第158話 勿忘
*
23時正時。円山。
「雪華?」
「ええ??」
鈴音や進藤が指揮を取っていた「北部隊」の戦場エリアから西のエリア―――いわゆる「西部隊」の戦場―――へ移動する最中。
と、ちょうど北部隊のエリアと西部隊のエリアの中間あたりに差し掛かった時だった。
オレは走りながら、目の前で走る雪華の後ろ姿へ声をかけたのだ。
「統也っ……? どうしてここに? あの結界みたいなバリアは?」
「荒業でなんとかなった」
「無理やり破ったってこと……?」
「ああ」
「へぇ……」
若干引いたようなよく分からない顔をされる。
「それよりこんな所で会えるなんてな……物凄い偶然だが、雪華はどれくらい事情を知ってるんだ?」
「あ、うん…………」
表情を死なせ、俯く雪華。悔しさを浮かべる。大体何を話すかは分かった。
「別荘に向かってる途中の道で、刀果とリアが…………ってことくらいは……」
やはりな。
「私は、別荘付近にいた影人四体を単独で討伐し終えたとこ。統也は……これからどこへ向かう気なの?」
「相変わらず外部との連絡は途絶えている。つまり、生徒らは全て自己判断で動いている。即席の部隊を組み、東西南北で影人の侵入を阻む戦線を築いているようだ。北の戦場はオレが収めた。次は西だ。……南への移動は距離があることに加え、ある
瑠璃はオレが会ってきた異能者の中でもトップ10には入るだろう実力の持ち主。戦闘における嗅覚はさることながら、生体機能における嗅覚も優れている。
影に対する豊富な知識も相乗して、かなり有利に行動できるだろう。
――と考えるならば、だ。オレは可及的速やかに西へ向かう方がいい。
何も考えず淡々とそう言うと、雪華は並走しながら前も向かずこちらを眺めてくる。その目は畏敬や不安など数え切れない感情を含んでいるように見えた。
「……統也……向こうで何かあったの……?」
「ん?」
同じ質問を瑠璃にも貰ったな。
「だって……まるで別人……。出会った当初、統也って氷を扱う私より冷たい目線を持っていたから、冷めた空気を持っていたから、少し怖かった。でも周りにそんな男子いなくて……だから……あなたなら私を変えてくれるかもしれないって思ってた……。でも、今のあなたは『無』」
「無? 逆にオレの方が不思議だよ。刀果とリアが死んでも平静としていられる雪華が」
「……平静となんかしてないよ。辛いよ。泣きたいよ。でも、そんなことしたって現状は変えられないから……」
「そうだな」
「でも、統也もやっぱり知ってたんだね。ここら辺に来る途中だもんね……」
「ああ」
「統也……今怒ってる?」
「……さあ。ただ
その事実がオレを「無」にする。
おそらく今までほとんどの挫折を受けても、その会得した技、異能、力、頭脳。あらゆる『技術』という名の才能や努力の結果で打ち消してきた。
今回もそうだ。オレは淡々と彼女らの死を受け入れた。嘆きさえしなかった。
ただ、申し訳ないと。そう思っただけだったんだ。
「だから自分に対し怒っている……かもな」
「そっか……。でも多分ね、それは違うと思うよ。あなたが何をどういう風に考える男子なのか、実は未だによく分かってない。本心を表に出さない人だなってことくらいしか分かってないんだ……。けどね、私にもはっきりと分かっていることがある。それは、あなたは紛れもなく強いということ。だから、そんなに自分を責めないでほしい。私があの場に間に合ってても、刀果とリアを助けられたか分からない。でもきっとあなたなら、それができたはず……」
自らを悔いるように述べる。
彼女にとって刀果もリアも、大切な友人だっただろう。
異学入学時、なんだかんだ共に死線をくぐり抜けられるのでは、そんな風に漠然と考えていたかもしれない。
だが実際は違った。「共に」どころかその死にさえ立ち会えなかった。
それが、この世界の無情なる現実だ。
*
一方――『西部隊』――李翠蘭こと伏見かぐや。
「これが……
一般のホワイト生徒の発言を平然と聞く。
私は『衣』の第一定格出力「神霊」により「マナエネルギーを位置エネルギーへほぼ完全に変換する」ことで空中に浮かんでいた。蝶のように空を飛んでいた。
理論上『衣』の最高出力である第一定格出力「神霊」は衣エネルギーを制約付きのエネルギーにまでなら変換できる。力学的エネルギーに始まり原子核エネルギー、熱エネルギー、光エネルギー、電気エネルギーなど、あらゆるエネルギーにある程度なら変換可能。
通常位置エネルギーは「h(高さ)」が存在することで運動エネルギーから保存されるために変換されるエネルギー。
しかし、第一の出力『神霊』ではそれを「逆転」させ、強制的に高さを作る。
仮に「U=mgh」という位置エネルギーがあるのなら、そのエネルギーを生み出し、強制的に高さ「h」を生み出す。
よって「地上からの高さを持つ」すなわち「空を飛ぶ」。
滞空中なこともあり長めの髪が邪魔ですね。平安時代はウケましたが、そろそろ切りましょうか。などと考える。
「ありえねぇ! これじゃあ伝説の空飛ぶ
生徒が騒めくが私は気にせず下の女影を見る。飛んでいる私にとっては全員が下にいる状況。
「女影さん、以前は上手に逃げ果せたそうですが、今回は“彼”がいます。諦めては? 私を封じに来たのでしょうがお門違いですね。まずは“最強”を止めないと全て無意味だと思うのですが……それとも彼をこの辺りから離すような仕掛けでも作ったのでしょうか。とにもかくにも、あまり賢明とは思えません。しかもこのような一般人の少ない森で事を決行するなど、彼の思うつぼ。一体首謀者はどんなお花畑なのでしょうことやら」
おそらく“彼”――統也さんは「浄眼持ちの名瀬一族」。間違いないでしょう。
さっき見えた青いエネルギー爆発、あれは空間の極限へも干渉する至極精密なマナコントロールを可能にする者だけが扱える名瀬一族の禁能。
―――私は微笑む。
二千年待った甲斐がありましたよ、本当に。
くだらない毎日を。くだらない幾星霜を過ごし、移ろいで行く時を過ごした意義が。
一瞬で死に行く人々を見送り、
一瞬で消えゆく状景を心の空洞に流し込み、
私はどこが終着かさえ分からない未来へ、歩いた。
周りにある存在は全てが儚いのです。
永遠を持つ、私の前では。
私の生きる動機は簡単。
ただ、この世から「異能」という力を消し去りたい。
それだけ。
「今の私でも、あなた一人を始末することぐらいは出来るのですよ? ゆめゆめ勘違いしないように。私の前で生徒を殺した罪、死を以って贖ってください」
もちろん地面にいる女影からの返答はない。
三、四年前の第一次防衛戦争のときに現れた喋れる影人――確か、ネメやリヒトとか言いましたか――なら返答できるのでしょうね。
*
オレが何も答えなかったからか雪華から質問を受ける。
「というかすごく今更なこと聞いていい? 統也の眼というか瞳……どうして青くなってるの?」
発動を継続していた浄眼についての言及。
「オレの『浄眼』という目の能力だ。マナを解析できる」
もう彼女らに身分や能力を隠す意向はなかった。どうせ北の生徒には見られてしまっている。今更だ。
「私の水晶眼的な?」
「そんなところかもな」
だがあまり驚いている様子がない。彼女は驚きに対するキャパが少ないのかリアクションも薄い。
「でもそれって………――」
そこまで言った時。
オレは言っているそばから浄眼の能力で影の流れという「概要的なマナの流れ」を感知する。
「――いや、待て。この話は後だ」
「え、なに、何かあったの?」
立ち止まったオレに合わせて雪華も止まる。
だが、どういうつもりだ雹理。
あんたなんだろ? こんなバカげた作戦を考えたのは。
オレを詳しく知る人物は旬さん同期の中でも雹理だけ。
その上、娘の雪華には激戦区を避けてほしかったかわざわざ呼び出して時間を遅らせたようだ。
舐めてるな。
「どういうわけか影が撤退を始めた。いや、正しくは影の幹部のみの撤退だろう」
今更この数の影人を隠せる好都合な場があるとも思えない。そもそも影はどこかに潜伏しているわけではないからな。
まあ、今回の事件でそれもすぐに明るみになるだろう。
「え、なんで撤退……? いきなり撤退する理由はなに? 増援? それとも他の支障?」
「さあ……ただ一つ言えるのは、敵はオレの介入をあまり面白く思っていないようだ」
「なにその強キャラ発言。敵は統也一人にビビッて逃げるってことかな?」
「まあ、そうなるな」
「えぇー」
薄い水色髪を風に乗せ、ちょっと引くように言うものの、どうしてかあまり疑われていない。オレが本当の事しか言わないとでも思ってるのか。
「ブラックのオレがとんでもない妄想を口にしている可能性もあるが? いいのか?」
「いやいや、その方があり得なくない? 統也って結構お馬鹿さんなんだね」
どういう意味で言っているか、オレには理解できなかった。
「だが困ったな」
「えっと……何がかな?」
旬さんみたいに
西にいるのはマナからして……女影か。
南には最初に出会った変形手のヤツがいるな。
「距離的に南はもう無理だ。諦める。問題は西だが……このままでは女影に逃げられる」
「女影? あの噂になってる女性型のCSSもここに来てるの? 今回の事件、ほんとなんなの」
零術式「律」でなんとか距離を縮めて……いやそれはそれで手間がかかる。
時間を近似的に停止させても、光速度で動いていることになるオレの身体で他物体に大きな作用を加えることは出来ない。今のオレでは。
そこまで都合がいい技でもない。使用後、異常なまでに疲れるという難点もある。
「難儀だが」
もういいか。
今更オレの正体など隠しても意味はない。丁度試してみたかった技もある。
雪華が雹理と繋がっている可能性も考えたが、雪華の異能では能力的に制限が出る。
そこから考えると多分敵じゃないしな。
「雪華、今から見せる技は他言無用にしてくれ。その約束を守れないなら、オレもそれなりの返しをしなきゃいけなくなる」
「え……まじで意味わかんないけど……分かった。誰にも話さない。けど……一体何をする気?」
「女影まで随分と距離がある。だが、みすみす逃す気はない、ということだ」
「いやいや距離があるんでしょ? じゃあ無理じゃない?」
「無理じゃない」
ネクタイ、マフラーを緩めつつ前を見る――透視した視界で女影の座標を捉える。
檻「蒼」
空間収束「蒼玉」
空間発散「青玉」
まずは右手。濃い蒼のオーラを帯びるその手を開き、球を出現させる。
「え、待って待って……これって、異界術じゃないよね!?」
次に左手。淡い青のオーラを煌かせるその手を開き、同サイズの虚像球体を出現させる。
諸手を合わせ、二つの異なる空間極限を持つ球体を融合させる―――。
*
下にいる女影が突然巨大な水晶体を床下から顕現させ、正面を遮る。
私は瞬時に空中を移動し水晶体を越え、女影の方に寄る。位置にして真上。
「何です? 急に距離を……」
さらに巧みに水晶を発生させ、床に穴を開け始めると共に、領域構築の所作を読み取る。私はすぐに行動の意味を理解する。
「逃げる? これだけのことをしておいて?」
そう言うと、それに反応する生徒ら。
「おい、女影が逃げるらしいぞ!」
「許せないわ!」
しばらくの戦闘で一方的に女影を弱らせたせいか、生徒が自分達は優位であると勘違いし始めた。
「絶対に逃がすな! 追え!」
ここで説得するのも面倒だったので、私も女影に大打撃を与えようと手に帯びる翠のマナエネルギーを放出させ、
第二定格出力『魂霊』―――“虹霓”
発動する刹那―――
私は思わず体を硬直させる。
これは――――? 統也さんの?
「いえ皆さん、今すぐに止まってください!」
下を走る生徒に強めに言い聞かせる。
「はぁ? どうしてだよ委員長!」
「そうですよ委員長。このままだと逃げられます!」
そう言われるが、この空間の乱れ――もしや『檻』による空間遷移。
私自身、二千年生きてて三度しか見た事がない稀な代物。『境花』。
まずいですねこれは。下手したら全員巻き添えを食らう。
流石に乱暴しすぎですよ統也さん。こんな暴力的な手段を取るとは、ある意味おみそれしました。
「そのまま進めば、皆さん死にますよ。純粋な蒼を食らって――」
*
ここで見せるのは本来同時に存在しないはずの収束と発散の融合。オレだけが持つ唯一無二の蒼。
異能『檻』の極致である空間極限の更にその合体。真の奥義。
虚構の「青い
虚数術式であり、複合術式。
「なになになに!? 統也、本当に何をするつもりなの!??」
脚を引き、前に出した手で放出の構えを取る。
「大丈夫。少し、目の前が青くなるだけだ」
複合『
瞬間、青星シリウスのような輝く青い球体が目の前から女影の座標へ向かって一直線に放たれる。
弾丸のような速度。凄まじい空間の歪み。何もかも破壊してゆくその球が―――ただ進む。
「――――っ!?」
驚きすぎてもはや絶句に近い雪華をすれすれに、空間を切り開きながら樹木などのあらゆる物体を押しのけ、地面をも抉り進み続ける蒼い球体。エネルギーともオーラとも見えるような青い空間の虚像。
この青い攻撃に実像はない。実存する物体でもない。
ただ仮想上の
これを前に、不可侵な概念など存在せず、その対象は絶対に抉られる。
「統也……もう、なに…………」
その場で気抜けしたかのように膝を折り、ぺたんと床に座り込む。
かなり放心しているようで、その純粋な青いオーラに魅せられているかのように、時を忘れているかのように、通過後も呆けている雪華。
まあ上手くいけば女影に当たるはず。
少しズレた気もするが、まあ許容範囲。
「雪華、ドレスが汚れるぞ。いいのか?」
そう心配するが、
「……統也、これは、異能……?」
「ああ。異能『檻』だろうな」
「だろうなって……しかも『檻』? 御三家の……?? そんな馬鹿な……じゃあ統也、ずっと嘘ついてたの……」
「ちなみに今の技、実はこれが初めてだった。でも何故か今のオレならできる気がしたんだ」
「そんなこと……どうでもいいよ」
どうでもいいらしい。
「あなた……何者なの……」
「本名を名瀬統也という」
「名瀬。それは、そうか……だからあの時強かったんだ。全部今点と点が繋がったよ。けど……あーやばい。頭がぶっ飛びそう」
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