第153話 黒幕と黒いネメシス


 空中に浮かび、落下を始める統也。彼のマナがこの日初めて高まった。

 これまで統也は殆どマナを消費していなかったのだ。


 統也が現すマナは、空間は、青は――緻密。あまりに緻密で、その存在を通常伝達では知覚できない程。


 その高まったマナは見惚れるほど淡い、それでいて時を忘れる「青の光」となって空間を支配した。極限まで次元を破壊した。


「綺麗です……」


 遠くからでも分かった。ネメは思わずその青い光景に見惚れた。光の美しさにではなく、その緻密に練られたマナの美しさに見惚れた。


 如何なる存在にも否定など出来ない。これが紛れもない“特級”だと。


(何だ、この技は……この光は……)


 離人もまた、その技を真上に呆けていた。

 未だかつてこのような形態のマナを、それを、ここまで綺麗に放出できる異能者を知らなかった。


 青いマナが集い、発散の術式を刻む。

 それは皆が知る領域を超えた一撃。


 凄まじいエネルギーがその指先に込められた。 核エネルギーに相当するそれが。



「因果応報だ――」



 それを見て瞠目したのは、大地か、大気か、離人か。


 おそらく、すべてだ。

 すべてが瞠目し、畏怖したのだ。


 遥か遠くなのに。それでもネメは自身が震えていることに気づく。


「――死ね」

 

 統也は逆さのまま静かに告げた。


 左手からを真下の離人へ放出。

 一方右手より立てた中指は離人へ向けられていた。彼にしては珍しい行動かもしれない。


「な――――ッ」


 離人が自分の死を、臨終を悟った瞬間、放たれ、音が消えた。


 光の奔流が離人を飲み込み、地面を、大気を飲み込み、遙か夜空の彼方へ。


 そして、淡い光で、青に爆ぜた。


 夜空に青が刻まれ、円山全域が青に染まった。 爆風を受けた。


 離人は塵も残さず蒸発したのだろう。 紫紺石以外は―――。





 かつて世界には……『00ダブルゼロ』と怖れられた特級異能者がいた。


 表にその名が出ることは、決してない。


 しかし誰が言いだしたのか、マフラーをした青年であると。


 六人が一人、空間を操る浄眼持ちの、最強の青年。


 その青年は肉体を鍛え、精神を鍛え、己を鍛え、技を鍛え抜いた。


 そして至った。『檻』の極致への一歩に。


 空間の極限に。



  *



 オレの足元に色の濃い紫紺石が転がり落ちる。地面にぶつかる「コツン」という虚しい響き。


 刀果とリアを殺めた影をこの世から駆除した。


 だが、あるべき達成感や充足感はオレの心にはなかった。

 復讐紛いのことをした。なのに、心には何も感じない。何も生まれない。

 刀果が向けてくれたオレへの笑顔も。リアとした約束も。何も返ってこない。

 彼女らは何故死んだのか。本当に影のせいか? 間に合わなかったオレのせいか?


 分からない。


 もう過去へは戻れない。


 いや。


 そんなことは今、どうでもいい。


 討伐したCSSの紫紺石を拾い上げ、発動を続けていた浄眼で解析してみる。

 紫水晶に含有するマナの密度が異常に高いことは分かったが、詳しいことはオレの眼でも分からないな、と結論付ける。


 次に女子生徒らを仕切っていた特大の『檻』壁を解除。


「凄い……たった一人で……あの影人を……CSSを倒した……」

「あの爆発……あの人、何者なの? 普通に……ヤバすぎる……」

「御三家の名瀬の人……だよ。じゃないと納得できない……」


 皆、隠す気もなくこちらを見つつ噂に花を咲かせる。

 さすがに名瀬家の人間だと気付かれた。檻に関して想像している色が違えど異能系統は同じ。異能学の教科書にも載っているからな。


「あなた……信じられないくらい強いんだね……。ちょっとまだ興奮が抜け切れてないほどだよ……。今更だけど、名前を聞いてもいい?」


 クレーターから出たこちらに近寄ってくる工藤美央。


「名瀬統也だ」


 どうせこの学園では隠せない。偽名を提示する意味もない。


「……やっぱりね。本当にこの隊の救世主だよ。色々ありがとう。全部あなたのおかげ。本当に」

「礼には及ばない」

「それに……鈴音さんの完治不可能な程の傷が一瞬で治癒された……。ドレスも直ってた。あれも、あなたがやったんだよね?」

「まあな。白くなった髪は治せなかったが」

「うん……あれってどうして白くなったか知ってる?」

「彼女の髪が白くなった理由か?」

「うん……」

「さあ、技の代償なんじゃないのか」


 なんとなく凛が隠していた事と一致したがここでは適当に答える。


「異能副作用、SEみたいなものかも」


 オレは頷く。


「……話を変えるが、この舞花の誕生パーティーは理事長も公認しているのか?」

「えっ……いきなり何の話?」

「次の現場に行かなくてはいけない。あまり余計な会話に時間を割きたくない」

「あ……えっと、白夜理事長は当然のように知っていると思うよ。去年は出席していたくらいだし……」

「そうか。ありがとう」

「うん……」


 やはり、か。


「ちなみに、翠蘭はどこの隊にいる?」

「えっ……懲罰委員長? 呼び捨てにする人、刀果さんくらいだと思ってた……。ううんと、多分『西の隊』かな」

 

 余計な話をしてしまったと思ったのか首を振りすぐさま教えてくれる。


 ここで考えるべきは首謀者の存在だが……おそらくオレの知る人物だろう。逆にオレのことも詳しく知られている。

 オレの脅威度・弊害性を知り、その上で鈴音に排斥させた。こちらの実力をある程度知っている人物。


 翠蘭や雪華、リカには少なからず知られているだろうが、それでもオレが当代随一の名瀬一族、特級異能者であるということを知らない。

 知っている可能性があるとすれば、もう「アイツ」しかいない。


「分かった。ありがとう」


 そのまま翠蘭が交戦しているであろう西に向かおうとすると。


「ブラックの無能……!? なんで……こんな所にいる?」


 満身創痍な様子の進藤が足を引きずりやって来た。

 スーツも破れ、随分と怪我をしているようだ。


「いつも鈴音さんに付きまといやがって。気持ち悪いんだよ」


 などと言われる。


「いきなりなんだ?」


 この緊急事態の場において全く以って関係ない話だと思うんだが。


「チッ……うるせーんだよ、無能が!」

「は? 無能はお前だろ?」

「なに……!? てめぇ!!」

「冷静に周りを見てみろ。この無造作に広がる死体の山を」


 進藤は唇を噛み、悔しそうにしながら地面を拳で叩く。


「俺が悪いって言いたいのか? ああ!??」


 謎に逆ギレされる。


「ああ、そうだ。初め、皆を守ると息巻いていたらしいが、結果はどうだ? ただ徒に生徒を死なせた。終いには、鈴音に命がけで守ってもらったと聞いた。お前は真に何もしていないだろ。ただ弱り、寝そべっていただけだ。それが無能でなくて何という? なあ、答えてみろ?」


 周りの女子達ももはや進藤を庇ったり、慰めたりしなかった。

 こちらが言っていることは究極の正論であり、この場を収めたのは他の誰でもないオレだ。


「異能が使えない無能がぁ!! いい加減にしろよ!!」


 進藤が叫ぶ中、オレは工藤美央へ目配せした。


「あとは頼む。頭の弱いヤツに詳細を説明してる時間はない。オレは西に向かう」

「待て!! 逃げるな無能野郎!!」

「黙れ無能。お前みたいな愚か者を見ていると無性に腹が立つんだよ」


 オレは今、どうしようもなく気が立っているのだろう。このまま勝手に動く口に喋らせれば、刀果とリアが死んだ原因さえ進藤コイツのせいにしてしまうだろう。

 編制をミスった……いや、鈴音と一緒に行動したいという独り善がりな独断による編制が。


 ―――もういい。


いつき君……あまり言いたくはないけど……ここに居るみんなが名瀬くんと同意見だよ……」

「『名瀬』……だと……!? 御三家の!? そんなはずない!! だって……!!」


 彼女は静かに首を振った。


「彼が、誰も敵わなかったCSSとここにいた数百の影を一人で始末してくれた。全部彼がやってくれたことなの。だから……樹君は何もしていない。統也さんの言う通り……。本当にただ、徒に生徒を死なせただけ……」

 

 オレは深い溜息と共に、西へ走り始めた。



  *



 数分前。


「ほら言わんこっちゃない。統也かれとは戦うなとあれ程言っておいたのに」


 円山内にある札幌中央異能士学校・理事長室から遠くの「青き爆発」を見物する雹理が不意に開口する。

 その淡い青の空間エネルギーによる噴火のような爆発を眺めていたネメに、


「それにしても彼は、相変わらず規格外という他ないね。さすが旬の弟子、渉の息子」

「あの離れ業……脅威・名瀬統也は何者なんです? 異能術式は通常、『実域』『零域』『虚域』の三つしかない……それを……無限大へ発散させたように見えましたが……」


 眼の良いネメが雹理に尋ねる。

 形式上は実数域。限りなく大きい数値であっても実数であることには変わりない。しかし、実態が異なりすぎた。 


「ああそうさ、あれは名瀬家奥義の一つ。『檻』の空間発散『青玉』だね。扱えるのは浄眼持ち限定だが、演算の天才――杏子とかも頑張れば出力できるかもね」

「はあ……」


「一応、空間を好き放題弄るのは異能法で禁止されている。故にあれは禁能なはずだが……あの様子なら離人はもう帰ってこない。厄介だが、六番の特別紫紺石も回収しないといけなくなった」

「そもそも彼は、鈴音という特異存在の技術で排斥できるはずだったのでは?」

「うん……『斥電の檻』でね。おそらく破られたのだろう。空間収束『蒼玉』……の強化かな? 後だし虚数域の星鳴りとかだろう、おおかた。まさか半年でここまで浄眼の性能を引き上げるとは。でもこれでネメにも分かっただろう? 次の王の器である名瀬統也の危険度が」


「ええ。ですが、逆に興味も湧いてしまいました」

「いけない子だね、ネメは。彼はやめておきなさい。本気で死ぬよ」


 笑顔で優しく忠告する雹理。


「雹理様がそこまで危険視する存在……そそられます」

「いいねぇ。君も人らしくなってきた」

「元々人ですが……」

「ごめんごめん、冗談だよ。四年前まではまだ人間だったもんね」

「そうです。あの頃は大変でしたが……この代も大変ですね」


 この言葉を雹理は理解していた。年代の継承。


「旬の代は本当に別格ばかり居た。私的にはむしろそっちの方が気になるけどね。三宮桜子に雷電楓花ふうか、エミリア・ホワイト。風間章に功刀舞彩。そして菫の花弁である名瀬渉に付随する純黒蝶伏見旬」


 菫の蜜に寄り添う烏アゲハ蝶、などと考える雹理。


「その中にあなた様、雹理様もいたのですね?」

「ああ、勿の論。白夜家の枠でね。まあほとんどが四年前、三年前の第一次防衛戦争で亡くなったけど……みんな仲良くていい人たちだった。四年前のあの日までは」


 一呼吸置いて、


「まあ今更それを言ったって意味はないけどね。とにかくその戦争で強者やエリートの大半が失われた。世界は絶望の時代を迎える。青の境界を築いてIWに逃げ込んだ四割の人類。しかし、境界内にも影がいた。さあいよいよ絶体絶命。でも世界はそんなに簡単に滅んだりしないさ。現に世界にはあの別格達の子の世代が残っている。天才たちの子もまた天才というわけだ」


「名瀬統也もその一人……ということですか? あの名瀬渉の子供なのですよね?」


「ああ、けど彼は中の起源宝石ダイヤモンドのせいで幼少時代は異能が使えなかったからね。おそらく楓花と晴馬の一人娘・雷電凛の起源宝石サファイアでも移植したのだろう。あのひねくれものの旬がやりそうなことだよ」

「世界の異物。純黒蝶。黒欠陥。最強の失敗作。色々な通り名がある伏見旬と、脅威・名瀬統也が戦えばどちらが勝つと思いますか?」


 気になり尋ねるネメ。彼女は今、彼と戦いたくて仕方がなかった。


「んん? 難しいことを言うね。……けど、おそらくその前に統也の強さと旬の強さは路線が異なると教えておこう。それを無視して両者が本気で勝負なんかしたらそれは、考えるだけで恐ろしいよ。旬は各国パワーバランスを崩すほどの最強。単純な戦闘力だけならば今回の標的である『かぐや』の全力さえもしのぐかもね。一方で名瀬統也は完全に前人未踏な領域だ。王の権能『構築』と最上級の異能『檻』を併せ持つ二限異能力者。そもそも異能は二つ以上持てないからね。彼はただ権能を持っているだけだよ」


「ええ。さすがにそれは存じています」


「流石に知っていたか、まあそうだよね」


 ネメは頷く。


「で、その上で考えれば、名瀬統也という青年は全くの未知だよ。身体能力や異能とその性能、熟練度における水準の高さはもちろん、頭の回転が早く、状況判断も的確、堅実な行動。高校生ながら達観した視点、思想を持ち、ちゃんとした線引きも出来る。開眼までに時間を要したが、浄眼持ち。そんな彼は弱点という弱点がまるでない。唯一あるとすれば案外メンタルが脆いところかな。まぁ弱点と言えるかは怪しいところだね。……ああ、それと。本来三つまで発動できる異能『檻』を、彼の場合は二つが限度ってくらいかな」


 そう言いながら微笑み、ネメを見る。水色の髪が揺れた。

 結局、旬と統也が戦闘した際の結果を明確に述べなかったがネメは気にしていないようだった。

 そもそも、たった今の「青の爆発」と肩を並べられる存在がいる時点で、この世界は壊れている。


 一連の会話を終えると、


「それでは、脳内波長で全軍撤退を命令します。構いませんよね?」

「ああ無論。名瀬統也がいる時点で任務は遂行できない。荒唐無稽と言い切れる。彼は旬が作ったバケモノなんだ。統也一人で境界内を滅ぼすくらい造作もない事。今の段階で彼に勝てる人間はいないだろう。名瀬統也という異能者は、周りに人が少ないこういった森などでは文字通り最強なんだ。今の駒だけではどう頑張っても勝てない。撤退する。同時に――――私は理事長を辞める」

「雲隠れ、ですか?」

「まあね。しばらくは。伏見家などはもはや統也に懐柔されているだろうから」



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