第151話 被褐懐玉


 そんな中、悠長な会話とは違うと分かる表情で近づてくる他の女子。

 忘却の彼方から引きずり出した記憶によれば、この子は確か決闘順位ランク第15位・工藤美央みお


「私たちを助けてくれてありがとう。とても感謝してる。代表して礼を言う。その上で……不躾な態度で申し訳ないんだけど、他の部隊がどうなっているか知らない? あなたほど強い人なら情報を持っているかなって思って。東側に向かった連絡隊が返ってこないんだけど」


 東側の部隊。おそらく一番強いCSSシーズが最初に交戦した部隊。

 刀果やリアがいた部隊。


「それを答える前にオレからも質問していいか? 部隊は東西南北に分かれているようだが、編制は誰が主任だ?」

「えっと……作戦立案は鈴音さん舞花さんで、編制立案は進藤君だったと思うけど……」


 進藤が考えたか。

 影の数が一番多いところ――すなわちこの北エリアは「罠」だ。そこに陣隊人数をかけることをあえて勧めるトラップ。

 刀果たちが気付いていたかは知らないが、東側はむしろ穴が開きやすいよう、油断しやすいよう設定してある。そこに爆弾を投下。それが例のCSS。


 そんな軍での基礎戦略さえ知らない進藤やつが編制をやったのか。

 他の優秀な人間――翠蘭や鈴音はその時、何をしていた? 


 いや。


 別のプライオリティがあったのだろうとは理解している。

 だが……。


「なんだろう。無性に腹が立つ」

「えっ……何がっ?」

「なんでもない」


 つい心の声が漏れた。


「あの……で、結局、他の部隊はどうなっているの?」

「ああ、それなら東側は全滅した。他の隊のことは知らない」


 何食わぬ顔で言うと、それを聞いていた周りの生徒が唖然とする。しばらく声を発しない。


「全……滅? 千本木さん、ハン・リアさんがいた影人の少なめのエリアじゃなかったの?」


 黙っていると他の冷静そうな女子生徒がオレの方に近寄り話しかけてくる。


「ちょっといいですか?」

「ん?」


 何故かこの場の指揮権のようなものが自分にある気がした。オレは傍から見れば突然現れた超怪しい人物なはず。だが、いつの間にかこの場の指導者リーダー的な立ち位置になっていることは否めない。


 無自覚、無意識のうちの統制能力。まるでそれが天命とでも。

 君主や王にでも成れと言うのか。


「おそらく、あなたは知らないと思うのでお伝えします。……実は鈴音さんと進藤くん、現在は正体不明の喋る影び――――」


 そこまで言った時、その子は喋るのをやめる。

 おそらく皆、物凄い殺気を背に感じた。背筋凍るような冷たい感覚とでも言えばいいのか。


 まあ他人はそう感じるだろうという話。

 オレは変な違和感、または「気配」程度にしか感じないが。


「君ら――全員後ろに下がって」


 誰もいないように見える方角。静かな暗闇の方を向き、オレは一歩前に出た。


「……どうして? ここに奴が……。樹君と鈴音さんだよ? 勝てないはずない」


 この発言した女子はおそらく索敵系異能者。

 

「――いやいやあのさぁ、どうしてうちの影人ザコども死んでるわけぇ? せっかくもっと絶望してもらうおうとこの鈴音ツインテール持ってきたのにさぁ」


 CSSが、右手に仕留めた鳥の首を掴むかのように鈴音の首を鷲掴みしながら、森の闇から姿を現す。

 脱力した鈴音の髪全体は何故か凛の髪先のように白く変色していた。

 

 影人が普通に声を発している? マナ音声……いや、普通に声帯からの発声。

 見たこともない容姿のCSS。未登録の影か。


 発動した浄眼で見ると、鈴音の心臓はまだ微かに動いていた。

 この影の発言から、ここで彼女の息の根を止め、処刑する気だったようだ。

 そっとマフラーを緩め、外す。


「お前―――」


 オレは言いながら瞬間的な移動、瞬速を用いて彼に接近。

 相手は赤い瞳を持つ目を見開いて、当惑する。瞬時のことで反応できなかったのだろう。

 初見で「瞬速」を見切れるような奴には会ったことがない。当然。


「―――何者だ?」


 発言途中、マフラーを素早く振ってその右腕を切り落とす。鈴音を掴む手を。

 重力により落ちる鈴音をお姫様抱っこでキャッチしつつ奴の胴体に蹴りを入れ、その反動で距離を取る。



 鈴音の生体情報――確認。有機構築材料――決定。


 DNA情報――複製。生体細胞――復元。

 

 全工程完了。


 発動――――『再構築』。



 血が出る脇腹と切断された左腕を再生させた鈴音を地面に横たわらせる。過去のマナ情報を見た時より、今この時彼女のDNA情報を覗いた時の方が驚いた。

 まあ、今考えるべきことではないか。

 

「なに!? どういうこと?」

「今、何が……!?」


 一瞬の出来事の連続でついていけない女子生徒。


「僕の腕を切った……? ちょっと何してくれてんのぉ?」


 それに返事をしないで、後ろの女子へ話しかける。


「君ら、早く下がって」

「で、でも……」


 なんだ? 何を躊躇っている? さっさと下がってくれないか。

 邪魔なんだが。


「私たちも――」

「ちっ……面倒だ」


 ノールックのまま……というよりか、数十メートル先にいるCSSを浄眼でしっかりと捉えながら、後ろ側に手を差し出し『檻』の壁を展開する。

 サイズ的にはさっき出した特大の物。背後に居る女子らと自分を分断するためだった。


 正直、足手まといでしかない。他の人がいるとむしろ邪魔になる。

 今は優しいふりをする気力も余裕もないんだよオレは。


「ねぇ、返事しないってことはさぁ……僕を侮辱して、冒涜してるってことになるよねぇ。ねえぇ?」

「知るか」


 ぶっきらぼうに言うと苛立ったのか表情を険しくする。


「はぁぁぁ??? ……あーもう腹立った。腐った脳みそが……絶対に許さない。君は殺すよ、絶対にね」


 何言ってるんだコイツ、という顔で奴を見た。


「言ってる事がまるでガキだな。いや……ガキ以下か」

「君さぁ、そうやって僕を冒涜して楽しい?」

「冒涜? お前、『冒涜』って言葉ちゃんと辞書で引いたか?」

「はぁぁ……?」


 顔を歪めながら、変形手を用い、手を剣状に変化。

 対するオレはマフラーを本格的に構える。


「『冒涜』って言葉は神聖なモノに対し使うんだ。お前みたいなゴキブリに使う言葉じゃない」

「君さぁ……本気でぶっ潰すよぉぉ??」

「いや―――お前ごときに、オレが潰せるのか?」


 その蒼き瞳にて彼を見定める。


「あー、もういい。好きなだけ意地張ってなよ。マジ論外。貴様だけは絶対に殺すよ」

「好きにしろ。出来るなら、な」


 そう、出来るなら。


「……お前だろ? 刀果とリアを殺したのは」

「は、誰だよソイツ……知らないねえ。酷いだろぉ? それってただの言いがかりじゃないのぉ?」


 オーバーリアクションの手振り身振り、総てを舐めたような顔で長い舌を出した。


「日本刀を持った女子と、空気干渉系の女子だ」


「あーーあの雑魚たちねぇ、最後まで皆を守るぅぅぅぅぅとか言って死んでいったよ。まじ脳みそくさってるよねぇぇ。キモイよ、ほんとに」


 その嗤笑を見ているだけで吐き気がした。

 

「その上、最後は泣きながらぎゃぎゃーうるせーしさぁぁ。ま、即死させてあげたよ。僕って偉いよねぇぇ」


 嘲笑いながら舌なめずりした様子を見た時、オレの中の何かが壊れた。




 ああ、そうか。

 


 刀果、リア。君らはこんなどうしようもないクズに殺られたのか。



 本当はコイツを殺す気はなかった。

 影人化できる人間。知性影人。CSS。権能を持つ使徒と対を成す存在。


 捕獲することで尋問、情報を吐かせる。他にも、大事な実験体として「影」という生命体の謎を解く第一歩になってもらうつもりだった。

 殺すよりも生かして実験データを取った方がよっぽど「世界の未来」のためになるからだ。

 一応、四割しかいないIWの人類のためになるからだ。




 だが、悪いな人類。

 



 オレはコイツを駆除ころす。




 何がなんでも。




 必ず。


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