第249話 紫の境界
◇◇◇
『
この空間の女王カオスの権能は、名瀬家の異能『境界』の神仕様版、もしくは完全版と言っていい。「虚数空間」という現実物理空間ではない領域を掌握し、空間の狭間を生み出す能力を持つ。異能と魔法の世界において、この現象を支配することは現実と虚構の境目を次元から取り去り、全てを混沌と破滅へ引きずり込むことを意味する。
「ワープゲート……!? どういうこと!?」
塵のごとく地獄の炎に洗い流された艦隊から目を離した凛が雪子に訊くと、
「簡単に言うと、座標系の空間変数を切り取って光速度で転移させてから、それを他の空間上に強制的に上書きして貼り付けてるんだ!! 多分、亜空間のように別の法則に従う空間と実際の空間を繋げることで実現してるんだと思うが……!」
「はい……??」
「いずれにせよ異能のような力で空間座標をカット……その後、魔法のような力で複写……信じらんねぇ。正真正銘の神なんだ。法則や原理も、干渉内容も、スケールが違い過ぎる……!!」
空間を自在に切り取り、貼り付け、虚数空間から実数空間に強い干渉を残す。異能家名門・名瀬家の異能システム「空間切断」や「空間固定」「空間極限」も、このカオスの力を模倣したものにすぎない。その原型あってのものだ。
この力により、「
――しかしこのとき、その神の如き王女には微かな違和感が巡り続けていた。
(まただ。なぜ私の所有物である空間の主導権が私に委ねられない? 何か深刻な問題が発生している……?)
そうして感知したとき、カオスは任意の位置で表れた起源の波長感覚と、現在有効な空間情報を掌握する超規模な『檻』の存在を悟った。加えて、正面奥側に存在する青い境界壁を眺めた。
(青の境界……推し量るに父上ほどの力……「蒼の王」の再来)
――あの蒼き瞳、あの蒼き檻。
憎悪溢れる追憶の苛立ちと共に、カオスは真珠の瞳でその蒼き光の壁を睥睨する。
流石と言えるか、展開する檻の色合い、質、純度、精度、調整率……その全てがかつての「蒼の王」のものと不快なほど一致した。
「ちっ…………」
異能界で「蒼の王」と言えばそれは、常識的に厩戸皇子を意味する。
御三家名瀬――『檻』を操る、いわゆる厩戸皇子の子孫家系。
その中で、先祖である彼と同等の空間純度「蒼」に到達または超越した人物は、全歴史上でも名瀬統也とその父渉のみなのだ。
(オリジン社員を買収し、コールドスリープ装置の管理者に内密ながら、この
(……からの精神干渉を後ろ盾に人類との戦争を開始する。ここまでの計画は良かった)
(だが渉……約束と唯一違えるのは「蒼の王」の生存)
共に暮らした伏見旬や、その他実力者陣営でさえその違和感に気付いてはいなかったが、統也の「蒼次元」とは違い、渉の「菫次元」はあくまで理論上の空間の最高値であり人間の脳の演算で生成できる次元純度ではないのだ。
平たく言えば、テレビの画面(二次元)から立体物(三次元)が飛び出てくる事象があり得ないのと類似した道理である。
つまり、渉は宇宙にて実践的に到底あり得ないことを実行していたことになる。まるで神のように。
(……胎児の貴様に、生まれつき神と等しい「
『名は確か名瀬統也……始末しておく手筈だったが。まさかとは思うが渉、自分の息子に情けをかけた?』
自身の優位性を崩さず独言を語った瞬間――、
「――誰に、情けをかけたって?」
その勇敢な美声がカオスの耳に届いた時には既に、彼女は自身の右腕が切断されるのを明確に感じた。
『は?』
(恐ろしく速い……? ……切断に空間上の兆候がなかった)
そうして弾けるように広がる鮮血を横目に、カオスは反射的な素早い身のこなしで数メートルバックし回避。同じく「菫」次元の足場バリアを展開し、立ってその方向を睨んだ。
「あのさ、私のお兄ちゃんに勝てるって、それ本気? 神だかなんだか知らないけど絶対無理。あの人、最強だから」
『あ?』
「私の知ってるお兄ちゃんのままなら、ね」
私だって一度も勝ったことないし――勇ましくそう言ってみせる黒髪の美少女。その美貌は人の目を惹かずにはおかない、十人が十人、百人が百人認めるに違いない可憐な美少女。
透明の『檻』障壁を上り階段として構築して上って立ち向かってくる人間の女子に、神としての存在感を持つカオスは少なからず恐怖する。正確にはそれに近い何かだったが。
『……ッ』
自分に立ち向かってくる虫けらほど、意味不明で理解に苦しむものはない。
その蛮勇を受けカオスは全身に苛立ちが巡るのを自覚した。人間でいうところの蚊に刺されたときの鬱陶しさに近いかもしれない。
その間カオスは、少女が先程見せた目にも留まらぬ速さの正体が、固有時間の領域構築を自らに強制するものだと推理する。
「うそッ!
「おまえ、どうやってここに?」
慌てた様子を隠しきれず凛と雪子がそう尋ねると、生脚を露出するスカートと戦闘用パーカーを着こなす白愛はオリジン三式斬刀「
「どうやってって……忘れたの? 私の『境界』は透明。ステルス状態でこの軍艦に侵入することは別に難しくないんだけど」
「先の混乱に乗じて、か……」
雪子は納得の意思を表示しながら、敵対するカオスを見据えた。そこには微かな怒りを乗せたディアナの鋭い表情が、白愛を睨みつけていた。
『――図に、乗るな』
神の名を語りし王女は魔力で威嚇しながら、虚数術式による四回転のマギオンリセットで、血液の赤い蒸気を発しながら切断を受けた腕を再生させてゆく。完治までの時間は僅か二秒にも満たない恐ろしさ。
「その再生……虚数術式による治癒が使えるんだ?」
『――――』
「おかしいぃなぁー、異能術式って十八年前に伏見旬が考案したものなんじゃないのー? あなたのような旧時代の遺物が、どうしてその“
会話を継続、上空で足場に檻を展開、飛び回りながら「
カオスはそれを位相残像「星虹」と座標収束「蒼玉」を用いて天性の勘だけでかわしてゆく。その間にさり気なく、「菫」境界をバリアとして展開し、その斬撃を防げるかの様子も見た。
またそれに合わせ、
「あぶなっ!」
白愛はそれを素早い『檻』の障壁展開と共に回避、そしてすかさず特有の不可視の斬撃を繰り出した。
『ちっ』
カオスは無表情でパチンと指を鳴らし、白愛を含める空間を静止エリアとして拘禁する。
これは、檻で閉じて空間を制御する異能『檻』の監禁術の上位互換である。音波の振動を媒介として空間魔力に干渉を及ぼし、檻で閉じずに監禁を果たすのだ。故に「拘禁」といわれる。
「あらま。捕まっちゃたー。この空間……ダイラタンシー効果みたいな感じ? 素早い動作ができない」
『ふ、ふふふふふふ』
空中のカオスは突如愉悦の笑みを浮かべるが、すぐに消失し、元の無の表情に返る。その理由は、
「なーんてね!」
白愛は自身に特殊な固有時間領域を発動し、その静止エリア一部を中和。その後「
その「拘禁」を阻止された煩わしさからカオスは、
『驕るな!』
手のひらサイズの紫光の「蒼玉」をすかさず生成し、後追いで魔力を込め、若干の出力を高めてから放出の構えを取る。これまた檻で閉じずに、空間の収縮反応のみを押し出す意図だった。
「菫」次元
――
『――死ね!』
放出する直前まで手のひらサイズだったはずの「蒼玉」は、どういう訳か軍艦全幅を大きく上回る規模まで発達。想像を絶する巨大な紫が白愛の正面を遮る結果となった。
「でっかすぎでしょ! ……でもお兄ちゃんのやつじゃんこの技!」
不敵な笑みのまま白愛は、規模を合わせた特大の無色透明の『檻』を自らの正面に垂直展開して「蒼玉」の直進を防御してみせる。まるで巨大スクリーンのようであった。
ばじんと激しく衝突したあと、散り行く紫の魔力の欠片を横目に、
『く……ッ』
カオスにとってはこれまたストレスだった。
「収束式だっけ? 私さ、系統術式が不得手で詳しくないんだけど。あなたもそれ使えるんだ」
『逆だ。残り血を得た名瀬という人類が、勝手に私の奥義を真似ているだけだ。私の術だ』
「オリジナルはそっちなのね? ふーん……まぁだからって別に防御できない訳じゃないけど」
通常、「蒼玉」の圧縮効果はその『檻』よりも純度が高い『檻』でしか防御が叶わない。つまりカオスの「菫」より次元純度が高いことが防御できる必須条件だが、それはこの宇宙ではあり得ない。
空間の神を名乗りし王女が成す、究極にして至高の『檻』が「菫」次元だからだ。
しかし白愛が相手の場合は「空間の純度」の問題では測れないのだ。
――なぜだ? この小童、私より空間純度が高いはずはない。連木で腹を切るようなもの。
『――――』
――視認不可能ということはそもそも空間ではないというのか。しかしあり得ない。
『いや……そうか……そういうことか?』
「わかるはずないよ。お兄ちゃんでも初見で看破できなかっ――」
『貴様のその奇怪な切断、四次元時空の代物だな?』
「え……正解! 空間と時間が織りなす四次元。三次元の物理空間と一次元の時間。異能で三次元、魔法で一次元を補ってる!」
杏子の「碧」、統也の「蒼」、渉の「菫」など可視光スペクトルに収まる空間が三次元。そこの準点である三次元を遥かに上回ることが可能な異能魔法が名瀬白愛の能力。
彼女の展開する『檻』が他者から視認不可なのは、発する波長が可視光スペクトルにない「紫外線」の域に達しているからである。カオスの肉体はあくまでディアナ・ホワイトという人間であるため、紫外線領域のそれを視認識することは叶わない。
この場でそれ成せるのは、水晶眼を持つ、また特殊な呪詛眼鏡をはずした白夜雪子ただ一人。
「なんてでけぇ檻の展開してんだよ
水色のポニテを揺らしながら丸眼鏡をかけ直し、観測者としての独言を漏らす。
「私は何も見えないわよ……何かを展開してるの?」
「まあな。ならあれだろ、斬撃の方も見えてないんだろ?」
初手、カオスでさえ防げなかった不可視の斬撃。白愛が開幕に打ち込んだ不意打ちの正体は『
――『異能』と『魔法』を両方扱うことが可能な存在「
『異能領域と魔法領域、脳内にそれぞれの演算領域を保持することで補完される、仮想の演算領域を持つ――
カオスは魔女のように笑みをこぼす。
通常、異能者でも魔法がからっきしというわけではない。たとえば「魔法的強化」「反情報強化」「基礎工程単一魔法」などは
「私の攻撃はね、時間的に対象を切りつける能力で、不可視の斬撃で切った空間部分の僅か先の未来を切断できるの。まー解釈が煩雑でめんどければ『未来の状況を斬る』、それだけでいい」
空間方面の斬撃は『檻』の展開で十分防御可能だが、カオスは時間方面の斬撃を防御する術を持たなかった。
白愛の異能魔法で四次元へ干渉する作法は、非属性・時間魔法術式の情報改変(一次元)と、異能『境界』の空間制御方式(三次元)による同時発動が成す四次元の改変に由来する。
彼女の場合、先天的に異能と魔法の使い分けが困難で(そもそも使い分けは相当難しいため、統也は当時の理緒に魔法という技術そのものを教えなかった)、意識せず使用すればそれらを無作為に同時発動してしまうため『境界』が魔法演算を異能領域に受け入れ、適応後、性質そのものが変化したと考えられている。それが四次元干渉の本質。
(びっくりだよ、ほんと。案外早く私の技の事情を見抜かれた……)
(けどだからって何かが変わる訳でもないよね。どうせ、この空間の神様がその気になれば私なんて瞬殺だろうし。まぁ――それはこっちも同じだけど)
(瞬殺……しないってことは他に何か意図があるのかな……?)
『貴様、名は?』
カオスは顎を突き出し、見下す姿勢は崩さずに統也の実妹にその真名を尋ねた。
「えっ……私?」
『いいから疾く名乗れ。消されたいか?』
白愛は、カオスの貫く目線から殺気や敵意が消えた事実に戸惑いながらも、
「まさか神様に名を聞かれるとか思ってなかったけど……私の名前は、名瀬白愛」
16歳。二級異能士(特例一級魔法士)。霞流理緒とまったく同じ極稀な才能を持つ、
『白愛……また渉の……。やつに直接的とはいえ「
「神のくせに、天才の子は天才とかそういうふざけたことは言わないでよ? 少なくともお兄ちゃんはその評判のせいで苦しんだ。凛さんの起源宝石がなかったら……」
その兄への想いは空間の静けさに消えていく。ここで展開し拡げてゆく話題ではないとふいに思ったのだろう。
『ちなみに吐露するが、渉は全く以って天才の部類ではない。事実“使える”やつだとは思っているが、一度でも“優れている”と思ったことはない』
「――――」
『逆に貴様だ。……分からないな。貴様なぜ今すぐに時空連続体由来の構築領域を使わない? 私が「虚数空間」そのものを領域としているからか?』
この発言で白愛は「え、まじ???」と内心密かに委縮していた。虚数空間を支配するイコール不可能、人間には見果てぬ夢であり、それを可能とすることがどれだけ途方もないことであるかを物理学的見識からよく理解しているからだ。宇宙の裏側を支配しているなど、荒唐無稽に聞こえるのは当然だ。
『四次元……時空間……それほどの力がありながら、それほどの潜在能力がありながら、なぜ向こうに足を踏み入れない? さすれば好都合の連続だったはず』
「向こう……? ああ、それは……」
若干の俯きと共に彼女はその面に陰りを見せ、
「お兄ちゃんが世界の罪を被って、さらには自身が特級異能者だと広報して、私が派遣されるのを封じたから。いや……封じてくれたから」
そう告げて再び正面を見据える。その心境を晒した白愛を前にカオスは何の返事もよこさない。
『――――』
「――――」
さらには謎の沈黙が二人の間に生じる。不穏な空気を漂わせ、ついに白愛は正体不明のその「間」に困惑する。
「え、なに……? なんなの?」
逆に気味が悪いんだけど、と白愛は心の中で思ったが決して口に出すことはない。
その間のカオスはある種の期待を、心の内に抱いていた。そして自らの
――もし叶うなら名瀬統也。貴様に問いたい。貴様はどこまで想定していた?
『――――』
すると何を思ったか、カオスは不気味にも口角を上げ、極上の愉悦をまぶたに浮かべ、
――こうなることを予見し? いいや……、
絹糸のような肌を歪め、真珠のような瞳に邪悪を乗せ、ブロンドを潮風に靡かせた。
『そういうこと……やっとわかった』
突然、上機嫌風味のお祭り顔で意味不明な納得を口にしたその姿は、先程の圧倒的邪悪を体現するかのような緊張感が張り詰めた、また怨念が籠った振る舞いとはまるで違った。
『ふふ、ふふふふ』
不気味に、そして愉快に笑い、右手に蒼紫のオーラを収束させていき、黒蝶真珠のような光沢ある禍々しい球体を生成する。周りには蕾のような形態のエネルギーが纏っている。
収束「蒼玉」とも発散「青玉」とも複素「檻花」とも異なる、その非倫を絶する不吉を顕示してやまない蕾を掌で保持したまま、ゆっくりとその右手を天空へ差し出した。
『やってくれたな名瀬統也』
「え……?」
無論この時のカオスの言動の真意を、白愛には一寸たりとも理解できない。それは当然だった。
この世の誰にもカオスの真なる魂胆を理解できなかった。それは渉でさえ把握していない事態。
「“
「“
「“
ただ、ここに居る全員が、この詠唱を含める神の言動と、大空へ打ち出した虚空が無意味で、何の影響も、何の効果もないものだとは微塵にも思わなかった。
絶対的に、その一挙手一投足には意味があると。
「一体、何をする気ッ!?」
上空の空間から生じる微々たる魔力の違和感と、異能照準の気配を素早く気取り、声を大にして叫ぶ白愛。
だが、時は既に遅かった。
未来という時間に影響を及ぼせる白愛だが、奇しくも、統也のように時間を止めることは叶わないのだ。
◇◇◇
丁度その折り、雪子と凛は遠くから上空の戦闘を観察していたゆえに、そのカオスの諸手から発する靄のような不穏な魔力の全体的挙動を、雰囲気を、直覚的に知覚できた。
「おい凛! アレはなんだと思う?」
雪子はそれを凝視、睨み、得体の知れない恐怖を感じざるを得なかった。それは科学者の本能かもしれない。
「アレは……知ってる。一度見たことがある! 確か統也が青の境界を展開するときにも出現してた。多分……大規模な『境界』を展開する兆候で――」
凛が台詞を紡ごうとした次の瞬間だった。
『――「菫」次元』
世界全体に、到底信じられないことが起る。いや、この地球上に起ると言った方が正しいか。
瞬く間、防ぐ暇などあるはずがない、紛う事なき一瞬の出来事。
――
「「なッ―――!!?」」
「これは!!!」
――カオスは地球全体を囲うような紫の天井を、上空に構築してゆく。
降りる影法師が見る見るうちに拡がり、世界全体を闇で包んでゆく。
九月の「昼間」だったはずの現在の状況は、たった今「夜間」の風景へと変貌した。
「太陽が!!」
そうしてカオスは地球という星そのものを球殻に監禁したのだ。
地上にいる人間は、まるで天井が建築されたと錯覚する。そして闇夜の訪れを体感できる。
――それは、青の境界を遥かに超えた規模を持つ、紫の境界。
空間には三次元座標のグラフ的概念がつきものだが一番は相対位置と絶対位置の関係。もし仮に宇宙という空間の認識に絶対位置を用意し、そこに檻を展開しているのならば、地球の自転による位置変更で、地球上の系から見れば空間固定がずれてしまうことになる。
だが名瀬家の異能はそうならない。故にそうではないと分かるだろう。
檻はその座標系に合わせた空間を固定できる、ということである。現に「青の境界」もそういう原理で地球と自転公転を共にしている。
よって同じく、地球を球体状に囲うように檻を展開することもできるのだ。
「次元が、規模が……桁違いだ」
この場に居た白夜雪子は異能科学者として見地のもと、地球上の誰よりも早くこの状況を理学的に咀嚼したと言っても過言ではないだろう。
焦燥の色を浮かべて泣きそうな雪子は口を開く。
「系の操作と、入射光の選別……観測や解析を単純化する用途で切り離された空間と見てまず間違いない。空の九神は、地球そのものを文字通り手中に収めた」
「は???」
暗の中、灯りとして青い電気をばちばちと指先に収束させ辺りを灯した凛は、その解説に動揺を隠せない。
「人類を人質に取った……そして入射光を弄ったっていう、話だ……」
「なにを言って……」
「だから……そうだな……これより先のこの世界では、少なくともまともな日光が人間を照らすことは、もうないだろう」
暗闇に包まれた漆黒の中、悔いるようにじいっと唇を噛み、顔を背ける雪子が青に反射した。
「なにを、言ってるの……??」
理解できず呆けている凛を見て、
「今の世界の状況を、砕いて説明してやったんだよ!!」
「意味が分からないわよ!!」
「うるせぇよ!! 私らに何かできる訳ないだろッ!! 相手は人間のレベルを遥かに超えた怪物だ!! 神だ!! 誰が、任意の点で幾何学的な超球面を実現する『檻』を展開できると思うんだよ!! 次元の呪いを克服するn次元ユークリッド空間からの、有限n個の実数空間の集積集合!! ふざけんな!!」
雪子は怒った時、一般的な知識を逸脱した難解かつ理論的な内容を口走り、無意識に自身のマインドを落ち着かせようとする癖があった。
本来ステレオ投影、立体射影の観点から、正の定曲率を持つ『檻』の障壁展開には異常なほど時間を要する異能原理が存在し、展開速度が異次元の統也や杏子でさえそれは同様。だから水平なバリアばかり展開する。
しかし、カオスのそれは例外だった。
――防ぐ暇などないほど速かったのだ。
その苛立ちが、雪子と凛の心火を極大的に燃やす。不満を爆発させる。
『人類のいない時代を作る。この節を持って、その第一歩としよう』
「「「――――!!」」」
ここにいる三人には、何もできなかった。手も足も出なかった。凛は対抗さえできず、雪子はただ傍観することしかできず、白愛はカオスの企みに気付けなかった。
――誰かが発見した事実。影人は基本夜に活動する。例外として昼に活動する個体がいたとしても、夜間ほどの速力はなく、またその底なしの腕力は損なわれている、と。
ならばその闇夜を永続させれば、弱体の隙などなく影人は無尽蔵に人を襲い続け、また、増殖し続ける。
果てに人類は滅亡するのでは、という理屈だが……カオスが現在最低限で目指すのは、影人が繁栄するための地球環境に過ぎなかった。
なぜカオスが自らの手で世界を滅ぼさないのか――それは、その核心たる理由は、この世界では「今なお眠り続ける雷電の少女」だけが知っていた。
雪子の危惧通り、その大空の彼方に蔓延る『檻』の実質的な効果は、地球上に降り注ぐ太陽光の大幅カット。故に継続される、
『永久の夜を享受するがいい。――今こそ、極夜の開幕だ』
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