第263話 圧倒



「……不可能? 言ってくれるねぇ電気娘」


(にしても、どうやって防いだ?)


 先程、莉珠が茜へ照準し放った『泡沫ウタカタ』は、茜の『雷電乖離スパーク』によって徹底的に防がれた。電子や光子といった粒子の集団ビーム砲。その措置は、茜にとっては埃や塵を払い飛ばすに同じ。

 しかし莉珠はこの事実を知らない。照準のミス、もしくは連続射出による出力の低下が原因とひとまずは考察した。


(まあいい)


「たかが一回、照準をミスったものを防いだくらいで、いい気になんなブス」

「…………」


 茜はこの煽りに対し、何の反応もしなかった。


(また無反応。いいねぇ……どうしようもなく壊したい。このオ・モ・チャ)


 冷や汗が消えた莉珠は、この場に関係ない感情――優れた才能、美しい容姿を備えている[K]に嫉妬心を覚えていた。気高く清楚な、この高貴で澄ました容貌をどうしようもなく、ぐちゃぐちゃにしてやりたいという抑えようもない欲望が取り巻いた。


「とにかく、今にあんたを愛玩動物にして、あ・げ・る」


 彼女は自分よりも美しく、崇高を気取る存在を許容しない。というより見つけ次第破壊したい、そういう破壊願望により、彼女の異能のモチベーションは保たれている。


「そのすまし顔も、数分後には原形さえ無くなってるわ」

「ふーん。できるなら別に、そうなっても構わないけど」


 茜のこの言葉に、人類文明に生きる一人の女性として莉珠は強い違和感を覚えた。


「あ゛? あんた、本当にそう思ってんの?」

「というと?」

「本当にその顔をぐちゃぐちゃにされても構わないと思ってんの、つってんの。だとしたら馬鹿なの? 阿保なの?」


 茜ほどの整った顔立ちや美しいルックス、正直これを手放したい、もしくは手放しても良いと考える愚か者はいない。女性であれば特に。

 莉珠は茜と同じ女性という立場だからこそ、尚更その真意の奥に潜む感情が読めなかった。


「ぐちゃぐちゃは確かに困るかもしれない。でも多分、これは私の本当の顔ではないから。人格と器が、おそらく乖離しているから。この顔である必要性はないかなとは思ってるけど」


 そう言って茜は右手で自らの頬を撫でた。その妙な行動は一般的な心の構造、自我を持つ人間とは思えないものだった。


「はぁ? それは、あんたが生まれつき持ってた紛れもない女性の特権。『美しい』、それはあるだけで男性に好かれ、好意を持たれ、話しかけられ、チヤホヤされる。目がそれでも、あんたほどの顔なら覚えがあるでしょう?」

「ええ勿論、言わんとしてることは分かる。男は単純だから、私が演技でも優しく笑いかければ大抵はすぐにその気になるし」

「可愛い顔してえぐいこと言うわねぇ」

「けど、良いことばかりじゃない。女性からの嫉妬。男性からの視線。意に反して恨まれたり、嫌われていたり、そういうことは数知れず」

「奇遇ね。それだけは私も同感。でもさぁ……あなたはその天性の容姿にもっと感謝するべきなんじゃないぃ? じゃないと傲慢すぎるでしょー?」


 しかし、そう思われるのは茜にとっては不本意だった。

 模倣品イミテーションの茜が、本物オリジナルの凛よりも可愛いと、美しいと、他から称賛を受ける数が多いのには理由がある。同じ遺伝情報を肉体に宿す以上は、その顔の形質は何一つ変わることはないが、それでも茜は可愛くなろうと、綺麗と思ってもらえるように日々努力しているのだ。その差が大きく露呈している。


 ――コピーはオリジナルには敵わない。

 そう思っていた彼女に、その考えは間違いだと、それを超えることも可能だとそう訂正した少年がいた。その男子にめいっぱい可愛く思ってもらえるよう、凛に負けないよう、奮励して手入れしているのだ。邪魔なほど長い髪もダメージレスを保てるよう心がけているし、肌、スタイルにもモデルや女優並みに気を配っている。そうして得た容姿の名声。

 それは、本当に天性の性質だけで決まるのか。その命題の決着は、一年前の邂逅にて、凛本人が茜の美貌に羨望した時点でついていた。


「でもまぁぁ、可愛い者には破壊を。破壊こそが正義ぃ。さぁ――こ・わ・さ・れ・て・ネ?」


 莉珠は新しく術式を構築し、併せて官能的な人差し指で円形を描き、その蛍光色から矢型を構成した。

 ――第二泡沫術式『粒形絶矢フェイルノート』。『泡沫』で形成された針状の矢が一際蛍光的な若緑に輝くと同時、七本が射出される。


「え……なにこれ」


 茜はそう、違和感を口にした。


(電子の情報が……正しく解析できない?)

(基盤に光子が含まれてるから? いや――)


 並進するその矢の先端を『赫眼』で捕捉し、その素粒子的な異常性を知ってもなお、しかし茜の表情に動揺の色はなかった。

 そして七本の矢がそれぞれ茜の各部に刺さり、見事に穿つ――なんてことは、当然起こらなかった。バチバチバチッと、そう七度響き、それぞれ赫々たる赤がスパークするのみ。


「はっ、なっ!?」


 全てが全ての接触面において、紅い閃光で弾かれる失意が莉珠を襲った。いや、もしくは接触さえしていないのかもしれないと遠目に推測する。そして、


「もう一発!!」


 継続して撃った『泡沫』の様子を見てそれは正解だったと悟った。


(どんな威力、スピードの『泡沫ウタカタ』をぶつけても、寸前で跳ね返され、弾ける……?)

(なんなの、この技は……?)


「これらのビーム、当たるとどうなるの? 爆発、融解? それとも腐蝕するの?」


 茜は数々のビームを防ぎながら、弾きながら、平然と顔色一つ変えずにそう尋ねた。


「へぇ……これを弾くなんて凄いじゃない……? でもぉぉ!!」


 こうなれば照準での中遠距離攻撃をやめ、手に直接構築した『泡沫』を茜に衝突させればいい。要は肉弾戦に持ち込む算段だ。

 莉珠は通常戦闘時、遠距離攻撃を主に得意としているが、腕力や脚力、スタミナ、タフさ、どれをとっても常人のレベルを遥かに凌駕している。加え、分類上は発電系に属する能力者なので、帯電に対してもある程度の耐性を持っている。茜との格闘戦にも多少の自信はあった。


「ふははは――」


 高らかに嗤う莉珠は『泡沫』によるビームを放射し、茜にわざと『雷電乖離』で防御させた。


「ん?」


 茜は小首を傾げる。


「はははっ」


 莉珠は最難関の基礎工程単一加速魔法[瞬速]を用いて、強く地面を踏み込む。そうして地面に伝わる撃力。浮き出る情報体、魔法陣。隆起する乾いた壌土。湧き上がる圧力。莉珠はその風圧を纏い、緑を帯びる右の掌で、茜のボディを打撃するよう立ち回る。先の『泡沫』ビームは陽動だ。


「せやぁぁ!!」


 裸眼では捉えることなどできない、素早い接近。


「成程……というか、遠距離の照準に問題が生じてるとか思ったのね」


 茜は『赫眼』による解析だけでなく、電磁的に空間把握ができる。言ってしまえばソナーのようなものだ。

 なので、蛍光色のビームで正面が見えずとも、莉珠の打撃を容易にかわすことができた。しかし、あえてそうしなかった。

 それは省エネ主義の茜にとっては性のようなものであり、そして莉珠に、これらの攻撃の全てが無駄で生産性がないものだと気付かせるためでもあった。


「これは防げないわぁ!! 死ねぇっ!」


 狂気と笑顔が混合した不気味を顔全体に浮かべる莉珠に、多少の余裕感はあった。さすがに直接ぶつければ――と、そういう読みが、勝算が、望みがあったのだ。

 しかし、


「――はっ!?」


 その刹那、莉珠の意思とは相反するように、『泡沫』の掌底、それは茜の肌身から24cm手前で、またしても紅き火花により弾かれた。しかも、強烈に。


「なんで……っ!」


 激しく反発し、拡散する緑と青の蛍光。

 凄まじい反転力を貰い態勢を崩す莉珠は、そのさ中、急ぎ茜の顔面に向け回し蹴りを仕掛け、そのぐらついた足元を誤魔化した。


「おらぁぁ!」


 しかしながら、バチバチッ!と、その蹴り上げも空しく強烈な反発を得る。静電気が波動のような衝撃として伝わった。


「くッ、かァッ!!」


 そしてその反動だけで十数メートルも吹き飛ばされ、壁を突き破り、施設の中に放り込まれる。


「……はぁ……はぁ……なに、あの女? 私の『泡沫』を五度も防いだ? こうなってくると……」


 施設の冷たい床で匍匐しながら、莉珠はやっと気付いた。


(あの女本体への到達を狙えば狙うほど反転力が大きい)

(あと、幾ら攻撃を重ねようと意味はなさそうね)


 茜は数歩進んでから華麗にジャンプして、突き破った壁の穴を通り、莉珠の目の前に降り立つ。


「この流れ、さっき実演したように思えるけど。学習能力がひどくお粗末なの? このくだり、あと何回やるつもり? 生憎そんなに暇じゃないのだけど」

「っざけんな。利用してる原理はなに? 乗数的に反発力が高まるような……ってことは……無限級数? 指数系の法則か? ……じゃないわね」


(冷静になれ私。焦っても解決はしない。雷電一族……つまり荷電粒子、電子系の何か)


 そう再確認しながら、茜に再照準し、『泡沫』ビームを放つ。それも放射状に。無秩序に放出し、周囲の無機物にビームを当て、煙幕を張る。その隙に立ち上がった。


(この女の電気バリア。異能『反転』やベクトル反転術式[逆通行リバース・ドライブ]のように反射の効果が一律ではないところを見るに……波状拡散)

(空間に働く……電場。力学的に弾く……斥力)


「へぇー、そぉー……案外単純なことしてたのね。あんたの技は、ただの静電気。クーロンの法則……逆二乗則。近づけば近づくほど反発力が増大するのはそのため」

「さあね。あなたがそう思うのならそうなんじゃない?」


 冷淡な口振り。この落ち着きよう。なるほど、そういう事かと莉珠は合点がいく。自分の技に相当な自信あり。絶対防御への自負。そこから来る落ち着き払った振る舞い。


「こうなったら舐めてらんないわ。初めから最大出力でいかないとねぇ!!」



  ***



 その意気込みから、約二分が経過した。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 やがて雲散した黒煙。晴れた視界。広大な廃施設内。

 見事周囲の人工物は破壊され、全てが原子ごと腐蝕する様子が露見する中、まるで一部分だけ不自然にそれを受けていない位置があった。

 、莉珠が恐れている女王は、そこに佇んでいた。まるで何事もなかったかのように、無傷で、平静とした表情を崩さず、立っていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。クソビッチがッ」


 莉珠は先の威勢やテンションなど消え去り、両膝に手を乗せ、息切れしていた。ゆっくりと見上げるようにして、その紅い電気がじりじりと取り巻く雷霆の女王を見やる。その莉珠の顔には今までの余裕と狂気はなく、「なぜ攻撃が当たらない」という絶対なる焦燥感だけが浮き彫りになっているようだった。


「え? んと……」


 このときの茜は少し、というより、かなり拍子抜けしていた。


「あなたの攻撃は終わり?」


 張り合いがないという顔で尋ねながら、同時にブワッと電圧を発生させ、隊服の肩章につくケープと長い黒髪を靡かせる。風圧という意味ではなく、異常な電位差による静電気が混沌的に発散したゆえに起こった現象だった。


「――そう……それなら、今度は私があなたを躾ける番」


 電光のレイピアを抜き、周辺の気体を轟かす。

 瞬間より漏れ出る殺気。茜はこのときはじめてそれらを解放した。


「……そういうことでしょ?」


 それは凄まじく、禍々しいほどに紅く濃密なオーラを莉珠に知覚させる。


「……っ……!!」


 莉珠は思わず本能的に一歩後ずさりした。

 清楚な、可憐さ。しかしその奥に宿るとてつもなく冷徹で鋭い性質を、莉珠は感じざるを得なかった。それを見て柄にもなく感じたこと。


 ――この女は、鬼だ。


「……さて」


 茜はレイピアで虚空を薙ぐ。

 驚異的な魔力の波。何重にも重ね着しているかのような茜の濃密な殺気を体感しながら、莉珠は口にする。


「あんた、普通に人間じゃないわぁ……」


 茜はそれを聞き、ポーカーフェイスに明確な不機嫌を滲ませた。その踏まれた地雷に、


「人間じゃない? なら聞くけど、あなたの言う『人間』って何さ?」


 紅く鋭い、刃物ような眼光が莉珠を貫く。


「さあねぇぇ」

「私は、この問いの明確な答えを、そういった発言をした無責任な者達の口から聞いたことがない」

「人間なんて哲学的で多面的なものの定義を、それら当事者である我々人類が行えるなんて、私は思っちゃいない。そんなの私が知るわけない。でも、あんたが違うってことだけは確信できるわぁ。その殺気は人間のものじゃない」

「へぇー、私の解放したマナを感じるの? 凄い。その敏感なマナ感知センサーだけは素直に褒めておく」

「あ゛? 舐めてんの? このくらい誰にだって分かる。隠してたんでしょうが。前もって実力を悟られないようにぃ」


 憤慨を増してそう睨むが、対する茜はものともせず途中何かに気付いたような仕草を見せ、


「あ、少し待ってくれる?」


 その後右手でうなじ同調装置チューニレイダーを操作して、虚空との会話を始める。


「はい、こちら[K]。うん……うん。ええ。うん……そう。分かった。ええ……それじゃああとで」


 この間彼女は統也からの連絡を聴覚同調で受け取っていた。統也の報告が終了したようで、項に手を伸ばし装置の電源をオフにした。

 その仕草、項の装置などを見て、莉珠は、


同調装置チューニレイダー……こいつ、アドバンサーだったの? ……初耳なんだけど)


 すると茜が、


「八雲、あなたに朗報。……たった今、統也が風間薪の無力化に成功した。たぶん、殺されてるかな。もう、観念してくれると有難いのだけど」

「ふっ、そんな出まかせに私が狼狽えるとでもぉ? ほんっっっとに舐められてるみたいねぇ……私!!」


 莉珠は語気を強め、そうして右側の壁面を足場に使い、そのタイミングで茜の懐に潜ろうと急接近を試みる。

 莉珠は今、痛し痒しの状態にあった。攻撃をすればしたで跳ね返され、反発を得ると同時にスタンガンのような強烈な電気ショックを食らう。しかし、その技の詳細、弱点を解明するためには技の発動を目に収めるしかない。

 反対に、茜は紅い瞳でその接近を捉えながらも気にせず、という態度を取る。『雷電乖離』で無条件に弾けるからだろう。

 しかし――これは茜の演技だった。


「出まかせじゃなくて、事実なのだけど」


 接近を果たした猛速の莉珠に対し、茜は施設内で静置されていた眼前の木製テーブルを凄まじい威力で蹴り上げ、莉珠にぶつけることで間を作り、


「Kェェーーッ!!」

「――――」


 それに視線誘導させた隙に、莉珠のサイドに回る。瞬時に抜いたレイピアで脇腹へカウンターをお見舞する。


 ――『相互拒絶リパルス・ランス


 元々茜の細剣は、レイピアとしてより片手用長剣としての性能を発揮する。その刃は先端まで次第に細くなっており、柄の途中まで伸びている。

 レイピアは片手剣としては大型であり、動きは鈍重になりがちで、斬りつけるような動作では隙が出やすいため、素早く隙の少ない刺突攻撃が推奨されている。

 だが、茜のそれは「隙の少ない」などという次元のものではなかった。


「がァッ!!」


 莉珠にとって、痛覚の伝達や意識での状況理解よりも、吐血の赤色が視界に映る方が早かった。


(なッ!? 何なの!! 分からない!!)


 結果、莉珠は恐ろしいほどの衝撃をもって反対側に飛ばされる。


(……分からないと!!)


 しかし飛ばされた先には既に、


「まだ死なないでよ? あなたには聞きたいことがあるから」


 茜が再び、電気を纏う紅きレイピアを突く。


「く……ッ!!」


 気付いたときにはとうに刀身の刺突が莉珠の身体域に到達しており、貫いている。

 そうして莉珠はその撃力を受け、逆サイドの壁面にぶつけられ、またもや壁を破り奥の部屋へ。その床で、


「ぐはッ……!」


(あのレイピア……気づいた時には私に到達していた……)


 すぐさま立ち上がったが、


「これで終わりだとでも?」

 

 再び、正面から迫った茜の刺突が開始される。


「いつの間に……!」


 莉珠は腹部から苛烈な血煙を吹きだしながらも、まずいと思い、慌てて『泡沫』の壁を作り出し、レイピアの追加攻撃を防御。

 「どっちつかずの電子」の壁を円盤状に構築し、それに衝突したレイピアの刃を構成する金属原子の崩壊に成功した。


「あ……」


 溶解したような、腐蝕したような剣先を見て、茜は不意に声を漏らす。


「なるほど、まじかで見るとこうなってるのね」


 『泡沫』の攻撃を全て防げるゆえに、本来の効果を初めて目の当たりにした。

 刀身が消え去った柄だけのレイピアをその場にポイと捨てつつ、『雷電乖離スパーク』を纏った右足で莉珠の腹部へ鋭い横蹴りを入れ、その反動で後ろへさがる。


「がァッッ!!」


 バチバチバチッ!!――そう轟き、莉珠の方はその蹴りを受けるだけで衝撃波を生み、床材を抉りながら凄まじい勢いで吹き飛ばされ、同じく廃施設の壁を破り、屋外へ。それでも勢いは止まらず、そして今度は、向こう側にあったもう一つの施設外壁面に食い込んだ。衝撃で大規模な罅の発生と、周囲の強化ガラスが弾け割れる。


「くはッくはッ……!」


(さっきのレイピア刺突もそうだけど……電撃を纏ったただの蹴りでここまでの威力……)


 吐血しながらも早急に態勢を立て直す莉珠は、


(この奇妙な異能術式……単に強化した静電気で弾いている訳じゃない……?)


 血塗られたお腹に手を当て、基礎工程単一の生体活性遅延魔法で止血しながら思考を巡らす莉珠を黙殺して、茜は情報を引き出そうと語り出す。


「いきなりで悪いけど答えて。大輝は何故狙われているの? あなた、何か知らない? 回答によってはあなたを生かすことも視野に入れるけど」


 統也が風間薪の始末を終えたので、こちらも可及的速やかに用を済ませる意図があった。話が逸れ過ぎている、と一般的に感じるだろうが茜にとってはここでまともな会話を成立させる方が異常なのだ。


「ふふふ。死んでも話さないわよぉバーーーカ」

「そう……もっと痛みを覚えないと、私がどうやって情報を吐かせるかの方法にも想像がつかないのね」

「やっぱり、あんた異常ね。かなり普通じゃない。イカれてる」

「どうでもいい」

「どうでもよくねぇよ。その強さ、普通じゃない。もう記憶の改ざんがどうとか、そういう次元じゃない。特級異能者って言われても信じるくらい」

「そんなわけないでしょう?」


 呆れた、という風に目を逸らす茜だが、無論演技だ。


「三宮暗部の私の目に狂いはない。おそらく、ここらでは敵ナシでしょ?」

「敵なし、ね。正直、私はそうは思わない。もっと強い人は他にも居る。確かに異能で私を相手するには限界がある。けど、魔法の系統によってはまるっきり対抗手段がないものもあるし」

「あーそう。でもその、あなたの弱点である魔法はこの辺で扱える者がいないわぁ。杞憂ってやつよ。良かったわねぇー」


 ――だとは一言も言ってないけど、と茜は内心に思う。


「本当に? 少し前に、この街で[紅蓮地獄インフェルノ]らしき氷結を目撃した。だから杞憂ではないはずだけど」


 茜はさり気なく探りを入れるが、対して莉珠は表情を曇らせた。


「はぁ? んなぁわけないでしょう。絶対零度を可能にする『VAI理論』の超高等冷却術式……あの―――」



  ***



「発動――虚数振動魔法[紅蓮地獄インフェルノ]」


 同刻。3・6街と隣町の境にある、人払いを済ませた工場解体現場。

 闇の中、黒のキャップと、顔の半分を隠す装甲マスクを着用し、白いコートを崩して羽織っている理緒は「ふぅー」とため息を吐きながら、前に差し出していた右の掌をさげる。


「強力なサイキック持ちと、パイロキネシス、擬似テレポート系の異能力者がいるっていうから来てみたら……」


 彼女の目の前では、九人の男女が銅像のように凍り固まっていた。


「こんなものか」


 理緒はまたしても独断で、増援である代行者を氷結させた。その九人は反撃の隙さえなく速やかに無力化されたようだ。


「あーあ、また上層うえに怒られる……。けど許して。あたしの王子のためだから」


 理緒は流し目に、絶対零度――「−273.15 °C」の、零点振動さえ受け付けない絶対なる原子振動停止で凍った彼らを見て、


「その王子を害そうとする者も、その王子に仇なす者も……すべてあたしが処理する」


 誓いじみた独り言で目付きを強めた。

 [紅蓮地獄インフェルノ]という高等魔法演算のため電源をオフにしていた魔法用演算装置ミッドBAブラックアーマードマスク」の電源をいれ、魔力を注入すると、仮装魔法[仮面投影マスカレード]を自動演算オートマモードに切り替えてから再発動。

 それだけで顔の雰囲気のみならず外観の魔力的要素は別人。本来はこれのみで充分だが理緒は魔法文化に慣れていないという経緯から、自らの能力を信用していないわけではないが、情報的な改変だけでは安心できなかった。


「これだけ顔を隠してたら、統也の『解』で[仮面投影マスカレード]が術式分解されてもバレないよね……。ううん、そもそも論……死んだはずのあたしに気付く人なんていないか」


 また、顔や表情を認識できないほど――もっと言えば理緒だと判別できないほど――キャップを深く被り直すと、次の代行者が控える現場へと足を向けた。

 白いコートを靡かせながら。



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