第150話 鬼の中の私



 まずい――――進藤くんが殺られる!



 脇腹を押さえながら、瞬刻、考える。

 苦手だし、体内電荷量は心許ない。副作用も怖い。


 けど……やるしかない!

 じゃないと間に合わない!


 私はまだにも、世界にも、縛られたままなのかもしれない。

 それでも――助けられる命が、まだあるのなら。




 仮想電源―――電荷第三放出。


 藤鬼化ルギア・第三霹靂――――――「雷霆」



 

 一瞬にして私の身体中から溢れ出る紫電――アーク放電による大量の電気が紫として身体を覆う。凄まじい電気エネルギーの放出。

 それが肉体の限界を超越し、ライトニングスピードを実現するための負荷電圧となる。

 自分の生体筋肉に電気の負荷をかけることで、限界を超える反射速度、運動速度を強制する技術。


 全身に電気を纏っている状態なことも相まって、この際の攻撃は全て電撃性質を併せ持つ。すなわち最速移動と電撃攻撃を絶対とする技なのだ。


 ただし強力過ぎる故に――SE「雷電白化メラニン色素欠乏」と「鬼人症鬼になる」というリスクがある禁能。


 私の額。右側にだけ一本、紫の角が生えているはず。鬼のように。

 また犬歯が異常に発達し牙も備えている。まさに鬼。

 角の生えた、牙を持つ存在。傍から見れば私は紫電を纏いし「鬼」以外の何者でもない。



「“ふっ―――――!!!”」



 私の神速は離人がした攻撃速度をほぼ完全に見切れるほどのものだった。

 異次元的な速度を実現している今。全てがスローの減速世界として目に映る。

 私が速いため、相対的に周りの時間が遅くなるのだ。


 雷電による裁きの鉄槌『雷の制裁サンクション』。衝撃波というマッハを超えた際に生じる爆風が紫の迅雷を押し出す。

 森の木々をなぎ倒し、とてつもない轟音と共に一直線に進んでいく。

 数秒後、周囲から上がる土煙が落ち着いた頃、


「えぇ……? 今、僕に……何が起こった……?」


 その一直線上の末端。位置にして数百メートル離れた場所。

 進藤くんに向かって行った離人は途中、想像を超えるほど遠くへと吹き飛ばされ、何が起こったと疑問に感じている様子で辺りを見渡す。


 私の、鬼の如き力と迅雷のような一撃を受けた結果だった。

 離れたここなら邪魔も入らないでしょう。

 

「“あなたは今、私の鉄槌を受けました”」


 雷電秘技・鬼人化のせいで、喉から発する音声にマナが含まれる。いわば鬼の声。

 私はドレスのスカートを破り、動きやすくする。


「全身に電気を纏っている鬼! 君もその技使えんのぉ!? ちょー懐かしんだけどぉ!! 三年ぶり! きゅーに楽しくなってきたぁぁぁあ」

「“はい? 何を言っているんです……?”」

「僕ねぇぇ、その技で死にかけたんだよぉぉお! あまなんとかと、楓花と晴馬のせいで!!」

「“そうですか。良かったですね”」


 この話が本当なら、離人は凛さんの両親――しかも鬼人化した状態――を相手に善戦したという事になる。

 目の前の黒い怪人、想像以上に手強いかもしれないです……。

 

 私はもう一度、残像さえ見えないだろう超高速で接近し、電撃の正拳突きをお見舞いする。


「ぐぁぁぁぁ――――っ!!!」


 さすがの離人も吐血。


「“まだですよ”」


 もう一度、今度は横蹴りで顔面を蹴り飛ばす。

 疾風迅雷の一撃を受け、さらに奥へ吹き飛ぶ離人。多くの樹木を巻き込み、紫の電撃を受けるがままに押し出される。


「がぁぁぁぁぁ!!」

「“まだですって”」


 私は同じような攻撃を数度繰り返し、圧倒していると――。

 開始から二分未満、私の頭上や後頭部がジリジリと焼けるような音を鳴らし始める。


「“えっ……もう……?”」


 いや――何がなんでも早過ぎる……。


 雷電白化――雷電一族の異能副作用サイドエフェクト――電気によるメラニン色素欠乏。

 私の黒い髪はツインテールの先から白くなり始める。厳密には見えないので、成り始めているだろう、ということになる。


 じきに鬼人化の限界……感情制御が甘いからでしょうか? 分からない。

 とにかく、あまりにも早過ぎる。


 私は電光石火の動きで近寄り、離人の前に立つ。


「“波動と電気は物凄く相性が悪い。そろそろやられてください”」

「君……白い髪になってる……!? そんなところまで楓花とかと同じだぁ!!」

「“遺言はそれだけですか?”」

「もちろん――――――――――――――――――違うよぉぉお!」


 その場で素早く立ち上がり、蹴りを入れてくる。私は電撃歩行で二歩下がり、避ける。


「速い速いぃぃ! すげぇ!」

「“はっ――――――!!”」


 蹴り、拳による打撃……一切に電撃性質を加え、繰り出していく。

 離人は大部分の攻撃をかわせず、受けるが。影人の再生能力のせいですぐさま再生していく。

 正直きりがない。かといって心臓部――弱点――コアに穴を開けるだけの必殺的一撃がない。少なくとも今の全力では。


「“くっ……”」

 

 一端距離を取る。その動作も電撃由来の超速。

 紫の電気が尾を引く。


「君さぁ、もうそろ消耗するでしょ? それだけの超人的怪力と速度を出せば、肉体もいずれ悲鳴を上げ始めるんじゃないのぉ。さすがにねぇ」

「“それが何だと言うのです?”」

「実はね僕、まだ全然――――」


 にやりと不気味に笑む。

 暗闇の中、私が発する紫の電気発光が辺りを照らす。

 対照的に、彼の赤い瞳もギラリと光る。


「――――本気出してないんだぁぁ!」


 言いながら迅速に足を踏みつける。瞬間、レイリー波動による揺れで地震に近しい現象を発生させた。激しい揺れに足を取られる。


「“なっ……!”」


 地面が踊り、多少バランス崩した隙、離人は変形した手の剣による斬撃を繰り出してくる。その剣には高周波がまとっていた。

 実は、この攻撃も防御できません。物理的な剣自体は防御出来ますが―――


「貰ったぁぁ!!」


 咄嗟の判断、コンマの世界、その斬撃によるダメージを減らすために脚へ電圧負担をかけて回避の動きを取る。致命傷は避けることに成功。

 そう――――致命傷は。


 私の左腕は超高周波を付与された剣による切断を受け、血を吹き出す。

 血しぶきの直後、左腕がぼとんと落下する。

 

「“う…………っ!!”」


 とてつもない痛みが左肩付近を襲う。

 耐えがたいほどに痛い。痛い。痛い。

 でも、それだけ――。


「ん……? 君、まだなんかする気ぃ?」

「“素戔嗚スサノオ術式―――”」


 私は死ぬ前に、最後の電気ちからを振り絞る。

 息も鼓動も不安定。意識も朦朧としていく。それでも――。

 右手で作り出した紫電の塊。紫の極小球体を限界まで圧縮し、離人に放つ。


「“はぁぁああ!!”」


 電気にしては珍しい重量性質を持つ私の術式でんかで作り上げる、超高密度電子集合体。


「“届いてっ……!”」



 私は死ぬのだろう。これだけの大量出血。もう助からない。

 

 意識が段々と遠くなっていく。

 思考さえ不自由で、上手く回らない。


 最後に、言いたいことがある。

 謝って済むことではないと分かっているけれど、本当に本当にごめんなさい。


 私のせいでみんなが死んだも同義。

 世界を正すために来たのに、その使命を持ってここにいるのに。私はこの世界をめちゃくちゃにしてしまった。


 私は焦りすぎた――。


「“……ごめん……なさい……”」


 意識はここで止まった。



  *



 雷のような轟音。まるで迅雷の如き連続的な音がオレの耳に届く。

 

「ん?」


 まるで凛が鬼人化で暴走したような音……向こうか。

 しかも何故か、北にまとまる生徒の方角と若干のズレがある。


 多分鈴音だな。何か秘技でも出したんだろう。

 だが、鈴音が起こしたこの状況で鈴音が自ら戦うのか?


 オレは無心で走る速度を速めた。

 刀果や舞らの顔を思い浮かべながら。無心で。



 数分後、


「鈴音の気配が弱まった?」


 衰弱、気絶……? いや、瀕死って感じか。

 まだ息はありそうだが結構まずいな。


 雷電乖離という電気的斥力を有するあの加護を持った上での瀕死なら、相手はほぼ確定で『振』異能者のシーズだろう。

 そう推測できる理由も明確に存在する。


 そんなことを思考していると「生徒達」と「影の大群」がぶつかり合う戦場エリアを見つける。

 状況を結論から言うなら。ほとんどの生徒は死体となっている。


 オレは走っていた木の間から降り立つ。その場にも、三人の女子生徒。

 一人は体が上半身下半身で横断され出血性ショック、激しく痙攣していた。

 一人は永遠のように吐血している。身体からは大量の出血。

 一人は発狂したか、縮こまって繰り返し頭を地面に打ち付けている。


「何があった?」


 聞くと、地面に頭を打ち付けていたやつが死んだような目、震えた唇でこちらを見る。


「……進藤……指揮……放棄……みんな……死亡……全滅」


 お経でも唱えるように、そう伝えてくる。

 

「進藤いつきがこの場の指揮を放棄して、指揮系統が崩れたのか」

「……もう……終わりよ……私たち……助からない……」

「そんなことはない」


 オレは身につけていた黒いスーツを脱ぎ、彼女に着せる。というより被せる。

 そして呟く。


「檻『蒼』」


 青のオーラを纏う右手を前に出す――と、影の大群と生徒の隊の間に極大の『檻』障壁が展開される。青い透明バリアが空間を隔てる。


「えっ……な、なにこれ!?」


 もっと前線で戦闘最中だった女子生徒が驚嘆の声を上げる。


「あ、青い壁? それとも結界?」

「でっ…でも! 私いま危なった。この壁が無かったら確実に死んでた……!」

「増援……? けど一体誰が。うちの学校、こんな『檻』みたいな異能保有者いたっけ?」


 そんな会話を耳に流し込みながら、オレはそう会話する女子達も越え、その特大『檻』に歩み寄る。

 高さ、長さ共にスケールの大きいその青い壁を、影の大群を囲うようにさらに複数展開する。結果、巨大な青い立方体が影の集団を監禁する。


「す、すごい……この人、一瞬でこの数の影人を封じ込めた……」

「待って!! これは……!? 御三家名瀬の『檻』じゃないの??」


 右横にいる女子らが声を上げるが、オレは無視して続ける。


「さあ影ども……眠る時間だ」


 顎を突き出し、内部の影を見下す。



 収束式『蒼玉』―――“星砕き”



 右手を強く握り潰す。気付かぬうちにその手に怒りが乗っていた。

 オレに今ある憤怒は舞や式夜、刀果、リアを守れなかったという悔恨の念じゃない。ただの八つ当たり。


 あとは淡々とした作業。

 特大だったはずの檻籠は、その中心部で急激に吸収を受ける。空間に落とされたマイナスを補正するために吸い込まれる。


 中の影は押し潰し合い、圧縮し合い「無」へ返る。プラチナダストという光に返る。

 瞬間、空中で飛び散る大量の紫紺石が落下。月明りに照らされ煌めきながら落ちてゆく。何個あるか数えるのさえ億劫だろう。


「終わりだ。介抱やらなんやらは自分達でやるといい」


 主に女子生徒らにそう告げる。大多数の生徒が一瞬の出来事に放心状態ではあるが状況判断などは女性の方が向いている。

 そのままこの場を去ろうとすると、


「ちょっ、ちょっと待って! あなた……その黒いバッジ……異界術部ブラック? あり得ない……」

「そうだよ! こんなに強い人がいるならどうして今まで……」


 自分で言っていて気付いたか、その子はそれ以上何も言わなかった。

 

「オレの異能は殺傷能力が高すぎるという理由から、異界術部に配属された」

「へぇ……そう……だったんだ……。でも、私を助けてくれてありがとう」


 他の女子、前線に居た一人から感謝を受けるが、


「別にオレはお前を助けた訳じゃない」

「えっ……?」


 名も知らない女子生徒は困惑の色を見せる。


「特別にお前を助けたつもりはない、と言っている。だから礼なんてしなくていい」

「そっか……それでも、私はあなたのお陰で生きてる。本当に危なかったから……ありがとう。あなたが何者かは分からないけど、心から感謝を」

「構わない。影を一か所に集めて討伐機動を有利に進めようとしたのは君だろ?」

「えっ……どうしてそれを?」

「一番前線で影の動きを上手く誘導していたからな。場所を限定してくれた君のお陰で一気に片付けられた」


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