第224話 『振』影



  ***



 玲奈の目線の先には糸影、女影、ネメ、振の影、そして統也。

 たった今、玲奈の視界には三人の影人が一斉に統也を狙う。そんな酷烈なシーンが映る。


(どんなに戦況が危ぶまれても、統也の加勢はしない。きっと邪魔になるだけ。今、彼の戦闘を眺めればそれが分かる)

(ステージ上手下手かみてしもてにも影が居るから、ステージ面で待機するしかない……)


 無力感に苛まれつつも玲奈は口を開く。

 

みことちゃん……異能を見てもあまり驚いていないようだけど……」

 

 玲奈は当然命に話しかけたが、彼女は返事らしき声を出さない。

 その沈黙はある種の含蓄を持つ。


「命……もしかして、統也が異能者だって知ってたの?」


 里緒は目を見開き、まさかと思い、躊躇わず聞いた。今更隠し通せるはずもないから、異能者と包み隠さず聞いた。

 それに対し命は驚きの発言をよこす。


「そうだね……知ってた、かな。一度夢で見たことがあるの。統也が青い光を空に放つ、変な夢……」

「――は?」


 意味不明で他者からの理解は叶わないことを平然と口にした命。

 でも命は依然真面目。一切ふざけてなどいなかった。


「何を、言ってんだ?」


 と大輝も困惑を隠せなかった。


「綺麗だった……とっても。心から、そう思える、綺麗な青……。統也くんにしか為せない……本物の奇跡」


 みことはどこか虚ろで、どこか諦めたように、そう言った。


 リカ、大輝、里緒、玲奈の四人はその言葉の意味を理解できない。

 ただしその言葉にある、真実味を帯びるような重みは皆感じ取れた。 


 

  *



 伸びてくる鋭利な先端の触手。糸影が『神紡』でオレを狙い、更に反対側からネメがオリジン武装らしきメカニックな大剣で――。


「ちっ」


 立つのもやっとな、激しく揺れる床面がオレを苛立たせた。

 

「――――」


 まず、オレは床すれすれに『檻』を展開し、地球と相対位置にある空間を固定、そこに乗った。簡単に言えば、これで地面の揺れの影響は一切受けない。

 同時に、本能による反射で身体を捻じらせ、到達速度が最も速い『神紡』をかわし、反対で振りかぶるネメに撃たせるが、


「んな――!」


 そう声を漏らすネメは、慌てて振りかぶっていた漆黒の大剣を縦に構え、防御姿勢を得る。

 その剣の効果なのか『神紡』の光子体を霧散させ、見事に中和し無効化した。


「フッ」


 鼻で嗤うネメを尻目に、オレの思考は留まることを知らない。

 このオリジン武装の主な効果はおそらく、異能『反転』による術式拡張、か。

 

 一方、女影の触手攻撃はマフラーで弾き、衝突の際に起った反動を利用して弾かれた触手の先端を、蒼玉の距離圧縮で無理くり振り落としたマフラーによって切除。再度吹き荒れる血液と光の欠片。

 矢継ぎ早に攻撃は繰り返される。今度は大剣で斬撃を狙ってくるネメ。オレは『檻』の障壁で応急。


「“交代だ! そこを変われ!”」


 叫ぶ糸影。ネメの方は素早く後退し、スイッチするように糸影が正面に来る。「相手は俺だ」とばかりに。


 やはりな。ネメは一般人をこの場に滞在させておくため、壁側でバリケードの役割を担う影を服従させ、支配しておく必要がある。その担当。おそらく彼女にしかこの数は操れないんだろう。

 仮にこの場から一般人が減れば、それはイコール、オレが本気で戦える状況を作ってしまう。


「はっ!」


 オレはスケート選手のように回転し、前に来た糸影に向けマフラーで切りつけるが、紫『糸』のレーザーカーテンを四本垂直展開し防がれた。


 光子とマナの癒着で成すレーザー光線。それと、限界加圧した光子体を一定方向に収束する異能『糸』の奥義『神紡』……面倒な術式を使うな。


 休む隙なくうしろから来る女影の触手――背後右側から入り、左わき腹を抜ける斬撃を浄眼で視認。

 同時タイミングで正面の糸影も防御レーザーカーテンから攻撃に切り替え、『神紡』ビームを近距離から放つ。

 

「くっ」


 オレは正面、浄眼の座標を用い、糸影の前に『檻』を展開。『神紡』の防御と共に、その垂直展開された『檻』を蹴り飛ばし反動でバク中、背後からの触手斬撃もかわす。


「“なんだと!! お前の脳内どうなってやがる!”」

「そんなどうでもいいこと考えてる暇、あるのか?」



 ――収束式『蒼玉』



 正面の『檻』バリアを虚数『蒼玉』の式に変換し、その吸い込み効果で直の距離にいた糸影の両腕を捥ぐこと成功。吹き荒れる赤い飛沫。

 そこを起点に蒼く吸収される空間によって、胴体まで巻き込まれそうになり、焦りを露わにする糸影。


「“うが……っ! 待て!!”」


 肩先から大量出血しながら怯む糸影はぐらつく。しかし関係ないし、待つわけがない。

 緊縮で結果『檻』が消えたため、正面はがら空き。オレは着地と同時、マフラーで糸影の胴体を横に一閃し、上半身下半身に両断する。


「“ぐはァ!!”」


 影人とは言え軽く痛覚は存在するようで、出血と共に言葉にならない声を漏らした。

 直後、意識が付属する上半身の糸影は床に落下。それを見て当然女影は慌ててオレの方に接近を目指す。

 影人が出す超人的な速度で、な。


「かかったな、イカ」


 彼女側からすればオレは背を向けているだけに見えるだろう。


 だが――。


『“女影――!! 来るな!!”』 


 そう叫び警告する糸影からは見えていた――背中からの死角……胸元で、オレが小さな蒼きブラックホールを収束している――極小『蒼玉』を生成している最中であると。


 まあもう手遅れ。精々早まった自分を悔め。

 女影は自ら物凄いスピードを以て接近してきてくれる。


「わざわざありがとう。感謝する」


 オレは素早く振り返り、極小『蒼玉』を左手で固定、接近してきた女影の腹部に撃ち込む。というより、あてがう。

 実はこの『蒼玉』、極めて小規模である上に、そこまで放出力を上げていない。

 なぜなら、女影が自発的に高速接近してくれるって分かってたからだ。

 あとはその慣性を利用するだけでいい。


「“しまっ――”」


 “しまった”というセリフを言う前に彼女は腹部に風穴を開け、直後バネで引っ張られたかのような倍速で吹き飛ぶ。


 そっちは唯一人がいない方向。存分に吹き飛んでくれ。

 その願いが叶ったのか、会場壁面に凄まじくぶつかり、血液がまるで割れた水風船のように拡散、ボディの原形が崩れるまでに至る。

 女影あれはもうしばらく動けないだろう。いったん無視だ。


 オレは追い詰めるように、上半身のみの動けない糸影に歩み寄っていく。

 既に両手先まで再生は終わっていたが、動けるようになるには時間が足りなさすぎるだろう。


「“お……おい! 待て統也!!”」


 オレの名を呼んだことに違和感を覚えたが無視し、そのままじわじわと進んでゆく。

 赤い目を剥き、激しく動揺する糸影は両手の指から紫の『糸』を出し、周辺にあった左右の瓦礫二つを操作、持ち上げ、オレをサンドするようにぶつけてくる。

 

 オレは左右それぞれに手を向け、両側に『檻』を展開、それをいとも簡単に防御する。

 そのまま何事もなかったかのように進んでゆく。


「待つわけないだろ。アホか」


 直後、下半身の再生を未だ終えていない糸影の焦りが極大値に達したか、思いっ切り叫ぶ。


「“リクトぉぉぉ!! 戦闘に参加しないなら『振』の座を他に渡すぞ!!”」


 リクト? リヒトではなく?

 どっかで聞いたことが…………気のせいか。


「はいはい、分かった分かった……」


 離れた位置で一定距離を維持しながら見張っていた『シーズ』が、


「第三波導術式『不知火しらぬい』!!」


 波導屈折の遠距離波動攻撃を繰り出す。こちらの眼前に明滅する波導が飛来。

 オレは何食わぬ顔で『檻』を展開し、一歩も動かず、また、少しも動じることなく防御を為す。


「第二波導術式『波滅斬』!!」


 今度は振動斬撃か。空間を揺らし、斬撃状態を空気中に伝播させる技。

 何を撃ってこようが、空間ごと分断しているため空気中の伝播である波導がオレに届くことはない。


「ほらなぁ~。どうせ何やったってこの男には通じねぇ」


 『振』影は呆れたように漏らすが、


「“そうか、なら死ね! まずはお前から殺すぞぉ!”」


 すごい剣幕で放たれた、殺意が籠った糸影の叫びに、


「わかったわかった……」


 仕方なくという足取りで『振』影は、すぐそばの一般人の元へ加速、そのままその男性を持ち上げ思いっ切りオレへ投げつけてくる。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」


『え? どういうこと……?』


 茜はそう言っていたが、オレは気にせず斜め上に『檻』を展開してその人物を押さえる。

 その後、右足で糸影を力の限り蹴り飛ばし、オレ自身も立ち位置を変えた。


「名瀬、こっちだ!」


 と、『振』シーズが誘ってくる。

 ただでさえ荒れ狂っていた観客たちだが、『振』シーズのせいでさらにパニック状態に陥り右往左往している。空間を切り裂くような金切り声と特大の悲鳴が広がっていく。


 さらにヤツは二人、三人と次々にオレへ投げつけてくる。しかしこちらは全て『檻』の展開で防御した。

 展開を解けばその男性や女性は床に落ちるが、すぐさま立ち上がり悲鳴を上げながら逃げていく。


『あのシーズ……様子がおかしい』

「おかしい? 何がだ?」

『普通、異界術での速度上昇は足にある力のためを地面に放出するもの。でも、さっきの動きはどう見ても予備動作なしのただのベクトル加速……』

「なに?」


 そんなことはあり得ない。影人の有する異能は一つまでと決まっている。

 いや、そもそも強化戦士でもそれは同じ。扱える異能は一つまでだ。だから異能者は普通の影人にはなれても、異能を扱う知的影人シーズにはなれない。

 運動量増加やベクトル加速――異能『加速アクセル』か。限界で通常の三倍の速度を実現するらしいが、


「あのシーズ……加速、振動……両方の異能を持ってるってことか?」

 

 たった今、ヤツが異能を二つ持っていると浄眼でも確認が取れた。


『おそらくかなり無理な負荷をかけた改造影人。推測だけれど、演算に関わる脳の機能に対し独自の強化を施している。既存の細胞変化じゃ実現しない。おそらく彼の寿命は持って数年、おそらく雹理に唆されたんでしょう』

「そうか、まあ少し移動の速いリヒトってだけだろ」


 やる気のない上、恣意的な敵にフォーカスしている暇はない。 

 ただ「二つの異能が使える例外」とは念頭に置いておくか。


『あと……統也、悪い知らせ。そろそろ同調の時間制限……』

「仕方ないな。ここまでありがとう」


 言い終わって、


「っ――」


 オレは同調通信をオフり、制服のネクタイを緩めながら、一気に下がる。

 それもかなりの高速で――。


 そして、オレがネクタイを緩める時は、極まってギアを上げる時。


 ネメがこちらへの攻撃に参加しないのはバリケードの影の制御に掛かり切りだから。人々をこの場から脱出させないよう、滞在させる努力をしているから。そう思っていたんだが――、


「さすがに私の出番ですか」


 ネメはまるでバリケード用の影の制御を捨てるかの如く、機敏な動きで間合いを詰めてくる。

 そして――、


 リクトと呼ばれた『振』シーズが、群れる一般人を「波動」の打撃で殺していきながら……血の海を作りながら……なぜかみこと達の方へと向かった。


「は―――?」


 人を殺戮していく時に見せた腰の低いバスケのような動きで、オレはやっと思い出した。


 命と栞に嫌がらせ、更には里緒のストーカーをしていた「宮野陸斗」という男子を――。




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