第223話 開戦
『それでも、青の境界の演算ほとんどを担っている、何より発動者である統也本人を狙ってきた、ってことは……まさか……』
茜は何かに気付いたかのようだったが、正直それを気にしている余裕はない。
なぜならオレの方へ女影、糸影、ネメ、そして『振』の新しい適合者CSSが歩いてきていたからだ。壁の瓦礫と死体の山を避けながら。
肩幅や外観から見た感じ、新しい『振』の継承者は男っぽいな。
オレは壁より手前に展開されていたスクリーンのような巨大『檻』をすぐさま解除し、特大ジャンプで彼らの前にスタッと降り立った。
「久しぶりだなネメ。今度は仲間を連れて四人でオレをイジメる気か? 逆にお前が泣きべそかいても知らないぞ」
そう煽ると、
「あら統也さん……随分と色ボケしていると聞き及んでいますが、そちらこそ大丈夫なのですか?」
不敵な笑みを浮かべるネメ。
「だったらなんだ? オレがお前ら相手に負けるとでも? 勘違いしてるようだから言っておく。オレはこの程度で負けたりしない」
ネメはそのセリフを聞き、たちまち顔をしかめる。以前ボコられた記憶でも蘇ったか。
次に女影を指差す。
「それと、そこのイカスミ女。会うのは四度目だな。毎度毎度逃がしていたが、今回は捕まえる。いや……ここにいる全員――オレが必ず
凄まじい殺気を押し出すと明らかに身構える影四人。
珍しく女影が最初に戦闘体勢に入り、マナの凝縮で両手の触手を伸ばし、マッハの触手をうねらせ始める。
そして珍しく開口。
「“この会場の外では名瀬杏子の『檻』が展開されている。いわば小規模の『碧の境界』。普段自分の制御下にあった空間かもしれない。けど今は杏子の『檻』を介在させている。そういうわけで、あなたは今、杏子の空間制御下にあり、必殺である第零術式『律』が使えない”」
「あ?」
そんなことは分かってるんだよ言われなくても。
オレをどんな馬鹿だと思ってる?
「はぁ……」
……にして困ったものだ。
ほんと、この低俗な考えには辟易する。
「いやぁ……正直、戸惑ってる」
オレは自分のペースを崩さずに言いながら蒼き瞳で睨むと、ネメが目を瞑ったまま嬉しそうに口を開く。
「自分の置かれている危機的状況を、やっと理解されましたか?」
優位なのは自分達、と思っていそうだ。
オレは一拍置いて、
「違う違う―――『律』を封じて勝った気になってるお前らに戸惑ってんだよ」
オレの眼から放たれる蒼い殺気に、自らの生命危機を感じたのか、防衛本能丸出しで、女影が触手先端を仕掛けてくる。
「“―――!”」
オレはそれをマフラーによる断裂状態で封じ、マナの火花が散乱すると同時、うしろに回ってきた糸影が紫の『神紡』を直撃させようとしてくる。
「ん――」
そっちにノールックで手を差し出し、『檻』の
すると間髪入れず、サイドから女影のもう片方の触手が飛んでくる。
触手の狙いは……顎先から上部……オレの頭か? いや首? だとしたら初動の筋肉意識が上過ぎる。
『相手は統也の浄眼を先に潰す気かも』
「なるほど、な」
オレは茜に応じながらも、屈んで触手による斬撃を回避。
それと同時、異能『振』の『
視覚共有中の茜に状況を把握させる意図もあった。
『ありがとう。よく見える』
直後、局所的な地震の主要動が会場を揺さぶった。
今度はなんだ! と荒ぶる会場全体。
心配になったわけではないが、さり気なく皆の方を横目に確認する。
「―――」
玲奈、リカ、里緒、大輝……以上四名には
もし仮に彼女らの一人でもオレの援助に回った場合、シーズ四人は
だからこのバランスは崩さない。だがそれには、ここにいる四人のシーズがオレ相手に手一杯という状況になってもらわなければ困る。
これは実際そう難しいことじゃない。こちらが少し本気を出せばいいだけの話。
問題は一般人を巻き込んでの攻撃やら大技。そっちを始められるとオレもいささか対処に窮する。
さて。
「
『うん、でもあれで遠距離攻撃はそう簡単じゃない。あの触手の
「……だよな」
うーん、どいつから殺そうか……悩むな。
もう捕獲とか言ってる場合じゃなくなった。今やこの四人を殺すのがオレ達の生還条件。
『ネメは隙あれば、って感じで接近戦には参加しないのね』
「しないってより、向こうの事情で参加できないんだろ」
『向こうの事情……? 何それ』
「さっぱりだが」
『見当もついてないなんて、あなたにしては珍しい。ま、それは後回し。……「振」のヤツはどっちかというと怯えてるか、あんまりやる気なさそうに見えるけれど』
ここで発散式『青玉』を打ち込めれば文句ない、というか全ての片が付くのだが、周りの観客、里緒や
これは別に『青玉』に限った話ではない。こんな閉鎖空間で通常出力の『蒼玉』など放てば、死体の山が増えるだけだ。
「しかし、朗報もある。周りに居た一般人がオレを避け始めた」
まあ当然だよな。「異能」という存在は世間一般では秘匿されている。得体の知れない超能力を使っていたら、誰でも逃げる。喋る影人も近くにいるしな。
「これでスペースを確保。お陰で近接戦闘の解禁だ。
『糸影も女影も……互いにサポートし合ってる。それも結構な信頼。あえてそこをつかない?』
「まあ、悪くない」
糸影相手に留意する点は『神紡』による中距離からの女影援護。
あと単にヤツの瞬発力は侮れない。オレと互角か少し下ってとこか。
女影が厄介なのは地面からの結晶展開と触手による高速攻撃。しかし、触手と結晶の同時攻撃はできない。つまり、初めから触手を使い脳のキャパを埋めている彼女は地面からの『霜』結晶を出せない状態。さらにこの床材の関係か、あまり結晶を展開してこない。
よし――。
「やっぱり
瞬間的に足場の『檻』を解除し、落下しながらマフラーを振り下ろす。
前触れのない一連の動作、果ての斬撃。女影は無論それを防ぐために慌てて触手を上向けて打ってくるが、なぜか両手の触手同士が空中で衝突する。バシン、と。
「ん?」
結果的に見ればこちらの攻撃は防御されてしまったが、今のは。
『――?』
茜の息を吸う音が聞こえた。何か気付いたようだ。
オレは戦闘を中断、二回ジャンプで後退し、一旦距離を置く。
「K」
『彼女の触手の正体が見えてきた』
「正体……?」
『うん。彼女の「脳」――触手の「司令塔」は優秀ではない。なぜなら本来は人間の腕を扱う用の脳構造だから。結果、触手全体の統一性が得られない』
「成程。だからさっきみたいに咄嗟の反応だと衝突するのか」
『そういうこと。……私に考えがある』
「分かった。試そう」
茜からその話を聞き終わり次第、再び「瞬速」で女影に接近を試みる。
カーブを描くようにして進行、距離を詰める。その後、蛇行して彼女の触手斬撃と糸影の遠距離『神紡』をかわし、『振』の「波導」をも避けつつ、
「はぁぁっ!」
ついに、女影に到達。その瞬間から彼女のボディをマフラーで切り裂いていく。
女影は途端に触手を休め、急場しのぎに水晶体防御を身体表面に展開する。しかし熾烈な血しぶきは上がり続ける。
「ほらイカ、反撃しなくていいのか?」
「“ちょこまかと――っ!”」
茜の言う通りだ。以前もそうだが、自分の可動スペースに入られると触手での細かな反撃ができなくなるらしい。
しばらくそうしていると、女影を一方的にマフラーで切り刻んでいく光景にしびれを切らしたのか、背後の糸影がオレを『神紡』で狙うべく一際マナを溜め込んで放出を構える。その様子を浄眼の視覚で捉えた。
直後、躊躇などなく直進してくる紫の
「ふ――」
オレは今口角を上げざるを得ない。
糸影……さっきのオレの行動を鑑みて、中遠距離の反撃は諦めて『檻』の防御、もしくは回避に徹すると思ったろ?
はい残念。
「“なにっ”」
吐く糸影。
俺はすぐさま蒼玉の応用である距離圧縮で糸影の懐に潜ると、右手をぺったり腹に付ける。
「“はやっ!”」
どうせ
工程省力の即生成、そして、出来るだけ低出力の『蒼玉』を手のひらから撃ち込む。
「“ぐはァァァっ!!”」
体を穿たれ、血と共に大きな穴をあけ、七八メートルほど吹き飛ぶ。
「その穴、会場の壁とお揃いだ。良かったな?」
あんまり派手に放つと背後にいる一般人に被害が及ぶ。次やるならもっと出力を抑えた方がいいか。と考えながら、
「『晶震波』!!」
うしろから来た波数やタイミングが制御された波導の塊を『檻』で完璧に防ぎきる。
打ち寄せる衝撃波、激しく舞う砂塵。観客がまた一層金切り声を上げた。
今の……自由振動と正弦波の波形……差し詰め水晶振動子の応用だな。女影と『振』影の連携技か。
「―――」
更に伸びてくる女影の触手をバク転やらバク中やらで、見ずにかわしていく。
「“こっちにもいる!!”」
女影は触手を変則的にこちらのスペースに入れ、鋭くも速い斬撃を繰り返してくる。
だが焦る必要はない。こちらはマフラーでの斬撃、『檻』の防御も交えて、着実に防ぐのみ。
「“クソッ、抜け目のない完璧な防御……!”」
無駄だと気付いたようで、女影は一旦距離を取り、
「“あんまやりたくなかったけど……最終手段……!”」
そう宣言しながら、なんと彼女は腕の本数を増やした。むくむくと、プラチナダストでの構築で、左右合わせて六本の腕が完成した。片腕に三本ずつだ。
『統也……この
「ああ。だが、相手も触手を増やしてきたぞ? これじゃあヤツの懐に潜れない」
『その点は任せて』
「……何か考えがあるのか」
『うん、信じてくれるなら』
「分かった。指示通りにする」
オレは即答した。とりわけ影人においてオレより専門的な知識を有する茜。オレはたった今、脳内で彼女から言われたことを実践すべく行動を開始する。
女影の周囲を「瞬足」の最大馬力で走り、
『周辺にある瓦礫を盾にしながら一定の距離を保ち、左右上下に移動しながら触手による攻撃を避けつつ、あえて自分に標準を合わせるよう誘導。線の動きでかわしていれば、女影もこっちの動きに慣れ、線の先を読むようになる……』
オレは周辺の瓦礫を使い、触手をかわしながら周回していく。
『そこで急に…………今――!』
オレは言われたタイミングで直線的に蒼玉の瞬間移動を用いて、彼女に急接近する。
『女影視点では、逃げてばかりだった線が突然迫ってくる点になる。平行が垂直に、横が縦に。ただでさえ支配しきれてない多数の触手で、点の捕捉はできない』
右手で振りかぶった蒼きマフラー、狙うは心臓部ではなく――女影の首。
『
狙い通りだ。
首が斬り落とされ、女影の頸動脈から噴き出る赤い液体。
マナの意思回路で保たれていた全体意識を一時的に失った女影はその場でがくりと膝を折る。
影は全神経に意識や記憶を移すことが出来る。茜によれば触手もその一部とのこと。しかしやはり最大の司令塔は「脳」。それを切り離された今の女影は、おそらく身体損傷の再生で手一杯。
オレはヤツを『蒼玉』で押し潰すため素早く『檻』で囲い込もうとするが、
「なっ――?」
『嘘……そんなことも出来るの……?』
女影は自らの左手触手をマナ光波やプラチナダストにより変形させつつ、自分の顔に持ってくると、切り取られていた首から上部分に粘土のように密着し、頭部を形成、果てに意識が復活し、立ち上がって見せた。
つまり、左手を犠牲に頭部の細胞などを組織したのだ。
同時に、右手触手が素早く伸び、刺突を仕掛けてくる。
「虚数術式の恩恵か。影人細胞……有能すぎだろ……」
さらに、再生を終えた糸影が『神紡』でオレの背後を狙い、加えて右側からネメがオリジン武装らしき黒い剣を振りかぶってくる。
足場は震動の嵐で、まとも歩くことさえできない揺れが襲った――。
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