第154話 『Beyond the cage』



  ◇◇◇



 同日同時刻。一方その頃。


 ―――「黒髪の白花びゃっか女王」は目を覚ます。微睡みの中で―――。


 仮眠を終えると彼女は気付いた。また統也のことを考えていた。

 気づけば彼のことばかり考えている。彼のことが頭から離れない。


 しかし彼女はこの心の奥底で静かに燃え上がる感情の正体が何かも理解している。そう、何年も前に。


 でもこれは身勝手な雑念であると自覚していた。任務や今彼女がすべき事とは何の関係性もない雑念だと。


 しかし思惑とは裏腹に想いが口から漏れた。


「統也……」


  

   ◇



「ちょっと早く起きすぎた……」


 私は彼のため、彼にとって役に立つ情報を提供するため、必ず重要な手掛かりを回収する。と意気込む彼女は純白なベッドから立ち上がり、身支度をしながら思考を巡らせていた。


 するりと上下の下着を穿き終えて、黒色ガーターベルト付きのニーハイソックスを履き、白いセーラーシャツに腕を通す。ボタンと襟とカフスがつくシャツに。


 ―――「その服は戦闘用の特殊性で仕上がっていて、耐久値も高いぜ。私が作った傑作なんよ」と雪子博士(14才)から聞かされていた物。


 長方形の、立てかけられた全身鏡の前に立ちながら、正面にスリットが入った黒い布地の、ハイウエストのショートスカートをはく。さらに上に黒いミリタリーブレザーを羽織る。


 そして―――「同調装置チューニレイダー」を項の少し下へセットする。


 白い花が一つ側面につく黒の軍帽を被ることで合わせて、黒色主体で軍服の装いが完成する。

 彼女の女体に似合う、冷静沈着を象徴するかのような白と黒の色合いを纏う軍服。

 胸下、腰まで伸びる長い黒髪にもマッチする。


 裸体のシルエットを見たなら、誰しもが艶かしいと評するであろう彼女の体躯は健康体であることを証明している。

 程よい全身筋肉と胸の膨らみ、腰のくびれ、脚の滑らかな曲線。

 

 また、軍帽に飾りつけられた白い造花は「称号花」。


 彼女はそっとその花に触れる―――。


 この花は称号の証以外にも彼女にとってとりわけ意味のある物だ。

 彼女にとっては親代わりの存在、伏見旬から貰った「名前」と同時に「生き方」でもある。


 そう―――アカネ。


「んん……う、う……茜? こんな夜中にどこ行くの……?」


 軍部女子寮同室の同世代ルームメイト、風間葵の眠気に満ちた声をかけられる。茜がそちらを見ると、眠そうな顔をしてなんとか上半身をベッドから起こしている葵の姿が。


「ちょっとね」

「……今日って金曜番だよね? あたしら非番じゃないの? 朝訓練もないしさ。あー、もしかして男?」


 少しずつでも眠気が飛んだのか多少活力の戻った口調になる。


「なわけ。でも今夜はちょっと」

「へぇー……いっつも忙しいね茜は。前から色々調べてる印象だったけど」

「そんなことない。ただ今夜はどうしてもやることがあるから。一日留守にするけどよろしく」

「はいはーい」


 葵は言った直後、再びベッドへと身を委ねる。むにゃむにゃ、とか言いながら。

 茜はその状態を見つつ2人でシェアするプライベート部屋から出た。長い黒髪を揺らして。


「ほんっと……どんなけゾッコンなのよ……」


 と葵は茜が部屋を出てから呟いた。

 彼女は茜が一少尉に抱く慕情に気付いていた。



  ◇



「やっと着いたわよ―――」


 廃墟街の中、通信用インカムマイクにそう報告するのは雷電凛。


「―――私の故郷に」

『へいへい良かったな』


 ぶっきろぼうに、なおかつ男性らしい口調で語る白夜雪子14才。


「長かったわ。今の岩手ってこれほど廃墟化してるのね。進むのも一苦労」

『ダークテリトリーの「立入許可」取るの大変だったんだからな。必ず「雷鳴村」から情報持ってこいよ?』

「言われなくても分かってるわ」


 凛は一呼吸置いて、


「現物の『青の境界』に近づくのは初めて……。早いところ雷電本邸を見つけないと……」


 街灯一つない廃墟の街。その独り言は虚空へ消えた。

 夜中なこともあり気温は低くなる一方で、さらに雨まで降り始める。

 青色と黒色主体のサイバーパンクな戦闘服に身を固めていた凛は、オリジン模造青霊刀「神罰」を携え、歩速度を少し速めた。


「凄いわね……」


 進行方向右側を見て思わず声を漏らす。

 まじかで見るのはこれが初めて。

 目の前に見える青いバリア……これが「青の境界」……。どんな物理的作用も進行も許さない青色の絶対障壁。

 さすが、こんなことが出来るのは―――

 

『あ? 何が?』

「青の境界よ」

『なんだ、ビビってんのか? 青鬼のくせして』

「別にビビってなんかいないわよ。ただ、凄いと思っただけ」

『はーん。ま、右ばっか見てないで早く前に進んでくんね? 右の青の境界全く関係ねーし。ただ奥の雷電本家行くだけだろ?』

「はいはい、分かってるわよ」


 ほんとせっかちね、雪子博士は。

 天才的な人間であるからその才を認めてはいるけど。

 そう思いながら凛は一歩踏み出した。



  ◇ (凛)



 数十分後、私は目の前の威厳ある鳥居を見た。雷の紋章が目立つ風変わりな鳥居だけど、私にとっては懐かしい気分を起こさせる。

 この辺の雰囲気は廃墟となってもあまり変わっていないわね。


「ここが私の実家近所にある神社――。雷電神社の『蒼社あおやしろ』」

『ほーん、そこのどっかに九神の秘密が眠ってんのか?』

「分からないわ」

『わからねーじゃ困るんだが……。だいたいにして「紅社あかやしろ」は「青の境界」の向こう側にあるんだろ? 調べに行くとなると死にに行かなきゃいけなくなる』


 無数の影人が立ちはだかるから、という意味だろう。


「そうね、『蒼社』に答えがあると信じたいわ」

『科学的に根拠のない迷信は、迷いと精神的揺らぎの結果でしかねえ。信じられるのは科学的に証明されている式や論理だけ。妄信はすんなよ』

「妄信じゃない。ただ、二つに分けておいて片方に意味がないとは思えない。何か意味があるはず……」

『まーそれにはあたしも同感だ』


 そのまま進んでゆく。

 なんとなく神社の中に答えがある気がした。

 こういう秘密や秘匿案件は大抵、神聖な場所や人が立ち入りにくい場所に隠すものよね。そういうお決まり。


 雷電特有の結界『雷鳴修羅』――これのお陰で“雷電一族”という条件に該当しない者は如何なる理由があろうともここから先へ侵入できない。

 侵入が許されるのは唯一雷電一族のみ。


 私はその永久結界を通り抜ける。そして大きな神社の前に立つ。

 この神社は普通の神社と違い、かつて聖堂のような役割を果たしていた。内部は立体的な構造になっているはず。


 意味もなく扉の外面に触ってみると――瞬間、信じられない事が目の前で起こった。


「あれ……? 鍵が開いている!?」


 そう、キイと音を立て、いとも簡単に開いた。

 しかしこの扉の鍵は、雷電一族にしか開錠できないはず―――。

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