第157話 『Butterfly without light』


「“第一月夜術式・臨界発動――――”」


 発動した技とは別に、末梢神経へと流す負荷電流でニューロンに強制的な作用電流を送り込む。

 電気由来の高速移動と電撃性質の合わさった鬼人化で前進する。


 私が今可能な最大出力の月夜術式――!!


 一方、


「私、省エネ主義なの」


 そう言う彼女はまたしてもその場から微動だにしない、不動。


 私は―――――容赦しない!! これで決める!!





『“強化電子エンハンスエレクトロ電離気体切断プラズマブレード』!!”」





 オリジン模造青霊刀「神罰」を用い、猛スピードで彼女へ一線、切りつけた。



 


 瞬間だった―――。







 目の前に黒い“ナニカ”が出現したのは。


「ふぁーーーい! はふぇいぃ!!」


 口に何かを含む上、ふざけた声遣い。

 相手の女性と私の間。黒髪、黒いスーツの男が蝶のように舞い降りる。鬼人化ラギア体でも見抜けない、反射できない速さで。まさしく瞬間移動。いいえ、もはやテレポートで。


「“うそっ”」


 私が繰り出した大抵のものは切れる最大火力の電離気体切断プラズマブレードの斬撃を、メラメラと燃えるように溢れる『黒焔』もとい「黒い『ころも』」を帯びる右手のひらで、さも「当然」「余裕」とでも言いそうな澄ました顔で押さえる。刀身を掴み止める。

 それとは反対の左手。彼は相手の女性のおでこを人差し指一本で押さえ、抑制する。


「“旬さん……!? どうしてここに!?”」

「いわーいいえひょう? へっはふへんはほめへはへはんはし」

「旬、何言ってるの?」


 離れつつ相手の女性も反応する。

 さすがにピザを頬張りながらすることではないと私も思う。


 しばらくもぐもぐと咀嚼したのち、ごっくんとの飲み込む音を立てる。何も悪くないと言いたそうな澄まし顔で。

 さすがイケメンだけど非常識な男№1。


「このピザちょーうまいんだよ。ドミノピザのビックチーズ……あとで二人にも食べさせてあげるから機嫌直しなよー? ほらほらー」


 彼は顎にある黒マスクを口に付け直すと交互に私と相手の女性に顔を向けた。


「ね……凛、茜」


 どうやら彼女は「あかね」という名前らしい。


「にしても大人げないねー茜。君の“特級異能者”っていう肩書は虚飾じゃないんだよー? 一級りん相手にここまでやるかー普通?」


「“えっ”」


 特級!?


「私はかなり手加減していたけれど」

「ほーん……。まーいいや、とにかく赤鬼ルビア青鬼ラギア、一旦落ち着こうか」


 旬は黒いマスクの下、緩めた表情で私と相手を諭した。


「というか旬、あなた今頃、中国で秘匿開催された異能者最高議会に居るはずでしょ?」


「あー、あのお偉いさんたちがガミガミ言い合う虫ケラ議会ねぇ? 退屈すぎてピザをデリバリーしちゃったよ。んで、美味しくピザをいただいていたら、雪子せっちゃんから緊急連絡を受けてさー、『凛と茜が出会っちゃうかも~~』なんて言われて、こりゃ仕方ねえってなって参上したってわけ」


 雪子は絶対そんな言い方しないけどね。


「それよりはいはい……早く鬼人化ラギア止めて……凛」


 肩をポンと叩かれる。まるで感電などしていないかのように高電圧の身体に触れてくる。

 まぁ様子から、旬さんを挟んで反対にいる茜という女性は危険ではないらしい。

 私はすぐさま鬼人化を解除する。


「茜もそうツンツンしなーい。二人とも統也が好きで好きでしかたないって気持ちはよーく分かるけどさぁ、取り合いゲンカにも限度ってものがあるでしょう? ちゃんとその辺は弁えないと。二人共もうすぐ成人するんだしさー」


 私は顔を逸らし、青霊刀「神罰」を収める。

 茜もばつが悪そうに目線を逸らしたのが流し目に見えた。

 

「だから、私の方は手加減した」

 

 彼女はああ言っているけど、おそらく嘘はついてない。攻撃にまるで命の重みを感じなかった。それは私をいつでも殺せる、そう考えている証拠でもある。

 それまでに彼女は―――強かった。


「ふーん、虚数術式まで使ってるのにぃ?」

「それは省エネのため」


 虚数術式とは扱うのに通常マナの平方根分しか使用しない。簡単に言うとマナを「3」だけ消費すれば「√3=1.73205081……」で済む。

 虚構を扱う強化能力で、しかもマナの消費ロスが少ない。実用的かつ便利。


 常識的に考えれば皆そう思う。

 しかし逆に考えればわかる。


 二歩または三歩「歩け」と言われれば大抵の人は常識的に出来るもの。これが第二・第三術式。

 でも「歩く」という行為を「√」で行え、と仮に言われればむしろそれは容易とは程遠い作業であり、実現など到底不可能。


 それを可能とするためには類い稀なる「異能演算領域」の才能「虚数域」がインプットされていなければいけない。

 共通認識ではIQ200などと似通った概念。


「……ま、いいや」

 

 直後、信じられないくらい声のトーンを下げた旬さん。


「真面目な話、お前らは自力で辿り着いた……。特に凛、お前はまだ自分の宿命のことを知らない。この世には知っておいた方がいいことってのが沢山ある。でも、凛や統也にはこの『秘密』を教えられなかった理由ワケがある」

「――九神の侵食が早まるからでしょう?」


 当たり前のことだと思っている雰囲気で茜が言ったけどイミフ。


「そ。自身に宿る『起源』っていう概念を自覚すればするほど、それを司る奴の侵食が早まる」


 起源? 何の話?


「事実、ディアナが有する起源『くう』という概念を誰かが本人に密告した。おかげで予定よりも早く『変異』が始まった。ま、簡単に言うと二回起こった彼女の暴走のことだね。犯人捜しも面倒なんでやらないが、もし密告者を見つけたら。――ってのはまあ冗談だが、凛は自分の目で自分の運命、宿命を知るといい。蒼電石サファイアも欠けてることだし、さすがに凛は起源覚醒解禁だろ。それに、おそらく俺が説明するより、自分で受け取り自分で向き合った方がいい。茜も無関係じゃないから着いて行ってあげて」


「もしかして資料は回収済み?」


 彼女が訊くと考えこむ旬さん。


「うーん、確か結構前に雷電晴馬はるっちにね」

「そう……」


 お父さん?


「ん、だから付き添い付き添い!」

「……はいはい」


 茜は見るからに呆れ顔で頷いた。


「『はい』は一回!」

「……はい」


 なんだかあやふやなまま終わりそうだったので、慌てて喋る。


「待って……結局、茜……さんは何者なの!」

「ん? 詳しいことは本人の口から聞いてよ。茜が口を閉ざしたらそれまでだけど、流石に俺も立ち入っちゃいけない領域ってのがあるから。ま、強いて言うなら元は一つだった起源宝石『コランダム』を分けた二人? 起源宝石ルビーが茜で起源宝石サファイアが凛。あんまり難しく考えると面倒だ。さっさと雷電神社の地下へ行って真相を見てくるといいさ」


 なんだか釈然としない。そもそも意味の分からない会話続きでまるで理解できなかった。


「あー、てか茜、統也に話したの? 自分が雷電一族だって」


 関係ない話だけど、と付随するような口調で聞く旬さん。


「話してない。幻滅されるかなって思って」

「うわー、いつも凍てついた視線送ってくる冷淡美少女が統也相手の時だけちょー可愛くなってやんの」

「うるさいな。はなから打ち明ける機会を逃したの。口頭ではもう無理」

「そんなことないさ。同調機会チューニングチャンスはいつでもあるんだ。いつか話してやれ。多分統也アイツは幻滅しないって。多分ね。多分だよ、多分。……自分が認めている人間以外にはゴミクソ冷てぇが、認めてる相手にはそれ相応の返しをする。『等価交換』の起源『王』を持つ統也アイツはそういうヤツだ」


 この一連の会話でやっと分かった。どうして茜という女性が統也の話をしていたのかも。

 茜、彼女は統也の―――――『補佐指揮官コンダクター』なのね。

 それならオリジン社の軍服を着ているのも理解できる。

 

 でもまだ明らかになっていない重要な事がある。それを聞かないと。

 意を決して話しかける。


「旬さん。まだ……茜さんが迫害から逃れた生きている理由を聞いてないんですが」

「え?? あー、質問してこないから顔とか容姿だけで察しちゃったのかと勝手に思ってた。そもそも茜は迫害から逃れてない。だって茜は『――――――』だからね」




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