槙島は両手を床面に当て、アスファルトの粘性と反射波を利用して、所謂エコロケーションのようなもので理緒を探知。暫時の索敵の末の成果だった。
「よし、捕まえた!」
足場を粘土化し、その後再び固形化することで理緒の足を捕えることにも成功した。
「これで彼女はずっぽりと固まったコンクリに足をとられている頃よ」
「はっ拍子抜けだぜ。呆気なかったな」
しかし、槙島の表情にある曇りは決して晴れてはいなかった。それどころかいっそ曇りを増していき眉が寄っていく。
「だけど……なんだろ……何か変」
「変?」
「手応えが、まるでない……」
そう、足場を押さえることで、あの女――理緒を拘束できたはずなのに、槙島にその確信たる感触はなかった。床材であるコンクリ(実際はアスファルトで、材質的にはコンクリートとは異なるが、それを理解していなくとも異能発動に支障はない)に手を触れながら、首をかしげていると、途端――。
「今度はなんだッ!!」
視界が歪んだ、のではなく、それより先に天井が崩れた落ちた。爆風と熱波が込み上げ、小規模のサイクロン。天井から陥没。灼熱に巻かれたような、マグマのように溶けだした天井のアスファルトが幾つも落下した。
「へっ!! なに??」
「ッ――!!」
槙島は咄嗟に隣の芳賀を突き飛ばし、アスファルトによるの粘土壁を作り、芳賀のみをガードした。刹那的な時間で防御できるのは一人までと判断しての行動だ。当然槙島本人は大怪我(多数の裂傷、左脚の火傷、肋骨骨折)を負うが、
「おい、しっかりしろ! ふざけんな、俺を守りやがって!」
芳賀は灼熱の崩落が落ち着くのを見て、粘土壁から脱してすぐさまふらつく槙島を支えた。
「大丈夫……足とあばらを数本……。ほんとにそれだけ。それより敵に集中してちょうだい!」
すると、コツンコツンとブーツが床面コンクリにぶつかる音か響き、彼らの正面に、顔の半分を覆う面頬タイプのマスクを装着している少女が。
その少女――理緒は距離を保ちつつ停止して話しかけた。
「手応えがないのはそのはずだよ、さっきのはあたしの
「え――? ダミーですって?」
数少ない「記憶改ざんを受けていないインナー」である槙島と芳賀だが、芳賀の方がもしや、と思った。彼の顔面にはこれまでないほどの緊張感が具現しているのかもしれない。柄ではないが、大量の冷や汗をかいていた。
それもそのはず。
「ダミー……この女まさか、究極の仮装魔法の一つ[
「あれは多数の魔法に適性がある天賦の才じゃないとできない。そもそも[
ハロウィン。言わずと知れた毎年10月31日に行われる夜の祭り。悪魔やお化けなどの怖い仮装をすることで、悪い死霊から身を隠すとされている風習。
面相だけの偽造に留まる[
ミコ&レナライブ会場の激闘後、茜と対面した統也が、あまりに雷電凛と酷似していた茜に対し疑いを持った術式でもある。
情報次元の各点での座標まで精密に
「ごめんね、あたし結構あなた達みたいなやり方をする組織は好きだよ。異能って生まれた時から使える能力が限定されちゃうじゃん? けどその異能を互いの異能で補ってるし、ちゃんと役割分担してるし。大事だと思う、そういうの。でも、殺そうとする相手が悪かった。よりにもよって、あたしの王子様だなんて」
理緒は他意もなく左の壁を眺めた。
「王子様だぁ? てめえそんだけつえーのに、随分ピンクな脳内してやがる」
理緒の想定通りなら、
(大方この男の方が、対象を破壊するまで直進し続ける物体を押し出す異能ってところかな)
再び彼らに紺の眼差しを向ける理緒は告げた。せめてもの温情のつもりか。
「それと、あなた達は暗殺専門の組織にしては――優しすぎる」
「まるで勝ったみたいな言い草ね」
踏ん張りながら立ち上がる槙島はそう噛みついた。
「どうかな。あたしだって無敵じゃない。ほら、あの『02』なんかと比べたら、ね。案外サクッと負けるかも」
対峙している彼らからは見えないが理緒は非常に優しい微笑みをもって柔和に言った。負けるかもしれない、と。
しかし、無論内心では負けるなどとは少しも考えていなかった。
そして、その笑みを声色だけで判断し、勝者の笑みと受け取った槙島はこう返した。
「勝つのは私達よ」
(意図は知らないけど、対話の時間を設けたのがぬかったわね)
(優しすぎるのはあんたの方よ)
「ふッ、馬鹿な女。私達が優しすぎる? 何を馬鹿なことを。あなたは知らないのよ。我々『CLOCK』が代行者として暗殺を代行して、どれだけ人を殺して金を貰ってきたか」
「うん知らないよ。ごめん、正直興味もない」
「あっそ!!」
瞬間、槙島は即座に立ち膝して両手を床面に当てる。
その行動を受け、理緒はある考えから簡易原子振動低下魔法[
一方で槙島の思惑は循環し続ける。
(瞬間的な横移動が可能な魔法が使えるこの
(だからあえて廊下状のこの地下用水路に誘った)
(そして、現在相手は床コンクリの上に氷の膜を張って、私の粘土状化で足場を崩されないよう工夫している)
(でも残念ね、しゃがんだのはフェイク。足場なんてどうでもいいわ)
(本命はこっちだもの!!)
槙島はすぐに水路の横、地下道壁面のアスファルトに右手を当て、流動化したアスファルトにより新たなる壁を建築。理緒の向こう側の道を閉ざし、行き止まり状態にする。洞窟のように続いていた路を、塞き止めた。
「やって!! 今!!」
指示のタイミング、寸分と違わぬ息の合ったタイミングにて芳賀が無数の鉄球を投擲。
(あんたは知らないでしょうね。これに触れた物体は最後、絶対的な等速直線運動によって貫通されるのよ)
(手前に何があろうと、如何なる条件だろうと慣性を保ち、同じ速度で進み続けさせる能力)
(投げは腕力によるものだから速度は大したことはないけど、理論上あの『檻』すら突破できる。一度に複数の物体に使用する事も可能)
(私の
それは如何なる防御だろうと貫通する物体を押し出す異能術式。『
慣性の法則。基準系に対して運動する物体は「その物体に力が働かない限り」、基準慣性系に対する運動状態を一定に保つ―――これの鍵カッコ部分を無視した強化版と捉えるのが分かりやすい。
慣性を強化したような振る舞いを見せる異能が彼の能力。とはいえ槙島織葉にも正確な原理については理解していなかった。
ただ、この芳賀の能力を利用して統也の異能『檻』を貫通させる予定だったのは確かだろうと理緒は先程考えていた。
「――――ッ!」
(ぬかったわね魔法士! これで後ろは塞がれ、前は無数の鉄球が蓋をし、挟み撃ちにする)
(奥の壁を突破して逃げるのが吉。でも残念ね、この時のため、二回目の爆炎の狙撃の際どさくさに紛れて地雷を壁中に仕掛けといた)
(粘性を弄って地雷の位置を調整しといた。直撃用の地雷だから私の『
(たとえ[
(あの正体不明の透明バリアを貫通することも先刻で確認済み)
(進行速度はたかが投擲による物体運動。銃弾なんかと比べれば遅いけど、確実に
「ハチの巣に成れ!!」
それを前にし理緒は急ぎマスクの側面に付すチャンネルボタンをポチポチと操作してゆく。
(実数振動による照準のため物体原子の観測確認――完了)
(発動準備――振動低下――開始)
(完了――)
(発動――――[
理緒は大きく、掌底を前へ出す。――それは領域魔法ではない、通常の情報改変魔法。分類は火・氷属性魔法。物体に行使する実数振動の上昇オア低下魔法。これにより原子の振動運動を増幅、もしくは抑制することで物質の持つエネルギーを上昇、低下させ加熱、冷却する。
先程の溶岩のような崩落を作り上げた魔法は[
しかし、
「無駄無駄!! そんなことしたってその鉄球は進むのをやめない!!」
槙島は知っていた。異能と異なり、というか最大の違いでもあるが――魔法の発動には術式を読み解き演算処理を手助けする
魔法は異能より多岐に渡る能力を操れる分、処理に要する時間も尋常でない上、発動の際に装置に依存する点がある。その操作の手間を考慮すれば、追って魔法を展開できないことを悟っていた。
「っ――」
凍らせても無理、か――理緒は溜息をつきたい衝動に駆られる。アドレナリン過剰分泌の影響なのかスローもション感覚の中、ピキピキと凍結を得る鉄球たちが理緒の視界に捉えられた。
「諦めなさい魔法士! どっから来たのか知らないけど――ここはあんたのいるべき場所じゃないのよ!!」
迫る、霜が付着し凍った鉄球。
「仕方ない」
しかし。
理緒は狂ったか、鉄球に向かい、走り出す。
「はぁぁッ!?」
「何やってんだこいつ!!」
弾ける赤い液体が、飛沫として散乱する、その中、理緒は各所の痛みに歯噛みしながらも、芳賀の前に来るとすぐさま、
「――『
「はっ、異能だと!??」
第三術式の波動式を乱数的に重ね球状に模る技で、自らの右手拳をコーティングすると、そのまま、
「ぐはあああ!!」
芳賀の心臓部を貫く。
手を抜くと、彼の死亡はすぐに確認された。
「ッ―――!!」
槙島は格闘の構えで近接戦のため、火傷を負った脚で精一杯回し蹴りを試みるが理緒の波動防壁にぶつかり、次の瞬間には運動量が反射され、跳ね返り背を壁にぶつける。その衝撃で吐血する槙島。
「かはッ!!」
(――ベクトル反転魔法[
壁にもたれたまま、ズルズルと、下がってゆく槙島。
「はぁ…………もういいわ…………めんどうくさい」
(何者よこの人……。魔法の規模が、違い過ぎる……)
槙島はそのままぐったりと壁面を背に、その場に座り込む。もう力も残ってはいない。立ち上が気力も、魔力も残っていない。異能ももう使えないだろう。
壁に暗闇でも分かるほど真っ赤な血が滲んで、床に落ち、それが生き物のように広がってゆく。
だが当然、負傷したのは槙島だけではない。槙島は歩み寄ってきた理緒を見上げ、
「あんた…………痛くはないの……?」
初めてその面相を見た。[
――随分と可愛い、しかもまだ高校生くらいじゃない……。槙島は諦めのような笑みをこぼした。
「痛いよ。今も全身からひどい火傷のような痛みがジンジンと広がってる。でも遅い弾道なら急所を避けるのは難しくない。考えなかったわけではないでしょ。詰めが甘かったね」
理緒は身体中から多量に出血しながらも、致命傷には至っていなかった。
「あんた……狂ってるの? それとも、ひたすらに真っ直ぐなだけ?」
「ん、なにそれ。どういう質問?」
理緒がどういった意味か分からずに首をかしげて、右耳に髪をかけていると、
「そんな血だらけになってまで、命の危険を顧みず名瀬統也を守ってるのには理由があるんでしょ……? 金欲しさに狂ってるか、それともただ一途に名瀬統也を……」
「違うよ。……両方違うんだよ。あたしはね――、捻くれてるの」
「ふっ、きっとね、それも違うわよ。あんたは、馬鹿なのね。大馬鹿なのかしら……」
「あー、分かる?」
「ええ、それはもう。あんたからは私と同じ匂いがする、のよ……」
「そうなんだ」
「すぐ近くにいる大切な人さえ守ることができない私よりは器用だけど、それでも馬鹿ね。早く気づいた方がいいわ。あんたは間違ってる。あんたはまだ、間に合わうでしょ……」
「あたしの気持ちに気づいた敵はあなたが初めて」
「なによ、それ……温情のつもり?」
「さあね。でも違うと思うよ。そういうのは、もう捨てた。……あのさ、遺言とかある? あるなら聞くけど」
「ないわ……。ただ、大切な人を、ちゃんと、守れるのかは、力では……な……」
「うん、わかった。――ありがとう」
自分の気持ちや深さに気づき共感してくれる経験は最初で最後だろうと、そういう確かな予感が理緒にはあった。そしてそれは、そうじゃないかなどという曖昧なものではなく、確かな予感だった。
ザク――という最期を告げる音だけが、その暗い廊下に木霊した。
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