第265話 「03」――ゼロスリー
*
「――かぐや、お前は何故にそんなに麗しいんだ?」
三宮一族の先祖にあたる男が私に言い放った台詞です。
私はこの男が好きではなかった。現世で言う、生理的に無理、というもの。
神祇官として氏を受けた彼は所謂「
二千年前から過ごしていた厩戸皇子「
紆余曲折あり、結局「03」「厩戸」「私」の三人は違う道を歩むこととなった。結果、異能の在り方と行く末の派閥が三分割に至り、その後、三つの異能家が誕生した。のちにこれが異能御三家「三宮」「名瀬」「伏見」と呼ばれる。
「03」はその中でも結果のためなら手段を選ばない思想で、偉雅、風姿特秀。さらには思考力が鋭く先見の明がある人物として世に君臨した。
「――――」
残念だから私は、全てを知っている。
雪華さん達が知らない事も、統也さん達でさえ知らない事も。全て。
――全てを、私は知っている。
起源、アークとはいったい何か、魔法の成り立ち、異能のルーツ、魔力というエネルギーの正体、その昔、地球に何が起こったのかも……全て。
でも、それらを私の口から話すことは決してない。私は正真正銘の異物であり、地球の確固たるバグだ。同時に見送り人で傍観者だ。
それが口出しして解答を教えても、差し出しても、何も生まれない。
皆が悠久と呼ぶ、私にとってのその刹那は、とても儚く脆い。駒の回転のように素早い日々。
一瞬で沈む太陽。一瞬で散る星々。
一瞬で過ぎ去る風景や数多の人々を見送り、私はここまで歩いてきた。今、という暦にまで生きてきた。
皆は自らが主人公、中心人物だと思い、主観の世界に生きている。しかしながら、私だけが自分の世界ではなく「世界の傍観者」として客観の世界で生きている。前も見えない地球で進み続けている。
統也さんと茜さんの番いが直面している運命は、彼らにとっては残酷でとても至難に思えるでしょう。そして自らの人生の命題と思うでしょう。
しかし、これらのような出来事は人類史においては別に稀でもなく、幾世に渡って数え切れないほど何度も重ね、繰り返されてきたこと。
統也さん、茜さん。
私には既視感があります。まるで聖徳太子と
どうか月に、その因果の巡りの終わりを願います。我が心の友、伊邪那美のように、最後の最後でいい、改心することを――。
世界の流れを断ち切ってくれることを――。
「かぐや、私はしばらく眠りにつくよ。起きるのは百年後、いや千年後かな」
「03」は優雅に歩み、告げた。しかし私にはどうでもよく、
「勝手にすればいい。私はゆめゆめ逃げず、前へ進み続けますから。厩戸皇子の意志を私が引き継ぎ、必ずや異能を消してみせます」
絶対に異能を消すと誓ったのです。彼と彼女に。あの番いに。比翼の鳥に。蒼と紅に。巡り巡る今日へ。
永遠に待っています、その日を。そう笑って。
「その運命はこの星には相応しくない。……それでは、また会おう」
「――――」
私はその再会を期した言葉に応じず黙殺した。
「
そう呟いて、彼はその肉体での死を迎えた。
*
「成程、しくったか。まあ仕方がないな」
監視用人工衛星の大まかな座標と勢力把握ののち、オレが廃墟施設のようなその場に到着するとすぐにリカ、舞花、雪華の三人を視認できた。
「で……なんだこれは? 溶解、もしくは原子的な崩壊か」
また、一帯の施設壁面や地面などが全体的に溶けたような、崩壊したような状態だったため、尋常な戦場ではなかったことが推測できる。
そして何より――この場に大輝がいない。
浄眼によって情報次元の視界に移すまでもない。影人独特の脳波を一切感じない。
「あ!」
オレに気付いたようで雪華がこちらを見るなり小走りで近寄ってきて、
「統也!」
「ん?」
無事で何よりだ、と言おうとしたがその前に、
「ん、じゃないよ。大輝が……大輝が……」
不安によって顰められたような雪華の表情を見れば、その言葉の続きが聞かずと分かる。
「……ごめん。私が足を引っ張ったかな」
雪華はそう言って、自責の念を含む目元を伏し目する。茜がついていながらこの状態ということは、相手に茜の正体や手腕を凡そ知っている奴がいたんだろうな。何かしらの技術を利用して茜を一時的に封じたのか。そうでもしないと彼女を止めることは叶わない。
一体どうやって彼女を押さえたのか。いや、その相手や方法はあとで確認を取ればいい。
「大輝は死んだのか」
「生きてる!」
そう強気に即答したのは、少し苛立ったような表情で、それでいて歯ぎしりするリカだった。左側からこちらに近づきながら怒り目で主張した。今にも噛みついてきそうだ。
「統也! 当然のように訊くのはやめろ。大輝は生きてる……!」
「根拠はなんだ?」
「その場で殺さず、どこかへと連れ去った。殺したいのならあの場でやったはず。目標は大輝を生かしたうえで移動を続けてるんだ」
「リカのそれは希望的観測に過ぎない。その行先で殺したかもしれない」
「生きてる……! 絶対に!」
勿論、そう想定して動くしか活路はないわけだが。
「大輝が生きているということに全てを懸けて、彼を追う。いずれにせよ、こちらの態勢を整える必要がある」
「態勢を整える?? そんな暇はない……!」
「焦ってちぐはぐな行動を取って全滅したいのか? それなら止めはしないが。少なくともオレや茜は情報をもう少し集めてから用意周到に動くぞ? この意味が分かるか」
オレが目力を強めて、脅迫じみた口調で訊くと、
「それは……」
リカは気まずそうに目線を泳がせた。オレは彼女らに何が起こったか知らないが、どうやら心当たりがあったらしい。
「翠蘭、希咲らの回収と同時に情報共有も済ませておくべきだ。五分後に出発する。舞花への情報伝達と、準備を進めておいてくれ」
「了解した……」
リカは名残惜しそうにそう言い残して奥の方へ歩き出す。
茜の姿が無いので探すために浄眼を発動しようか迷いつつ、そんな些細なことで発動するのも変か、と思いそれを保留した。
「茜は?」
「天霧さん? 彼女ならあそこ」
傍の雪華がそう言って遠くを指差した。
リカの向かった方角か。オレは指が差された方角に佇む茜を、結局発動した浄眼で見ながら、
「ここで何があった?」
オフって、いったんそう尋ねた。茜は、誰か分からないが女性の遺体を処理している最中だった。
「何がって言われると難しいけど、簡単に説明すると……」
三宮暗部で、代行者の幹部に所属する八雲莉珠という暗殺者から通行止めされ、強襲を受けたこと。そして死に至るかもしれないほどの窮地に陥ったところを茜が救ったこと。虚数術式のマギオンリセットで治癒されたこと。その後、『檻』の監禁のような謎の領域で莉珠を始末したことなどを要約して語った。
最後の謎の領域とは、十中八九「固有領域」のことだな。
旬さんがあれを教えない間抜けだとは思えないし、実際茜本人から扱えると聞いていた。恐らく領域が不得手なオレが一生をかけても会得できないだろうレベルの高等領域だ。七瀬家・名瀬家の監禁のメカニズムを盗み開発された領域技術で、人間の認識速度を遥かに上回る驚異的な瞬間展開式を持つ結界術の運用に長けていなければ孤立空間を構築できない。
傍観していた雪華ら素人にも、それが並みの業ではないことが痛切に感じられただろう。
「私、誤解してたのかも」
そんな思考の中、雪華がポツリとそれだけを告げた。
「何の話だ?」
「うん? うん……天霧さんってさ、結局どんな人なのかなって」
遠くの空を眺めた雪華。その目から否定的な色は消えている。
以前は茜の話題が出ただけで眉を寄せていた彼女だが、その偏った思想、見解を見つめ直しているのかもしれない。
「さあな。それは本人の口から聞くしかない。だが……そうだな、少し昔の話をしよう。オレがかつて所属していた会社、その機密組織の軍の中に『
「え、あの……ごめん。いきなりすぎて意味わかんない。何の話?」
「任務のためなら少数を切り捨てる非情な選択も厭わない。また、能力を悪用して自分の所属を攻撃したテロリスト達を、顔色一つ変えず皆殺しにした、と。その冷酷無比な様子はまるで鬼だと、その噂だけは周知されていった。本当に存在しているのかも怪しいものだがな」
雪華は今まで、茜が作業する位置を向いていたがオレが話している最中にはっとなった様子でこちらを見た。
「あっ、もしかして、その噂が天霧さんってこと?」
「さあな」
「どっちさ」
「オレも真実は知らないんだ。とにかく、彼女を詮索するのも、つっかっかるのも、もうやめろ。茜はオレ達の敵じゃない。それだけが事実だ」
再度、前の茜を眺めた雪華。オレはそれを尻目で確認する。
「ほんとは分かってる。彼女は私達の危機的状況を何度も救ってくれた。傷さえ治してくれた。私は、意固地になってただけ。ストレスを理不尽にぶつけてただけ、なのかも。めっちゃ子供みたいなことした。彼女にだいぶ失礼なこと言っちゃったし。謝らなきゃ」
何かを決意したようなアクアブルーの瞳が、その長い睫毛の奥に覗かせていた。
「始めは、天霧さんが普通に仲間の死を受け入れるのも、普通に人を殺すのも、どうかしてるって思ってた。でも、私みたいに甘ったれた考え方では誰も守れない。私の考えは弱い人のそれだった。八雲と対峙した時も、選択肢など気にせず目の前に『氷瀑』の最大出力をぶつければ良かった。相手を殺すのを躊躇ったせいで皆を危険にさらした。天霧さんを信じ切るのはまだ難しいけど、私が間違ってた……。次敵が現れたら、私が必ず
決意じみた雪華は、一息吐くと呼吸を置いた。
オレは茜の方へ足を進めるが、彼女の偏りがちな思考について配慮し、二歩で歩みを止め、
「だが、お前は本当に間違っていたのか?」
背後の位置になった雪華に訊いてみた。
「え……?」
「オレは茜が正しいなんてことは一言も言ってない。彼女が正しい選択しかしない聖人だとも思ってない。正しい選択、なんてのは誰にも分からないからな」
雪華が最大火力の『氷瀑』を出していたら、その封印性能方面への防御・回避が面倒である観点から、八雲という人物がすぐさま全力でカウンターし、彼女らを一瞬にして全滅させた可能性もある。そうすれば最善としての結果ではないだろう。
「ところで――統也って本当は何者なのかな?」
そんな思考の中、突然の問い。思わず慌てる、なんてことはない。オレは振り向かずただ彼女に背を向けていた。
「ん? どういう意味だ。いまいち意図が分からないんだが」
「質問に質問で答えないでほしいかな」
「オレが何者であるかなんてことは雪華の好きに解釈すればいいが、普通の名瀬一族、それが答えだ」
「……それで納得するとでも?」
「事実だからな。してもらわないと困る」
「……統也が何かを隠していることは当然知ってたよ。というかみんな知ってるかな。それを私達に明かさないのも別にいい。あなたについていくこともけして変わらない。けど、色々なことが錯綜して、訳が分からなくなってきてる」
長く接してきた女子だ。表情を見ずとも雪華の面持ちを推定できる。
「統也。本当は……世界に六人しかいない特級異能者? アドバンサーとかいうスパイ活動をするエージェントなんでしょ? 何のスパイをしてるか知らないけど、それって、もしかして天霧さんもなのかな」
「違う、と言えば信じてくれるのか」
全く、困ったものだ。一体誰が明かしたんだか。その八雲という人物だろうな。無責任にもほどがある。
そもそもオレはここのスパイであると同時に、そのスパイ活動を異能側に横流しする二重スパイだ。茜も、二条もおそらくは同じような役柄のはずだ。
「ううん、それに関しては何を言われても、もう信用できない」
「だろうな。だが以降、その会話もそれに関する質問も禁止する。これは隊長命令だ」
「私情すぎ」
「あのな、いいか。世界には首を突っ込まないほうが幸せなこともある。オレと茜の詮索はするな。正体を暴いたところで……誰も幸せにはなれないんだよ」
そう言い捨て、オレはそのまま茜に話しかけに行った。
『00』『02』という、二つのナンバーを脳裏にチラつかせながら。
***
一方その頃。人気の少ない、否、「人除け結界」によって人払いを済ませたショッピングモールの立体駐車場内部構造、三階。北部の右端にブラックセダンが駐車した。
その後降車する四人の男女が。三宮希咲、李翠蘭。山城連貴、生田宗次だった。
「さて、李さん。ここから先どうしたいですか?」
降りて仕切り直すなり、三宮希咲が問うた。その問いに違和感を覚えた李翠蘭が質問で返す。
「どうしたい、とは?」
「隊長と合流するのか、私の家の地下施設に直接向かうのか。……私は統也さんからこの場の指揮権を得ています。しかし私は、指揮するよりも指揮される側が向いてると自覚していますから」
「糸で操る側でありながら、操られるマリオネットの立場を所望ですか?」
「はい。恐れ多いと存じますが、『かぐや姫』。指揮をお願いしたく」
――私はあなたの正体を知っている、なので言うことを聞け、という遠回しな脅しだった。その異質な会話に山城連貴、生田宗次は置いてきぼりを食らう。「一体何の話だこりゃ?」と宗次は頭を掻きながら漏らした。
「三宮拓真さんですね。そのような寝言を教えたのは」
「寝言、なんですか。私にはそうは思えませんが」
「では三宮希咲さんは、不死身などという非科学的な現象を信じるおつもりで?」
翠蘭は自身の『
「幾世を越え、非科学は科学の産物へと姿を変えたのです。非科学的な現象だから不可能、というナンセンスな風潮はとうの昔に終わりを迎えました」
「私は時代遅れのおばさんだと?」
ハーフツインのお団子という髪型を持つ、絶世の美少女。彼女はその姿に似つかわしくない大人びたベールを纏い、希咲に微笑みかける。
「時代錯誤だと言ってるだけです。私がものすごい悪口を言っているように曲解しないで頂きたく」
希咲は言いながら目線をずらし、流れるように、まるで会話の一端であるとでもいうように――人差し指と中指をくいっと掌側へ動かした。翠蘭は、その指先に括られている光学的「思念体」「情報体」の混合物のような深緑色の『糸』を見逃さなかった。御三家異能『糸』の基本操作。
「ぐわぁぁ!!」
「あ゛ーー!!」
突如、悲痛な叫び声や言葉にならない男達の声が響き渡る。
だが、輩の姿はここからは見えない。駐車場の外部からの声だったからだ。
「なんだ!?」
驚きを漏らし、慌てた様子で外の方を見やる山城。勿論、生田宗次も「はっ?」と声を出し、この現状を理解してはいなかった。
「何が起こった? 敵襲か……?」
そう言って戦闘態勢を構え、異能を準備し、三階の外界壁面に出て外の様子を見に行く山城と生田。結果、この場は希咲と翠蘭だけになった。
翠蘭の方に驚く素振りはなく、ただ、冷めたようなエメラルドの目を外部に向けた。
「っ……なんてことだ。代行者が全員片ついてる……」
三階の大窓から外部へ連結する柱に立っていた生田。そう大きめの声量で言って目を剥く。遠くの翠蘭らにもその声が響いた。
総員が乗っていたセダンを追ってきた相手の代行者十数人が、この駐車場に近づいた瞬間、ズタズタに切り裂かれた――という異常な現状を、翠蘭は理解していた。否、予期していたと言っていい。
なぜなら翠蘭は「この技術」を兼ねてより詳しく知っていた。
昔の知り合いがこれをよく使用していたという経緯から、原理やその細部までもを熟知している。
(三宮家の術式「消燈」で視えない『糸』を張り巡らし、その後の「明燈」で光束操作、光子を集団させ、対象を焼き切る。――現代名称『
周囲全方位に乱数固定された消燈『珠糸』という座標を予め配置しておき、その固定された切断線に触れると自動で光子切断『偽果』が点灯、起動し迎撃、もしくは切断する。スパイ映画に出てくる光電センサーのレーザーのごとく、クモの巣状に張り巡らされているのを想像すると分かりやすい。
つまり、敵の代行者は希咲が張ったクモの巣に引っかかった獲物だった、ということだ。
そもそも翠蘭は事前に、空へ使い魔である五匹のカラスアゲハを放っていた。
蝶といった昆虫などの無脊椎動物には痛覚神経がなく、痛みを感じないが、一方で不快な物理的刺激や化学的刺激を受けると明瞭な逃避行動を示す。よって感覚での刺激といった感知を得ている。
その感覚とリンクし、更にそのカラスアゲハに付与した第四定格出力『精霊』によるエネルギー知覚能力で周囲の状況を監視していたため、それを随時確認することが可能だ。
「先代の三宮一族と比べても遜色ない実力。お見事です」
間髪入れずに希咲に称賛の意を示す翠蘭。
翠蘭は過ごした幾星霜で、その『糸』の操作レベル、実力の程を多角的に評価できるほど、これを傍から見てきた。そして二千年間生きていても、希咲ほど高精度で操れる三宮一族にはそうそう会えないと知っていた。
「恐れ入ります」
希咲はかぐや姫からの称賛に軽く敬礼する。「先代の三宮一族」の中には三宮桜子という一級異能者も含まれる。伏見旬、名瀬渉、エミリア・ホワイト、雷電楓花、白夜雹理と同期の、当代随一の三宮一族。それと遜色ない、は最高の誉め言葉だった。しかし、この時の翠蘭が比べた相手は桜子ではなかった。
「これほどの実力でもやはり、今の三宮拓真――に勝てなかったのですか?」
翠蘭の発言には拓真と言った直後に不自然な間があり、何かを言おうとしたか、何か思う所があるのだろうという事だけは希咲にも分かる。加え、「今の」という強調された言葉。
その直後翠蘭は「まぁ、無理ですよね……あれに勝つのは」と諦めを含む色を見せた。
教えてもいないのに三宮家内で内部衝突があり、戦闘に及ぶ荒事になったと当然のように気付いている翠蘭の慧眼。内部での衝突があった事実には流石と言えるか、名瀬統也も気付いていた。問題は希咲がそれに参戦し、偽拓真に強く反発した本人であることを見抜いた点だ。希咲はそれに畏敬の念を抱いた。
そして――。
現在の三宮拓真は実は本物ではないのではないか、というのが揺るがない希咲の持論だったが、たった今、翠蘭が何かを口籠った時点で「あの三宮拓真は本物ではない」との確信を更に強めた。
「もしかして李さん、彼の中身を知っているのですか?」
「はてさて、何のことでしょうか」
翠蘭は同時に顔を背け、外から漏れる街灯の明かりを見ると、分かりやすく惚けた。
「教えてください。彼は、何者なんです? 正直、技術と知識だけなら本物の拓真様を超えているように思えます」
翳りのある表情を見せる翠蘭がだんまりを決め込んでいると、
「教えてください、『かぐや姫』」
「三宮希咲。それは脅しですか? それならば私もそれ相応の返しをしなくてはなりませんが」
「いえ、滅相もありません」
希咲は顎を引き、こちらに向いた翡翠色の強い眼光を受け止めた。
「……まあいいでしょう。ただし、それ知ったところで何かを変えられるというわけではありませんよ。この現状も好転しませんし、偽拓真の弱点を暴けるというわけでもありません。それをしかと理解してもらえるのであればお教えします」
「無論です」
それに対し希咲は迷う素振りもなく即答する。
「そうですね。彼の正体は、現世ではこう言い伝えられています。中臣鎌足、もしくは藤原鎌足と。――手早く述べてしまえば、三宮一族の先祖です」
希咲はどきりとして胸を刺された思いをすると同時に、脳天に一撃食らったような気になった。
「まさかっ……鎌足……? 飛鳥時代の貴族ですよ? 疾うに死んでいるはず……!」
「それは私も同じこと。私は彼よりも長く生きているのですから」
そう言った頃、一匹のカラスアゲハが「統也が迎えに来た」と翠蘭に訴えるかのように、頭上を周回した。
「合流しましょうか。……近いですよ、『彼』と対峙するのは。きっとそう遠くない未来」
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