第147話 CSSの格率



  *



「つまりなんだ? 翠蘭がその『九神の使徒』という九人のうちの一人だと言いたいのか?」


 隣に尋ねると冷たい視線のまま静かに頷く瑠璃。


「そして影人側はを殺したくて仕方ない。今回の事件はおそらく翠蘭かぐやを殺すのが目的で影人側の誰かが画策したことだろう」

「だが……何故そんなことをする?」

「九人が生きていると影人側にとって大変不都合なことがあるからだ。その九人―――九神の使徒……その中に媒介を通し内包する神々は、CSSシーズと呼称されている『影化できる人間』――知性影人を殺せる“要素”を持っているらしい。私も詳しいことは知らない。だがそれらを上手く活用すれば影人をこの世から消し去ることも可能だと言われている」


 以前、命とのデートで訪れた立体駐車場。そこで戦闘中瑠璃が言っていた「九神の光で影を消す」ってやつか。

 話を聞いている感じ嘘はついていないな。

 この女の本性は既に理解しているので、オレを殺そうとしないことも分かっている。


「だから、翠蘭かぐやを見つけ次第保護してほしい」

「言われるまでもない」

「……頼もしいな。貴君と走っていると、まるで父の隣で走っていると錯覚する。貴君は父とどこかが似ている。最強の人間が持つ独特の雰囲気、不思議な風格とでもいうのか……。性格は似ても似つかんが」


 姉妹揃って同じことを言われた。しかも旬の実の娘たちに。


「そもそも伏見一族の祖である翠蘭が保護対象なのは理解できない。おそらくオレより遥かに強いだろ?」


 体術でもオレと互角だった。今思えば、それさえ不自然だったということだ。


「――だったそうだが、今はそうでもない。彼女かぐやは三年よりも前……だから青の境界ができる前……いわゆるCSSシーズ四人をたった一人で仕留めている。その際に力やマナを消耗しすぎた反動で今はほとんど異能が使えないんじゃないかというのが私の見解だ」

「成程」


 だから浄眼で翠蘭のマナ性質を読み取っても『衣』異能者だと判断できなかったという訳。

 相当に異能の力が衰弱していたならあるいは。


 いや違うな―――多分“術式の束縛”か。伏見一族では正数定格出力を上げるために、偶にそう言う変わった事をするヤツがいると旬から聞いたことがある。


「貴君にどこまで知らされているかは、私の知る所ではない。だから教えておくが、CSSなどと呼ばれる『影人化できる人間』――知性影人も権能を持つ12人と対を成すように12人いる」

「12人? 多いな」

「正確には、12人。三年前、かぐやが疾うに4人、父・旬らが3人を殺したから今は計5人だ。……討伐を簡単そうに言ってはいるが、かつて父らがそのCSS3人と戦闘した際には精鋭数百人が犠牲となったそうだ。奴らCSSシーズは飛びぬけた瞬発力と高速移動、尋常でない再生を可能にし、『異能』をも持っているため厄介」


 異能を使える影人、すなわちCSS――女影や、変形手の剣を持つ影人と同等の輩。それを単独で4人も殺した翠蘭かぐやとは一体何者なんだ?

 檻能力『制限リミッター』未解除の今の状態とはいえ、オレでもおそらく3人相手が限度だろう。


「そんな話は初めて聞いた。黒羽大輝もその一種って認識でいいのか」

「相違ないだろう」

「分かった。取りあえずは納得した」


 最初に、旬さんはそれらの事柄を全て知っていたはずなのにオレに伝えなかった。

 あえて隠していた……?


 あの男のことだ。何か他の意図があった可能性もある。


 オレに教えると何か不利益があった?

 隠す理由……なんだ? 想像もつかない。


 するとその時だった。


「ん?」


 思わず声を漏らし立ち止まる。瑠璃も慌てて走っていた足を止める。


「貴君?」


 オレは瑠璃の目もはばからず急ぎ浄眼を発動する。

 瞳が青くなっているだろうがまあいい。今更この女に知られたところで悪条件にはならない。


「……たった今、別荘の近くに居た影の気配が北にずれた。そいつを含めて強い影の気配が三つある。おそらく初めからその三人のCSSシーズがいたようだ。最初、東側にいたCSSは『皆殺し』という役目を終え、北に向かったって感じだと思うが……。西と南にも気配がある」


 浄眼で得た「気配」という曖昧な情報を伝えていく。


 西南北三人のCSS、うち二人は知っているマナだ。女影と最初の剣の奴か。

 どういうわけか影同士が協力し合ってる。

 しかも三人とも影の大群を連れているな。

 やはり下級な影相手に命令くらいは出来るのか。

 黒羽大輝に群がってた影も何か一致した命令を汲んでいるように見えた。


「再生する『二限異能力』に『蒼き瞳』……貴君、まさか………いや、あり得ない」


 考え事をしている最中、オレの青く変色した瞳を見たからか驚いた面持ちで珍しく場違いなセリフを吐く。


「ん、何言ってる?」

「貴君、まさか父と面識があるのか? なら……エミリア様の『王』を継承した可能性……? ……いや……そんなわけは……」


 そう言いながら下を向く。

 本当にどうしたんだか。しかしこの緊急状況でその話に付き合っている暇はない。


「オレは一番強い影が向かった北に行く。瑠璃は取りあえず南を頼めるか。西は一番遠いから後回しだ」

「……いいや……私は翠蘭かぐやの居場所を優先したい」

 

 何故か歯切れが悪い瑠璃。


「無理だ。何の因果か、彼女かぐやのマナ気配は極端に読み取りにくい。大まかな位置さえ感知できない」

「そうか…………」


 少し考えこむ様子で、


「なら仕方ない。しかし……状況が変わった。翠蘭かぐやだけでなく貴君も死ぬとまずいかもしれない」


 歯切れが悪くなった原因はそれか。

 なら簡単だ。


「安心しろ。オレを殺せる奴など、この場にはいない」



 

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