第165話 告白



  *



 8月25日。夏休みも終わり、高校や異能士学校も再開。

 高校の始業式放課後、珍しく森嶋命はアイドルのダンス練習がない様で、オレを含め、東川香、木下栞と並んで帰った。


 オレは自分のスマホを見る。

 

 統也 13:21「今日 学校帰り ミコトはオレが送るから護衛や使用人 呼ばなくていい」

 玲奈 13:30「OK あなたのことだから何か考えがあるんでしょ? じゃあ命のことよろしくね」

 統也 13:31「考え? オレをなんだと思ってる?」

 玲奈 13:31「策士」

 統也 13:31「は」


 オレはここでいったんメッセ送信を止め、香と栞、命が成す会話を耳を傾ける。


「んでもスゲェよ! 命、この間テレビに出てたもんな! もうすっかりアイドル!」


 興奮気味の香だった。今日の最初は何故か少し疲労が溜まっているというか疲れている様に見えたので、元気な姿が見れて良かった良かった。


「ふふーん、凄いでしょ!」


 だからなんで栞が偉そうなんだ。

 栞はメガネをくいっと上げたのち、エッヘンと両手に腰を据える。


「もういいよ……恥ずかしい」


 命はそう言いながらも喜びを噛みしめる。満更でもなさそうだ。


「なにも恥ずかしがることじゃねーよ。な?」

「うんうん。さっきまで学校の生徒からいっぱいサイン要求されてたし」

「ふ……ありがとう、みんな」


 そう微笑んだ命は、隣で歩くオレをちらりと見てきた。オレも何かを喋る感じの雰囲気だったので実直な感想を述べてみる。


「しっかりアイドルやってて凄いな。正直ここまで有名になると思わなかった」


 でも事実、ここまでのアイドルになるとは思っていなかった。

 彼女は「森嶋命」という本名改め「森島ミコ」と名乗りアイドル活動をしているわけだが。

 それも、恐ろしいくらいに莫大な人気とファンを集めている。オレが異能関連で忙しくしている間、彼女はとんでもない急成長を遂げていた。 

 

 確かに歌唱力、タレントとしての素質は有った。

 特に彼女の「笑顔」。これはオレにも耐えがたい殺戮兵器であり、シンプルにこれを向けられればオレでも鼓動を鳴らすほど。


 更に彼女のデビューソング『私の笑顔』は、ある想い人を連想しつつ、その人物が徐々に遠くなっていく切なさ、それでも最後まで笑顔を貫いたという片思いのセンチメンタルな心情を書いた一曲で、この世に感動を呼んだ。


「そんなことないよ。私のそばには皆が居てくれたから。だから私はやってこられた。ありがと。―――そしてこれからも、よろしくねっ?」


 長めの黒髪を風に乗せながらウインクする命。手を後ろで組み、色っぽいポーズを取る。

 手慣れたものだな。元はこういう大胆な性格ではなかった気がする。気がするだけ。きっとこういう人だったのだろう。


「うあ、ヤバい……!!」


 栞は心臓を押さえ、緊張感ある声を出し始めた。


「う、俺もだ……!」


 似たような仕草をする香。


「今本気でキュンときてしまった。キュンってなった、キュンって!! ミコはうちのもんだぁー! 誰にも渡さないぃーー!!」


 などと叫ぶ栞はご乱心な様子で、めいっぱい命に抱き着く。


「ちょっ!? 道端で私の名前、大声で言わないで……!」

「いやぁー! ミコが……ミコが……可愛いよぉぉぉ!」

「だから、私の名前!!」


 香とオレは彼女らを挟みながら、目を合わせる。


 今日のはじめ。久しぶりに皆と対面した際、栞だけは何故か若干怯えたような様子でオレから離れる仕草が目立ったので心配していた。

 だが今こうして活力ある姿が見られて安心した所存だ。


 それにしれも数日前――舞の誕生日パーティーで起こった「円山事変」の前――栞の家で遊んだ時は何ともなかったのだが、オレは気づかぬうちに栞との間に何か壁でも作ってしまったのか。


「くぅぅぅぅ可愛すぎる! うち、ミコと結婚するよぉぉぉぉ!」

「はははっ………栞ったら。でもダメー」

「えっ……もしやもう相手が!?」


 焦る栞と何か意味深な表情をする命。


「――いないよ。アイドル制約。恋愛禁止。分かるでしょ」


 栞はそう聞かされ安堵を露わにする。


「ふはははは。よし、うちと結婚しよう。そうすれば全て丸く収まる!」

「何言ってんのさー。私そういうサービスは担当しておりません」


 畏まった口調で事務的返答を。


「じゃあこの際、うちの兄ちゃんと結婚して! 兄ちゃん超イケメンだから! そうすれば私は必然的にミコの家族にぃぃっひっひっひっひっひー」


 途中から欲望が漏れ、悪魔の笑いが聞こえたが。


 だがこの時、オレは小さな違和感を見逃さなかった。

 香が親のような目線で栞を見たあと目を伏せた。その表情は気まずさと悲しさのような複数感情が入り交じったものだ。


「ん……?」

「え、何。急にどうしたのとーや」

「あ、いやなんでもない。気のせいだ」

「ふーん」


 以前茜に特殊権限アーカイブで「木下栞」を調べてもらった。髪の好みについて知っているのはおかしいと思い調べてもらったわけだが、実際は命が三年も昔に出会ったオレのことを覚えていただけだった。

 その時茜から聞いたが、栞の実の兄は事故死していて今は義兄さんがいるのだとか。多分その人のことか?

 

 その義兄の名前は確か木下きょうで、32歳。

 だが、何か不自然だ。32歳と17歳のミコを結婚させるという提案は妙。冗談でも少し度が過ぎている。


 訳も分からない嫌な予感と変な不快感だけが、脳内に広がった。


 その後も彼女らは、同じような会話を続けた。



  *



 19時21分。命にとって今日は唯一取れた休暇だそうで、四人で色々な場所へ出かけた。命のアイドル祝賀会と称して札駅内をはしごした。


 最終的に夕食をセイゼリアで済ませ、オレらは帰路についた、その帰り。


「みんなと話してたらこんな時間になっちゃったねー」

「そうだな」


 オレと命は二人きりになっていた。

 つまり、閑散とした人気のない夜の道を、オレはアイドルと並んで歩いてるのわけだ。まあ狙ったんだが。


「でも、今日はどういう風の吹き回し? 統也が私を家まで送ってくれるなんて」


 いつの間にかオレのことを君付けするのはやめたようだ。

 マフラーを直しつつ隣を歩く命を横目に見て、少し言い訳を考える。


「送りたかったから送っているだけだ。別に他意はない」

「……それホントかな?」


 疑うような目を向けられるが、やはり可愛い子だ。その動作だけで可愛いを付与してくる。

 こりゃ売れるわけだと納得した自分がいた。


「命、急な質問で悪いんだが何か変わった家庭だったりしたか? 家族とか親族的な……」

「え? えっと……あ、え、うん……本当に急だね。んー、けどどうだろ……普通の家庭だったと思うよ? 父は雅也、広告代理店で働いてた人。母は実里、専業主婦……? みたいな感じだった。まぁその母は四年前に亡くなったけど……」

「なんか悪いな」

「ううん全然。気にしないで。四年も前のことだし」


 茜に調べてもらった時もそんなこと言ってたな。

 同じ、か。


「そう言えば三年前、統也と初めて会った時はグレてたなー私。懐かしい」

「そうなのか?」

「うん。母が影人に殺されて、一年以上グレてた。そのあと統也と出会えて、改心するきっかけができた。アイドルにだって成れた。だから統也には感謝してるんだ!」

「いや、オレは何もしてない。改心したのも、アイドルになったのも全て命自身の意志だ」

「……ありがとっ。やっぱり優しいね」


 想像通りだった。何の変哲もない家系。そりゃそうだ。一般人の家系で、本当にごく普通の女子なのだから。

 だが瑠璃曰く命は「九神」の一人だという。その話が真実であるならば、彼女は何かしらの権能を持つことになる。

 かくいう権能と異能は別物。つまり権能を持つ一般人も存在する……というかむしろ、瑠璃に言わせればこちらの方が多いのでは、とのこと。


 しかし―――やはり駄目か。

 命の持つ権能とは不可侵の領域なのか、オレの浄眼でも読み取れない。

 大体この浄眼も、あまり使い慣れていないというのが正直なところだ。三月などはマナの詳細どころか情報次元の視界が白黒だったくらい。

 開眼時から徐々に性能が上がっていることを鑑みるに、おそらく発展途上。

 この眼を使いこなすのが今の目標と言える。


 そんなことを考えていると次第に顔が赤くなっていく命。彼女の目が泳ぎ始め、更には若干縮こまる。


「あ、あのさ……そんなに私を見つめないで……」


 もじもじする彼女は、さらにその頬を紅潮させる。

 確かに浄眼で見ていたが。


「すまない。別に変な意味はない」

「うん……さすがに分かってるよ、そのくらいは……。けど、恥ずかしくなっちゃって……」

「何千人を前にして歌えるのに、オレに見られると恥ずかしいのか?」

「そ、そうだよ……! だって恥ずかしんだもん!!」


 何かを誤魔化すように大声を上げ、そっぽを向き、プイとする。


「なら後ろに立とうか? 背後霊みたく。そうすれば恥ずかしくないだろ」


 言いながら154cmの彼女の後ろへ行こうとすると。


「ねぇ、だめ」


 命は反射的か、オレの左手を掴んで、自らの隣で固定する。


「スカートめくれるかもしれないから……」


 なんだその即興でこじつけた感満載な理由は。


「そんなに風強くないし大丈夫だろ」

「でも……隣にいてほしいの」

「恥ずかしいんだろ?」

「けど、隣にいてほしい。安心するから。……というか車道側に無意識で立つのとか反則だよね」

「ん、何の話だ?」


 単純に車道は危ないのでそちらに立っているだけだが。


「なんでもなーい!」


 そう言って可愛すぎる殺戮の笑顔を見せたのち、表情を戻す。

 

「統也って霞流さんと玲奈さんならどちらを取るの?」

 

 唐突、とんでもない質問なのに、それを聞く命は一ミリたりとも笑っていない。至極真面目な表情で、その真剣度がうかがえる。


「いや、質問の意図が分からないが」

「恋人にするのならどっちがいい? ってことなんだけど」

「どの観点で? それによるだろ」

「観点? そんなこと考えて恋愛してるの? おかしな人」


 クスクスと笑い、その間にオレのマフラーに触れてくる。


「やっぱり霞流さん?」


 そう聞いてくる真顔は、思いつめている様にさえ見えた。


「このマフラーは貰い物だから付けてるんだ。それ以上の理由はない」

「じゃあこの後、明日にでも玲奈さんが統也に別のマフラーをあげたら、どうするの?」

「いや、そんなことはあり得ない」

「あり得ないんじゃなくて、過程の話。じゃあいいや、仮に体育館で霞流さんが黒いマフラー巻いてた、その時間その瞬間に玲奈さんも同じこと考えてて、白いマフラーを渡してきたらどうする? そうだったとしたら、どうする?」


 これまたふざけて話しているのかと思ったが、命の顔が真面目だと語っていた。


「それは、黒いマフラーを取る」

「……そう。……やっぱりそうなんだ」

「まあな」

「じゃあさ……私が今、白いマフラーを渡したら統也はどうする?」

「さあ、どうするだろうな。だが、単純にオレは白より黒い色の方が好きなんだ」

「……あ、そうだよね……」


 言いながら俯いていく。その面持ちは陰り、目元から活力のような光が消え失せる。


「だが勘違いはしないでくれ。オレの判断材料はあくまで好きな色で、だ。つまり白を選ぶことも、なくはない」

「へ―――? ほ、ほんとっ!?」


 嘘じゃなかった。だが、独善的で最低な理由だった。


 多分里緒は、認めてくれるオレという存在に依存しているだけ。

 そこに恋心がないとか偉そうなことを言うつもりはない。

 しかしながら里緒がオレを選んでいる最大の理由はその「依存度」に起因する。


 一方で左にいる命にはそれがない。純愛とかそんな大層な話は出来ないが、それでも、少なくとも彼女がオレに抱いている感情はただの依存ではない。

 里緒と同様に他の男を弾いてまでオレを選んでくれているという光栄には変わりないがしかし、やはり大きく違うのは、命は純粋にオレを好いてくれている。そこに主軸がある。


「こんなオレのどこがいいのか」


 ふとした瞬間、心の声が漏れ出た。


「えっ……どこって。それは―――全部だよ」


 普通の会話と勘違いするほどさらっと言ってくる。


「全部?」

「うん……全部。私にとっては全部が愛しい。全部がかっこいい。統也が冷たい目線なのも。クールなのも。無意識に道路側立つのも」

「そんなことは誰にだって出来る」

「できないよ。統也がやんないと意味ないもん。統也がやるからいいの」

「オレは命の想像してるような人間じゃない」

「知ってるよ、そんなの。ちょっと打算的で卑劣なとこも。ちょっぴりエッチで偶に私の脚を見てるのも。本当は何か隠してるミステリアスなとこも。全部全部知ってる。それでも好き」


 アイドルとして成功を納め始めた、このタイミングで何故明確なる告白をしてきたのかは分からないが、こうしてきちんと告白を受けたのは生まれて初めてだった。

 高校や異能士学校の他の何人かからは受けたが、どれもLIMEや手紙。


「オレは、本当にどうしようもないクズなんだ。オレは――」

「――知ってる」



 バサッ。



 は?



 蒸し暑さが消え去った闇夜。オレの身体の全面、制服のワイシャツ越しにも分かる女子の凹凸を感じる。温もりまでしっかりと。

 オレと命との間にはワイシャツが二枚あるだけ。


「命?」


 ―――彼女はオレに抱き着いていた。


「もう我慢できない。ごめん、勝手に抱き着いて」


 そう囁きながら、守りたくなるような小さめの体で、華奢な腕をオレの背に回した。


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