第148話 絶望の産生
*
状況を照らし合わせつつ考えをまとめたのち、別荘付近に着くとそれぞれ反対方向に走り出す瑠璃とオレ。
「さらば貴君――ご武運を」
「あんたもな」
オレは北、瑠璃は南に行くことになった。ここまで走っていた中では影が見当たらない上、浄眼での透視も百メートルほどが限界だと考えれば妥当な判断だった。
おそらく鍵は―――翠蘭。本名は「かぐや」というらしいが。未だに信じられない。彼女が不老不死で二千年を生きる人間であるなど。
だが異様に落ち着き払っている姿勢や何事にも謙虚な様子は、今思えば精神年齢が高いとうかがえた。その上、彼女と接している時に感じた「年上感」の正体にも説明がつく。
翠蘭が伏見一族の先祖――か
*
一方――『北部隊』――雷電鈴音。
「全部隊、第三森林まで後退!! 反対側のカバーを
「分かりました!」
影人の大群を何とか抑えている現在、これ以上の被害は出せない……。
既に10数名の生徒が影に殺された。
全部私のせいだ。
私が「あの人」を信用したから。
だからこんな
私が。私が……。
「――鈴音さん、影人の数が多すぎる。戦闘員だけではもう持ち堪えられない。非戦闘員を……」
他の生徒たちが影と戦闘している最中、進藤くんが近寄ってくる。
「駄目です。非戦闘員は戦闘できないから非戦闘員なんです。索敵など戦闘員の補助を続けさせてください」
「でも――」
「お願いしますっ!!」
珍しく大声を出したからか、目を剥く進藤くん。
「これ以上、人を死なせたくないんです。私のせいで誰かが死ぬのは、もう嫌なんです……」
「……? 鈴音さんは何も悪くないだろ。悪いのは全部影人」
進藤くんは私の犯した罪を知らない。
この電波妨害――電磁波排斥能力が私の「紫」因子拡張能力だとも知らない。
全部、私が招いたことなんです。全て私が悪いんです。
私があの人を信用さえしなければ死なずに済んだ人だっていたかもしれないのに。
でも。どうすればいいんです。じゃあ、どうすれば良かったんです?
そんなことを考えていた時。
「あ―――――――――」
唐突。私はこの場で動けなくなった。足がすくんだ。
とんでもない殺気と迫力が私の背を押した瞬間、とてつもない恐怖と戦慄。鳥肌が立った。
直後、うしろに何かが降り立つ気配を感じる。
電磁波感覚から影人だと分かる。しかも“特級”クラスのS級影人……もしかして
――知性影人?
向かい合っていた進藤くんが私の後ろを凝視する。
その彼も動けなくなっていた。硬直し、何かに怯える目線。口元がブルブルと震えていた。
「あれぇ……おかしいなぁ。全然うちの
背後から呪いのような声が聞こえた。
脳に直接響くような気持ち悪い声。
「影人が…………言葉を……発した!?」
向かい、数メートル先に居た名波さんがかろうじて声に出す。その声は震えていた。
当然だ。
私でも足がすくんで振り返れない。怖い。
この影人、これだけの圧力に殺気……一体?
もしかして「十二影」の一人……? どうしてこんな所に……?
「みんなおんなじ反応……正直つまんないんだよねぇ。……ねぇ分かる? 僕のこの気持ち? どいつもこいつも僕を見た瞬間『喋った喋った』ってうっさいんだよ。そんなん見りゃ誰でも分かるだろっつー話。ねぇ、みんなもそう思うよね?」
誰も返事をしなかった。誰も反論や意見もしない。というより返事ができなかった。
理由は単純明快、誰もがこの男性型影人の殺気に押され、動くことさえできなかったからだ。
「えぇ? 今僕、皆に質問したよねぇ? 聞いてた? またしてもこの僕を冒涜するわけぇ? いい加減にしてほしいんだよ、そーいうの。今人類に必要なのは間引きと持続可能な社会づくり。そうでしょ?? その一歩に貢献してる僕をそうやって冒涜するとか脳みそ腐ってるねぇ」
最も面倒なタイプの影人が来てしまった。これはいよいよ誰も助からないかもしれない。
「何を……言っているんです……?」
恐怖と恐ろしさによる寒気を猛烈に押し殺して振り返る。
見ると、声からの想像通り若めの男性形をした黒い肌の怪物がそこには立っていた。
細マッチョくらいの発達した筋肉、長めの髪を後ろで束ねている。
私と同じ赤い瞳がギラリと闇の中で一際光った。気味悪いほど真っ赤な瞳が。
同じ赤い瞳でも「私は負けている」と自覚してしまうほどの威圧。
「やっと僕と会話してくれた。いいねぇツインテールの君、嫌いじゃない。可愛いし。眼も僕とお揃いだし。なんていうんだっけ、
少し考えこむ仕草のあと、
「……あ、これはここでは言っちゃダメなんだったかぁ? まーどうでもいいか。それよりさぁ君、僕の配下に加わる? そーしたら、命は見逃してあげてもいいけど」
そんな戯言じみた提案をしてくる。
無口で睨みつけていると。
「ふざけるのもいい加減にしろ、黒い怪物が!」
そう言ったのは進藤くん。意外にも歯向かった。
「はぁ? 何その口の利き方。死にたいわけ? いいよぉ、折角だし痛くないように殺してあげる」
もはや会話の一環とでも言うように、マッハの速度で、背後に回りこみ進藤くんを襲う。
「は――――」
――はやい!!!
しかし。
「ぐっ……! どうなってる? 影人が喋るなんてなぁ!」
進藤くんは素早く振り返り、相手の攻撃を防御した。その場を起点に爆風の嵐が巻き上がる。
異能『
「えぇ? 僕の攻撃を防いだ? いっちょ前に何してくれてんのぉ?」
反射の防御に苛立ったのか物凄い剣幕で次々と連続攻撃を入れていく。プラチナダストの光粒子で変形させた剣状の手が、複数の高速攻撃を繰り出していく。
「おらっおらっ! こんなもんかぁ人間! 反撃しなくていいのかぁ!」
「っ……!!」
完全に舐められているようで、次々に進藤くんを後ずさりさせる剣の連撃。斬撃というよりむしろ打撃に近い、ぞんざいな腕回し。
私達から見れば速すぎる攻撃でも、おそらく遊び程度に手を振り回しているだけ。
「おまえ、いい加減にしろよ!」
進藤くんは言いながら足を踏み込み、その衝撃波を反射。この影人にヒットさせたけど、
「え、なに? もしかしてこれだけぇ? 全然痛くも痒くもないんだけどぉ? どうなってるわけ? ちょっと弱すぎないぃ? 再生能力使うまでもないじゃん」
少しして、
「……三年前のあの高揚感を、もう一度味わわせてくれる奴いねぇかなー」
そう言い出す。
三年前? 青の境界が設立された時期……。
「俺の衝撃反射を真正面から受けた!? 怪物め……!」
「酷いなぁ。僕を怪物呼ばわりするなんて。まあでもそっか、こんなに弱かったら、僕のことが怪物に見えても仕方ないよね。うんうん」
嫌味な口調で言ってこれ見よがしに頷く。
「鈴音さん、どうする!? こいつ全然攻撃が効いてないみたいだ」
「そうですね――では。――このCSSは私に任せてください。進藤くんを含め、他の生徒は影人の大群の方を殺ってください。進藤くんが向こうの指揮をお願いします。それと、名波さんが副指揮を、と伝えておいてください」
敵のいる前へ歩み寄る。慣れてきたか、敵が発する殺気の圧にも耐性が付いてきた。
「駄目だよそれは。鈴音さんが危険だ」
「放っておいてください」
「っ――。何を言ってるんだ!?」
「いいから!!!」
久しぶりにこんな大声を上げました。いい加減ストレスの、我慢の限界でした。今は進藤くんのナルシストごっこに付き合っている
正面を向き、覚悟と共にCSSと目を合わせる。
「やっと僕の方を見た。あのさぁ、内輪もめすんのは構わないけど、それって僕へ侮辱だよね。つまりさぁ、冒涜だよねぇ」
「違います。単純に彼が私の言う事を聞いてくれないだけです。いつもいつも私に迷惑をかけてきます」
「…………」
流石にこのセリフを食らい、多少なりともショックを受けた様子で進藤くんは影の大群の方の戦闘の加勢に向かった。
大きくこの場は二つの戦場が構成されていた。
一つは「影の大群」対「私以外の生徒」。
二つは「眼前のCSS」対「私」。
互いの戦場は干渉できないほどに離れつつあった。意図的か偶然か分からないけどCSSが離れる動きを取ったからです。
「さて影さん、あなた――お名前は?」
にわか雨が止み始めた頃合いで開口してみる。
「ん――? 僕? そうだね、みんなからは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます