第222話 青の『境界』
「おい、あれ……影人じゃないのか――」
そのセリフを口火に、爆発する観客。混乱する会場スタッフ。誰もが騒然とし、恐慌状態に陥る。おそらくこの暴走が止まることは、もうない。
「まさか! 『青の境界』が破られたのか!!」
「どうして影人が
「ありえねぇ!!」
オレは荒れ狂う観客をかき分け、影人らに近づこうとした。まさにその時。
「――――」
最初は落雷のような紫の発光が視界の端に見えた。次の瞬間、コンサート・ライブ会場の壁側一周を覆うように紫の電気が次々と発光していくその様はまさに絶望。
説明の必要もないだろう。紫の発光の数だけ一般人が影人化した。おそらく予め影人化のトリガーを観客やスタッフに持たせて、それを引かせた。具体的手法は分からないが影については分からない事の方が多い。紫の発光による一般人の影人化――円山事変の周辺住宅街でも同様の事例が多発した。このことからも、敵陣営の頭は白夜雹理でまず間違いないだろう。
「ん……?」
しかもその無数の影人たちは、なぜか会場の壁際で石像のように固まっている。留まっている。
いや。成程、一般人の逃げ道を塞ぐバリケードとして配置されたのか。観客たちが恐れて中央に集まり出している。
つまり、敵は意図的に民間人を巻き込んでいるわけだ。
「シンプルに面倒だな……」
オレの弱点を的確に突いてきたということは、ヤツらの狙いは……そう考えていた時、それは起こった。
「はっ――これは」
思わず声を上げた。
外、この会場を大きく覆うように半球形状に囲まれた。覆うように、というより、会場を含む地域を大規模に封鎖した、という感じだが。
その結界術は瞬間的で、とてもじゃないが外部へ逃げる余裕などない。
こんな離れ業が可能なのは――。
「杏姉……」
オレに干渉しない、という約束は守れなかったようだな。しかも、随分と凝っている結界術式だ。七瀬家の入れ知恵か。わざわざオレの『解』で次元解体できない「複合術式」まで使用している。『解』で解体できる情報次元は「単一術式」上の空間のみ。何としてもオレをここから出さないつもりだな。
増援も望めない。なぜなら電波は絶たれ、さらに結界強度が並外れている……その代わり発動期間は三日……いや、二日ってとこか。それまで生きてるといいが。
そうやって浄眼により解析している最中、向こう側の透視視界が目に映り、
「いや待て……それだけじゃない」
この結界檻の中、会場の外をうようよと影人が歩いている。まるで湧いた蛆のような数だ。
これなら一般人を外に逃がしても助かる見込みはない。会場壁面を破壊後、『檻』で階段を作り、外部へ逃げてもらう作戦を勘案中だったが没だな。
というか、この数の影人……なぜ大輝は察知できなかった?
……いやそうか、人込みのせいで脳波が合成され充満し、散漫になっていたから気付けなかったのか。
それも織り込み済み、と。
「成程。やる気満々ってわけだ」
オレは再び観客をかき分け、
――だが妙だ。この感じ、どう考えても即席の対応レベルじゃない。
オレがこのライブに来ると予め知っていて作戦を立てた、ということだ。要するに誰かがオレのライブ行きをリークした。
……誰だ?
里緒、
いや、死んだ芽衣子の可能性も捨てきれない以上は考えても無駄か。
大まかな目的が謎のままだが。
どちらかというと翠蘭を狙ってから……という優先順位。それがどうして今更変わった?
違うな。
オレはこのとき、神崎雫の「
もし仮に雹理が、最初から雫を切り捨てるつもりで行動していたとすれば、彼女に真実の作戦方針を教えたとは思えない。
要するに、
第一、命を狙うならもっといい場面は腐るほどある。
そこから得た結論――。
「あんたらの狙いは……オレか」
***
数週間前、十九時××分。蒸し暑さが残存する夜。
「最強三つの特別紫紺石『檻』『衣』『雷』の奪取が果たされた今、それをこっちに移さない手はない」
とある田舎の居酒屋、小上がりにて胡坐をかく白夜雹理は言いながら、日本酒をネメに注がせた。
「ん、けどどうすんだ? こっちに持ってくるったって、アレがあるだろ。破ることなど到底不可能な、アレが」
糸影の本体である人間が、前提として存在する課題に対する疑問をぶつけると、
「簡単さ。――名瀬統也を殺す」
「……?」
雹理のにやけが止まり、引き締まった表情になるが、それを見ても尚糸影は眉間に皺を寄せた。
「今までは複数の理由から憚られてきたが、もう遠慮の必要はないからね」
「何かの冗談か。統也を殺すなんて、そんなことできるわけな――」
「できるとも。彼も無敵じゃない。ちゃんと策を練れば十分可能だ。あくまで一人の人間なのだから」
そこでネメの人間姿が訊いた。
「でも、それ相応のリスクが伴うのでは?」
「それはもっともな意見だよ、ネメ。あの名瀬統也を殺しに行くんだ。おそらくここに居る誰か、死ぬかもね。……なーんて、冗談さ」
爆笑する雹理だが、彼のそのノンデリカシーな冗談で笑う者はここにはいなかった。
「分かりました、では仮に名瀬統也をどうにかできたとします。ですが、あちらはそう簡単にいかないのでは? 障害となるものが蒼く薄っぺらいアレ一枚、というわけじゃないのですよ?」
「心配性だね、ネメは。まぁ安心したまえ。私たちもそんなに阿呆ではない。向こう側の手配は整っている。伏見旬の足止めも、そのための最高のカードも」
「『最高のカード』? 伏見旬を足止めできるような能力者が……人間がいるとは思えんが」
と糸影が口を挟んだ。
女影の本体である女がここで発言する。
「色々言ってますが……そこまでして名瀬統也を……その、殺す必要があるんですか。うちにはそのメリットらしきものを感じないのですが」
そこで妙に破顔する雹理は、女影の心を見抜いたような目で彼女を射抜いた。
「しーちゃん、それはダメだね。君は彼を殺したくないだけだろう? 甘えるなよ。いいかい? この地球上に存在する特別紫紺石は既に八個しかないんだ。女影である君、隣の糸影、ネメ、黒羽大輝、ダークテリトリーの囮で奪った『振』くん、そして今はまだ向こうにある『衣』『檻』『雷』」
ネメが口を挟んだ。
「他の四つは過去、一度にして
「その通りさ。そして伏見旬ほどのバケモノでも、精鋭を連れて三人分までしか倒せなかった知性影人がいる。それがすなわち『衣』『檻』『雷』。つまりね、この三つの存在はあの伏見旬と同等の価値か、それ以上ということなんだ。この三つがいかに重要な特別紫紺石であるかが伝わったかな?」
「……は、はい……」
不本意ではあるが女影の女子は頷いた。それはある種の諦めであり、決意のようなものだった。
*
青の境界はどうして青いのか。なぜ青色なのか。それを知っている人間が、どれだけいるだろうか――。
「だが、奴らはオレを殺せないはずなんだ」
オレは茜に現在の状況、流れを軽く説明し終えてから、こう告げた。
彼女はどうやら戦闘系の任務中だったが、しばらく重要な役目がなく実質休憩時間だという。その間だけ彼女の知恵を借りる。
現在、彼女とは「視覚」と「聴覚」の両方で同調していた。
『そうだね、それは分かってる。だってあなたは―――』
まず初めに、オレは
しかし、オレは領域構築をその場で展開するのが苦手であるのと同時に、四次元への干渉の実現には圧倒的空間制御が必須という事実がある。
つまり『律』は本来空間をほぼ完璧に制御した『檻』内部でのみ使用できるもの。
何が言いたいか。
オレがこの術式『律』をどの場所でも、特別『檻』で囲っていない場所でも使用できるということはつまり、常に普段の空間がオレにより制御されているという事を示唆する。
要約すれば、オレはどんな時でも『檻』の内部に居るということ。
簡単な話だ。
『―――「青の境界」を展開した本人でしょ?』
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