第160話 提案・開示・驚愕・約束・逢着



「聞こえなかったか。ついていくって言ったんだ、あたいは」

「いや待て、意味が分からない」

「だからもうさ、この際あんたについていくよ。面倒だし。……そう言ってるんだよ」

「理解できない。何が面倒なんだ? オレについてくる方が百倍面倒だ。そもそもどういう意味で言ってる?」

「だから、おまえをリーダーかなんかにして影人調査部隊に入るって意味だ」


 何か問題でも?という顔をしている。全く理解できない。


「そんなことをする利点がない」

「あるよ。だって統也強いじゃんか。あたいも委員長も雪華も、いずれ影人調査部隊・通称『矛星ステラ』の精鋭塗れの中に身を置くんだ。あたいの記憶が正しければ、確か基本小隊の行動単位は5人で、振り分けはギア二組とブレーンみたいなオペレーターが一人だろ? 元から翠蘭のギアは雪華になる予定だったんだ。あたいをそのオペレーターとかにして、統也が一人ギアを連れてくれば一件落着だろ」


 いやいや待て待て。全く落着しない。


「一端落ち着け。オレが矛星ステラに入るかどうかもまだ分からないんだぞ」

「それはまあ……何とかなるだろ」


 適当か。


「統也は私達と一緒に活動したくない……とか?」


 雪華も口を挟んでくる。

 何故か翠蘭と雪華も乗り気な表情をしている。


「いや、それは―――」


 確かにこの人達が味方になるのは好都合だ。一定までなら信用できるというメリットもある。

 ある意味独立している者ばかりで、勢力や金などによって信念を曲げない人物達だとも理解している。

 特に翠蘭かぐや。この女がいるだけで、恐らく旬さんの劣化版を味方に付けているも同義。


 ただ―――。


「オレのギアがそれを許すかどうかだな。全てはそれにかかっている」

「ってことは、あんた自身はあたいらと組んでもいいって考えてるのな? そーゆー認識でいいか?」


 オレは黙って頷く。


「統也さん、もう隠す理由はないのでしょう? 言いますよ」


 何かを暴露しようとする翠蘭。


「ん、何が」


 とリカ。


「彼のギアは元々この学校に所属していた人物なのですよ」

「えっそうなの? でもそんなことある? 卒業してるってことは先輩か……それとも留年した生徒? なわけないよね……」


 思案する雪華。しかし飛び級した里緒の存在が出てこない。


「オレのギアは里緒だ。霞流里緒……分かるだろ? 元異能決闘順位第一位の」


「え゛」

「それってマジ?」


 二人とも何故か若干引く。


「何か問題でもあるのか」

「いやいや問題はないけど……ただあの子と仲良くできたなんて、統也凄いなって。だーいぶつんけんした性格だったよね?」


 雪華はメガネをくいっと上げながら、リカに確認を取る。

 うんうんと首を縦に振るリカ。


「仲いい子は鈴音ちゃんと舞花くらいかな?」


 まあそれは知っていた。

 やはり里緒はここでもつんけんしていたようだ。もう少し人付き合いを見直させねば。

 つんけん女め。オレの前では可愛いんだがな。


「まあまあ、でも強かったじゃない? 手堅いって感じだったよね。上位陣は皆、リスクがあるような危ない技と規模の大きい異能ばかり扱うからさ、その中でも一番安定していた生徒ではあったかな。ってまあ、統也はギアなわけだし知ってるよね……あは」


 この雪華の発言で気づいたが、里緒はオレの前だと心底自分を見せるらしい。

 自分の知っている里緒は手堅いどころリスク選択、悪手選択の連続。安定どころか不安定。

 その根底にあるのはおそらく「焦り」だろう。周りに白夜雪華、功刀舞花、李翠蘭、鈴音、進藤がいたなら気持ちも分かる。


「どうだ、里緒は強かったか?」

「え、まあまあシンプルに攻撃力は高かったと思うよ、私は。……ね?」

「ん……あー、強いかは別として優秀な生徒ではあったんじゃね」


 とリカ。


「成程。翠蘭は?」

「……どうでしょう。私からは、そうですね……を持った生徒、と。それしか」


 含みのある笑みで、こちらの目を見据える翠蘭。


 は――――? どういうことだ?

 

 この時、ただひたすらに理解できなかった。

 遅すぎる反応。これが攻撃だったなら即死だった。

 もちろん攻撃などではないただのセリフ。翠蘭という偽名を使用する本名「かぐや」が発した言葉。

 しかもそれを平然と述べる鋼の精神。とても真似できない。


 鼓動が高鳴る。

 オレの脳内はただ告げていた。


 何故――――と。


「里緒のこと……いやそもそも……そのことを知ってたのか」


 正面から翠蘭と目を合わせる。彼女の翡翠の眼差しは揺るがなかった。


「ええまあ。初め匂いを嗅いだ時から。何なら統也さんが異能を持つ可能性は匂いで気づいたのですよ」


 フフ、と微笑みながらも手を後ろへ回し、優雅に長い髪をシニヨン状―――ツインお団子に戻し始める。

 匂いの事は十中八九、伏見SE「嗅覚異常」の話。


 ―――が、そんなことはどうでもいい。


 でもそうか、当たり前だ。今思えば彼女は二千年生きている。しかし「二千年間の記憶」という膨大な情報量を高が一人の人間の脳内キャパシティー如きで収められるはずがない。

 自身の記憶を操作、または副次的に最低限必要な記憶の選別ができるのか。結果シャルロット・セリーヌの記憶改ざんを受けなかった。

 青の境界の内部、アドバンサーでもないのに。

 こんな存在は彼女だけだろうな。明らかに異質。


 ―――そう考えるしかない。


「え、え、何? 匂い?」


 と雪華は焦り、自分の手の甲をクンクンと嗅いでみる。


「待て委員長……まさか統也が異能者と初めから知っていたのか!? あたいらにそれを隠していた!?」


 雪華の次にリカが思考混迷した末に尋ねる。


「ええ、知っていました。出会って三日くらいに打ち明けていただきましたよ」

「はぁぁぁぁ!? 出会って三日? ふざけんな、じゃああたいらにも初めから言えよ!」


 意味不明にキレるリカは納得できないと、地面を蹴り八つ当たりする。幼女のような小さな体で。

 少し可愛い。


「そう……私達は信用されていなかったのね」


 何故か泣くような素振りで芝居がかった雪華。

 

「ごめんなさい統也さん、今から本当のことを話します。防音のような檻をお願いできますか」


 気にしてない様子の翠蘭は真顔でオレに頼んでくる。

 分かったと言いつつオレは素早い手際で「避役の檻」を展開する。


「うわスゴ、これって不可視化結界みたいな感じじゃね? このマフラー男なんでも出来るの? キモ」

「こらこら、そういうこと言わない――」


 さすが雪華、そう言って優しくフォローを入れて――。


「――確かにキモいけど」

「おい」



「そろそろ話してもいいでしょうか」


 その後、彼女はこの場で自分が本当は伏見一族であることを明かした。

 


   *



 他を解散させ雪華と二人きりになった。他を解散させたというより、雪華が中々この場を離れようとしない。


「帰らなくていいのか。そろそろ三時になるが」

「うん、統也とちょっと話したいことがあるからいいの」

「そうか。じゃあせめて支給品の水を取りに行っていいか。喉が渇いて仕方ない」

「あ、うん。私も行く」


 オレがテントの前にあるキャンプ用のウォータータンク目指して歩くと、隣を歩くようについてくる。


「で、話したいことってなんだ? あまり重い話なら今日の午後か明日にしてもらえるか。まあ、異学が通常通りに運営するかは分からないが……」

「大丈夫大丈夫。全然重くない。……私さ、戦闘力で言えば多分そんなに強くないんだ。それは分かってる。ちゃんと自覚ある。けどね、あなたと戦ってどれくらいの勝負ができるのか確かめたい」

「オレと戦う?」

「うん。リカはああいう風に統也と小隊を組みたいみたいなこと言ってたけど。私は少し反対。統也の強さがまだ明確じゃないというか。……まあそれもこじ付けかもしれないけどね」

「いいぞ。問題ない。勝負をすればいいんだろ? 異学が再会次第、演習室を借りて決闘する……それでいいか?」

「うん、ありがとう」


 まあ、雪華には悪いが適当にやろう。

 仮に学ぶものが何もないのであれば、勝てると分かっていて行う決闘ほど無意味なものはない。


 

  *

 


 紙コップで水を飲み終えてから雪華と別れ、正に帰路に着こうかと考えていた時。

 後ろから声をかけられた。


「マフラーをしている黒ネクタイの君、少し私と話さないかい?」


 その存在、気配を知りながらも無視していたが、やはり逃げられないか。


「オレのような鼠輩に貴女のような人間が何の用です?」


 振り向きつつ淡々と聞く。


「へー、驚いていない、その反応……私の気配について感知していたのか。感覚が鋭いな」

「別に。単純に自分はリアクションが薄いだけです」

「だとしたらめっぽうクールな男ではないか。正しく私の好みだな。なんだ、妹から聞いていたよりイイ男じゃないか」


 やはりか。このイイ男というフレーズにも聞き覚えがある。


「影人調査部隊大隊長・二条紅葉もみじさん、貴女、二条和葉先生のお姉さんですね?」

「ふっ……ご名答だ」



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