第264話 固有領域

 バリオンのちょっとマニアックな内容がありますが、流し読みでOKです。一応、ここまで気にする人はいないだろうなーと思いながら、もしものために書きました。茜のデルタ粒子というモデルになったバリオンは実際、電荷で区別します。本来デルタ粒子とは Δ++ (uuu)、Δ+ (uud)、Δ0 (udd)、Δ− (ddd) の四種類のバリオンの総称ですから、茜はこれらを上手く使いまわす、って感じの軽い理解で大丈夫です。

―――――――――――――――――――――――――――



「はぁ? んなぁわけないでしょう。絶対零度を可能にする『VAI理論』の超高等冷却術式……あの、虚数振動魔法[紅蓮地獄インフェルノ]……? 阿保なの? 馬鹿なの? 絶対にナイ。それはあんたも知ってんでしょぉ」


 莉珠がここまで自信満々に語れるのには、明確な根拠がある。


「――――」

「異能と見間違えたのよぉ」


 到底ありえない話だと、莉珠は呆れ気味で諭した。


「違う。少なくともその効果は魔法術式によるものだった」

「“ナイ”っつってんでしょ、ボケカスが。それじゃあ何か? 看守自らが進んで檻に入ったとでもぉ? ナイでしょー、アホすぎ」


 それはあり得ないことだと、莉珠は考える。

 本来『魔法』を扱える人間は……否、「本来」ではなく「絶対に」……ここには存在しないはずなのだ。

 牛の大群の中に虎が混じって生活しているくらいあり得ない。

 それこそ莉珠の言うように、看守が牢屋に入って囚人と同じ生活を送るくらいあり得ない。ちなみにこの場合、看守が牢屋に侵入することは如何なる理由があろうとも許されていない。「世界」によって。


 そも、[紅蓮地獄インフェルノ]は虚数環境下でのみ発動可能な、理想上の魔法。実現できたとしても計り知れない難易度。それを発動できる存在など――、


「本物だった」


 しかし茜は実物だった語気を強めた。

 こうして会話を続けながら茜は、『どっちつかずの電子』の「滞留する性質」により擬似的な「壁」を生み出し、それを集団させ、流れを持たせ、強制的に動かし、高速で叩きつけることで絶大な破壊力を得ていると、異能『泡沫』の明細分析を終了した。

 『赫眼』をもってしても、不確定的な状況の電子の観測と解析は困難を極めた。通常の電磁気学、量子論のセオリーが通じず、当たり前の電子として存在しないのだから当然と言えば当然だ。そのため、今の今まで手間取ってしまった。


 ――世には凄いことを考える人もいるものだ、と茜はその『泡沫』の原理開発者に密かに称賛を送っていた。

 そしてこういった兵器や異能を後先考えずに生み出す輩は、得てして常軌を逸した思想を持っているもの。どっかの狂科学者もその一例だ。

 また、そういった存在を基に生まれた、これほど至難な演算処理を為す人間はその大方が「強化戦士」。莉珠も然り、と茜は結論付ける。

 

「まあ、こんな会話どうでもいい。それより早く大輝の居場所を吐いて」

「だから言ってんでしょ。死んでも教える気はなぁい」

「大体の目星はついている。三宮家邸宅の地下実験施設、そこで何か良からぬ事をしようとしてるんでしょ?」

「へぇ……あんたそこまで知ってるなら、どぉしてあの阿保面どもを助けるの? 初めから私を無視して先に進めばよかったと思うんだけど」


 阿保面ども、とは今なお倒れている雪華、舞花、リカのことだろう。


「いいから答えて。何が目的? 大輝を捉えて何がしたいの?」

「答えないって。それよりあんたの技、正体が見えてきたのぉ。突破できるかも。この意味が分かる?」


 これは莉珠のブラフだった。静電気力、クーロンの法則を利用していることは先に気付いていたが、そもそもそれが分かったところで莉珠にそれを突破するような打開策は存在しなかった。

 しかし、これで[K]は自身の術式について開示し、認識強化を目的とするだろう、と。

 技の大まかな内容がバレ始めた時点で自らの能力を開示する暗黙の了解が、異能戦闘にはあるからだ。


「術式の性能を暴くと、自他問わず演算認識が高まる影響でこちらの異能効果が極まる。自己暗示みたいなもの。あなたがやってることは自殺行為。それをわかってての質問?」

「もちのろん」


 不敵な笑みを見せながらも、莉珠はある一つの疑問を抱いていた。


(当然のようにこの女が扱っているのは静電気の「斥力」)

(でも、もしそうなら私が受けた反発力と同じ反動を、この女も受けないとおかしい)


 同符号条件下では、それぞれの電荷が同程度の斥力を受ける、もしくは生じさせると言い換えることができる。要は、クーロンの斥力なら茜になく莉珠にのみ存在する理由に説明がつかないのだ。本来は両者を結んだ直線的相反の向きにそれぞれ受けるはずの力。


「ちなみに教えるけど、反発の際あなたが受けた乖離力は“それぞれ”ではなく“一方的”なもの」


 相互力でそんなことはあり得ない、莉珠はそう思うが、すぐにその「あり得ない」理由に解説がついた。


「私の虚数電界の拡張は、存在しない虚数電荷を仮想プログラムする」

「……虚数?」


 一瞬はてなを浮かべた莉珠だが、


(あー、そーゆーこと。虚数術式……「VAI理論」)

(異能の話も聞いてはいたけど……本当に居たのねぇー、人間のままそれを使えるバケモンがぁ……)


 外では、異能、魔法共に虚数術式を用いて仮想の原理を実現し得る仮説を「VAI理論」(バーチャル・アフター・イマジナリーナンバー、Virtual After Imaginary number)と呼んでいる。日本語では虚数理想環境理論。

 虚数術式そのもので可能なのは、マギオンなどの情報体コードに数値的に虚数を掛ける作用のみ。しかし、これを異能や魔法効果として抽出したとき、虚数術式によって投影された後の付随事象は、実数空間(現実世界)による環境下では通常の物理現象として親和しないために、情報上では定義の変更を許し「絶対零度」や「ディラックの海」、「ヒッグス粒子」、「暗黒物質ダークマター」、「第5の力」といった本来あり得ない原理や理想状態などを仮想的に実現する。これが「VAI理論」。


 『無光蝶ヴォイド・バタフライ』発明以来、日米異能学会で伏見旬が極秘に考案し、白夜雪子が完成させたこれを、茜や統也といった虚数術式使用者は活用している。

 今やその応用である術式負数の逆転効果や「複素術式」、架空事象改変「虚数魔法」なども存在が認められている。


「あんたさぁ、ほんとに何者? 確かに、青の境界が立つ前からコードネーム[K]という人物が裏社会で暗躍していたことは知っていた。けど、諜報潜入官アドバンサーで、雷電一族で、虚数術式を使える……まさかここまでイミフな女だとは思ってなかったわ」


 茜が同調装置チューニレイダーを装着しているためか、有無を言わせず茜を諜報潜入官アドバンサーだと考えているようだ。

 しかも、補佐指揮官コンダクター同調装置チューニレイダーの型番や機種は諜報潜入官アドバンサーのものと同一で、その区別ができないという点もそのステレオタイプを助長したようだ。

 そして何より、補佐指揮官コンダクターはこんな所にいない。絶対に。蛙が海の中を泳ぐことはないし、熱帯魚が極寒海中を泳ぐこともない。それを知ってしまっているゆえの固定観念だった。


(虚数術式ってのはその基本操作だけで脳内の演算が窮屈になるって聞く)


 莉珠は無知じゃないがために、それがどれほど高等な技術で至難を極めるかをよく理解している。


(ってことは……この女はその訓練に明け暮れていたはずよねぇ)


 基本的に異能士、魔法士に関わらず能力者は自身の能力で扱う物理学、生物学、化学に精通している傾向がある。電磁気学に詳しい茜。振動・波動論に通じている理緒。

 莉珠もその例外ではなく『泡沫』を制御・操作するために量子論や素粒子に関する学術論文を網羅している。

 そうして得た専門的な知識で、茜の持つ虚数電界の機構を推し量ることくらいは可能だ。


(仮想の電荷の核心たる部分は、電磁気学そのものじゃない。他の素粒子の理論を応用してるわねぇ)

(見ただけで分かる私って天才)


 莉珠の思う、虚電拡張の具体的機構を簡易的に表現するならば、


 ①仮想的な「正電荷の二つ」:この一対で強力なクーロンの法則の斥力を生む。基本、対象と自身にセットで付与。

 ②仮想的な「無電荷」:茜側に対して生じる斥力をオフにするときに形式上の帯電状態として使用する。

 ③仮想的な「負電荷」:電位差を利用して、乖離電流を制御する。


 この四つの仮想電荷を交互に制御し、斥力で弾いたり、そのオンオフを設定したり、電流を流したりしている。


重粒子バリオンの中でも……電荷が異なる四つの粒子で構成されるファミリー」


(……見覚えがあるわぁ)


 莉珠は溢れる興奮で口角が上がってゆくのを自覚する。


「――デルタ粒子!」



  *


 

 人間という生き物は甚だしく馬鹿が多い。キモイくらいに。

 特に女はもっと馬鹿だし、更に大馬鹿が多い。これは真理。


 クズ男を好きになって、のめり込んでる私も大馬鹿で、だから、それを他人事のように否定なんてできないけど。


 男という絶対的な呪縛を解いた時、初めて女は「女」として在れる。

 綺麗になりたい目的とか。モテてるって称号とか。男性と比較した社会的地位とか。

 でも、そう簡単にその呪縛は解けない。解きたくてもね。


 ――見てすぐわかった。IWで大犯罪者となった白夜雹理、その娘「白夜雪華」。

 彼女も私と同じで、男に縛られてるって。


 なんでそうなったか、なんて過程は知ったこっちゃあない。知りたくもない。

 でも私と同じで、特定の男にツタのように絡まれ、呪いを受けている。


 その呪いは質が悪くて、自分で解くのはとっっっても難しい。

 解くために必要なもの。


 それは、

 

 それは――。


「――――」


 淫らな音が複数入り交じりながらも、薪の部屋に私の喘ぎ声が響いていたそのとき、


「なぁリズ。名瀬統也と[K]……アイツらを殺したら、俺達は報われると思うか?」


 唐突だった。意味が分からなかった。風間薪は[K]という正体不明の異能者を女性だと踏んでいて、また、統也の恋人に当たる存在なのではないかと推測していた。


「えっ?」


 純白のベッドの上、私がしんに騎乗位している最中に、彼は神妙な面持ちで突然そう訊いてきた。両者裸、快楽が交差するそんな瞬間での発言。快感の破綻は故意か。その意図は愚か、今話すべき内容かも私には疑問だった。

 私としてる途中に、そんなことを考えていたという事実もまた、私の中のプライドを傷つけた。勿論、薪にそんな気配りができるはずがない。分かってた。この人はクズだから。


「俺は、そうは思わねぇ。確かに俺達は金があればいい。生きていければそれでいい。気持ちければいい。けどな、見てみたいなんてな、柄にもなく思うんだよ。名瀬統也と[K]がなんで運命に抗ってるのかは知らねぇが、ヤツらが世界に君臨するその最後を。俺達インナーに微かにでも希望があるなら、その先を」

「は? どーゆーこと? ぜんっぜん意味が分かんないけど。そんな荒唐無稽な希望なんてないって結論に至ったでしょう?」


 確かに名瀬統也と[K]が私達インナーを救えるのならそれが最適だ。しかしそんな希望に縋るほど私達は能天気になれない。杏子が協力すれば「特別に生き残るための手段」を提供してくれると言った。それが嘘か誠かなんてどうでもいい。私達は知ってるの。

 もうじき、それもあと十年もしないうちに、この世界インナーワールドは破滅の道を歩む。

 手段や方針なんて知らない。でも――。

 悪魔の因子体の居場所はどこにもなくなる。果てにゴキブリのように駆除される。 


 ――諜報潜入官アドバンサーによって。


「お前はアイツの目を見た事ないから知らねぇだろうな。もしかしたら、なんて思うこともねぇか」

「ごめん。さっきから何が言いたいの? まっっったく伝わってこない」

「名瀬統也。アレに勝てるかわかんねぇ、っつってんだよ」


 そう言って顔を背けた薪。正直驚いた。薪という男は狡賢くも打算的で、最後には相手を追い詰める、そんな性格をしている。そして自信に満ち溢れている。

 男なんて大したこと出来ない癖に大口叩くし、子供さえ生んだことないくせに育児に口出すし、実現しない夢を平然と語るし。そういう生き物だと私も分かってる。それでも自信に満ち溢れる、その姿がとても幼稚で、でも、なんとなく女性には持ちえない野心家みたいなところに痺れるときもある。

 薪は相当な自信家で、彼が実際に戦ってもないうちから弱音を吐くのは、明らかに異常なことだった。


「まさか、あんたが勝てない? んなぁわけ――」

「はっ、冗談だよ。勝つに決まってんだろ。逆に、お前も[K]に負けんなよ」


 冗談口調になっていたけど、その目の奥に宿る不安感の色が拭えていないことは私にも分かった。



  ***



 莉珠はその追憶を払拭するように、勝利への方程式を組み出していた。

 

(虚数術式だけじゃねぇ。この女の術式による電気操作。それから驚くほど精密な魔力コントロール。おそらくこの域に達するまでには、これのみの研鑽と琢磨で相当の年月を要す)


 莉珠が口元の血を手首で拭い、茜をその獰猛な目で捕捉する。


(容姿からしても[K]はまだ若い。それらの前提で考慮しちまえば確実に「領域構築」の鍛錬の暇は無かったはず)


 莉珠はゆっくりと手先を微動させ、そうしてその指を組み合わせ、降三世印の手印を構える。

 こういう仏教関連が異能に通じているのは、逆に異能が古からその起源を持っていたためである。古代、それらの不思議な超自然的な力を宗教で語り継ぐ者もいた。

 特に、この「異能照準」は仏教の開祖ガウタマ=シッダールタによって開発された魔力マナエネルギーを手指で練り上げる技術が原形だと言われている。


(この電気娘は見事、虚数術式と電気操作の研鑽に時間を費やして、結果「領域構築」の技術を磨かなかったアホってことになる)


 『雷電乖離』の制御や応用、その開発に奮闘していて余裕がないはず。

 更に、魔法に対抗するのが苦手風だった茜の口振りは「領域魔法」に対抗するための領域構築を持たないからだと、追加理解を得た。

 莉珠は体内にて激しく巡る魔力を手先に巧みに練り上げ、工程の最後であろう最大出力を準備する。


(そこから導き出される勝利への結論!)


 本来は莉珠自身の生存本能が『泡沫』の演算をセーブしている為に出力が抑え気味であり、また、操作粒子の拡張に対するネックにもなっていた。彼女を作り上げた三宮研究員曰く、それさえなければ名瀬統也さえも瞬殺できるポテンシャルを秘めているらしい。


「全てを破壊するわ!!」


 だが、現在の彼女はどうしてかその生存本能の一部を、解除した。男という人生絶対の宿命と呪縛を、解いた。

 この目の前の鬼に、女王に打ち勝つために。

 男性側は関係ない。正真正銘、女性だけのプライド勝負だった。


「私が私でいるために!!」


 上擦ったような高声と、アドレナリンがどばどば状態でハイになった莉珠は、不気味に嗤う表情と、浮上するような不思議な感覚と共に叫んだ。



「領域構築『滅却粒泡』!!」



 莉珠は茜が佇んでいる正面の座標に、照準領域と則して「閉じる結界」を瞬く間に構築。茜はまたしても監禁される形となった。その領域面積はおよそ五十五平方メートル。


「ん? これは……」


 茜はその場から動かず、周囲の結界を睨んだ。その顔に浮かぶのは絶望か。痛恨の極みか。


「確かにあんたは強かったわ!! でもねぇぇ!! 私には領域コレがあんのよッ!!」


 莉珠の展開したこれは通称「固有領域」と呼ばれる。並外れた保有魔力総量だけでなく、結界術の運用も優れていなければ為すことはなできない。領域で押し返す以外、対抗法らしき対抗法が存在しない高等領域構築。

 結界に閉じられた者は、その絶対命中の効果からは決して逃げられない。

 莉珠の「固有領域」の効果はとてもシンプル。異能『泡沫』の「どっちつかずの電子」を、閉じた結界内部で埋め尽くし、内部領域に存在する物体という物体全てを崩壊させる。ただそれだけ。

 そして、生存本能のタガをはずし、電子機構に独自の改良を加え、擬似的な強い相互作用を用いることで、デルタ粒子の崩壊をも狙っている抜け目のなさ。


「残念だったわねぇぇッ!!」


 また、領域内の相手はその場で自らの固有術式を行使しようと試みると、ほぼ確定的にバグを生じる。双方の照準や術式が重なり合う事で、マギオン情報体がイレギュラーな魔力波パターンを生み出し、通常の術式効果が発揮されないのだ。その場合、術式支配の密度の観点から領域効果が優先される。

 つまり茜は、得意の『雷電乖離スパーク』をこの領域内では運用できず、防御する術がない。仮にその比類なき演算能力で、奇跡的にその不可能を可能にしたとしても莉珠の作ったデルタ粒子の崩壊システムによって、『雷電乖離スパーク』は通過されてしまうのだ。

 そして何より――、


「分かってんのぉぉ! あんたは『領域構築』ができな――」



 しかし――、


 莉珠には――致命的な誤算があった。


 その結界で閉じられて『泡沫』照準領域が拡大される様子を見るや否や、茜はその場で動揺することもなく冷静に深呼吸して、そっと肩前に持ち上げた右手を動かす。


「一体、何が残念なの?」


 自分のペースを崩さずにそう言いながら、右手で雷霆神インドラの手印を取り、呟いた。



「領域構築『天帝威光』」



 次の瞬間、莉珠の領域は見る見るうちに無残に掻き消され、その代わりルビー色に煌めく正六角形の集積で周辺が囲まれ、その結界により構成される孤立空間が構築された。その面積体積は莉珠のを遥かに上回る。


 ――純粋な女性としても、莉珠は目の前の女性に勝てなかった。


 莉珠はこれ以上ないほど顔を歪ませ、吠えた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 その瞬間、莉珠のその頭蓋内は色々な思惑で埋め尽くされた。絶望。恐怖。驚愕。

 自分と同じ高等領域「固有領域」を扱っていること。しかも、洗練された異能者にしか為せない片手印であること。

 そして、


「あぁ…………思い、出した……。噂で聞いたことがある……。あんときは聞き流したけど、柳沢邦光が内密に研究していた、伝説の十二人の人間兵器。その中の一人に、脱走した鬼の女がいると……」

「ふーん、そうなの?」

「特級異能者『02ゼロツー』だけは何故か国が完全に情報をブロックしていて、明るみに出ることは無かった。名瀬統也ダブルゼロ以上に」

「遺言はそれだけ?」


 茜はまるで他人事のように、どうでもいいといように、すげなく返した。何千人という罪のない人間から命を奪って大金を稼ぎ暮らしていた莉珠に、情けをかけるほど茜は甘くはない。


「あんた、だったのか……」


 茜はそれに応じることは無かった。しかし、その生き様、死に様を見かねて告げた。


「闇があるなら切り裂いてくれる。進みたくなくても、切り開いてくれる。生きる意味がなくても、それをくれる。あなたには、そんな存在がいなかったのね。可・哀・想・な・人」

「――――」

「じゃあ、さよなら」


 茜は背を向け、去ってゆく。

 莉珠がその最期に視認したものは、輝かしいまでの紅い閃光だけだった。


 ――あぁ……赤い。ただひたすらに、赤い。とてつもなく純粋な赤。


 ――侵しがたい無垢な、真紅。


 ――なんて赤いの……。



 しんの炎よりも赤くて、温かく抱擁してくる。

 私って、やっぱり大馬鹿ねぇ……こんな裁きが欲しかったなんて。



「……これは勝てないわけね。急ぎなさい[K]。黒羽大輝は――――」



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