第163話 「脱却」という理想、そして狂った世界で――。
「その決闘の審判は私がやりますよ」
挙手しつつ、向かい合うオレと進藤に歩み寄ってくる翠蘭。
「ありがとうございます、懲罰委員長」
怠そうに言いながら、進藤はこちらを睨んでくる。
一応翠蘭には敬語を使っているようだ。
「進藤君、統也さん。それでは早速始めたいと思いますが、ルールは基本的な異能決闘に順守します。それでいいですね?」
進藤もオレもほぼ同時に頷く。
「では――――構え」
翠蘭の声に反応する進藤は戦闘体勢を取る。
一方こちらは何も変えない。ポケットに両手を入れつっ立っているだけ。
さて、どう来る進藤?
異能『
だが、それだと攻撃が効かないのは明白。名瀬の『檻』は空間ごと分断しているのだから。
檻で割られた空間は局所的に作用が伝わる空間と、伝わらない別の空間に形式上切り分けられている。
結果、攻撃を防御したり侵入を阻んだりできる。
「―――試合開始!」
瞬間、進藤は素早く地面を蹴り、その衝撃を異界術で増幅、それを反射させこちらに仕掛けてくる。
対するオレは青い『檻』の障壁を正面に展開。その反射攻撃を防ぐ。
鈍い衝突音に加え、激しい衝撃が一帯を巻くが俺も進藤も気にすることはない。
「はぁ!」
進藤は角度を変えて再び同じ攻撃、同じ
無論こちらは、その衝撃が身体へ届く前に『檻』の障壁で防御するだけ。
流石に作用反射を異界術だけで相手するのは無理がある。撃力を反射すると言っても一定方向に流す力の波のような物だ。
それをかわすのは速度的に不可能……ではないが面倒くさい。
なら異能で手っ取り早く防ぐ方が効率がいい。
「はぁ!」
また同じ攻撃。床を蹴り、その衝撃をこちらへ流す。
「はぁぁぁ!!」
今度も強く床を蹴り付け、その衝撃力を増幅し反射する。
同様にこちらはそれを『檻』で防ぐだけ。
これが異能決闘第三位の実態なのか。随分とふざけている。
ただ呆れてしまう。こんな粗末な異能で三位を取れてしまうというレベルの低さに。
「お前、それしかできないのか?」
「これで十分なんだよ! 御三家で生まれただけで強いお前には分かんないだろうな、俺の異能の事なんて!」
「その攻撃だけで十分なら、どうして今その攻撃はオレへ届いていない?」
「名瀬統也。お前そうやって、なんでもかんでも正論で語って、自分が正しいと思ってんだろ! 鈴音さんに近づけたのだってそうさ! 自分が名家の名瀬だと自慢したからだろ? 御三家の何が偉い? そんなに血統に恵まれているだけの人間のどこが凄い?」
どうでもいいような不満を吐いてくる。
「たとえそれが事実だったとしても、お前はただ御三家や有名な異能家に嫉妬しているだけだ。進藤、お前は自分の愚かさに気付いていない。お前のせいで何人の生徒が死んだ? 今、鈴音が意識不明の重体なのは誰のせいだ?」
実は鈴音、現在意識不明の重体で既に五日間も眠り込んでいる。異能医師曰く植物人間状態でいつ起きるかさえ分からない状況だという。
あの時、鈴音の生体的な機能から身体の細胞に至るまで再構築で完璧に修復したものの、意識的な部分がまだ暗く沈んでおり、この現状に至るのではと医師は言っていた。
「だからそうやってカッコつけて、クールぶって正論言えばいいと思ってんのかよ」
「お前こそ、そうやって他人を貶めることで自らを正当化することしかできないのか?」
オレは突き放すように言い、青い光波を帯びる右手を前へ出した。
瞬く間に進藤を立方体の『檻』で監禁する。
「なんだっ……!?」
青い『檻』に囲まれ、かなり慌てる進藤へ一言告げる。
「終わり、だ」
呆気ない終わり。つまらない決闘。くだらない戦術。意味のない時間。
雪華の方が余程善戦した。
そのまま翠蘭の「オレが勝利したとの宣告」決闘終了の合図さえ聞かずコートから飛び下りる。その後で右手を握り、『檻』を解除する。
「檻が強いだけのくせに……。クソぉぉぉ!!!」
仮に形式上、決闘失格でもどうでもいい。こいつに負けようが勝とうが心底どうでもいい。
何も感じない。無関心。さらさら興味がない。
「きゃー『終わりだ』だってー!! かっこいいー!」
「名瀬くんが勝ったぁぁ!」
などと元気にはしゃいでいるホワイト女子生徒。
呑気なものだ。社会が今どれ程荒れているかも知らないで。
「待ってくれ! 名瀬統也!」
コートから下りた際、まだ何か言いたげな進藤。
オレは彼を背に歩みを止め、仕方なく立ち止まる。
この感じは、秋田県で初めて会った時を彷彿とさせた。
「名瀬統也……お前、
オレは少し興味が湧き、ゆっくりと振り返る。
「OW? それがどうした?」
ほんの少しだ。微かに、コイツに興味を持った瞬間だった。
「全員が知るように、世界は三年前まで広かった。南国諸島やハワイだってあったさ。その領域を影人に奪われて、後退させられた人類は今や
「そうか、良かったな」
こいつの夢の話なんて尚どうでもいいが。皮肉だ。
オレも似たような目標を持っている。理想を持っている。
―――「青の境界」の脱却―――。
この世から忌々しいあれを取り去る。それがオレの理想。
だが根本的な所が違う。帰結も異なる。発言の意味も違う。
「俺は、名瀬で余裕をぶっこいてるお前とは違う。力を持て余したりなんかしない! 俺にはその夢がありその夢のために異能を使うんだ! だから俺はお前より優れている!!」
そう自らの肯定を叫ぶ。
この男は、どこまでも己が優れていると信じたいらしい。
思考回路もよく理解できないが、コイツと話すことは二度とないだろう。
「そうか……良かったな」
*
翠蘭達を演習場に置いたまま、オレは帰路につく。淡々と異学内の廊下を進んでいく。
今脳内にある要らぬ雑念と、くだらない思考を払拭するように。
その思考に、その行動に意味などない。
ただ、普遍的に世界が崩壊する。
そう理解しているだけ。
オレは廊下の真ん中で一人、立ち止まる。
自らの右手を開き、青いオーラを生じさせた。濃くも淡くもないその青色は緑がかっている。
その手を握るか握らないかの寸前で、その行動を止める。
「オレは今すぐにでも、この世界を地獄に変えることが出来る」
自分がスパイとして侵入しているオリジン軍、その他トップ陣や異能士協会本部の上層部へ届くわけもない脅しを告げた。
オレは今更何を馬鹿げた事を言っているのか。
ずっと前から知っていた。
オレがこの世で一番の不安定要素であると。自分が如何に恐ろしい存在であるかを。
「この世界は―――狂っている」
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