第159話 過ぎ去った嵐


   *



 それから2時間ほどが経った頃。とっくに日付を跨いでいた。


 急遽駆けつけた影人調査部隊『矛星ステラ』の異能士によって余った大量の影人らは討伐され、円山の功刀家別荘に集まった生徒らは保護された。


 紫電バリアの外へ出た一部の北エリア生徒の活躍により呼ばれた増援だった。

 また森の中、広場のような平地にテント複数と闇夜の明かりとして松明、ライト、基地拠点のような設備が臨時で設置された。


 異能者「死者126名」。

 一般人「死者644名」。

 計  「死者770名」。


 過ぎ去る嵐とはこのことで、全てが過ぎ去ったようなムードが漂っていた。

 その場やテント内で緊急治療を受ける生徒、休む生徒、安堵する生徒、泣き続ける生徒。


 色々な所要を済ませたオレと雪華は「まだ気力がある者のみ先に通告する」との代表スピーチを聞きに来た。


 両方の松明に囲まれる小規模ステージのような物が置かれるその広場には十数人の生徒が集う。

 オレと雪華の他、遠くの端に翠蘭や椎名リカ、重症ながら手当てを受けた功刀舞花、他数名が見られた。


「結構来てるみたいだね。もっと来ないかと思ってたよ」

「同感だ」

「うん…………はぁ……」


 隣でため息を吐く雪華を見てみる。どこか感情が抜けたような、疲れたような表情をしている。

 もう彼女には偽名「成瀬」に関連する話を暴露した。オレが名瀬家の次期当主であることなども。


「これから話される内容って何についてだと思う? 私の父が黒幕でしたって話かな」

「かもしれない。とは言えお前の安全はオレが保証する」

「はいはい、ありがとさん」


 感謝していない風に言うが、少しホッとした様な表情を見せる。


「雹理の話をした時、あまり驚いていないように見えたが、何か理由でも?」

「うん……まあ。元々クズみたいな男ではあった。何考えてるか分からなかったし、今更何してても驚かない。あれを父親だとも思ってないし」


 すると正面のステージ上、小さな台に上がる「矛星ステラ」の隊長である女性、クリーム色のロング髪。

 傍らに何やら小隊長らしき数人が一列で敬礼している。服装は皆同一系統の黒に白い線が入った西洋軍服のような感じ。


「―――?」


 気のせいか分からないがその女性が喋りだす前、オレと目が合った気がした。


「私は影人調査部隊6代目大隊長・二条紅葉だ」


 二条家?


「……率直に述べる。今回の事件、死者が出過ぎた。とはいえ諸君ら生徒一同は一致団結し、影人の群れ、CSSと戦い抜いた。戦線を張らなければおそらく全滅もあり得た。まずはその栄光を称えてささやかな称賛とする」


 そんな称賛要らない。ここにいる生徒全員がそう思っているだろう。

 多分今日、異能士学生史上最も多く人が死んだ。


「犯人は君らの学園理事長・白夜雹理だと思われているが、その他の協力者的な存在も確認している。白夜雹理の娘息子である雪華と雪葵についてだが、こちら側の調査で何の関与もないと分かった。不必要な詮索ならびに名誉の侮辱、誹謗中傷の類は禁ずる」


 まあ、そうだろうな。割と妥当な判断だ。

 

「そして、こちらが本題だ。もう勘づいている者もいるかもしれないが……『影人』の正体が判明した」


 一呼吸置いて、


「正体は――――――――『人間』であると確定した」


 改めて、周りが騒めく。みんな心も体も疲れ切っており、眠りこけたいだろう。

 それでも反応せざるを得ない、震撼させる現実。圧倒的な事実。


 舞、お前もこの答えに辿り着いたんだろ。「s=h」すなわち「shadowishuman」―――「影の正体は人間」と。

 

「元よりこの仮説は有力視されていて、可能性が高い理論と考えられてきた。しかし世の科学者どもは否定的な意見を続投した。人間型の怪物という観点からも人間との関連が研究されてきたが、影人は人間の元来持つべき生物の性質とは打って変わる要素を多分に含んでおり、この事実に辿り着くまでに人類は四年を要した」


 そう――だがオレは知っていた。影の正体が人間であると。

 もっと正しく言うなら人間の変異であることも知っていた。影の細胞システムは信じられないほど新しい生き物として作り替わっており、マナによる高速の細胞分裂と「再生」を可能にする。故に筋力も並みを超える。


 ただ、未だ奴らが発生するきっかけが不明なのだ。

 人間が何かしらの作用を受け、ほぼ知性のない影人と化すことは知っていた。

 だがそこの原因となる根拠がなかった。何故影人になるのか。


 早急に突き止めなければ。その目標は依然。


「今回の事件で犠牲になった円山住宅地の民間人。その殆どが消息を絶ち、その数と同数分の影人が発生した。この事実により、明らかに人間が影人へ変化しているとの確証を得た。発生源となる紫の発光についても今後調査を増やしていく所存だ。以上解散」


 言い終わり敬礼した彼女は台を下りる。下り際は目が合わなかったのでやはりオレの気のせいだったか。

 すると後ろから近づいてくる気配、幼女のような人物に話しかけられる。


「統也、おまえ名瀬家の人なんだって? 雪華から聞いたぞ」


 椎名リカだった。どの部隊に居たのかは知らないがおそらく西か南。

 いつもより元気がない、覇気がない。欠落感のある表情と目付きは死んでいた。

 刀果とリアに別れを言ってきたあとなのだろう。


「すまないな。嘘をついていて」

「いやいいよもう……。人間の微かな挙動などを無意識的に判定、そこから言っていることが嘘かどうか見抜けても、その人が持ってる嘘の詳細は分からないからな、あたいの第六感は」


 そう言ったリカは突然オレの目の前で泣きそうになる。両目に溢れそうな涙を溜めていた。今にも零れそうなほど。

 説明的口調が何かを誤魔化したかったのだと即理解した。


「でも……んなことどうでもいいんだ」


 そう言ってオレの腹を殴りつける。その小さな体で精一杯オレの腹を。だが全力で殴っているはずがその手に力は籠っていない。


 ただ棒立ちしそれを受ける。

 リカが何を言いたいかは感情に疎いオレでも分かった。


「すまない」


 それしか言えない。今のオレにはこれしか言えない。他のどんな言葉も多分意味がない。巧みにセリフを弄し詭弁を垂れてもリカの濡れた心には届かない。


「ふざけんな! 謝んな! お前、超強いくせにそんなことも分からないのか! まじでふざけんな!」

「すまない」

「だから謝んな! そんな傲慢なことすんなカス! 刀果とリアはお前が殺したわけじゃないだろ。そんな風に背負うなつってんだよ! 自分が中心だと思ってんじゃねぇよ! 傲慢にも自分のせいだとか思ってんじゃねぇ!」


 好き放題罵倒される。


「だがオレは――」

「もう喋んなクズ! おまえが……おまえさえ居れば、刀果とリアが……くっ、うっ…うっ」


 溢れ出た涙がついに零れる。止めどなく溢れ続ける洪水。

 咽つつも何度もオレの腹を叩く。か弱い力で。何度も。

 オレはやり返したり、防いだりもしない。ただただ体にその粗末な殴りを受ける。


「すまない」

「だから……うっ……謝んな……カス」


 

  *



 しばらくオレの胸……ではなく腹で泣き続け、落ち着いたか離れるリカ。気まずそうにポニテをいじくる。


「なんか、すまないな。みっともないとこ見せちまって」

「別に」


 直後リカは隣で傍観していた雪華と向き合う。メガネに涙の跡があるので雪華も泣いていた様子。

 

「本当に寂しいね。これから私達、どうなっちゃうのかな」

「雪華、まさか泣いてんのか」

「さっきまでギャン泣きしてた人が何言ってるの」


 言いながら二人ともオレの前で強く抱き合い、再び涙を流す。

 もう彼女らは帰ってこない、とその受け入れきれない事実を必死に傷を舐め合い我慢する。

 人間にとって大切な事だ。


 数分が経ったか、いや正確には数秒しか経っていなかったのかもしれない。

 そんな時。


「ごめんなさい統也さん、女影を逃がしてしまったようです」


 背後から声を掛けられる。

 振り向くと翠蘭が思ったよりも長い髪を下ろし、そこに立っていた。


 近くで見ると少し雰囲気が変わったか。言われてみれば「かぐや姫」っぽい気もする。偏見とは怖い。

 だが二千年生きているのはやはり信じられない。あとでその話も訊こう。


「駄目だったか。だがどうやって逃れた? 速度的には申し分ない一撃だったはずだが」

「あの攻撃で折角弱らせていただいたのに、のちに現れたもう一体別のCSSによって形勢が逆転しました。他の生徒もあの場に居たのでそちらの保護を優先するとどうも不利に。極力被害は抑えたつもりですが……」

「そうか、まあいい。この事件に加担したヤツら、いずれ全員殺すつもりだ」

「……珍しいですね。統也さんがそんな風に言うのは……」


 そう言われつつも考える。


 空間制御、名瀬家相伝の奥義。基礎的な「空間極限」の操作はまあまあ出来るようになってきた。

 オレも高二の半年間遊んでいた訳ではないからな。


 蒼玉・青玉の出力調整をもう少し正確に出来るようになると尚いい。

 青玉の虚像球体があまり安定していないイメージだ。空間への干渉が粗いのか。

 極限をlim「X→∞」の時、空間の発散をもう少し精密化したいのもある。

 収束は元々得意だったから大丈夫だろう。


 あとは複合式「勿忘」。

 最大限浄眼を有効活用できればこの先、立式も迅速になるか。だがまだ実用レベルではないな。そもそも不安定。

 今回それを痛感した。少なくとも行き当たりばったりで運用すべき技ではない。後遺症もあった。


 ちなみにオレの場合、誰が何と言おうと「収束」の方が得意だ。「発散」はまだ許せるが、その「複合」はもう二度と使いたくない。

 成功したか失敗したかで言えば成功したのかもしれないが、放出後は最悪だった。

 想像を絶する吐き気、眩暈が襲ってきて雪華に背中をさすってもらわなければ自力で立つことさえ出来なかったかもしれない。おそらく緻密過ぎるマナの操作、脳の異能演算機能を酷使した影響だろう。


 ただし――――。


 そういうリスク・代償はあるにしろ、本来20年以上かけて習得する名瀬家の秘密奥義を、オレは「浄眼」を使って高々半年で会得してしまった。


 この事態はこれからの異能界を大きく揺るがす可能性を秘めている。

 多方面で浄眼の存在は大きな意味を持つようになるだろう。


 そこまで思考した時、椎名リカが割り切ったような顔で意味不明なことを言い出す。


「よし決めた。あたい、統也についてく」


「は――?」

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