第257話 衝突


 

  ***



 およそ十分後。広大な敷地を誇る森林公園外郭に沿って張ってある結界の境界線上。

 現地、茜と舞花は素早い身のこなしで、境界線上と並行して十二メートルおきに四か所、携行榴散弾を投下。結界を包囲し待ち伏せする代行者にそれぞれお見舞いする。


「なんだ、これッ! 爆弾!?」

「総員回避!!」

「ぐあ……ッ!!」


 回避が遅れ、弾内部の球体散弾の破裂で致命傷を負い言葉にならない声を漏らす代行者一名。

 茜は片膝を立ててしゃがみ、それらを公園内の茂みの陰から視認する。


「七……十一……敵数十五。手前の道路に固まってるのが十人。零時の方角の建物、二階内部に五人」

「凄い……。あなた透視系の能力が使えるんですの?」


 答えている暇がなかったのでそれを無視しながら、この付近に布陣していた敵を目視。そのうち先程、致命傷を負った一人の絶命を確認。


「一人減った」

「流石に爆弾くらいで大勢は倒れてくれないですわね……。運よく三人ほど持っていければ御の字でしたが……」


 この先制で数人を削りたかった舞花は、それに失敗したことで焦燥を露わにしながら即座に近くの樹木の陰に身を潜める。

 一方その奇襲を受けた代行者らは、


「チッ、来たか!」

「タイミングは莉珠さんの言う通りだな」

「総員リアクション四番フォーだ!」


 そう言ってこちらの居場所を特定しようとこちら側を向きながら、暗夜の中を自由に行動する。

 茂みに身を隠していた茜は、自分たちが投げ入れた携行榴散弾の距離と拡散率を目視で分析し、ある事実に気付いた。


「なんかおかしいと思った。これは……誰かが散弾の衝撃を和らげた?」

「え、そうなんですの? どうしてそんなことが分かるんですの?」

「あの榴散弾は正規の物品。炸薬による拡散率が規定されている仕様だからね。左方の二つだけ不自然に拡散が押さえられていた」

「あ……!? では、そういう異能の使い手ですの?」

「おそらく。けれど問題は、その対応の速さにある。あの速度の炸裂を押さえるなんて普通じゃない。もし相手が爆弾を投げ入れることを予期していたのなら優れた頭脳。予期せず瞬時に対応したのなら判断速度が尋常じゃない。私達はここから出るのに、相当苦労するかもね」


 ここで舞花は顔を曇らせた。それは統也と会話するときの当たり障りない美人の姿ではなく、あまりに冷徹な状況分析と判断能力を兼ね備えた、暗殺者じみた茜を見たからだ。

 切り替えの良さ、戦闘の才覚、洞察力、どれを取っても一級品。


「……天霧さん、あなた何者ですの?」


 先刻の人体実験の話題も相まって舞花はその異質さを問う。予想外の発言を受け、茜は少し呆けたが、


「それは、今この状況で必要な会話?」

「い、いえ…………詫びますわ」


 舞花はすかさず目線と顔を逸らし、戦略的対話の途中にもかかわらず私情の好奇心を挟んだことを謝罪した。


「いいけれど。この作戦で最悪全滅もありえるのだから、気を緩めないでくれるとありがたいわ」


 ちょうどその頃、代行者一同に先程と異なる動きが見られた。


「園内の樹木に向かって威嚇発砲する。お前ら、位置につけ!」


 一人の代行者が大声で叫んだ瞬間、茜は急ぎ雪華、リカに伝わる無線で、


「今!」


 するとその瞬間、待ってましたとばかりに「煙玉」を一個づつ道路へばら撒く雪華とリカ。三宮希咲から拝借した彼女の私物だ。

 プシューと煙を拡散させてゆく。


「――――!」


 その混乱に乗じて、舞花と茜は草木の陰から素早く飛び出ると、それぞれ結界境界線上を左右両端に走っていき、マシンガンを構えた代行者の四人と交戦を開始する。

 その代行者四人は左――茜の方に三人。右――舞花の方に一人。それぞれボディアーマーを着用しており、防御性は高いと見受けられた。


 しかし茜は、煙の中マシンガンを乱射する相手に対してもあくまで冷静に対処する。俊敏な左右移動で銃口を散らし、命中率を下げつつ相手に接近してゆく。


「うわぁ! お前、煙の中でどうしてそんなに速く動けるッ!!」


 代行者Aの遺言はそれとなった。赤い液体の流出と共に道路面にバタッと倒れ込む代行者A。彼が最期に目撃したのは闇夜に光る赤い二点だけだった。


「少しだけ、目がいいから――」


 茜は顔色一つ変えずに次の標的のもとへ向かう。しかし敵がそう認識して異能を行使し空気のカッターを噴出したその時には既に、代行者Bも激しく血を吹きだしていた。


「なに……!? 空気の斬撃が跳ね返され……」


 それが代行者Bの薄れてゆく意識、崩れゆく体勢の中で発した、最期の言葉だった。


 彼女が自負する――目がいい。茜は電磁的な解析が可能な『赫眼』によって、通常は視認識が極めて困難な煙の中でも電気的要素においてはサーモグラフィーのような視界を実現する。

 『赫眼』は、眼球にある角膜内皮細胞が光学情報をスキャンにかけ、視神経が自動的にマクスウェルの方程式を解くことにより、映った対象物と電磁場の相互作用を解析する能力。

 対象物の領域の周りにある電磁波のポインティング・ベクトル、導波路の正常モード、媒体による電磁波の分散・散乱などは、全て場合分けし解析するため、規格外な情報処理能力が求められる。

 つまり、茜にしか持ちえない赫眼なのだ。


「化け物め!!」

 

 目の前にいる敵の中では三人目。最後の一人。慌て叫びながら拳銃を乱射する。

 茜は『天照術式』を起動して得られる陽電子を電撃として構築し、自らの愛用する細剣レイピアの刀身に流し込む。

 洗練された素早い居合によって生まれる疾風迅雷の紅き切断が、一帯を斜めに一閃する。

 それを受けた代行者Cはなす術なく、声を上げる暇なく鮮血を吹き出し絶命した。直後、


「舞花さん!」


 煙の中、茜は声を張り確認を取る。


「こちらは終わりましたわ!」


 即時返答の舞花により、茜と舞花は敵の計四人を仕留めるに至ったことが判明した。

 その後の二人は迅速な動きで一時撤退し、リカや大輝らとの合流を果たす。


「は! 食らえ目くらまし!」 


 更に大輝が追加で投下した二つの「煙玉」。充満してゆく白煙が視界を遮り続ける。三宮家の科学班が開発に携わった、認識阻害の薬物効果を持っている特殊ガスは索敵系異能者自慢の第六感を狂わす。

 その隙に雪華が異能式を構築しマナを練り上げる。


「く――!!」


 彼女には拳銃で武装している相手の対策として氷の壁を展開してもらう予定だった。


「ッ……」

 

 しかし――雪華は異能式構築の作業中、大事な場面にもかかわらず何かに戸惑うような、ぎくりとしたような臆する表情に変貌する。

 彼女の脳裏に良からぬ記憶でもよぎったのか、その憚りは脳内のイメージや認識が肝心な異能士にとっては死活問題となる。

 雪華はたった今、昨日に引き続き先刻も起った桁違いに広範囲の凍結と、それを発生させた顔さえ知らない異能者「X」について想起していたのだ。

 その執着から生まれる鬱屈な精神状態は、簡単に言うならば異能者としての自信喪失に近かった。


 ――世界にはあんなにも優れている人間がいる。なのに私は。私は……。


「大丈夫?」


 茜は雪華の冷や汗と逼迫した表情から異変に気付き、敵の方角を探りながら流し目に心配の声を掛ける。

 雪華ははっとなり、


「なにが?」


 そう苛立ったように吐き捨て、両眉が寄った顔のままだがしかし、無理やりといった手つきで正面にめいっぱい腕を伸ばす。広げた両手を前に出し異能術式の発動を開始する。


「大丈夫なら、いいのだけど」


 茜が言った頃には既に、雪華の手腕の周囲空間には大量の氷煙が取り巻いていた。


(自身喪失? そんなのしてる場合じゃない。しっかりして雪華。私はできる子)

(異能者「X」と同じ、氷結させる人間として、私は私のできることを!!)


 氷霜術式――定率強化。


「あなたに心配されるほど――」



 ――『氷瀑』!!



 雪華は腕を伸ばした状態でパン!と、強く両掌を打ち合わせる。


「――落ちぶれてないよ!!」


 次の瞬間、純度が高く、また通常氷結より硬度が高い氷塊の壁が二列、一直線に水流の如く凄まじい勢いを擁して展開されていく。

 そうして左右を囲まれた直線的な道の展開に成功する。建築物のように垂直水平の正確なつくりとはいかないが、それでも障壁として役に立つだろう。


「ふぅ……」


 雪華は異能『霜』にいくつかある結晶構築ノウハウ……正数処理・白夜式の「血極」「虹極」「龍極」「白極」のうち、最後の「白極」という、相転移を適用して氷結晶を生み出すのを得意としている。


 中でも、奥義『氷瀑』は過冷却状態の魔力マナに何かしらの物理的衝撃を与え、空気中の水分を急速に凍らせ氷塊を生み出す白極の真髄。

 魔力の精密な打ち出し方、出力によって指向性を絞れたり、一部の氷結硬度を定率で強化したりできる。英名は「Icefall」。


 液体を構成する分子が結晶化過程に移行するためには、刺激によって核となる微小の相を生成させる必要がある。

 過冷却という現象は微小相の発達が不十分ゆえに相転移が行われないもの。この極めて平静な、安定状況下で発生しやすい。

 つまり『氷瀑』には、この仮想の準安定状態を予め作り上げる技能が必要不可欠であり、その成功形が先程の氷煙を帯びていた雪華の前腕状態というわけ。


「す、すごいな! さすが、『冰霜の魔女』の名は伊達じゃない!」


 とリカが感心を漏らすもすぐに、


「感心してる場合じゃないですわ。行きますわよ!」

「ああ!」

「私を、誰だと思ってるのさ……。負けてらんないの……」


 作り上げた道の先に向かい走り出すリカ、舞花。雪華はそれについて行こうと体に力を入れるもしかし、上手く動かない。動いてくれない。すぐに膝に手をつき息切れした。その疲弊の様子に茜は、


「だいぶマナを削ったように見えるけれど」

「大丈夫だってば。走るくらい、できる……!」

 

 雪華は全身の筋肉疲労に対しその負けん気ですっと上半身を起こし、走り出す。基本作戦の陽動と護衛に役割を分担するためには互いの位置を明確に分ける必要があるからだ。

 大輝の護衛に集中したい茜。それ以外の陽動という構成のため、雪華が建築した氷壁を頼りにリカ、舞花は建物側へ走り出す。


 また、彼女らにはその氷の道を通り向こう側の建物に移動して、あわよくばそのまま逃げる算段が含まれているが、代行者一同による更に深い包囲なども警戒するとそれはあくまで希望的観測に過ぎなかった。そもそも茜は大輝を守りつつ代行者を殲滅する気概を持つ。


 するとそれを第六感の異能で視た代行者は、


「なんです? 奴ら氷を……」

「関係ない。ただの威嚇だ! 気にせず撃て!」 


 結果、繰り返される発砲と鳴りやまない銃声。銃の弾丸で瞬く間に氷塊の障壁はハチの巣状態になるが中々どうして薄氷のように破壊されることはない。

 『霜』の結晶は純度が高いだけでなく、生成する結晶構造に「マナ結合」という非物質的な化学結合を持つ。これは『檻』の空間切断さえも凌ぐとされている。硬度については腕に覚えがあるのだ。

 しかし、そう長くは持たないというのが茜の見解だった。


「――――」

「くそ、やべーな。異能で対抗してくるかと思ったけど、銃持ちが意外と多い!」


 ポーカーフェイスを崩すことの無い茜。その隣で大輝がそう焦りながらも氷のカーペットを走り抜ける舞花、雪華、リカを見守る。

 そのときだった。


「はっ、やばいっ! リカァ!!」


 代行者の一人が氷の障壁がない上側からの射撃を狙い、空中にジャンプして電柱てっぺんに登ったのだ。森林公園寄りの電柱の上、その男は流れるようにマシンガンのトリガーを引く。狙いは走り抜けるメンバーの最後尾の椎名リカの背中だった。

 煙の中、響く銃声。ダダダ――と。


「は――――ッ!!」


 リカは銃弾目の前で回避できないという絶望的状況に陥り、とうとう眼前がスローモーションになり始め正に死を覚悟した。

 驚くことにリカの心理状態は至って冷静で、横にずれて銃弾を交わすことを考えたり「撃たれ所が悪かったら死ぬだろうな」と走るポーズで尻目に見ながら考えた。

 丁度その瞬間。その減速感覚が終わったと同時。

 

「落ちろ!」


 いつになく乱暴な声で叫ぶ舞花が、間一髪リカを救った。

 リカに弾が直撃する寸前、舞花の『重力制御グラビティリミット』の加重によって弾丸すべてが道路に叩き落とされた。急な軌道を描き地面に落ちた。

 加重の影響か、氷を含め道路には楕円形の足跡のような陥没が生じる。


「え? これは……」


 誰もが胸を撫で下ろす中、茜はこの場でただ一人、その異常性に気付いた。


 亜音速の弾速。初速に依存し、進行方向に加速度を持たない状態の銃弾とはいえ、それらに異能照準を当て、重力の力だけで下に叩きつけるのは人業ではない。

 ゆえにこの異能『重力制御グラビティリミット』が、の知識により修正された異能であると見抜いた。現にその証拠と言わんばかりで英名呼びされているし、舞花はマナ標準ではなく領域照準を利用している。


 舞花はいつも重力加圧する際に、「これが発動の鍵です」と顕示するように扇子を対象に向ける仕草をする。しかしこれはミスリードだろうと。


(統也曰く、舞花さんには術式を教えていない)

(……術式なしで領域照準ができる。考えられるのは、異能副作用サイドエフェクトによる眼の異常ではなく「魔眼」そのもの)

(魔眼はその性能に対し異能演算能力に依存するものの、術式と因子が強く刻まれている代物)


「――――」


(功刀家で魔眼といえば「撃力の魔眼」か「力場の魔眼」でしょうけど……)

(この局面に至ってもまだ統也に隠し事をしている? 一体なんのため?)


 茜は戦況を観ながらも重要度や緊急度を見極め、その現場に関係ない考察に思考を巡らせていた。


「はぁ……はぁ……やべぇ……マジであたい死ぬかと思った。視界がスローモーションになって、走馬灯が見えて……一瞬、姉貴カリンに会えた気がした……」


 命からがら助かり放心するリカは尻もちをつく。


「なに馬鹿なこと言ってるの! 早く立って!」


 雪華が急ぎ足で進路を戻り、腰を抜かすリカに手を差し出すがまたもや問題が発生。


「はっ……! まずい!!」


 もう一人の代行者も先程と同じような手口で狙撃を狙ってきたのだ。同じ射程範囲にいたため、今度はリカだけでけなく雪華も銃弾の雨の餌食になりかける。

 風を切る銃弾はすぐ目の前に――、


「え――うそ!!」


 なす術なく、瞠目するしかない雪華とリカ。一方で舞花は右目にマナを溜め、


(私の力場の加重で……!)


 しかし、


(だめ! 発動が間に合わない――!!)


 銃弾は容赦なく雪華とリカに襲い掛かる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る