第261話 「原子系破壊者」
***
二〇二二年、同日三時三四分。旭区東街にある、とある地区。長期間使われず、荒廃した敷地。
周囲一帯は管理を続けるのも困難な様相で、建物、施設などが放置され、草木に覆われて廃墟化の過程が見られた。現在使われていない施設なのは明白だった。
「はぁ……はぁ…………防がれた。いや、消し飛ばされた?」
そんな中、息切れする雪華。
目の前には、不自然に抉られたような溶解の跡がある『氷瀑』。その巨大氷塊が根を張る。そして、不自然にこれを抉った存在が、別にいるのだ。
「ふふッ!」
それが奥にいる一人の女性異能者。秋にしては少し早めと感じるロングコートを羽織っており、茶髪ロングパーマで顔立ちは美形だが表情の奥に狂気を隠す、そんな若い女性だった。
女性は、正体不明の緑の鏡のような異能体を展開して、それにぶつかった雪華の『氷瀑』を途中から消滅させた。
まるで原子そのものが熔解し、消失したように雪華には見えたが。
「ふふふふはは! 馬鹿だねぇ」
高らかに嗤う相手。
「私達は……そこから先に向かわないといけないの。あなたが代行者のボスだかなんだか知らないけど、そこを通して。さもないと痛い目を見ることになるかな」
雪華は呪詛眼鏡のブリッジを中指でクイッと上げ、強気な眼差しで相手の女性に睨みつけた。
「ふふふ」
「……何がおかしいのかな」
「馬鹿なの? 阿保なの? 脳ミソどこまでお花畑なの。痛い目を見るのは、そっちでしょう?」
しかしそれでも、相手の粘着的で舐めた態度は揺らがない。「やれるもんならやってみろ」と言わんばかりで、それに対し、リカと舞花は苦悶を浮かべた。
ここまでの経緯はすべて、人事不省から無事回復していた雪華、リカ、舞花の三人の独断行動だった。彼女らはあの場での気絶から意識を取り戻すと、すぐさま連れ去られた大輝の捜索を開始しようとした。
が、しかし――無論、茜は自身を監禁する『檻』を破壊してから、同行できる状態での作戦続行を推奨した。
異能士協会幹部の命令は「大輝暗殺」。しかし、名瀬の遠縁と思しき代行者らはその場で大輝を殺害せず、どこかへと連れ去った。
この事実が意味するのは、大輝を殺すこと自体が目的ではない可能性。つまり、統也の憶測どおり単に戦力増強のために『焔』特別紫紺石を欲しているわけではない、ということだった。
事態は一刻を争うが、それでも早急に状況を好転させ得る材料がない以上、焦ってちぐはぐな行動を取ってもこちらが壊滅するだけだ、と。だから茜も同行すべきで、そうしなければ先の二の舞になる、と。それらが茜の見解だった。
しかし、いかんせん茜は進行形で不落の監禁を受けていた。そして今もなお、「紅」次元の疑似『檻』で構成された煉監禁「封獄」は継続している。
要するに、そんな幽閉状態にある茜に彼女ら二人――具体的には盲目的に行動を始めた雪華とリカ――を留める手段などなく、彼女らが大輝を探しに行くと言い暴走してもそれをブレーキする方法もなかった。
茜は大きな溜息と共に、仕方なく制御させるため功刀舞花を連れて行かせ、今に至る。
三人が住宅地を抜けて、大輝を攫った連中を追尾する道中、「一人の女性」が立ちはだかり通行止めにした。その一人の女性こそが、目の前で三人を足止めしている怪しげな代行者だった。
「ねぇねぇ……まさかさぁこれで終わりじゃあないよねぇ?」
女性は両掌に、蛍光グリーンやブルーといった色彩の電磁的な外観の何かを収束する。
瞬間、三人には緊張が走る。雪華ら三人は彼女と一戦交えて、というより、一方的に虐められて悟っていた。
「この女、明らかに普通じゃないですわ」
「うん、強すぎる……よね……」
そう言っている間にも、その光線は放出音と共にビームとして射出された。
「くっ……!」
舞花はそのビームを勘だけでかわしてみせたが、彼女自身、異界術の加速を使用し回避行動を取るのは苦手だ。
IWで通常、異界術の加速と呼ばれるそれは、基礎工程単一加速魔法[瞬敏]の未完成形。式を洗練し、整理し、最大出力を実現すれば[瞬速]となる。
また、雪華や舞花の未完成形の魔法は加速を構成する式が曖昧なままの発動であり、時間がかかるのは必然。更には式に無駄が多すぎるが、異界術という枠組みである限り改善されないので仕方がないことだった。
「危なかった……」
立ち込める煙の中、舞花は雪華、リカと合流し、
「次の攻撃は今みたいにまぐれでかわせる、なんてことは起こらないと思いますわ」
「うん、さすがにね。私も分かってるよ」
総員はとうに、相手が異能者としての格が違うことに気付いていた。それは雪華や舞花が、統也や茜との決闘で対面した際に生じる隔絶感と似ていた。レベルというか、何か、技術の根底から水準が異なっている、というような感覚だった。
「さっさと来たらー? どうせみんな、私にミンチにされて終わりなんだしさぁ」
女性は、容赦ない残虐な性格と口調も相まってその異質さを際立たせていた。
「早く行かないと大輝が……! 大輝が殺される!」
「お願いだから落ち着いて、リカ。きっとすぐには殺されませんわ」
一時正常な判断ができなくなっているリカを右手で制止しながら、舞花は溜息を堪えた。
「名瀬家の従者ごときにやられたウジ虫が、なぁに息巻いてんの?」
その言葉に言い返せるだけの成果を、彼女らは果たして出しているのかと問われればノーだった。茜の指揮を失った途端、彼女らのずさんな行動系統は崩れ、簡単に敗れた。
苦汁を舐め、無言で苦虫を潰す三人の女子。
「それにあんた達さ、黒羽大輝が殺されると思ってんだねぇ。はっ、『シトリン』のことも知らないなんて、
「シトリン? ……確か黄色いトパーズみたいな宝石じゃなかったっけ。……彼女は、何の話をしてるの……?」
相手の女性は雪華の自問を無視し、いったん掌のエネルギー構築をやめる。即時霧散する緑。弾ける青。
「なんにせよ、遅れてるねぇ、そっちの
舐めるような、見下すような、蔑むような目付きで嘲笑を繰り返す長身の女性に耐えがたい苦痛と憤慨を覚えるが、雪華はそれを堪えた。
名瀬隊で軍階位関係なく、リーダーにあたるのは名瀬統也と天霧茜の二人であると、暗黙の了解が構築され始めている。雪華はこの二人がコソコソ何かを話していることを知っていたし、皆も理解できないような分野での統也の発言、思想に理解を示す茜に嫉妬心を抱いていたと言わざるを得ない。
「アドバンサー……? 何それ」
睨みを利かしたまま『氷霜術式』を組みかえ準備を開始しつつ、その謎の用語を尋ねる。
「そうやって訊けば答えてもらえると思ってる残念な脳ミソ、殺してからじっくりかっぽじってやろうかな」
かなり大人びた印象の顔立ちだが、その奥に隠れる狂気としか表せない気性の荒さが再度、滲み出る。
「まーでも、面白そうだし教えてあげる。
「はい? な、何を言って……。そんな馬鹿なこと――」
あるわけない、と言おうとした雪華。彼女にとって、境界内人類は最後の希望であり、生き残った人類。それの鏖殺など、もっての外。人類の滅亡は必至。しかしその考えは目の前の女性の発言によってすぐに否定された。
「――あるの。あながち不可能でもないのよねー、『特級異能者』にはそれができる」
三人にはけして聞き覚えのないワードを口にする、女性。目力を強め、意図せず三人を委縮させる。
「特級……? S級ではなく? 異能士にそんな階級はない。……さっきから、何の話を……」
雪華は先ほどから代表して口を開いているが、訳が分からなくなると同時に、内心かなり緊張していた。
「S級異能士ぃ? あぁーあれは戦闘力を基準に評価された値とステータス。その資格を持つ者はシーズレベルの影人との戦闘を許しますよ、ってね。……それとは別に、世界には核兵器のように戦争の抑止力として働く戦略的な能力者が、公式だけでも十二人いんの」
「核兵器が、十二人も……? 馬鹿な」
リカが意外感と驚きの感情を不意に漏らす。そしてリカにはこれらの発言が嘘でないと、当然、十八番の第六感「
「特級指定された能力の適正を認められ、国威発揚の目的で運用されるその存在は、うち六人が特級異能者。こっちはある
初耳の内容より何より、「魔法士」――その言葉に異様な引っかかりを覚えたことを三人は自覚する。小さい頃よく遊んでいた、忘れていた幼馴染の名前を言い当てられたような、そんな記憶の違和感だった。
「世界の争いごとはその応酬で、その存在を基準に動いていると言ってもいいわ。ジャパンはかつて半分の特級を所有するトンデモな軍事大国だったってわけ。でも
莉珠は名瀬杏子と利害の一致のみで協力関係を得ているが、機密情報を交換するほどの義理はない。という事情ゆえに、莉珠は伏見旬という特級異能者が封印された事実を知り得ていない。
杏子は、杏子の
しかしいち代行者幹部ごときにそれら情報は伝わらない。だから莉珠は把捉できず、ヴィオラや旬、『
真実は、日本国内で活動可能な特級はヴィオラのみ、という窮地だった。
「答えを教えて、あ・げ・る。それは、その半分が
莉珠の言う半分、とは正確には「
それは当然のことだった。茜は中でもトップレベルの秘匿案件を引き受ける、最上級国家機密指定の戦略級戦闘員だからだ。存在を明るみにすれば、柳沢邦光の実験で作製された「あの超聖体シリーズ」であると暴かれてしまうだけでなく、その才能をどう乱用、悪用されるかも分からない。旬が匿い、指導する様式は最適解だった。
「……そんな話は聞いたことないかな。そもそも『魔法士』って何? 『魔法』? 異能とは別の? 馬鹿馬鹿しい。そんなものあるわけ――」
「んぁ? んなの当たり前でしょうが。あんた達は何も知らない。何も思い出せない」
莉珠はその呑気な発言に呆れ、苛立ちさえ覚える。知らないのは当たり前だ。忘れているのだから。問題はそれを問題視せず、そのまま呑気に疑問を口にする気構えだった。
「一昔前まで、一般人にとっても『異能? 何それあるわけないじゃん』ってなってたじゃない? 同じことよ。自分達だけ特別で全知を気取るだなんて、ひどく横柄でおこがましい。そう思わない?」
「っ……」
図星を突かれ雪華は口を噤んだ。
「愚かなあんた達にもう一つ教えてあげるぅ。奇しくもその『特級異能者』の一人は、あんた達と行動を共にしているわ」
「はっ、なんですって!?」
舞花が驚愕を喉に乗せた。今までは与太話として聞く耳を持っていた彼女だが、その台詞には妙な真実味があった。
リカと雪華も同感を抱けた。
否応でも、彼女ら三人の脳裏には、たった一人のマフラーの男子がよぎる。
自省的な性格の癖に、敵を作るのを躊躇わない無鉄砲さ。大抵のことには狼狽えない高い精神力と、達観した視点。
三人はその「彼」を想起した。
出会った当初、自身が御三家の人間であることさえ隠していた、謎が多い存在。
言うまでもない、世界最強の異能士。
そんなの――。
「彼」以外あり得ない。
声に出さずとも満場一致、三人は確信した。
「あんた達は無知でいいわね。とっっっても、羨ましいわよ。魔法と異能のいざこざなんて気にせずに、影人だけ殺してれば世界を救える、なんて妄信できるその楽観的思考」
リカは両眉を寄せつつ顔を顰めてゆく。
全て、真実だ。第六感でそう分かる。彼女は本当の苦言を言っているのだ。しかし、それだと不審点があるのもまた事実。
「でも……『魔法』なんて能力を扱ってる人間を、あたいは一度も目にしたことがない」
リカだけではない。雪華も舞花も、目撃したことがないだろう。それは不自然だ。世界の『魔法士』がえもいわれぬほど少ないなら考えようもある。しかし既に『特級魔法士』は六人いるという。それならばその話を知らないことも、魔法士に出くわさないこともあり得なくはないが、難しい。
「おチビちゃん、それはね、私を含めあんたも『悪魔』だから、根っからの魔法士を目にすることなんてない。魔法使いはここに居ないの、絶対に。まぁ……単純工程の簡単な単一術式のものなら、皆も使ってるじゃない? 『異界術』――それが列記とした魔法なんだし」
「っ――? 異界術が魔法!? そんな、ただのマナ強化術でしょ!?」
雪華の疑問は至極当然のもの。一般的に魔法とはファンタジーな代物で、奇跡を呼ぶ能力として周知される。そう、異能者「X」が広範囲に展開してみせた絶対零度のように。
しかし異界術は一般異界術というマナの情報強化と、生体異界術という肉体的な強化が主だ。それらのどこが奇跡なのか、と雪華は考えている。
「情報体やコードがどうのこうの、一次可変環境、絶対二次式環境の話を長々するほど私は暇じゃない。もう少しイキりたかったけど、そろそろ薪が彼を狩り終わる頃だろうからねぇー」
「……あなた何者?」
雪華は問う。それに対し彼女はニヤリと獰猛な笑みを漏らす。
「私は八雲。
そう楽しそうに手を振り、ふざけた態度をみせる。
対峙する三人に、その名の聞き覚えはなかった。
それも当然で、「
だから、三人は知らなかった。
――「
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