第203話 退却と「悪魔」



  *



 玲奈が率い、急遽増援として駆けつけた伏見勢力に加え、三宮希咲きさき単体の加勢、オレの排他的な精神面などを考えた結果か「シュペンサー・火花・クルス」「倉橋星香」二名は撤退した。

 うち「神内じんない善」「天王寺陽菜乃てんのうじひなの」二名はオレの手により死亡。

 天王寺の方はしばらく生きていたが、自己蘇生法を持っていなかったためにオレの蹴りによる致命傷を修復できず数分後には息絶えていた様子。

 ――と現場監督をした伏見家のスタッフから聞かされている。


 大輝は思ったよりも簡単に影人化を解くことに成功。増援として駆けつけた人員が伏見の者であることも相まってそこまで問題にはならなかった。が――。


「あんた……希咲さん、とか言ったか。少し待ってもらえると有難い」

「ええ、それは構いませんが」


 待ってもらった「理由」がオレを見るなり睨んでくる。

 少しご立腹の様子の玲奈が、その辺の伏見関係者に何か一言言ったあと、三宮希咲と並んでいるオレの方に向かてくる。明らかにムスッとした顔で。

 こちらの前で止まり、腕を組むと、


「私、大輝の影人化を許可した覚えはない」

「奇遇だな。禁止された覚えもない」

「命ちゃんを助けてくれたことには感謝してる。統也がいなかったらあの子は確実に死んでた。それは認める。けど、目的のためならどんな手段も正当化されるとでも思ってるの?」

みことのためならなんでもする。ただそれだけだ」


 オレは固めの意志を表示しつつ希咲とは反対の方へ目線を逸らす。


「統也、あなた、やっぱり少し変わった。円山事変が起きてから随分と人が変わった。今まではある意味、人に対して愛着とか、信頼とか……人間として重要なモノ……そうだね、『感情』そのものが欠落してた気さえする。今もその『無』は広がっている。なのに、今の統也は分かりやすい。どこか、前より人間的だから……」


 多分、オレはこの場所で、この世界で、何か重要なモノを探していたかった。それが人としての「感情」だと言うならそうなのだろう。おそらくオレ自身では本当にそうであるかの判断は付かない。客観的に見ることでしか観察し得ない事なのだろう。

 ただ、オレは確実に戦闘における判断が遅くなった。それだけは確かに自覚できる。

 今回だってそうだ。聖境教会特殊委員を相手に、本当はいくつも戦術的な選択肢を思いつき、戦略を閃いていた。だが、実際はどれも使用しなかった。


 原因は単純。

 そばに居たみことを案じたからだ。それ以上でもそれ以下でもない。


 確実に優先順位が変わっている。なんのために戦うか、が。

 初めからオレは別に何かのために戦っていたわけじゃない。アニメやマンガの主人公のように、殺された親のための復讐に燃えていたり、下克上……成り上がったりしたいわけでもない。

 ただ、やる気のなかった任務。やる気のなかった“侵入”でもオレはやった。始めた。



『ずっと愛してる――統也』



 何故だか懐かしいようなその声がオレを起こした。オレをその気にさせた。

 もう一度、そのセリフを聞きたい。その声を聞きたい。自分らしくもないのに、一年前の三月そう思った。

 もう何のことだったかさえ覚えていない。確か夢の中での出来事だった気がする。気がするだけ。

 白い髪の女性か誰かが、オレに告げた。忘れてはならない誰かが、告げた。「愛してる」と、その甘美な響きだけを覚えているのだ。

 

 そして、その最期の台詞を。


『――――、――』


 まるで、もう一度頑張って、と言わんばかりに。


 いや。

 何度でも頑張って、と。立ち上がって、と。挫けないで、と。


 その言い方も、これから起こる試練を乗り越えて、と一途にそう聞こえるほど。



  *



「すまない。玲奈との会話に時間を取られ過ぎた」


 玲奈が去っていく最中、右側でスマホを弄っていた三宮希咲へ話しかけてみる。


「あっ……はい」


 急ぎ黒いケースに包まれたスマホをスーツの内ポケットに入れる。希咲はミニスカートでブラックスーツを着こなしていた。


「色々話す前に先に言っておく。オレは今、駆け引きや衝突を望んでない。それと、こちらがあまりにも不利になる条件は一切飲まない」

「分かっています。そもそも私は、我が家当主・拓真様からのめいにより参上しました。みことさんの保護と名瀬統也様への伝言。この二つが拓真様から頂いためい


 さっき言葉の駆け引きはやらないって宣言したのにな。これだから御三家の人間は。


「勘違いするな。オレは拓真の要求は受けない。そもそも、あんたらが今回オレに助力したのは、みことが死亡すると三宮家の計画に支障が出るからだ。みことが持ってる秘めた力、あんたらはそれが欲しいんだろ? そのためにみことの生存が必須と考えている」


 言うと、希咲は意味もなく肩の上のほこりを払う仕草をする。


「瑠璃様の言う通りでした。名瀬様、私の交渉の退路を先に消さないでください。非常に困ります……」

「いいか? あんたらはあくまでみことの『保護』と『捕獲』が主軸、主目的。オレは単に保護がしたいだけだ。一見目的が被るように見えるがその本質は恐ろしく別の所にある」

「名瀬様の考えはごもっとも。ですが『雹理勢力』と『聖境教会』、二つの極悪組織が命さんを殺しにきている。状況的に我々三宮と名瀬、伏見は互いに協力関係を結び、命さんを保護するべき……違いますか?」


 異能御三家から全力で護衛を受ける少女。明らかに異常だよな。

 九神の使徒としての「異質さ」が、より際立って見える。おそらくやはり、相当貴重な存在なのだろう。


「だが三宮家とは組まない。おそらく玲奈もそう言うはずだ」

「もし去年の初夏頃にデパートで起こった爆発事件を気にしているのであれば――」

「いや違う。第一オレは玲奈さえ信用していない。その状況でオレが三宮家を信じるわけがないだろ。純粋にそれだけだ」


 そう言い捨て、命が護衛に囲まれ向かったという病院へ出向くつもりで歩き出す。

 オレは少し苛立っていた。

 三宮希咲はこちらの命を助けた気でいるかもしれないが、別に助けてもらう道理はなかった。それに第零術式『律』で「シュー」「星香」二人まとめて殺すつもりだった。それを邪魔されたとも言える。


「はぁ……」


 もう学校はいい。面倒だし大輝も同じ病院行きだと聞いているので、一石二鳥。

 伏見家様様だ。色々な後処理は全て任せた。警察への連絡、代行者への説得。大輝、命の病院への送迎。そういう面倒な部分は玲奈にやらせた。

 玲奈の方針自体、オレの行動について基本放任主義。玲奈と知り合っていて良かったと思う最大のポイントだ。

 彼女はオレがどんなことを気にかけ、どんなことを予期し、何を目指しているのかよく理解している。部下の思想や思惑を把握するリーダーとして資質。あの年でそれが出来るのだから末恐ろしいものだ。


 そして。


 オレは軽く横を見て、背後へ尻目する。黒いスーツの女を。


 三宮希咲か。覚えておこう。

 牙を隠してる猛獣って雰囲気だった。

 もっと、何か奥の手を隠してるな。技の面か、他のことか……。

 そもそも『棘糸ぎょくし』、どう見ても特殊変化のない通常の『糸』に見えた。ただ深緑色なだけで。

 でも、そこにギミックがあるはず。

 拓海の『白蜘糸はくちし』のように何か固有の特性を有しているはずなのだが。


 希咲本人が術式を「術式」として捉えていないせいか、異能の起動式が甚だしく曖昧だ。出力も感覚的に操作しているのだろう。この様では浄眼でも精確に読み取ることは叶わない。

 術式においての機能は起動式に付随して出力され発動する。なのでそれが曖昧な状態であれば、異能の詳細性質を読み解けないのだ。

 希咲が自分で扱っている技術を「術式」だと知らないせいで、こちらにとってのむしろ抜け穴になってしまっている。


 三宮当主、三宮拓真。狙ったのか……。

 仮にそうだとしたらアドバンサーの可能性もある、というわけだ。


 やはり、他のアドバンサーとの接触をさけるために、他のアドバンサーが誰か知らないのでは本末転倒だ。

 しかし上の決めた規則だ。逆らうわけにもいかない。

 まあ、考えても仕方ないよな。


「それより聖境教会……結構厄介になってきた。取ってくる手段が悪化してる。これはかなりまずいな。基本的になりふり構わずって感じだ」


 オレは首のマフラーを少しどけ、うなじ裏の装置デバイスを起動する。

 痛みのような音。相変わらず鳴り伝わる同調痛。

 この感覚、以前瑠璃と戦闘した際に起こった「共鳴」とやらの感覚に似ている、今更ながらにそう思った。


 いや、もしや――あのときのは。


「気のせい、だよな……」

『ん……何が気のせいなの?』


 第一声はそれだった。

 朝早めだが、いつも通り迅速に来てくれる。茜ならいつでもすぐに同調を繋いでくれるという安心感があるのは否めない。

 茜と繋がる脳内から、水で手を洗う音が聞こえてくるので朝ごはんを作っていた途中だったかもしれない。


「関係ない。忘れてくれ。それより事後報告だ。今いいか?」

『うん、いいよ』

「森嶋命を明確に暗殺する意図で結成した聖境教会特別委員と思しき四人、『シュペンサー・火花・クルス』『倉橋星香』『神内善』『天王寺陽菜乃』から半ば奇襲に遭い交戦。その後『神内善』『天王寺陽菜乃』を始末しこれに対処した。イン伏見当主の伏見玲奈による改ざんにより表面上は隠蔽成功。『シュペンサー・火花・クルス』『倉橋星香』には逃亡を許したがどちらも再戦が予期される。以上だ」

『はい。わかった』


 言ってタッチパネルを数度タップする音が少々。


『お疲れ様』


 なぜかそう言われる。


「ああ、ありがとう」


 茜から言われたこともない言葉をかけられ困惑した。

 今まで一度も労いの言葉を口にしたことはないはずだ。或いはオレが覚えていないだけかもしれないが。

 ここで初めてオレに労いの言葉をかけることに何か深い意味があるのか。

 精神的な要素で返報性の原理を利用し、オレから何かを引き出そうと……。


 ――って、女性一人との会話如きで何を考察しているのかオレは。


「はぁ。オレは、相当に疲れているらしい」

『大丈夫……? 何かあったら相談に乗るからね。いつでも言って』


 何だこの差は、とオレは思った。普段彼女は冷めた声と口振りで相槌を打つことが多いはず。


「いや、どうしたんだ今日は? 随分優しいな」

『え、なんかそれ凄く失礼なのだけど』

「失礼ついでに言わせてもらうと、いつもはもっと塩対応だ。素っ気ないし」

『そんなことないって』

「ある。今日のKは神対応だ」

『ふっ、それたぶん使い方間違ってる。もう、変なこと言わないで』


 と言うが、ツンツンしてる日もあれば、茜の発言がオレにとって奇怪な時もある。そう考えれば今日の茜は随分と乙女だ。

 茜がクール系の女子に分類されることは理解できるが、それでも機械じゃない。幅はあるということか。


「いつもの素っ気なさからすれば、神だろ」


 男性に精神的影響を与えるのは「テストステロン」という男性ホルモンのみ。対して女性に分泌されるホルモンは「エストロゲン」「プロゲステロン」「オキシトシン」「テストステロン」の四種類で、しかもこれが生理周期に合わせて増減するため、女性の精神状態に日々影響を与え続ける。

 つまり茜自身が、自らコントロールしきれない感情の変化に振り回されているだろうということ。

 「女性は月に四回性格が変わる」という比喩があるが、あながち比喩ではないのかもしれないな。


『ふーん。統也、私に優しくされたかったの?』

「まあな」

『え……思ったよりも正直』

「オレは正直者なんだ」

『どこがさ。嘘ばっかり』

「本当だ」

『絶対嘘。超ひねくれ者のくせに』

「ふっ」


 自然に笑みが漏れた。


 変だな。

 さっきまで色々なことで悩んでたのに、この女性ひとと話していると、少し前向きになれる。それも、奇妙なくらいに。


 そもそも今回した「事後報告」のための同調接続チューニング……帰宅したあとでも良かった。それでも十二分に間に合った。

 朝の内にしておく理由なんてなかった。

 でもオレは、こうして同調を始めた。


 本当はもう気付いてる。

 心の内に秘めてるこの感情。意味。靄の正体。わだかまり。


 オレももう高三だ。流石に自覚している。分かっている。


 これが、何なのかは――。


 だが、ただのカウンセリングのような精神安定剤としての作用だ、とも捉えられる。


 ――「悪魔」の中で、オレがオレでいられるように。


 オレはそんな風に思ったことはないが。

 というより、そんな風に思わないように意識しているが。

 

 オレはこの一年余りの期間、ずっと、悪魔とされる「敵」と共に暮らしてきた。 

 悪魔と同じ食事を食し、悪魔と同じ屋根の下で寝て、悪魔と同じ戦闘方式を学び、悪魔と戦闘して、悪魔を殺した。


 その罪悪感はあった。それを話を聞くだけでもいい、受け入れてくれる人が必要なのは道理だ。


『……統也、朝ごはん食べた?』

「いや、まだだ。本当は摂取した方がいいと分かっているが今日は朝から怠くてな。絶賛ハングリー中だ」

『今からスクランブルエッグとサラダ作るんだけど、食べる?』

「はっ」


 思わず鼻で笑った。

 オレのいるこの場所まで届くはずもないのに。


「新手の嫌がらせか?」

『あ、バレた?』

「おい。切るぞ」

『えー、切りたいならどうぞ』

「もう少しオレと話せ」

『上官に向かって何様?』

「王様ってことで」

『意味不明』



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