第162話 弁明決闘
*
札幌円山で起こった企画的影人災害――通称「円山事変」から数日。
公的にはおよそ600人ものヒトが行方不明となる異例の事態で、世界を戦慄させたが、影人を目撃した一般人が存在しないことから詳細は発覚しなかった。
ただ「この世から644名の民間人が行方不明になった」そう報道された。
影人化しなかった円山住宅民は地域自体に恐怖を覚え、次々と転居を申請した。
「まあ、こんなもんか」
オレと雪華は異学の第13演習場フィールド内で向かい合う。こちらは汗一つかいていないが、雪華はゼイゼイと息を切らしつつ両膝に手を付ける。
翠蘭は傍で審判を、リカは観戦席でこちらを観戦していた。
理由は言うまでもなく、決闘をしていたから。丁度今終わったところだ。
「ただいまの決闘、統也さんの勝利」
コート横にてそう告げる翠蘭は暖かい目で主に雪華を見守る。
「ねえ私さ、決闘開始前に真面目にやってって言ったよね?」
正面、雪華の目つきが強まるの確認した。
「真面目にはやった」
「そうじゃなくって、本気を出してくれないと」
「いや、無理言うな」
オレは周りに顕現する透明度の高い氷結晶を見る。とても大きい。
雪華が異能『霜』による絶対零度と氷結能力のコンボで作り出した氷。
浄眼が告げている情報。このだだっ広い演習場の湿度が極端に減少している事を見るに、おそらく空気中の水蒸気を一斉に「凝華」させ氷結晶を生み出している。
つまり『霜』の肝は相転移の操作。なら演算をより精密に、より細かくしてもらわないと。
観戦席で高見をしているリカが喋る。
「コートをほぼ覆うように、しかもこんだけデカい氷を出して勝てないんだ。諦めろ雪華。統也はまだ異能すら使ってないぞ」
「でも……!」
「気持ちは分らんでもないけどな。統也は名瀬家だ。そう簡単に勝てないのは当然ってこった」
翠蘭も。
「リカのおっしゃる通り、あまり無理しない方がいいのでは?」
「私は……そんなに弱いかな……」
数メートル前にいる雪華が落ち込むのが分かる。
まあ本当に気にしなくていいとは思う。
「焦ることが一番の落とし穴だ。強くなることに近道なんてないし、あったとしてもそれは相当のリスクがある技。だから地道に異能演算能力を上げる方がいい」
「それで私は、
「CSSと言っても現在は四体しかいない。その内一人は黒羽大輝という敵じゃない存在だ。つまり敵となるCSSは三体。この世に居るハイレベルな異能士たちが相手になるさ。わざわざ雪華が焦る必要はない」
「うん……そうかもね」
と言うものの納得いっていない感じ。
「だが安心しろ。来年の三月。仮に雪華が影人調査部隊に所属出来たら、その時は異能の『真髄』を教える。それまで異能演算能力を少しでも精密化することに心血を注いでほしい」
「ん、真髄? 何それ?」
「その時になったら教える。多分、無意識に使っているか別の概念でそれを知っているはずだが……詳しくは教えられない」
こっちにも事情ってものがある。
「いいんですか? 統也さん。教えてしまっても」
やはり翠蘭は知っているよな。当たり前だ。
伏見異能『衣』の定格出力である出力制御を使用する以上、出力解放も知り得ているはず。そもそも異能開発の祖相手に今更、か。
玲奈や瑠璃はイザナギ術式や反蝶術式を使用する素振りがないのでおそらく無知。というかシャルロットのせいだろうと推測。
いずれアイツの所に出向いて報復しないとな。勝手にオレの脳内を弄りやがって。
お陰でいくつかの記憶が欠落していた。
「……構わない。上層部はどうせオレのことを処分できない。そもそもそんな力もない」
「段々、対処が荒っぽくなってきていますよ」
チャイナドレスを着こなし、上品に笑う。
一方雪華は「何の話をしてるかさっぱり」という顔をしている。
「よし、もいいだろ。そろそろ帰るか」
嫌な気配が接近していることもあり、早急にこの場を離れようとしたが、
「やっと見つけたぞ……名瀬統也。お前、異能を有していながら
演習室のドアを開いたのは一人の男子生徒―――進藤
はぁ……面倒なのが来た。
「ちょっと、いきなり入ってきて何?」
雪華は少し牙をむく。
「白夜さんには関係ない。俺はこの男と決闘がしたい」
そんなことだろうと思った。
大方自分が無能じゃないことを皆に誇示したいのだろう。あの時、矜持を傷つけ過ぎたか。
数秒あと、それを裏付けるかのように続々と集まるホワイトの女子生徒。例外なく白いバッジを付けている。
「え、本当に来てるよ! 強いCSSを倒したって言われてるマフラーの。
「ホントだ。なんか噂で聞いたけど、核爆弾みたいな青い技出してたんだって! ボーンってそこにクレーターが出来たらしい!」
ぼーんって……。
「ねぇ! 近くで見ると、やっぱかっこいいよぉ!」
「私サイン貰ってこようかな……」
「何言ってるの。これ、進藤君の弁明決闘でしょー?」
と私語をする女子生徒ら。数にして二十くらい。
リカは観戦席で「あー、またこれか」と言いたそうな呆れの表情。
実はあの事件の後、オレは名瀬の人間だとバレ、異学側もそれを公認したためか告白してくる女子などが異常に増えた。
あの工藤美央でさえオレをデートに誘ってくる始末。
「統也さん、モテモテですね。羨ましい限りです」
翠蘭は何故か一人、嬉しそうに鼻で笑っている。
「進藤ファンが全部流れ込んだんでしょ。私、こういう女子達苦手。手のひら返しするの」
両手の平を上に向けて雪華は二階の観戦席、リカの元へと歩いていく。
進藤はオレのいるコートに上がり、目の前に立つ。
これは本格的に決闘する流れか。面倒だ。
「急に訪ねて驚いたか? ふっ、皆の前でボコボコにしてやる」
やる気にみなぎる進藤は指をぼきぼきと鳴らす。
一体、何をどう考えたらオレをボコボコにできると思うのか至極謎である。
「安心しろ。オレにとっては誤ってアリを踏んでしまったくらいの出来事に過ぎない」
オレは両手をポケットに入れる。多分、この場から動かなくても勝てる。
騒めく会場。
「きゃぁぁー!! 名瀬きゅん、かっこいいー! あの進藤君相手に全く怯まない!」
「でも蟻? なんで蟻?」
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