第204話 気持ち
*
学校をサボり、オレは札幌市内中央区にある病院に来ていた。
ナースなどがバラバラに歩いている無機質な廊下、オレは赤い着信マークがつくLIMEのアプリを起動した。
里緒 08:45「統也と大輝が学校に来てないの、なんで? なんかあったの」
統也 09:02「ちょっとな。少し問題は生じたが、事なきを得た」
オレが文字を打って送信すると、すぐに返事が返ってくる。
あいつ授業中じゃないのか、とオレは思ったが、別にそのくらいの操作バレずにできるか、と納得した。
里緒 09:02「今どこに居るの?」
統也 09:02「病院だ」
里緒 09:02「あたしも行く」
統也 09:02「来なくていい」
里緒 09:02「なんでさ? 誰か怪我したの?」
統也 09:03「大人しく授業受けてろ。それよりこの先シューの動向に気を配るように。今朝
里緒 09:03「え? シュー? 普通に学校来てるよ? 遅刻扱い」
「は?」
アイツが学校に居るだと?
……どういうつもりだ。オレが学校という両者不可侵領域で事を起こさないと分かっているからか。
いや、それはそれでオレを敵として信用し過ぎな気もするが。
「連中は何を考えている……?」
そうして思案しながらしばらく廊下を真っ直ぐ進んでいると、右に知っているマナ気配を感知する。そのドアの前で立ち止まる。
「田嶋」「赤羽」という陳腐な偽装。印刷されたプレートがある清潔かつ真っ白いスライドドアに手をかけようとすると――。
「あの。そこのマフラーの方、その部屋は立ち入り禁止です」
一人のナースが後ろから話しかけてくる。
「立ち入り禁止?」
オレが制服姿だからかもしれない。
「ええ。その病室は入室に許可が必要となっています。失礼ですがどちら様でしょうか?」
「名瀬という者です」
言った瞬間に目を点にする黒髪ポニテの美人ナース。口を上品な手で押さえる。
「……名瀬家の方ですか? あなたが?」
「はい。これ」
異能士協会登録カードを提示した。「特別任務異能士・名瀬統也」など記されている。身分証として使える物だ。
ちなみに目の前にいるこのナースは「普通の人」ではない。簡単に言うなら異能士関係者。
目の前の彼女が異能士協会登録カードに夢中になっている隙、蒼き瞳を確認されないほど一瞬の間だけ発動し――ユニットネームプレレートに「
「へぇー」
オレは思わずそう漏らした。
これは『再生術式』の類か。術式ではないはずなので異能ということになるが。
異能名称までは推測できないが、異能者の傷などをマナによる特殊な修復で治す異能者専門の治療系統能力。
かつて式夜が扱えた、人体機能の作用治癒である『水魔術』とは別のプロセスを持つ治癒術『再生術式』。マナ物質変換の応用と細胞情報状態の書き換えによる細胞分裂の加速……高度な治癒術式。オレの権能『再構築』に似ている。
珍しいな。
「確かにあなたは名瀬家の人のようです。すいません、私、何も知らなくて……御三家の方に無礼を……」
「いえ、構いませんよ」
これだ、この感じ。
オレはとにかく、虫唾が走るほどこれが嫌いなのだ。
異能御三家を称え、絶対的権力として見る視線、羨望の眼差し。オレ達御三家が神だとでも思っているのか。
少なくともオレは称えられることに快感はないし、権力や金にも興味がない。羨望だって本当は邪魔な、他人からの期待とプレッシャーに過ぎない。
「それより看護師さん、あなたの連絡先教えてください」
「へっ? えーっと、それはどういう……」
「あなたがオレの好みなので」
「……私をからかってるの? ならやめといた方がいい、と思います。大人をからかうものじゃありません」
「からかってない。オレは本気です。割石雪乃さん、良かったらオレと連絡先交換しませんか?」
こちらは表情一つ変えず言い寄り、彼女に急接近する。
「雪乃」と下の名前を言われた瞬間に、微かに揺らいだ瞳や皮膚筋肉の動作を見逃さなかった。
成人しているナースとは言え若い異性からこんな風に急接近されれば少なからず狼狽えるはず。
目論み通りおじける彼女は後ずさりし、とうとう後ろの壁に衝突する。
「え、いや、あのっ!」
すかさずオレは彼女に壁ドンした。
「へっ……!」
女性は顔を赤らめ、上目遣いしてくる。
「あの……私は……」
「連絡先」
それだけ言うと、突然しおらしくなった彼女はコクリと頷きスマホをポッケから取り出し操作する。
LIMEのQRコードが映るスマホを無言で渡してくる。割石さんの顔は赤いままだった。
オレは最小限の操作で連絡先を取得し、スマホを返した。その際、手と手が軽く触れる。
「っ!」
熱湯薬缶に触れたかのように手を引っ込める割石さん。
うぶだな。男にまるで耐性がない。
この貴重な人材が男に疎くて助かった。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……」
「それでは」
オレはそのまま何もなかったかのように「田嶋」「赤羽」と書かれた病室に入る。
スライドドアに沿えるように不可視結界が張られていた。種類は「開印」。
「ん? お、よっ! 統也、来てくれたのかー」
元気そうに林檎を丸かじりする黒羽大輝がこちらを向く。
「えええええっ! 統也くん!?」
言ってすぐさま隠れるように全身に布団をかぶる森嶋
二人とも元気そうだ。
既にメディカル的な状態報告は受けているので、問題ないとは知っていたが。
「ここ、なんか寒いな」
冷え性のオレは手をさすりながら大輝と命のベッドの間にある丸椅子に座る。手前が大輝、奥が命のベッドだった。
「あーエアコンついてっから。お前からすると逆効果かもな。てかお見舞いの品は?」
「そんなものはない」
「は~、お前どうなってんだよ。俺に影人化させといてそりゃないぜ」
「おい」
大輝を強めに睨みつけた。
「ん……? ……あ! わり!」
林檎を片手に反対で手刀を切る。病室自体は防音仕様なので問題ないが「影人化」という言葉を命に聞かせるのは好ましくない。
「気を付けろ」
「すまん。今のは俺が悪かった」
「分かってるならいい」
オレは言いながら方向転換、窓側――命の方を向き、話しかける。
「命、なんで隠れるんだ?」
尋ねても布団のお山からの返事はない。
「おーい、みことー」
大輝も背後から呼びかけるが布団を被ったまま。
「まぁ許してやれよ統也。命はすっげえ恥ずかしがり屋なんだ。お前にだけな」
「よく分からないが、まあいいか」
大輝の命を詳しく知っているかのような口調に一瞬モヤッっとしながらも無理やり納得する。
多分、オレの知らない命もいっぱいいて、大輝はそれを知ってるってだけだ。
ジョハリの窓とは違うが、きっとオレの知らない命が沢山いる。それを他人に見られるのが嫌なんだ、オレは。
「まるで子供だな」
「あ、何がだよ?」
「なんでもない」
恋愛感情なんてものは気の迷いの一種。ずっとそう考えていた。
脳が送る電気信号の、いわばバグに過ぎないと。
オレも年頃の男子だ。女性と近づきたいという欲求は持っている。
それでも、それをただの人間本能の「性欲」であると位置づけし封印した。
だが今は違う。
オレが凛に抱いていた感情が、こんなにも酸味のある過去だと思えたことはない。
その味を知ったのは、ちゃんと自覚したのは、たったさっき茜と同調通信した時。
そう。
とうに気付いてる。
数日前、学校の食堂で恥じらいながら里緒が、
――「だから統也が何か大事なことを決めたなら安心して前に進んでほしい。あたしはずっと統也のそばに居てあげるから」
去年のクリスマスの日、密かに会っていた命が、
――「私にとって統也くんより大事なものはないよ。残念だけど、私は統也くんが大好きなんだ。……この気持ちに嘘はつけないから」
数日前の深夜、プライベート環境での同調通信にて茜が、
――「統也が私という重い女を受け入れられるなら、私はいつでも統也に寄り添うし、応援したいって思う」
オレは――――、―――。
でも、それは許されないことだと深く理解している。
「命、そのままでいいから聞いてくれるか?」
布団を被る命に向け、出来るだけ誠実に向き合うつもりで口を開いた。
「自分の気持ちに嘘はつけない。クリスマスの時、命はオレにそう言ったよな。だからオレも自分の気持ちに嘘はつかない。オレは―――」
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