第201話 イザナミ【4】
「あと、一人か」
言った瞬間、オレの正面にある道路先の交差点で、紫の発光が落雷かの如く広がる現象が、引き起こされる。
「――――」
マンションや高層ビルといった建物の向こう側、そこから迫りくる数十体の影人に対応すべく遠くの大輝が影人化を果たしたようだった。
大輝の影人化。暴走しないで制御し切れるといいが、それは希望的観測だな。まあオレとしては、暴れて影人の足止めでも全然ありがたい。
今の内にもう一人の敵の居場所を把握して、
蒼く揺らめくオーラを帯びる左拳を握り、
彼女をお姫様抱っこしようと屈みながら、浄眼を用いて他の建物内などを索敵し始めて間もなく、
「は? これは――」
前触れなく、馴染みある『霊体術式』によるマナを感知した。
「まさか、
呟いた瞬間だった。オレの背後の道路一帯で凄まじい爆轟が生じたのは――。
鳴り響く衝突音と燃え上がる灼熱が同時に背に押し寄せる。
「なにっ」
オレは咄嗟に振り向き『檻』を障壁として大きめに展開するが、そこには何もない。具体的には先の衝撃で円状にひび割れた道路地面から、虹のような色調の炎が焚き上がるだけ。
すぐに上を見て、そうして気づいた。その方角のマンションの上、その屋上にシュぺンサー・火花・クルスがいることに。
「最初に
*
「……はずした……」
マンションの屋上を陣取る私は分かりやすく顔をしかめた。
左手にはメカニカルな機構を持つ、機械仕掛けの弓。
右手には特注品の矢。内部は「重金属」で、それまた機械じみている。
高度な火炎を扱う異能一族を、ここの人間は風間一族だけだと思っているだろう。
けど、真実は異なる。私の血族は、その風間ではない方の家系。
風間家の派閥は「次元火炎理論(英、ディメンショナル・ブレイズ)」を研究し、一方で来栖家の派閥では「超越火炎理論」を独自に研究、その術式群を相伝する。
私は――、
「『
無論、後者。
私の紫炎術式には二つのパターンがあり、
①オーソドックスな術式『矮星』……重金属を燃やし、超高温の紫炎を生み出す。
②通称、ネビュラ術式『紫微星』……①を粉塵のように撒き、気体分子をプラズマ分解して噴霧爆発を誘発する。
紺色の外観であるその弓を左手で強く握りながら、右手に持つ重金属の矢を燃やし、超高温の紫炎を生み出す。ボワっと紫の光を発生させ、サイキックと霊体素子の念動力で拡散率を下げ、更に矢型に模っていく。
「どうした私、怯んでるの? ……冗談じゃないわ。しっかりしなさいシュー」
私は「インナー」でも「アドバンサー」でもない。そんな重い差別対象でも、大罪に踏み潰されそうな重役でもない。だけど、聖境の信徒として、修道女見習いとして、私は使命を全うする。そのため私はここにいるのよ。
その、紫炎の矢を機械アチェーリーの弓にセットし、特殊なナイロンで構成される弦を引く。
「次は、当てる」
弓型のオリジン武装「シャランガー」。私が今握っている機械仕掛けのアーチェリーはそう名付けれている。
スコープまで付属しているため遠距離までの狙撃が可能。
通常、異能『焔』は、炎を射出した際に受ける空気抵抗と空気の層だけで熱と穂が消失してしまうため、遠距離攻撃には向かない。けど、私の『矮星』による超高温の紫炎を活用することで、目標に到達する時にもその火力を保っている。
私が遠距離の『焔』を運用できる最大のポイント。
「すぅ……」
深呼吸をしてそっと、スコープを覗く。
銃でも、弓でも。狙撃をする上で、最も優先的かつ慎重に考慮すべきなのは発射初速・射出重量・抗力係数・重力・風の方角と風速。
更に言えば標高・高低差・気圧・湿度・気温、果てには緯度と方角、地球の自転によるコリオリの力まで計算に含める。
私は右耳に装着するインカムマイクにて尋ねる。
「星香、そっちの状況はどう?」
『……パーフェクト、オールグッド』
温容としているのに寂しそうな声。
「本当にもういいの?」
『うん……もう、いい。話す時間を、猶予をくれて、ありがとね。………今がチャンス』
「了解」
いいのね、本当に。
残念よ、名瀬統也。
あなたはすごく価値がある、特別な人間なのに。
世界を変え得る力があるのに。
「『
*
数分前。
先程シューが出した、オレのいた場所へ届いた遠距離の火炎射出攻撃。通常の炎より高温な代物だな。放射熱で周囲の強化ガラスが溶け出す様子を見ながら、尋常じゃないと結論付けた。
正体はよく分からないが、今はいい。
それより
速やかにお姫様抱っこして中道に入ろうと一歩踏み出すと、
「……っ」
その場で通行止めするように立ちはだかる影人二体が、上部から素早く降り落ちて通せんぼする。
「ストップストップ。ここから先は行かせないからね」
そう発せられたツンとした女子の声。それを聞き、第一に思ったこと。
それは――懐かしいだった。
高さ二十メートルほどの雑貨店の屋上に、彼女はいた。
「久しぶりだな倉橋星香」
「なんでフルネーム?」
首を傾げる星香を、オレは揺るがない蒼き目線で捉えた。
身長はあまり伸びていないな。だいたい目測160くらいか。
細い手足に貧弱そうな首。藍色の髪。左だけ前髪が長く片目が隠れるのも何も変わっていない。中学以来だが鮮明に覚えている。
「でも安心した。急に軍に入ったり、よく分からない人だったけど………ってあれ? 高校生で軍に入れるわけないか? 何を言ってるんだ私……」
その自ら紡がれた発言に困惑するような、また、理解に苦しむような含蓄あるセリフを受け、オレは自然と顎が力むのを感じた。
中途半端に洗脳記憶が解けたのか。だから術式だけ使える、って感じだと有難い。が、それは楽観的過ぎるか。
「でも相変わらずクールボーイだね、統也は。表情一つ変えてくれないや」
「どうでもいい。そこをどけ」
言ってる間にも四方を影人によって完全に囲まれた。
軽く確認すると、正面二体、正面以外の方角に三体づつ、計十一体。
「どかないよ。けど、もしこの子たちを倒せたら、通れるかもね?」
コイツらがただの影人だったなら何の問題もなかった。コイツらがたとえB級影人だろうとA級影人だろうと。むしろそうだったならどれだけ良かっただろうか。
「霊体術式『幻霊憑依』。肉体的に弱った有機体、生物死体のなどに霊体のマナを直接付与する禁能。いわゆるアンデッド操作の術式」
影人は通常生きてる判定かと思ったが、生物学的には生命瀬戸際でも、異能物理の解釈では死体、ということなのか。
「さすが統也だね。でもさ、私なぜかあなたに関する記憶に齟齬があるんだよね。なんでか知らない? 心当たりない?」
オレはすっと目を逸らす。気まずさからか、多分違う。
単に、オレはそれが何かを知っていて、実際インナーワールドの人類はほとんどがそれを受けているため、別に不思議ではない。
そう、不思議ではない。――そう思ってしまっていることに無自覚にも憂鬱を感じた。
「仮に知っていたら、どうするつもりだ?」
「どうする、とかじゃなくて普通に教えてくれる?」
「それで交渉になってるとでも」
「交渉? そんなのしてない」
そうだった。星香は
「別に、お前に恨みはない。だが、星香が
「なんで?」
少し怒ったように、思いつめたように俯き、聞いてくる。その表情は遠目にもどこか泣きそうなものであることが分かった。
知っていたさ。昔、対抗術式『解』しか持ちえない――そう見せかけていたオレ――落ちこぼれとして有名だったオレ――をなぜか君が好きでいてくれたことは。
「なんで……。なんでなの……!」
「……何がだ?」
「なんで
それに対してしばらく無視していると、星香が何かに気付いたような素振り見せる。そして自分のインカムマイクに触れ、誰かと通信している雰囲気で言った。
「……パーフェクト、オールグッド」
誰かと通信……増援を呼ぶ気か?
これ以上大事にすると面倒だ。
「うん……もう、いい。話す時間を、猶予をくれて、ありがとね。………今がチャンス」
それが何かへの合図だったと気付くのはコンマ数秒後。
瞬間。
まるで直線的な流れ星のように、紫の矢が襲ってくる。
「……!」
高密度の火炎により構成されていた炎熱の流星。シューのいる左上から接近してくる神速のそれは、紫炎の一矢。
星香が小さく「さようなら」と呟いたのが分かった。
何がさようならなのか、理解に苦しむ。
オレは感知次第、浄眼にて解析を始める。凄まじい情報量を処理してゆく。
起動式――解読、完了。
展開範囲――誤差、確認。
発動式――解読、完了。
全工程完了。
差し詰めプラズマを用いて高エネルギーの電磁波を振りまき、超高温の爆轟を誘発する技か。有効範囲はかなり広域で、威力の規模も規格外と予期される。
彼女が特級異能者じゃないのが不思議なくらいだ。
まあ、だから何だという話でもないが。
――第一術式『解』
その矢に、高出力空間分解を目的として、檻「蒼」で照準し迎撃。
瞬間、バリン、と何かが割れたような音と共に凄まじい破裂音が鳴り火炎が拡散。いとも容易く、術式が存在する情報次元の解体に成功。
「はっ、炎が消えた!? そんな!」
異能術式の無効化を果たし、結果、紫の炎は虚しく霧消した。また、重金属と思われる熱された矢のみ、浄眼の照準で設定した蒼いバリアを即座に展開して防御。
「この一瞬で矢まで防ぐなんて……。この速さでも駄目なの……?」
困惑交じりに焦りを漏らす星香。この程度でオレにダメージを与えられると思っていたらしい。随分と舐められている。
「――なら!!」
矢が『檻』の障壁にぶつかった直後、周りの影人が「今だ」と言わんばかりにこちらへ攻撃を仕掛けてくる。
「グラァァァァ!!」
うしろの影人はナイフを持ってるのもいる。長身の武器を持ってないのが不幸中の幸いか。
目の前の影人は言わば「S
影人が『霊体術式』で強化された、一般的な「霊体」としての動きを見せる。平たく言えば霊体憑依を受けた影人は「移動速度の向上」「マナ性能の反射神経」を得る。何より星香が自分の意思で自由自在に操作できるため、本来の影人ではないイレギュラーな動作を取る。
そしてもう一つ。これは相手というよりオレに関係しているのだが、浄眼での動作予測が不可能になる。
浄眼はこの世ならざるモノは全て視認できる。たとえばマナを構成する素粒子マギオン、そして霊体素子であるスピリオン、その全てを。
しかし、霊体に支配された影人の流体的マナを感知するのは不可能だ。揺らぐ霊体から派生する変則的すぎる影人の動きは予測できない。
通常、異能者などが放出するマナはとても規則的で、上級者であればあるほど読みやすい。
そのためコンマ数秒後の動作予測が可能となっている。ミクロなマナ解析を可能とする浄眼では容易いことだ。
それが霊体憑依系には通用しない。なぜなら、霊体自体が
電子や光子は波動と粒子の二重性を持つが、スピリオンはそれよりも観測に関して難がある。現に人類は、幽霊という超自然的な存在や霊的なものを科学的に観測、記録できたことがない。
右上の『檻』解除後、抱える命を床にそっと下ろし、再び『檻』で囲う。
瞬間、前触れを最小限にし真後ろへ振り返り、その方向にいた影人三体へ向かってマフラーを一閃する。
「はぁぁっ」
背後にいた三体のうち、二体にはその青き斬撃を当てる。かわすのに成功した一体は瞬時に二度バク転して奥へ下がり、四つん這いで赤い眼光を向けて威嚇してくる。
「ガァァァァァァァーーーーーーー!!!」
「ちっ」
だが二体の
普段通りその二体の影はその場でプラチナダストとして蒸発する。
「グアァァァァッ!!」
次に右から来る二体と左から来る三体。さらに正面から、取り逃がしたさっきの一体。
『檻』で自身を完全に囲い行う防御は一見すると無敵に思える。確かに窮地に陥ればオレもそうする。数年前の東亜戦争などでは死にかけた際によく利用したものだ。だが、軍隊形式も持たない通常の戦闘で利用するのは危険。
『檻』から脱する際に集中砲火を食らうからだ。
こうなれば空間発散で一帯を……いや、駄目だ。この至近距離では命を巻き込む恐れがある。
刹那の間、マシンガンのような勢いで思考を回してゆく。
かといってマフラーの攻撃中にシューからの―――。
「はっ――」
そうだ、上は――。
見ると、紫炎の矢が再び放たれていた。
『檻』の展開は――。
駄目だ、間に合わない。
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