第149話 人から離れた黒き者
リヒト……。
「では離人さん、影なのに普通に会話が出来るんですね。なんとも不思議です」
「まあねぇ、僕程度に影人体の扱いに慣れるとこのくらいはお茶の子さいさいってわけえ」
「へぇー凄いですね」
興味なさげに棒読みしたあと、
「でもごめんなさい。私はあなたを殺さなくてはいけません。……私が撒いた種は、私が回収しなければいけませんから」
「ふーん……まあしょうがないよねぇ、君可愛いけど」
首をぼきぼき鳴らしながら近づいてくる。
「あなたに可愛いと言われても1ピコメートルも嬉しくないです」
「酷いなぁ……僕を冒涜するなんて」
「そんなつもりはないですが」
そうして両者停止。
「じゃあもういいや―――死んで!!」
唐突、離人は私に超高速の突き技を入れてくる。
肉眼、通常の動体視力では追えない刺突。早すぎる突き。でも、もちろん意味などありません。
バチィィィィィ――――――――――――!!!
突き出された彼の手にある剣と私の接触部分20cm手前。紫の電撃と青白っぽい火花が私を取り巻く。
「生憎様、私は電気の絶対防御を持っているんです。すぐには殺せませんよ?」
「え――」
初めて驚いたような顔を見せる。
「どうしたんです?」
「面白いね――その防御。三年前のあの女みたいだ。ちょっと滾ってきたかもぉぉぉ!」
と思えば急に興奮気味になる。
「……あの女?」
ちょっと何を言ってるか分からない。けど、もしかしたら88のことかもしれない、という予感。
「唯一僕をボコった女だよお」
「はあ……?」
呆れ目で首を傾げていると、彼は思案しながら、
「んー、あの女の名前なんつったかなぁ? あま……? きり、あか……? いや…………まぁなんでもいいや」
やはり88だ、と私は確信したが、彼は思い出せなかった様子。
今度は深く踏み込んで、間合いを詰め、そうして私の背後に回り、背中を狙ってくる離人。背中なら防御がないと思ったんでしょうか。
目にも留まらぬ速さ、それでいて視認不可な不規則な軌道。
しかしながら無論、背面の接触付近で鋭い紫が明滅、同様に私を守る電気となる。
「へぇ……すげぇ。ほんとにアレじゃん。おでんみたいな名前の
虚電のことですね、多分。
「でも君、戦闘つまんないでしょ」
「はい……?」
喋りつつも背後からの攻撃は継続されている。幾度も腕を使って叩きつけてくる。
もちろん全ての接近を電気が弾くので無意味、ですが。
弾いても弾いても続けざまに攻撃してくる。
「だってそんな風に何でもかんでも防御出来るって、戦いが防御主体のただの消耗戦になって面白くないじゃん? 防御自体が面白くても戦いが面白くないんじゃねぇぇ」
「戦闘や争い、暴力が楽しいなどと考えたことは生まれてこの方一度もありませんよ。ただ人を傷つけるだけの行為に何の楽しみがあるのです?」
「げええええ。心底つまんないよねぇ、人間は。全員腐った脳みそしてるよ」
「あなたも人のこと言えないでしょう?」
「あ゛?」
背後から渾身に振り下げた右手を私の頭上に振り下ろした。
当然意味のない攻撃。物理攻撃など全ての接近対象をクーロン力と静電気の「虚数電荷」が排斥する。虚数域の特異体質「
一際明るくスパークした「ε⁺」の紅紫――。
「だって――あなたも本体は人間……なはず」
そう言って尻目に背後の彼を見た。
「あーあ、そうやってさぁ、君も僕を冒涜するわけ? 君ら一体どんなけ僕を冒涜したら気が済むんだ? えぇ?」
「私は事実を言っているだけです。それを勝手に被害妄想して言いがかりをつけているのはあなたの方でしょう?」
「はぁ? 君さぁ―――」
そこまで言った時、私はすぐ後ろで、
虚数術式―――虚電拡張「ε⁻」
―――『
彼が立っている場所を円状に展開した電界領域。そこに虚数電荷の重量加圧の最大電流を流し込む。
一見すると完璧な不意打ち。しかし青紫の電気エネルギーが激しく煌めく中、彼の体はそれでも尚傷が付かない。
「ねぇ、最後まで僕の話を聞けよ。だからさぁ、これってただの冒涜なんだよねぇ」
……おかしい。あれだけの高電圧と仮想超伝導を食らって傷一つできないなんて――。
異界術の一般強化を使用している? それで生体の補強を…………ううん、多分違う。
十中八九、何かしらの異能を使用しているはず。
「あーもう気付いた? 僕の異能はさ、『
……成程です。里緒ちゃんの『
よりによって雷電一族「唯一の弱点」――『振』が来てしまった。
なんとまあ、運が悪い。
体に低周波電磁界を纏いそれで逆共鳴。簡単に言えば、波動で電気を防ぎきっている。
彼、どうしてか電気に対して随分と強い耐性がある。
これは……圧倒的こちらの不利。私は雷電一族――言うまでもなく電気以外の攻撃手段は存在しない。かといって進藤くんや名波さんがここにいても明確に足手まといになるだけ。
しかもしかも。まだ問題はある。
私自身、まだ6割以上の能力を発揮できない。ここの医療ではそんなに簡単に名瀬一族異能副作用「時空耐性生体」――温度感覚異常は治療できないからです。
「てか君さぁ、今更だけどなんで生きてるわけ? 雷電一族って“凛”って人しか生きてないんじゃなかったのぉ?」
「……詳しいですね」
「まあね。協力者? 知り合い? なんでもいいけど、そいつが雷電一族ラヴなんだよ。マジキモイ」
そこまで言っていた時―――。
「鈴音さん! 大丈夫か!」
「な――――進藤くんの声……なぜっ? 向こうで指揮を取ってとお願いしたのに!!」
慌てて振り返ると、走ってこちらに向かってくる進藤くんと名波さん。
「心配で来たんだ!」
彼はそう告げた。
私は呆れ、もう怒りさえ湧かなかった。溜息さえ出なかった。
「向こうの指揮は、どうしたんです……?」
「そんなの決闘15位の生徒に任せたさ」
さも当然とでもいうように、とんでもないことを口にする進藤くん。
もう何を言っても意味がないでしょう。
「お、さっきの暴言厨じゃーん。続きしようよ。この電気のツインテールさぁ、防御強くてつまんないんだよねぇ。てなわけで!」
はっ――――――――――。
その刹那、私でも離人の動きを捉えることが叶わなかった。それ程に速い動きで進藤くんを突き刺しに行く。もはや黒い残像しか視認できないという有様。
厳密には血しぶきが飛び散ってから「攻撃した」という事実を知った。
なんせ、速すぎた。
「―――――がっ!!!」
勢いよく吐血する名波さん。
「っ……!! 名波!! おまえ……!」
進藤くんに向かって行った一直線の突き攻撃を防ぐかのように、守るように肉壁となった名波さんは、大量出血のままどんどん生気が失われていくような表情変化を見せる。
数度口パクするが、喋る気力も残っていない様子。
離人の剣が言い訳できないほどにしっかり貫通し、そこから次々溢れる血液。
「あ?」
直後距離を取る離人は数十メートル後退した。
それは戦略的判断というより、目の前で起こった現象に引いて、という感じ。
「名波さん、何を!?」
「そうだよ、名波、おまえ嘘だよな? しっかりしろ! 名波!!」
「し…どうくん……す………き、だった……」
「うん、もう分かった……。何も言わなくていいぞ……頼むから……」
しかし、そんなことを言っている暇はなかった。
一端下がっていた離人は休むことなく、進藤くんに向けて斬撃を仕掛ける。
その手の剣には波動の揺れが見えていたが―――。
進藤くんは死にかけの名波さんに夢中でそれどころではなかった。
「危ないっ!!」
私は進藤くんの前に立ち、急いでその攻撃を受けるが、実は――――。
―――これは電気で防御出来ない。加護で反発不可能。
けど体が勝手に動いた。
瞬間、私の脇腹は難なく全体的に大きく切られ、大量の赤い液体が生温かさと共に地面に落ちる。ぽたぽたと。
「いった……っ!」
「えっ鈴音さん!? どうして……! 加護は!?」
「意味不明だよね。どうして人を助けるわけ? 理解不能、頭おかしい。脳みそ腐ってる。影人は再生するから他人を守るなんて無駄で、意味のない気持ち悪い行為しないけどねぇ」
「あなた……最低です!」
「最低?? うわ、また僕を冒涜するわけぇ? 意味不明なんだよねぇ。脳みそ腐ってる奴の考えなんて知るわけないだろ?」
「やりたくて、死にたくて守ってるわけじゃありません。勝手に……身体が動くんです。人は助け合う生き物だから!」
「うわ、ひくわー。だいたいさぁ、その
そう言った離人のその言葉。それを聞き、居ても立っても居られなくなったのか、進藤くんは抱えていた血だらけの名波さんを床に寝かせ、立ち上がる。
名波さんはもう息をしていなかった。
「てめえ!! ぜってぇ殺す!!」
感情的に叫びながら何も考えず突っ込む。
「進藤くん、冷静に! 考えなしの行動は―――」
離人は蟻んこを吹き飛ばすような雰囲気で進藤くんを軽く蹴飛ばすが、その蹴りを受け、あり得ないくらいに遠くへ吹き飛ぶ。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
殺す気満々の離人が再び動き出す。
「へっ!!」
不気味過ぎる満面の笑みで、直進を開始。
吹き飛んだ進藤くんの元へ、マッハ速で向かうその姿はもはや視認さえ叶わなかった。
「ははっ! 死ねっ!」
まずい―――進藤くんが殺られる!!
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