第202話 イザナミ【5】
『檻』の展開は―――駄目だ。間に合わない。
これが意味するのは別に、オレの死ではない。
瞬刻の中、交差点付近で影人化した大輝の方を目視。星香が操作する数十の影人達と激しく格闘戦を繰り広げていた。
大輝は低く見積もっても所詮
そんな刹那の中、オレは完全に退路を断たれた。
直接的な物理攻撃を繰り出してくる影人達に包囲される。
円形が徐々に収束し、黒い影の円が縮まり、オレを中心に接近してくる。全方位から、迫りくる。
また、上空からは蓋でもするかのように、灼熱の一矢。
それでも。
オレは恐ろしいくらいに現在状況を把握し、形勢を冷静に確認できていた。
悪いがこの程度でオレは死なない。
あるのは、オレの死ではなく―――。
―――星香の死だ。
すまない。
聖境教会の増援がいつ来るかも分からないこの状況にて、たった一人の『霊体術式』使い相手に、時間を消費する利点を感じない。
だからこのまま、オレがお前を。
安心しろ星香。一瞬だ。
おそらく人間という、宇宙で矮小な存在において、時間的な枠を明確に感知できない場合、そのあまりにも規模が違い過ぎる時間的感覚により、痛覚も覚えず終えることができるはずだ。
そのためなら、けして躊躇しない。
第零術式――――。
『り―――。
しかし瞬間。その一弾指。
擬似時空零域「律空間」を『檻』内で展開する固有秘技『律』を発動しようと試みた正にその時、
「『
どこからともなく聞こえた女声と共に「えっっ!!!」と叫ぶ星香。
紫の彗星のように遥か上空からジェット噴射で威力を上げつつ直進してくる矢。それがオレの身体領域に届く前、グリーンレーザのような光が横から横へと一直線に放出された。
そのレーザーが炎の矢を難なく消し飛ばす。生じた爆風、衝撃波で舞う煙。
レーザーとは言ったが、緑の糸状物体を束ね、出力を高めたビームのようなものだ。
これは……間違いない。
三宮一族の第一術式『
次の瞬間、視界の端で無数の「緑の線」が揺らいだ。
極楽浄土へ導かれるような糸かと勘違いする「深緑色の糸」が。
「『
響き渡る控えめで柔和な声。主が若い女性なのは見ずとも分かった。
直後、上空側から影人の元へ伸びた深緑の糸、その糸が瞬時にそれぞれの影人の五体へ結合していく。いや、『糸』が連結していく。
それを受けピタリと行動をやめる影人達、まるで石造のようだ。
演算主が三宮一族なのは明白。だがなぜかオレは狙われなかった。
「自壊浄土」
その発言を合図に、『糸』の連結を受けた影人がいきなり同士討ちを始める。そこに居た全ての影人が、例外なく殺し合いを始める。
「これは……」
オレへ矛を向けていた影人達は突然互いに方向転換し、見つめ合う形を取り、狂ったように殺し合いを始めた。
先までオレを狙っていたのが嘘のようで、互いを狙うことに夢中になっている。
影人と影人がぶつかり合うという違和感が支配する現場となった。
「我が
そうして影人達は深緑の糸の操り人形のまま、互いを互いで打ち取り合う。決定的な一撃をそれぞれで撃ち、とどめを刺し合った。
同時に紫のマナ火花でプラチナダスト化する。流れるように全てが紫紺石となり、落下する。
「三宮家警務部担当が一人、三宮
その発言の正体は、徐々に黒煙の先から現れる。
華麗に歩いてくる麗人。黒髪で後ろ髪を結っている。
自己紹介の通り十中八九三宮一族の人間だろう。
というか大輝が審議にかけられた際、大輝の動きを抑制していた深緑の『糸』で束縛している女性がいた。白フードの瑠璃と並んで立っていた黒フードの。
顔を覚えておいて良かった。
影人は霊体術式の支配よりも強力な、糸人形として自滅した。
本来の異能『糸』のレベルがこれなのだろう。『
「なにこれ!! 一体……どういうこと……!!?」
店の屋上で後ずさる星香はビビり散らかし、見るからに腰を抜かしそうになる。
「私の影人……どうして最初の『糸』をかわさなかった!!」
オレは改めて星香の方へ向き直り、教えてやる。
「単純に『影人の性質』だろ。……星香、そんなことも知らないのか? 影人は霊体に依存させてもその本能的な性質は影人」
引き継ぐように三宮希咲が、
「だから影人は目の前の獲物を前にして襲いたいという衝動を抑えられない」
あえてその時を狙っていた、と言いたげな彼女はオレの隣に並んでくる。
初めて対面したがこの人が今だけは敵ではないのは理解できた。
「つまり、その隙さえあれば、いとも簡単に影人を『
言ってる時、斜め上から再び紫炎の矢が飛んでくる。
シュー、しつこい奴だ。
『檻』で防御壁を展開しようと右手をそっちに出すと、
「ここは私に任せてください」
言いながら左手の指先を繊細に動かす希咲。その指をよく見ると、人差指と中指から、右付近の建物に繋がる深緑の二本線が見えた。
それが建物と建物の間、道路の上、電線と並行かつ交わるように展開される。
正確には展開されていた物が可視され出現する。術式明燈による
飛んでくる矢は瞬間的にグリーンのカットを受け、紫炎が三つに分離、分散し、推力が消失する。
金属の矢は力なく落ち、また、ただの「炎の塊」となって道路に落下。
「名瀬様、私はコンビニ上の天王寺
「オレはマンション上のシューか?」
遮り言うと、一瞬目を点にしてから、
「流石です」
オレはすぐさま右手を構える。『蒼玉』を打ち込むためだった。
正直、遠距離系の技はこれしか持っていない。
遠い距離での技の掛け合いは『蒼玉』星鳴りの弾丸に依存する。
『蒼玉』はあくまで“空間を凝縮させる反応”を持つ『檻』の名称でしかない。『檻』の内部を圧縮させるのも、収束した空間の球を放出するのも両方『蒼玉』。
元から得意な技能ではあったのだが。
どっかの師匠がエネルギーの収束しか教えてくれなかったせいで。
「さて」
そうして『蒼玉』を撃とうとしたが。
その必要はなかった。
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