第221話 震撼
◇(旬)
ダークテリトリーとか呼ばれる廃墟地にて。巨大な密閉結界内、俺はその空中に浮かび、状況を、現場を俯瞰した。
第一定格出力『神霊』の「マナエネルギー⇒位置エネルギー」変換で、自らの位置エネルギーを変更することで「空間に浮く」状態を作り上げることが可能。
この、瞬間的に作動した密閉結界――今も尚拡がり続ける結界――発動してる本人は外にいるのか。
俺はクンクンと匂いを嗅ぎ、
いや……! 中だな!
「茜!! お前は外だ!! 速く出ろ!!」
「分かった」
彼女はお得意の『天照術式』から発生する赤い電気の発散噴射でギリギリ結界から脱出することに成功する。
『月夜術式』の蒼電エネルギーを高密度で縮重し一定方向に収束して放つ『
ま、茜が外に出ればもういいや。あとは彼女に任せよっと。
「へー、あんたら考えたな? 嘘情報流して、俺をここに留めておくってわけか? 道理で簡単に『影人復興派閥』の裏情報が掴めたわけだ? 全て仕組まれてたって? 笑わせんなよ雑魚ども。そんな時間稼ぎに一体何の意味がある?」
……しかもコイツらナニモンだ? 何やら異能士以外の術士もいるようだが。
んー、いや。非異能士までいる。アイツらは人質みたいな扱いか。
下にいる異能士以外の術士は後回しだ。
俺の術式干渉『
「見えるだろ伏見旬!!! 下の牢屋中にいる者達は全て一般人! 何の罪もない人々だ!!」
下の奴の一部は確かに強烈なマナの匂いがしない。
へー、これで大技出すなって警告してんのか。詰まんねー脅し使うじゃん。
ま、本来ならブラックホールの歪みだけで、ここに居る人間皆殺しに出来る。それは不可能になったな。
「そこの強い異能士、五人いるだろ。前に出てこい。先に片付けてやる」
俺は黒マスクをはずし、空中で首をぼきぼき鳴らしながら徐々に降下していくが、一級異能者の五人が一向に前へ出てこない。
敵数百近くの内、コイツら以外はほとんどザコだ。ただの見てくれづくり。俺じゃなくたってボコれる雑魚ばかり。
「おい、聞いてんのか? 早く出てこいよ。手前の三人と、中間くらいに立ってる二人だよ。……あ? なんだ、ビビってんのか?」
俺は苛立ちを隠さず言うが、百名ほどいる敵のほとんどがこちらに怯えて後ずさる。
そんなに死ぬのが怖いなら初めから『特別紫紺石』奪取になんか加担するなよ……『影人復興派』の下っ端のくせに。
中でもまあまあの実力を備えている五人。てめえらはさっさと来いよ、イライラするなぁ。
「ちっ……面倒だ。来ないなら――こっちから行く」
俺は負数第三出力『虚霊』の距離吸収……「万有引力の位置エネルギーの極大化」で二人の異能士の背後へ
これは付与した対象をイザナミエネルギーが燃やし続ける禁術。簡単に言うと相手の体内マナエネルギーを燃料として燃え上がり続ける。
もちろん対象の
一方「距離吸収」。
無限遠を基準点としている万有引力の位置エネルギー「U=- GMm/r」はマイナスであり、これの絶対値を増加させることはマイナスのエネルギー・イザナミの拡張で容易に可能。
重力加速度Gは定数、M・mも質量で定数。すると強制的に距離rが吸収される。これで瞬間移動ができる。
本来事象と結果が逆転するこの性質こそが虚数域のエネルギー解「イザナミ」の姿。
「なにっ!? いつの間に!!」
「なんだこの炎っ!!」
加具土命を付与された二人が声を上げてる時には既に、俺は三人目の異能士の首を、黒いマナエネルギーで構築した手刀を用い分断する。
「あ―――――――」
傷口というか切断面から吹き荒れる鮮血。まるで花火のように湧いた。
「おせぇよ」
すると、まずいと思ったのか慌てて逃げていく者が数名。
「やばい……!! やばいぞ!!」
「やっぱり伏見旬に対抗するなんて百年早かったんだ!!」
集団で集ったくせに、もうずらかるか? 別に俺は、それでも構わないが。
「るっせーな。仕掛けてきたのは、そっちだろ?」
俺はさらに奥の一級異能士二人へ向け、両手を構える。
「あい次!!」
――『
回避不能の最大速度で打ち出した『虚霊』の小規模ブラックホール。視認できないレベルの超ミニブラックホールを両手から二つずつお見舞いする。
「はい、おしまい」
ソイツらが超重力による吸収を受け、血を噴きながら原型さえ無くなると、間髪入れず他の敵が背後に刀を向けてくる。
これは『分子間力切断■■「デバインスラスター」』。異能に置き換えれば『千斬』のような技術だ。
「俺言ったよな? 話聞けよ。テメエら『■■士』は後だ」
しかし俺の身体に斬撃が衝突する寸前で何か見えない壁にぶつかるように停止する。
「なんだ? 攻撃が当たんないだと!!」
背後で取り乱し始める彼。
「あー、それね、学んだ技術をマネてんの。むかし俺をボコった『逆』または『反転』って名の異能なんだけさ。それってね、近づいてくる対象に
「は……? な、な……お前は何を言っているっ!!」
冷や汗を滝のようにかく相手を前に、俺はじりじりと振り返る。
「あー、ならなんで自分は跳ね返されてないのって疑問? 作用力の方向逆転は威力を相殺するために使ってるがその代わり『加具土命』でその分の『力』『運動エネルギー』全て回収・変換して俺の体内マナとして再利用してるから、かな」
俺は基本的にマナ切れ・脱死することがない。なぜなら外部から無限にエネルギーを吸収し続けられるから。
一種の永久機関。無限のエネルギー効率。イザナミではそれが可能。
「オマエらさ、喧嘩売る相手間違ったねー? まー精々後悔するといいさ、
*
「なんだ――――?」
巨大で、色とりどりのライトに照らされるステージ上にて踊る二人、玲奈と
それはもはや反射的な反応だった。
隣の里緒が、
「……どうかしたの?」
オレがまとう異変な様相に気付いたか、声をかけてくる。
しかしオレは何も言わない。静かに浄眼を発動するのみ。
その代わり心の声が漏れた。
「馬鹿が……何を考えている……!」
焦りや慌てるといった感情はオレにはない。
今この絶望的状況に陥ってもなお、それは変わらない。
しかし、おそらく一番焦りに近い感情がオレを襲っている。
確かにある微かな「焦り」。オレの内側から湧き上がるような熱さえ感じ始める、その「焦り」。
それは、オレが危険な状況に陥ってるからではないし、オレが死ぬかもという危惧でもない。
危険なのはオレではない。
―――
いや。それより今は目先のこと。
この状況下で一番有効なのはこの場に「異変」が訪れたと観客と玲奈に兆候を見せびらかす事。
一般人でも人間の危険察知能力はさほど落ちぶれていない。
「里緒、今すぐに一定周波数でハウリングを起こしてくれ。玲奈達が歌うマイクまで届くか?」
「いや……え? ちょっと待って、何の話??」
「発振して鳴音を起こせ、と言っている」
「それ本気……?」
オレはこの場で一人、体ごと後ろを向くと右手を出し『檻』の展開を準備する。当然右手は青いオーラを帯びるがこのペンライトだらけの暗闇ではカモフラージュされ特に目立たない。周りの観客は気にせずステージ上の玲奈と命に注目している。
「里緒、意味が分からないのか? なら説明する。マイクで得られる音波信号を擬似的でもいい、アンプ増幅し、スピーカーから出力させハウリングを起こす。里緒の出す波動変形、その周波数で連続的な大入出力を―――」
「そうじゃなくって! どうして! どうしてそんなことするの?」
「いや、もういい」
オレは浄眼による座標を介して壁際の空間を固定しようとしていたが、『檻』の展開場所を変更する。
里緒が出来ないなら奥で止める意味がない。
『檻』の障壁は、エネルギー密度と次元が確定していないという観点から、物体の中身には展開できない。
だが、時間さえくれればこの会場の壁面と完全に密着した巨大な『檻』くらい展開できた。
里緒が特大ハウリングを起こせば、相手も異常か何かだと察知し一瞬動きを止めたかもしれない。それが時間的な余裕を生む。
だが、
「もう間に合わない」
オレは渋々ステージがある北とは逆方向の南の壁面近く、というより会場二階にいる観客の手前、壁より遥かに手前の位置で『檻』を展開する。
つまりそこに居た一般人は、会場壁面と『檻』により閉じ込められた状況となる。
突如現れる謎の青色透明の障壁により、観客が叫ぶ。何を叫んでいるかは、オレがいる場所の大人数による声や楽曲の爆音でかき消され分からない。
「すまない。君らはもう救えない」
伏し目でそう言った時には既に、壁を爆発音と共に突き破りながら薄く光りを反射する大きな水晶の塊が、生きているツタのように壁面に広がり、『檻』で挟んだ人々を無残にも巻き込んでいく。
あの人々は何の罪もない。しかし被害を最大限減らす必要があった。
そのツタのような水晶は人間にあるマナを吸い取り増幅し続ける術式「虹極」の『吸水晶』だ。
「これは……!!」
里緒やリカ、大輝も後ろを見て異変に気付く。
オレの『檻』と、ツタ状水晶に生気を吸い取られ、干からびた観客の姿が奥に見えるだろう。
うしろの壁に穴が開いていると、さすがに周りの観客も気が付いた様子で慌てだす。
「なぁ!! なんだあれ!!」
爆発音と合わせて停電。音楽や照明もバグったので会場全体もすぐに異変に気付き始めた。一気にざわつき、不穏な空気に塗れる暗闇。
叫びながら、支離滅裂で四方八方に散る観客。
「みなさん、一旦落ち着いてください!」
玲奈はマイク越しに観客をなだめようとするが効果はない。むしろこの状況でそこまで冷静でいられる玲奈が特殊なのだ。
「統也!」
「里緒、今すぐステージに上がって
「え…………」
里緒が分かりやすく口籠る。
「どうした里緒? リカ達も早く行け」
「分かった」
大輝とリカは流石恋人同士だけあってか完璧に声を合わせたが、里緒は一人、悔いているような複雑な顔で俯く。
「また、あたしは……」
「おい里緒、何やってる! さっさと行くぞ!」
リカに言われ、仕方なくステージに上がる不安そうなオレのギア。
一方オレはマシンガンのような思考を巡らせ始める。
アイツら、一体何を考えている……?
マフラーを外しながら再び後ろの穴隙を見やると、そこから白昼堂々現れた黒い人影が四つ。逆光なのに、明らかに眼が赤いことだけは遠目にも分かる。
ふと誰かが言った。
名も知らぬ観客が恐怖に打ちひしがれた目で、言った。
顔全体に絶望を浮かべ、その絶望はやがて悍ましいほどに他へと伝染していき、ふと観客全体が絶望という法則により強制停止する。
オレは人という醜い生き物が全く同じ行動を取る、停止する、この異様な光景を初めて目にした。
全員がその破壊された穴を見ていたが、そのうちの一人がふと代表して言った。
「おい……あれ…………
――と。
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