第200話 イザナミ【3】




「発散式『青玉』」



 次の瞬間、両サイドに盾として空中存在する青い障壁おりが薄く発光、その刹那、強い衝撃波を外側へ発生させた。あり得ないほどの拡散。

 右へ、左へ、それぞれオレを中心点として強く強く吹き飛ばされる。さっきまで右にいた女は、吹き飛ばされビルの壁面に食い込む。また、包帯男は両足を道路に引きずりながらも何とか耐え、再度構える。

 だが、両者致命傷には至らなかった。 


みことを案じたせいで無意識に手加減した、か。オレもチキンだな」


 俯き、お姫様抱っこしている彼女を一瞥し独り言を言うと、


「てめえ! 今、何をした!」

「さあな。オレはあんたみたいに優しくない。自分の技の詳細を開示したりはしない。まだ、な」

「そうかよ!!!」


 簡単な理屈、そもそも『檻』とは空間を制御する異能。

 両サイドにいた女と包帯男から防御するための障壁……これは「空間」という三次元を局所的に「内」と「外」の二つに分割している。それが『檻』の空間固定。

 局所的な物理解釈として、内と外、というより表裏、と表現されるその『檻』の外側と内側は全く別の空間領域として分けられている。

 先程まで両サイドで盾として運用していたそれぞれ二つの『檻』の式、その外側のみを空間発散式に変更。対象を発散『青玉』の衝撃波で吹きとばす。

 術式の途中変更の操作など多少面倒だが、理屈自体は何も難しいことじゃない。


「命、さすがに君を抱いたままでは激しい戦闘が出来ない。少し寝ていてくれるか」


 道路上に、脱いだ制服ブレザーをしき、そこに命をそっと寝かせる。

 そうしたのち立方体型にした『檻』で囲む。いわゆる「監禁」だが閉じ込めるというより外的衝撃などから守る要塞となる。彼女には傷一つ付けさせない。


「で」


 オレは方向転換し、背後を見やる。今来たこの女以外にもう一人女の敵がいたはずだが、現在も『隠密漂』で隠れているな。

 ……賢明だ。おそらくそいつは結構思考レベルが高いか、もしくは相当な慎重派なのだろう。

 すぐに攻撃してこないのは……非戦闘員系の異能者なのか。他の意図か。

 浄眼でも、『隠密漂』に精密な呪詛術式を組み込まれると本格的に読み取れなくなる。明確に気配のようなものだけは感じるんだが。


「包帯男」


 オレは六時の方角から、左の男の方に向き直った。


「てめッ……まさか俺のことかッ」

「それ以外誰がいる? この場で包帯をしてる奴が他に居るのか?」

「クソがッ!」


 睨んでくるが怯まず語り掛ける。


「さっき、みことの中に日本神話の女神がいるって言ってたな? あれはどういう意味だ?」


 瑠璃もそうだが、やれかぐや姫を信じろだの、九神という神々を信じろだの。非合理的で非論理的な、まったく証明性のない絵空事を口にする。日本書紀、古事記の伊邪那美を信じ、はいそうですか、と言えるほどオレの脳内は神論者ではない。


「なっ――ぜん! おまえ話したのか!」


 聞くとその直後、包帯男が何かを答えるより先に、背後の敵女性がオレ越しに包帯男へそう言った。

 聞く限り、包帯男は「善」というらしい。やってることは悪だが。


「さっきの不意打ちで殺せると思ったんだよ」

「だからっておまえ! 言っていいことと悪いことがあるだろ! しかも一番ヤバい奴に知られた。おまえ何してくれてんだ!」

「まぁいいだろ天王寺てんのうじ、どうせ結果は同じなんだから。……殺すんだからよ」

「コイツだけは別格だと、星香せいかやシャルロットが言ってたろ! おまえ招集のとき、一体何の話を聞いていた!」

「そんなん言われなくてもわかってっよ。思ったより少し強かっただけじゃねーか」


 そう言って、ゆっくりと牽制しつつ包帯男こと善は天王寺と呼ばれた女性と合流を果たす。オレも少しずつ命から離れ、奴らから距離を置き、考える。


 シャルロットだと? オリジン社の一員であることは知り得ていたが、それ以外の情報は皆無。身寄りのないアイツはセシリア・ホワイトの付き人をやっていると聞いていたが。


 セシリア・ホワイト。エミリア・ホワイトの義娘で、現在はオレと同じ特級異能者「蒼鱗の蝶モルフォ」として知られる、水色などの色調を持つ蒼銀の『衣』の使い手。


 そして何より――英国イギリスのアドバンサー。


 話は逸れたが、要はシャルロットがこんなところにいるはずもない。聖境教会の集会がリモートだとすれば彼女も聖境教会に所属していることを、間接的に意味する。


 そうか、セシリア自体が「聖境」という宗教、観念を信仰していれば、可能性は……。

 しかもセシリアは悪人ではないと、過去の経験からオレは把握している。裏稼業以外だけの認知や活動なら問題視されない。

 そして、名前が出た星香せいか。もしそれがオレの知っている星香なら、彼女は「インナー」だったことになる。そんな話は一切聞いていないが、そう言えばここ数年会ってなかった。


 一応、星香、シャルロットの二人とは古い知り合い。中学の同級生、といった感じ。

 

 ああ、懐かしい。東京国立異能■■大学付属中学校の同級生。

 オレもその中高では最後まで全力を出すことはなかった。


 否、出させてくれる相手がいなかった。

 

 よく、勘違いされているのだが。現状、オレはまだ全能力の半分さえ敵に見せてはいないし、ここに暮らす敵を、実力差から手強いなと感じたことも一切ない。

 それを全力を出し切っていない、と表現したいのなら好きにすればいい。


 そんな思考に馳せるさ中、大輝が叫んできた。


「おい統也! なんか反対側から影人の脳波を感じる! それも数十体いるぞ!」


 確かに接近してるなと、すぐさま浄眼で確認を取った。

 大輝の為せる、影人同士の脳波交信。練習さえしてないのに日に日に感覚が冴えてきている。これは喜んでいいことなのか、こっちとしては好都合だが。


「大輝、自己判断の影人化を許可する」


 遠目でよく見えないがおそらく、「本気か?」とオレが正気の沙汰じゃないと思っているに違いない。


「いいんだな!!」


 そう叫んでくる大輝は半ばやけくそに見えた。


「ああ」


 その時、


「ちっ……てめえ、ぜってえ殺す!!」


 懲りていないようで包帯男、善とかいったか、そいつが目にも留まらぬ速さで剣を薙いだ。

 こちらは青を帯びたマフラーの斬撃で返す。ぶつかるマナの熱い火花は熾烈に飛沫を上げる。

 相手はまるで脳死で直進してくる。防がれると思っていないのか、大して速くもない斬撃を繰り返し仕掛けてくる。

 オレは瞬発的な動作で距離を取ったり、マフラーの斬撃で防いだりといった定石の行動で全ての不規則かつ予測不能な剣さばきに対応していく。

 

「あんた、そんな粗末な攻撃でオレを殺すとかよく言えたな」

「あ゛!!! 黙れゴミが!!」


 接近戦における機動力やフットワークなら瑠璃や影人の方が何倍も上。瞬間的な速度は男性な分、瑠璃より速いが、浄眼の動体視力では十分追える次元の速さ。

 旬さんなどを相手にすると、そもそもどこへテレポしたのかさえ分からないからな。それと比べると本当に大したことない。


「あんたらの目的はなんだ? 全部話せば死んでやってもいいぞ?」

「ふざけるなよ! クソ野郎がぁ! 舐めやがって!!」


 その後もヒットアンドアウェイを繰り返す。

 斬撃し続けて分かったが、この剣……特殊なマナが編み込まれている。

 おそらくマナやマギオン集合体といったエネルギー形態を乱す作用。この男の特殊な皮膚と同じ類か。

 先程から『檻』の空間断裂が起こらない理由はこれ。

 だが、『檻』という空間の支配下にある空間の収束体『蒼玉』なら、そう簡単に乱せないはずだ。その考えのもと、


「私もいるんだぞ!!」


 後ろから直線的な突撃。茶色髪のポニーテル女が、黒いナイフを突き立ててくる。


「来るなら黙って来い」


 彼女が右手で持っているナイフは長身で、どちらかというと両刃の短剣に近い。

 これもまた特殊なマナが含まれている。――が、マナ供給部、身体とその結合部――すなわち持ち手部分においてマナの流動的な変化が見れる。つまりこれは、武器が予め備えていた呪詛的な能力ではなくマナの術式。

 固有のマナ作用が現象に直接的に干渉したり、マナ自体に特殊な能力が含まれる場合を異能界では『マナ術式』と呼んだりする。

 反対にマナを明白な原動力、燃料として使用する異能の術式は単に『術式』。

 この天王寺とかいう女は間違いなく前者。

 マナ性の毒物――というか毒性のあるマナ術式。おそらく異能者にとっては有害な代物。触れればどうなるか分からないマナ反応を有している。


「――――」


 オレは回れ右の動きでマフラーを後ろへ回し、一閃した。

 突撃していた彼女はまずいと思ったのか防御にまわり、ナイフを床と垂直に構える。ナイフはオレのマフラーによる空間切断を受け「パリンッ」と割れ落ちる。

 

「くっ、鋼鉄のナイフだぞ!? ……バケモノが!!」


 天王寺は言いつつ体勢を強制的に崩し、身体を大きくのけ反らせることでマフラー先の斬撃をかわした。

 一方、丁度背後から迫っていた善には『檻』の障壁展開で進路を塞ぎ対応。視認できないので、ノールックで手を広げて空中に座標を置く。青い正方形。

 そこへ剣を突き立て、衝突することで火花が大きく広がったのだけは感知した。

 そのまま流れるような動きで反対の女の腹部をマナで基本強化した右脚で横蹴りする。鋭くも速い一蹴り。そうして思いっ切り蹴り飛ばす。


「くはっっ!!!」


 赤い血を吐きだし、燕のように吹き飛んだ女。建物の強化ガラスに衝突、突き破り、奥のエントランスへ入っていく。


「天王寺!」


 吠える善は注意散漫になった様子。

 この瞬間を待っていた。この機会を逃す手はない。オレは左の青い障壁を瞬時に解除し、手のひらを向ける――。


 工程を省略した雑な式組の『蒼玉』。星鳴りの狙いを定め、放出。


 瞬間、鮮血がアスファルトに散らばる――。


 なぜか。


 善の身体中心、心臓部を貫通した新幹線のような蒼い球は、衝撃波と共に凄まじい速度で空間を収束しながら直進していった。


「かはっ――!!」


 大量の血を口から零しながら、道路面にゆっくりと倒れていく、崩れ落ちていく善をオレは冷たい目で見降ろした。


 ――青く冷めた眼で。


「オレのみことに触れるからこうなる」


 どうしてか湧いてきた命への独占欲をいったんは押し殺し、呟いた。


「あと、一人か」


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