第227話 最強の博打



  ◇◇◇



 旬はその瞬間に駆け巡る後悔の記憶……主に美音とエミリアの死を押し殺し、眼前に集中した。

 それと同時、渉はこのチャンスを待っていたとばかりに「それ」を展開する。それは、初めから準備されていた超高速の『檻』開放。


 しかし、旬も世界最強の特級異能者。彼は人並外れた瞬時の判断で「それ」を構築し返す。

 そして、図らずも重なった二人の低い声。最強と最凶の声。



「「領域構築――――」」



 次の瞬間「黒い蝶」の群れと「紫の菫」のプリズムが辺りに処理しきれない情報の沼として広がる。




「―――『無光虚域むこうきょいき』」

「―――『菫次元園すみれじげんえん』」



  *



「リクトって、あの陸斗か……?」


 オレは驚きと意外感を呟きながら、俊敏な左右移動と上下移動で狙いをずらしつつ背後から迫るネメ用に『檻』で障壁を作製するが、鈍い音のあと、明確にその空間固定の「蒼」次元に亀裂が入ったのを感じた。パリン、と。


「は―――?」


 ……『檻』を破っただと? 

 オレは尻目に、蒼く構築されるプリズム状の『檻』が割れていくのを視認。


「フフフ。意外、という顔ですか?」


 手前のネメは楽しそうに表情を緩め、奥の陸斗は走りながら、血を撒き散らしながら、観客やスタッフを無残な死体へと変貌させてゆく。


「さあな。……それより、非異能士を減らしていいのか? これでオレは全力を出せる」


 オレはそのままマフラーに空間断裂の蒼を付与し、その黒いオリジン大剣を切断しようと試みるが簡単にはいかなかった。というより、むしろ「蒼」術式が中和される始末。


「全力、とはこの程度? ならば滑稽です。フフ」

「―――っ」

 

 このオリジン武装……『反転』の拡張なのは間違いない。だが、機械システムに依拠し過ぎているせいか浄眼で瞬間スキャン、解析ができないという難点がある。

 配線の回路パターンなどにマギオン、術式の要素を多分に含んでいる以上解析は不可能ではないが、電子回路の規模が小さすぎる。


 もっと、条件が整わないと。機械駆動を静止させ、マギオンの凪を視る必要がある。それに、そもそもオリジン武装の内部構造は複雑ゆえに即時の解析などはできない。

 ……厄介だ。

 取りあえず「術式効果の中和」……術式干渉の一種、という認識で納得しよう。

 そして、


「今、ていて気づいた。お前ら、体に特殊な呪詛を纏ってるだろ」

「そうですね。私はつけていませんが。『反転』で事足りるので」


 糸影、『振』影を浄眼で視ると、


「――――」


 主に「空間」という情報を乱す作用が練られているな。結果的にオレの術式を乱せる。オレも詳しくは知らないが「次元迷路」という次元情報を攪乱する呪詛が数年前からオリジンの軍事物資として流通していた。

  

 道理で糸影も女影も肉弾戦、というか体術ばかりしてきたわけだ。正直おかしいとは思っていた。呪詛の制御に回っていたのだろう。それでオレの全体的な攻撃力を幾分か抑えていた。


 何か他の異能を演算しているようにも見なかったし、かといって領域構築を扱わないのも気がかりだった。

 所詮こちらは『律』が使えない環境。オレは「領域構築」自体が苦手。相手は領域構築さえすれば一発でオレを倒せるはずなのに、そうしない。

 おかげでこちらはいつ領域構築が来るか構えて、対処法である『解』を常に準備した状態で戦っていた。つまりその分、空間干渉力が落ちた状態で勝負していたということだ。


 ――そう思考しながらネメのオリジン剣と、蒼いマフラーを激しくぶつけ合っていると、壁面に控えていた無数の影人が、問答無用で非異能士の方へ駆け出す。押さえつけられていた原初的な欲求「食欲」を解放し、捕食に向かう。


「あらあら、飢えた獣がここまでとは……予想以上に滾りますね」


 まあこうなるのは当然だ。ネメがバリケード影人の制御をやめたんだから。

 観客ら一般人は影人から必死に逃げ回り、泣き叫び、喚き散らし、更に深い恐慌状態に陥り、右往左往する。


「怠いな……お前らのやり方」


 苛立ちを隠さず言うと、彼女の満足感を充足してしまったようで、


「それは誉め言葉ですよ、んふ」

「楽しそうだな、クソ女」

「ええ楽しいです。あなたをいたぶることが、あなたが取り乱してるの観るのが、どうしようもなく楽しいです」

「残念だが、別に取り乱してるわけじゃない。その辺の人間が死んで動揺するほどオレは情に厚くない」

「本当でしょうか? まぁでも、やっぱり緩急はつけないといけませんから」


 ネメはそう言って陸斗の方に視線をやる。その陸斗は一般人を殺しながらみことの方へ向かっている。さすがに玲奈と里緒、大輝が臨機応変に対応してくれるだろう。

 糸影はもってあと数分ってとこか。すぐに自己再生を終え、参戦が予期される。

 女影はそもそも死んで――はないな。弾けて五体は四散しているが、それでも微量ながらマナを感じるし、僅かにだが細胞も生きてる。

 しかし、影人という虚数術式の永久機関も割と無限再生ではないようだ。


「あー、もうやめた。面倒すぎだろ」

「はい? 何がです?」

「さっさとお前から討伐ころす、そう決めたっつってんだよ」



 先刻の戦闘で分かった。

 


 正直、他のシーズ連中は苦労しない。全員が同時にかかってきても、オレの相手にすらならない。

 


 まずは『反転』という無敵防御を持つ、コイツだ――。



  ***



 数週間前の二十時××分。盛り上がり始めた居酒屋。


「え? ……どういうことですか?」


 女影の本体である女子が目を点にして雹理に、その意味を尋ねる。今、雹理は信じられないことを言ったのだ。


「――だからね、自爆だよ自爆」

「…………」

「名瀬統也も最初の方は全力を出してこないはず。私はそこを狙う、と言っている」


 雹理は一拍置いて続ける。


「名瀬家の人間は『監禁』に長けているが、彼は例外だ。どちらかというと殺人に長けている。その上、彼がいくつの隠し球を有してるかも分からない。不完全ながら権能『再構築』の使いどころもまあ上手い。さらに知識や思考、判断も上等。結果、彼と渡り合って戦えるのは精々だ。彼が君らのやり方、手法、出方を見定める間、そのタイミングでしか彼には対抗できない」


 脅威・名瀬統也の技術、戦闘を身をもって知っている以上、また実際に実力を知っている以上、誰も否定する者はいなかった。


「あの年で“特級”になった少年だ。正直、彼がその気になれば君らなど蟻んこ同然として処理できる。たとえネメがバリケード影人の制御を無視して戦闘に参加しても、君らは殺られる。絶対に負けるんだ」

「ちょ、ちょっと待ってください! それじゃ……!」

「――安心したまえ、しーちゃん。策はある。『振』リクトくんも糸影ガシくんも、それからネメもよく聞くんだ。いいかい? 君らがギリギリ死なずに済む、その瀬戸際を狙い、自爆してもらう」


 睨みを利かす陸斗は見かねて意見する。


「……そんなん俺らも死ぬじゃねーか」


 彼は当然死にたくなかった。生きる願望を持っていた。人間として当然の欲求だ。それを犠牲にするつもりは毛頭ないのだ。ただ統也に復讐したい、里緒を手に入れたいとは思っていた。


「死ぬか死なないかで言えば、死なないよ。君らを真の意味で殺せるのは九神の使徒だけだ。そこは安心してもらっていい。……というよりね、君らがその自爆を始めるまでに……バリケード影人を解放し、彼を動揺させ、彼をころせるならそれに越したことはない。むしろそっちを願う。この自爆方法は本来翠蘭を弱らせるためにあるからね。名瀬統也には使いたくないんだ」

「オリジン武装密輸の時、合わせて持ってきた『魔子マギオン放出式爆弾』ですか?」


 ネメは知っていたので確認の意味で尋ねる。それは元々円山事変で使う予定だった爆弾。翠蘭、鈴音諸共始末するためのものだ。

 不老不死という特異な性質を有する翠蘭は死んでくれないだろうが、精々爆風には巻き込まれてくれるだろう、と。


「そういうことだ。あれならマナの跡も残らないし、軟弱な異能体なら貫通する。即席の防御では対抗できない。……確かに、名瀬統也が冷徹な視点を持ち合わせていることは知っている。たとえ他人を幾ら殺そうとすぐには取り乱さないだろう。陸斗くんが彼の里緒ギアを分断。多少の不安感を持たせたまま、みことをも狙う。彼の不安が極大に達したところで、更に多くの非異能士を殺す。これを――」


 ここで、その先を遮る形で糸影が発言した。


「待て待て。でもそれは前提条件、、の話だろ? 雹理さん、あんたんら分かるはずだ。統也の『檻』は普通じゃない」

「ああ、知ってるとも。蒼次元の『檻』――通称『青の境界』。千四百年以来、彼だけが持つ最高純度の青い『檻』だ」

「そうだ。統也は攻撃という攻撃の全てを『檻』の展開で防いでしまう。仮に予め会場に仕掛けておいて、その時その爆弾に気付かなくても零コンマ五秒以内の爆発兆候があればすぐに対処される。統也を、侮りすぎだ。それに……セットせず後出ししたとしても問題はまだある。防御どろか、爆弾自体を『檻』で囲まれたら終わりだ」


 それを聞き、雹理は不気味なほど口角を上げ、日本酒を喉に通した。


「大丈夫、大丈夫。その心配は無用さ。だって彼は―――」



  *



 オレは一般人に襲い掛かる影人達に構わず、憮然たる表情のネメに猛攻を仕掛ける。

 次々に殺されていく非異能士が横目に見えるが、オレは何もしない。


「はら、さっさと弱れよ。粘り強いな」


 第一術式『解』をマフラーに付与し、彼女の周りに展開される『反転』の領域構築を壊そうと試みるが、さっきから跳ね返される。

 おそらく『解』自体を『反転』の拡張効果でいったん中和し、それに際して運動量を反転している。


「まだ、ばてるわけにはいきませんので」


 ネメ。思ったより器用なヤツだ。浄眼を備えるオレにでも出来るか怪しいのに、普通の人……といっても影人だが……に、こんな複雑な異能演算作業が出来るとは思えない。マナ操作に関して何か特殊なコツでもあるのか。

 いや、今はどうでもいい。目の前に集中しろ。


「さて、お前らはこっから何がしたい?」

 

 バリケードが消え、逃げ慌てる非異能士が出口から出始める頃だろう。

 外の影人は蛆のように多数いるが、いるだけだ。


「――――」


 すまない……本当にすまない。おそらく、ここに居る人間の半分は助けられない。

 先に出て、ここの人間が減ってもらう必要がある。


 悪いとは思っている。何の罪もない人たちだ。何の理解もない人たちだ。

 ただ意味もなく死ぬ。殺される。なぜ自分たちが殺されるのかも知らずに。


 でも、仮にオレが死ねば……ここにいる全員が死ぬ。

 この中でオレが一番尊い存在であるとか、旬さんみたいに思ったりしていない。傲慢に思ってない。


 ただ、ここにいるみことと里緒という大切な人を守るために。

 オレは戦わなければいけない。勝たなければいけない。


 何としても。

 


「ほら――こっちですよ!」

「あ?」 


 目の前のネメは素早くジャンプし真上に移動したかと思うと、オリジン武装の黒い大剣を投げつけてくる。まるで槍投げのように。

 接近してきて、その黒に上方視界が塞がれるさ中――。


「はっ?」


 次の瞬間、ネメはオレの背後に居た。

 ミスディレクション? 『反転』による空中加速か?


 いや――。


 オレは戸惑いながらも何とか反応、背後に対抗すべくマフラーで切断を加えるが、当然『反転』され、跳ね返され、意味をなさなかった。

 こちらが反転され多少の反動を受けのけ反っていると、今度はさらにその背後にネメの気配を感じた。


「く―――!」

 

 いつの間に背後に? 速すぎる。


 そして―――。

 ピントが近くに合い、ぼやけていた視界。その焦点が遠方に。結果的に糸影が両手から放出の構えを取っている姿が、明瞭に見え始めた。



「“此糸このいと術式『煌絲神紡こうししんほう』”」



 それは会場に響く、糸影の鋭利な低声。その声色には何か、複雑な感情が籠っているように思えた。


「なにっ」


 嘘だろ。知性影人シーズの身体が大きく損傷を受け、再生に手一杯の時は固有術式を発動できない――はずだ。

 正面、オレは無論『檻』を展開し、その此糸術式「煌絲神紡」に応急してみせる。弾ける熾烈なマナの火花。蒼と紫の欠片が、激しく明滅しながらも押し退け合うが。


「まずいっ」


 上には、近づいてくる『檻』さえも突き破る漆黒のオリジン武装。

 背後には、『反転』により『檻』を突破可能なネメ。

 極端な攻撃集中はまずい。僅かでもいい、時間を作りたい。


 名瀬家相伝の異能『檻』または『境界』、これは「空間」という情報の海に干渉する高等術式。当然制約はある。

 たとえば人間の頭脳での演算では、『檻』は三つまでしか展開できない。



  ***



 数週間前の居酒屋にて、雹理は告げる。


「大丈夫、大丈夫。その心配は無用さ。だって彼は―――」


 糸影の男子、音芽ネメ、女影の女子、陸斗は揃って雹理のそのセリフに耳を傾けた。


「―――『檻』を二つしか展開できない。既に『青の境界』に一つのキャパを奪われているからね」



  ***



 名瀬統也の背後には高速接近のネメ。

 上方には鋭利、迅雷で迫るオリジン武装『反転剣』。

 正面には『檻』に阻まれているが『煌絲神紡』。……『檻』を一つ消費。

 結果として、彼が張れる『檻』はあと一つまで。


(仕方ないか……)


 瞬間、名瀬統也は背後と上方の両方を覆える……歪曲した『檻』を展開。ネメの刺突と「反転剣」を一時的にだが防御した。


 これで二つ目の『檻』をも消費した統也。つまり。

 彼はここから先、『檻』の展開という手段を完全に断たれた。



 ――勝った。


 瞬刻の中、ネメと糸影は同時にそう思った。


 統也は反撃の気構えさえ失くしたのか、その場で俯き始める。ゆっくりとだが確実に彼を「静」が包んでいく。

 黒い前髪に遮られ、その「蒼き瞳」が隠れた。

 おそらく、現在の統也の表情を確認できる存在はここには居なかった。



「『魔子マギオン放出式爆弾』―――起爆」



 雹理が遠隔にて告げる。そうして爆発兆候が表れてから0.1秒後。



 ――名瀬統也は“博打”に出た。


 彼はその一瞬、その刹那における短時間で奴らの計略に気付き、考えた。迷った。必死に考え続け、出た答えは――。

 論理的、合理的思考の彼にしては珍しいもの。



(ヤバすぎだろぉっ!!)


(正気ですか……!!)


 糸影とネメは同時に冷や汗をかいた。統也のその手印に、見覚えがあったからだ。


 統也はその刹那、諦めてもいなければ絶望、悲嘆さえもしていなかった。

 ここで前髪に隠れていた「蒼き瞳」が外界を捉えた。

 サファイアのような、それでいて深海のような、宇宙のようなその紺青の瞳が、現実世界の「空間」という情報を捕捉していく。

 平行して右手をフィンガースナップの形にした。 




「領域構築『時空零域』」




 パチンと響き渡る速度の方が、爆発による衝撃波よりも速かった。なぜなら彼は爆発前から敵の意図を凡そ察知していたからである。


 ――瞬間、統也の主観は元来の見える現実から、音も色彩もない世界へ没入する。

 

 それは即ち周囲の「時間の流れ」が本来よりも遅く進む零域の世界……相対的に統也が光速に近似する世界。それは「空間」と「時間」が交わるただ一点の領域「律空間」。


 自分の技量、今ある覚悟、経験、知識……全てを賭けて、彼は大の苦手分野である領域構築を果たした。

 普段は『檻』内部で支配している制御下空間につき、第零術式『律』として整合を取って発動するという手間をかけていた。

 そうしなければ発動できないほど、術式機能に依存しないと発動できないほど名瀬統也は領域構築が苦手であった。


 しかし、この世界を。命を。里緒を守るため、



 ―――彼は自分を超えた。







―――――――――――――――――――――

今回の何が「博打」なのか、あんまりピンと来ていない方がいれば簡単に説明します。


普段統也は「青の境界」という『檻』で空間を制御して初めから領域(空間)を構築してあるわけです。

しかし今回は「自ら照準領域を薄く延ばして展開していく」という彼が超苦手としている操作で空間を制御していき、領域構築を果たした。

これなら名瀬杏子の制御空間内でもそれを押しのけ、自らの展開が可能。


まあ、こんな感じの説明でどうでしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る