第269話 奇縁



  ***



 二〇二二年、同日十八時頃。伏見旬以来の「衝撃」から数時間後。

 三宮家の敷地、外苑。緑地、公園などからなる一帯。 


 殺伐とした雰囲気で立つ三人のA級異能士の影。彼らは果てしない暗闇の中、呪詛術式の光学結界で構築した灯篭によって点々とした灯りを得ていた。

 名瀬家当主・名瀬杏子の側近である水瀬みなせ姫奈ひめなは、東瀬あずませ幸太郎こうたろうと、永瀬ながせ龍也りゅうやと共に三宮家敷地の周囲に、高度な結界術を張り巡らせていた。


「こんなものでいいだろう。これで杏子さんとアイツの戦闘で余計な邪魔は入らない」


 そう満足げに語る幸太郎は、全ての結界の外部にて姫奈と龍也の顔を伺った。

 「孤立系」の空間隔離術式を擁する結界の数々。総じて敵に妨害工作されないようにする結界など。わざわざ様々なタイプの術式を用いて同じような隔絶効果の結界を多数運用する目的は、ターゲット名瀬統也の「浄眼」と、それに付随して為せる第一術式『解』に対処するためだ。

 孤立系の結界は無論、第零術式『律』の初手封じに他ならない。


「でもほんとに、杏子さんだけで名瀬統也に勝てるの? そもそもこの誘いに乗ってくるの?」

「お前、その発言は毀損的だ。危ないぞ。それとも、当主を信じてないってことか?」

「信じてないとかじゃないくて……私は……」


 口篭る中、初めに「その気配」を気取ったのは姫奈だった。彼女はその端正な顔面を歪ませ、ワンサイドアップの髪先で空を切りながら、


「えっ……!? な――」


 目を見開き瞬間的に振り向いた。


「いつの間に。これが『碧い閃光』の弟、というわけか」


 他の者も同調するように咄嗟に振り向く。しかし発言した彼には案外動揺の色はない。

 姫奈の背後、彼らにとっては想定外で、それも信じられないほど唐突に――ターゲットである人間、「彼」は現れた。


「あんた達に問いたい。オレを見逃す気はあるか?」


 彼は出来る限り人を殺める行為はしたくなかった。杏子と気兼ねなく戦闘するために、少しでも良心が痛む行為を慎みたかったのだ。


「馬鹿か。何をふざけたことを」


 そう静かな雰囲気で声を上げ、スムーズな陣形を崩さず臆することなく統也に立ち向かってゆく男性二人、その二つの閃光。統也はその高速移動を浄眼で捉えながらも思った。


(片方が『累』、もう片方が『刑』由来の異能術式か)


 『かさね』……自身の影響を簡易的に他人に強制する異能。また一方で『刑』が、異能体で構成した鎖を扱う異能。


(連携力は代行者のそれじゃないな。さすがは名瀬家の中軸に当たる人物)


 『累』で統也の動きを一時的に封じ、『刑』の鎖を利用して捕縛。

 統也にとっても、これの対処は簡単ではなかった。子供の頃から面識がある者でも、容赦は許されない。


(東瀬さん、すまない。シャルロットの権能のせいでオレのことは忘れているんだろうが)


 統也はその場から一歩も動くことなく、ただ、静かに俯いた。前髪でその蒼き目線を隠し、これから犯す罪の意識を押し潰した。


「残念だ、本当に。その結界術の才能を、異能力を、もっと別に役立てることもできるだろうに」


 彼は心の中で静かに、臨終を告げた。



 檻「蒼」―――。



 そのローレンツ変換をもって。

 空間と時間の座標が結びつき、混じり合って変換される、その擬似領域を御して。



 第零術式――『律』



 瞬間、その時間は切り取られたように、また、すぐさま再生されたように、零秒という感覚で大量の血が飛沫を上げ、無情にも拡散する。それは他者には認識すらもできない。

 統也は、時間の流れがゼロの世界で容赦という二文字さえなく二人の男性の胴体を横に、一瞬にして両断した。

 この場所はあくまで結界の外。名瀬の側近である彼らは一仕事を終え、一番油断するタイミングでの奇襲を受けた。うち二人は無残にも遺体として横たわってしまった。


「は……あ、あ……あっ……あああーーー! 幸太郎!! 龍也!! どうしてッ! どうしてなの……ッ!」


 姫奈は気が動転して言葉が見つからないというように悲痛に叫び、統也の少しも手心を加えない態度に慄きながら崩れ落ち、立ち膝した。ただただ首を振り、否定を世界に示す。

 姫奈にとって彼らは同期だ。その死を受け入れるために必要な時間、またそれを受け止めるために必要な心の準備が、彼女には整っていなかった。


「なんで……殺したの……!」


 姫奈はすぐさまに統也を睨みつける。その睥睨はすさまじいが、統也はそこに殺意を感じなかった。


「ん?」


 無表情。蒼い瞳で見返した統也。


「なんで殺したの!! 彼らをッ!!」


 統也にとって彼らの処置は言うほど難しくない。時間はかかるが。

 言ってしまえば無傷で無効化も不可能じゃないはずなのに、それでも統也は選択の余地なしという風に彼らを斬りつけ、殺した。

 統也はマフラーにつく血をオーラで弾き飛ばし、それを自らの首に戻す。

 姫奈は統也の恐ろしく深い闇を見た気がして、また、数秒前は普通に会話を繰り広げていた仲間の二人が殺害された現実に打ちのめされた。


「オレに殺意を向けてきたからだ。そして殺そうとしてきたからだ。言い方は悪いが、理由はそれだけだ」 


 実際、彼が反撃しなければ否応なしに彼自身は死の危険があっただろうと。

 統也が甘えず『律』で瞬殺するその理由は、過去、慢心のせいで死んだ女子二人とその出来事への自身の対処を心の底から後悔しているからだろう。


「は…………? あなた……本気で言ってるの……?」


 慄き、さらに崩れ、尻もちをつく姫奈は統也の狂気じみた思想を感じ、恐れをなした。逆に、酷烈な現実に耐えかねるというように表情に絶望感を浮かべ打ちひしがれる彼女を、統也は見下ろした。


「以前のオレは殺意を向けてきたくらいで人は殺さなかった。いつでも殺せると思っていたからだ。そう驕っていたからだ」

「――――」

「だが違った。人はいずれ死ぬ。オレが失った大切な人間は、その向けてきた殺意を見逃した末に餌食になった者だ」

「――――」

「オレは彼女らが失われるかもしれないと知っていながら、相手をいつでも殺せると過信し、しまいにはその人を失った」


 それでも――。

 そうだとしても。


「……格下相手と分かってて皆殺しにする必要が本当にあったの!?」


 姫奈は精一杯反論する。


「格下だからと言って、傲慢にも相手に情けをかけることに意味はない。弱い相手だと見縊ることで、結果がプラスに転じるとでも?」

「……でもだからって、弁明の余地もないなんて! 彼らは本当にあなたの足元にも及ばない異能者だった! 殺す必要はなかった!」

「手加減ができる相手ならな。異能間正当防衛は通常の正当防衛より過剰になりやすい。理由は異能の瞬間的効果に明確な差異があるからだ。だがお前の仲間とオレの立場が逆だった場合、彼らはオレの姿を視認することもなかった。違うか?」

「それは――!!」

「そういうことだ」


 統也側には現在足踏みしている時間的余裕はなく、一刻も早くこの名瀬家代行者を懐柔しなければならない。

 しばらくして姫奈は地べたで女の子座りして、死を覚悟したのか脱力する。統也に言い負かされ、もう反撃の詭弁すら思いつかない。何かを為すことも出来ず、何かを果たすことも出来ず、自然とその肉体と精神は抗う気力を奪われ自死を望むようになる。

 諦めと悲壮感を体中に巡らし絶望に打たれ、人生を諦めた少女。年齢は実に統也と同じ。人生を諦めるには早すぎる、周囲の大人はそう思うだろう。しかし彼女にとってはこの時期、この現状で味わった深い絶望が、その深淵が全てなのだ。

 杏子の犯罪行為に気付いていながら目を瞑っているのもそうだ。それに加担させられていた仲間が死に、自分だけ生き残ってしまったのもそうだ。


「もう、いいよ……。殺しなよ。いいや、殺してよ」


 統也は見るに堪えない彼女の姿を見て、惨めで情けない。そう思ったのか。


 否。


 彼は彼女に、ある種の共感を得ていた。

 そう、過去の自分を見たのだ。


 全て、人生さえ手放そうとした過去の自分を――。

 だからこそ分かる。彼女の傷心を。


「いや、お前は殺さない」 

「は……? え……待ってよ待ってよ。私だけ残すの? なんで? なぜ私だけ殺さないの? どうして私だけを生かすの。納得にいく理由を聞かせてよ! この理不尽の理由をッ!」


 それはそれで納得がいかない。姫奈には分からない。分からないのだ。

 自身はなぜ、生かされる。意味が、あるのか。


「さっき言ったろ。お前はオレに一度でも殺意を向けたのか?」

「……っ! そんな曖昧な理由で人を殺すなんてどうかしてる。私はそう言ってるの!」


 瞠目後、まくしたてる姫奈。彼女の中には既にプライドなんかなく、ただ不平と不満、ストレスを統也にぶつけていた。それは体裁を保とうとすることをやめて、また、取り繕うことをやめた、本心からの叫びと捉えることもできた。


「本当にそう思うか? 人は単純な理由でも、どんなにくだらない理由でも、死ぬときは死ぬんだ。オレはそれを知ってる。生きるか死ぬかって時に猶予を与えられるほど、オレの人間性はできてない」


 統也はそう言って少し上を見てから再び姫奈と目を合わせた。


「――――」


 重い。言ってることは単純で、誰でも理解できるのに。彼の言葉が何故か、異様に重い。

 姫奈には信じられないくらい重くのしかかり、とても受理できない。それに比べ自身の愚かさとくれば。


「お前は、一瞬が命取りに、一秒が致命的になる、そんな世界で生きたことはあるか? 何をしても上手くいかず、どう足掻こうと希望が見えず、命を懸けようと大切な人を失い、ただただ凄惨な現実だけが広がってゆく。苦痛と絶望だけが広がってゆく。それこそ全てを諦めたくなる。苦しみから逃げたくなる。解放されたくなる。そして最後、人生すらどうでもよくなる」


 言い返せる言葉が姫奈には見つからなかった。脳内辞書をいくら探っても、論破の材料、巧みな反論は出てこなかった。眼前のマフラーの少年とチートな人生を生きた彼女とでは経験が違いすぎたのだ。


「無いだろうな。――それにお前、なぜ反撃しないんだ?」

「なにが」


 姫奈は雑な口調で、諦めの感情と共に吐き捨てた。その瞳は地面の土壌を見つめた。


「何が、じゃないだろ。『石化の魔女メデューサ』、お前……やろうと思えばオレを止めれるんだろ。それだけの潜在能力がある。ならなぜ最初に、こうなる前に、オレに攻撃を仕掛けなかった」


 結界術の達人である彼女を仲間に引き入れるため、また、それとは別に彼女の利用価値に気付き、懐柔の策を継続する統也。

 彼が指摘した事実は、彼女の迷いが行動に表面化した結果だった。


「どうして、分かったの……。私が『石化の魔女メデューサ』だと……」


 姫奈には謎で仕方がなかった。

 自分は自分の異能と二つ名を半ば隠して生きてきた。己の当主・杏子でさえ彼女の「強さ」に気づかなかったのに、この青年は気づいた。そこに驚きを隠せない。


「お前は昔のオレに似ている」

「似てないよ……。もう最悪、色々……。早く殺してよ。もう全部どうでもいい。こんなことになるくらいなら死んだほうがまし」


 統也は周囲の三宮家外苑を一瞥しながら姫奈に素朴な疑問を投げかけた。


「お前はこんな忠義も何も抱いていない家のために死ねるのか? 三宮家は手段を選ばない。結果のためなら犯罪行為も厭わない。名瀬家もそういう体制に変化していたようだが。お前は最後まで、その犯罪に加担したまま死ぬのか?」

「……それは……」

「いいか。死んだほうがましはもっと絶望を味わってから言え。確かにお前の苦しみはオレには分からない。だがその歳で自分の生きる道を少し見失ったくらいで死んだほうがまし……? ふざけるのも大概にしろ。生きた方がましに決まってるだろ。お前は馬鹿か」


 生きたくても生きれなった、あるいは彼のために生きる道を捨てた二人の女子が、彼の脳裏によぎる。片や、世界中に名を馳せたスーパーアイドル。片や、超特異な存在である超越演算者アベレージオーバー

 どちらも彼に恋をし命を落とした者――。


「じゃあ聞くけど! あなた、今の暴走してる杏子さんを止めれるの……!? 犯罪に手を染める彼女を!! 名瀬家を!!」


 不安顔で、その弟に姫奈は叫び気味の声で尋ねる。彼女は、自らの迷いの中枢たる問題を提起。


「必ず止める、なんて約束はできないが、そのための最善として行動することは信じてもらっていい」


 姫奈は今、迷いに迷っていた。もう、何が正しいことであるか分からない。皆目見当もつかない。

 名瀬家内、姫奈は側近ながら杏子の行動、思想に唯一疑問を抱いていた人物。

 そこで、統也はその迷いを突くかのように言った。


「もし、お前が今の名瀬家の在り方を少しでも疑問に思っているのであればオレ達についてくればいい。今ここで死ぬくらいならオレのために生きろ。オレのために死ね。そんなに死にたいなら、オレがお前の死に場所を用意してやる」

「はっ、あんたたち犯罪者についていけと? とてもじゃないけど信じられない」


 鼻で笑う姫奈。


「オレの名は名瀬統也だ。犯罪者じゃない」

「知ってる。意味不明なほど強いってことも。裏では有名」

「名乗られれば名乗るのが礼儀じゃないのか。杏子はそんな基礎的な社交辞令でさえ教えてくれなかったのか?」


 姫奈は嫌々、という顔でその唇を動かした。


「……私は……水瀬姫奈。異能は量子空間固定の三次元拘禁」


 ――「監禁」ではなく「拘禁」。話には聞いていたが実用化されていたとはな。空間を『檻』で閉じずに固定化する……通常の『檻』では不可能なはずだが強化戦士か。統也は相槌を打ち、


「じゃあ姫奈」


 それを聞いて「急に呼び捨て……」と心の声を漏らす姫奈だが、当の統也はまるで気にせず台詞を紡ぎ続ける。


「もしオレが杏子との決闘に勝利したら、オレについてこい」

「は? ……それ本気?」

「ああ。オレに敗北する程度の当主に、希望も未来もないだろ。逆にオレが負ければ……そこからは姫奈の自由にするといい。自殺でも、オレを助けるのも、杏子についていくのもいい。その選択は姫奈に任せる。姫奈の人生だ。お前が選び、掴み取ればいい」

「ほんとに私を殺さなくていいの? 後悔するかもよ」

「お前は話が通じそうだからな」

「どうだか……。でも分かった。私は……どうすればいいの」

「そこで待っていてくれ。もしオレが勝てば、必ずお前を迎えにいく。絶対にな」

「はいはい……分かった。……待ってればいんでしょ。――あなたの勝ちを願って」


 統也は肯定の意を示して強めに頷いた。


 姫奈はここまで至り、やっと自身の切なる願いを自覚した。


 杏子に止まってほしかったのだと。

 いや、誰かに止めてほしかったのだと。



   ***



「あーあ、統也また女の子を惚れさせてる」


 帰宅後、身体中の手当てを終えた理緒は、衛星モニター内で水瀬姫奈と対面する愛しの王子を確認しつつ嫉妬心に塗れた呆れ顔を作る。


「そうかしら? ただの対話に見えるのは私の気のせい?」


 隣の詩羽々しううは妥当な内容を口にしたが、理緒はやれやれと首を横に振る。


「皆は知らないだけなの。統也の魅力を。隠れイケメンなことも。それに気付いてしまったら……あー、もうやだ!」


 そう言って一人で妄想し、一人で悩み、一人で結論を出し、頭を抱えた。


「安心なさい。そんなすぐに人の本質は見抜かれないわ。異性は特に」


 今度は詩羽々しううの方が赤いツインテを揺らしながらやれやれとかぶりを振った。


「そもそも彼は、どういう経緯であの水瀬って女子を利用するに至ったのよ」


 三宮邸宅から近場マンションに遅れて集合した詩羽々がことのあらましを聞いて、まず思ったのはこの疑問だった。


「八雲莉珠、分かる?」

「ええ、もちろん知ってるわ。『原子系破壊者アトム・デモリッシャー』でしょう」

「彼女を三宮と名瀬の中間と捉えるなら、水瀬姫奈は名瀬と伏見の中間」

「御三家出身の強化戦士ってこと?」

「うん。記憶は戻ってないけど、それでも彼女が本気を出せばあたしとタメ張るかも。戦闘力はあたしが圧勝だけど、先手でどうなるかは分からない」


 そう言って理緒は、詩羽々にタブレット端末を渡す。


「真面目?」


 詩羽々はアリスから追加で送られてきたデータファイルに無言で目を通し始めた。


「確かにこれは……。でもあの彼……のことだし、それだけの理由じゃないんでしょう?」


 そして、そう尋ねて顔を上げた。


「名瀬杏子が一番信頼してた側近が彼女らしいよ。だから統也は彼女ならのちの案内ができると考えたんじゃないかな。ま、名瀬杏子を倒したあとの話だけど……」

「成程……そういうこと。だとしたら彼はすごい先を見据えていることになるわね。一体どこまで見えているの。最初の段階でそれらを想定して……? 相変わらず正常な高校生の思考とは思えないわ」


 詩羽々は、その異質な思考レベルに疑義を抱く。

 理緒は目で頷いた。ギアとして共に戦っていただけあってか、統也の為す凄まじい思考と鋭い視点を何度も体験し知っていたからだ。


「それに案内してもらって、その先はどうするつもりなの、彼は」

「あたしもそう思う。単独行動してるってことは、地下に向かうのは統也以外ってことになるけど……統也がいなくなると戦力が分散するどころか、半減する。雪華や希咲、翠蘭の能力も悪くはないけど……下で待ってる偽拓真と雹理に勝てるかは微妙」

「アリス様と最高司祭様が言ってた『あの女性』がいるから大丈夫、と考えているとか?」

「うん、多分そ。単純に統也が『あの女』を信頼、してるんでしょ……」


 理緒は曇った表情で嫌そうに言ってから、再び口を開く。


「国外戦力の全盛期、各国に現れては敵軍を退いた『悪魔の紅雷』『斥電』『帝釈天』の異名を持つ特級異能者『02』……その正体、天霧茜。今日呈された不干渉宣言――『00ダブルゼロ』の正体が統也だと分かったときも驚いたけど、こっちもかなり驚いたよね」


 理緒は改竄された記憶を元通りとして取り戻していたわけではなかったが、後付けの知識とかつての知識が曖昧ながら結合することで記憶が新定着するのは間々ある。

 ちなみに余談であるが、理緒は統也のことを特級異能者だと事前(死後)に知っていた。しかし特級を冠する存在は元より情報が不鮮明なもの。具体的に何が何を、誰が誰を指示しているかは特定できない場合が多い。


「統也の不干渉宣言。大輝奪還に集中するため横やりを削減する意図は分かるけど、大胆不敵すぎ。そもそも諜報潜入官アドバンサーが滅ぼすべき対象『インナーとも共存を望む』なんて言っちゃっていいの?」

「さあ……」

「インナーのあたしはすごく嬉しいし、やっぱりそんな統也が好きって思っちゃう反面、やりすぎな気もする。国際的に彼への考え方が変わってしまうわけだし。何を考えてるのかな……あたしの王子。ところでさ、クリスティーナ」


 理緒は恥ずかしい発言をしていたことに途中で気づき、話題を早急転換。


「なに、リオリン」

「『帝釈天』って何?」


 本題から見ればどうでも良い理緒の質問に、詩羽々は脱力した愛想笑いを返した。

 

「帝釈天、ないし天帝というのは仏教の守護神である天部の一つでインドラの別名よ」

「インドラって、えっと雷神だったよね?」

「大雑把に言うとそうね」

「雷神か……雷電一族の破壊担当にぴったりな名前」


 理緒の茜へのコメントに、詩羽々は曖昧に笑うだけで肯定も否定も返さなかった。


「ところで、彼女の方は理解できるとして、最高司祭様は『00ダブルゼロ』の正体が彼だとどうやって特定したのかしら? 予め知っていたようだし、当時は先刻中国へ放たれ着地した『ペイル・ブルー・バースト』――『青玉』の爆散もまだ見せてなかった。それに彼自身、素性は隠していたんじゃ?」

「知らない。昔に繋がりでもあったんじゃない? 数日かけて青の境界を展開する儀式みたいなのに、柳沢本人が出席したって言ってたし。……まぁ、どうでも良いじゃん。あたしたちがやることは一つ。どうにかして名瀬家の監視の目をかいくぐり、統也を狙撃する班を潰す。それだけ」


 理緒の言葉に詩羽々が溜息を吐きながら頷く。


「……そうね。直接の援護は絶対するな、との命令だったし。まず、名瀬杏子が雇った狙撃手の行動パターンを洗い直してみるわ」

「うん、頼んだよ」


 理緒が頷きを返す。


「ま、統也だし。必要ないかもだけど、一応」


 それを合図に、詩羽々は温くなったコーヒーを一気に飲み干しダイニングテーブルの席を立った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る